1 / 21
1,継信①
しおりを挟む結局、いくら多様性だ何だって言っても、いわゆる世の中の「常識」「規範」ってやつはそうそうひっくり返らない。
それこそ明治維新みたいな流血を伴うような大きな事件にでもならなければ。
平和な時代の中で何かを変えることは、どうしたって時間がかかるんだよな。
継信はシャーペンを置いて椅子の上でぐうっと伸びをした。時計を確認すれば、二時間くらいは続けてやっていたようだ。まあ自分にしてはやった方だよなと思いながら、机の前に貼った試験範囲を示す紙を眺めた。
高校二年の定期試験、指定校の推薦や総合型入試を考えるなら気は抜けない。ここでしっかりといい成績を取っておいた方が、のちの選択肢が広がる。
そう思うからこそ、この二週間ばかりはよく勉強していた、と思う。
しかし、先ほど見えた携帯の通知の文字が、継信のやる気を一気に削いだ。
ごめん、おれ彼女できたわ
二週間前、継信が積年の思いを告白してしまった幼馴染が返事を待ってくれと言った、その返事は、これだった。
安芸坂光映は、邑前継信の二軒隣に住む同い年の幼馴染だ。
幼稚園の頃からの付き合いなので、もう十二、三年になる。
光映は、明るく、面倒見もよく、どこに行っても人に好かれるやつだ。特に顔がいいとかいうわけではないが、その雰囲気がイケメンで背が高く、少し垂れ目気味の人懐っこい笑顔で周りを魅了する。男女問わず、光映の友達は多かったし、光映を悪く言うやつはいなかった。
対する継信はと言えば、これといって特徴のない、ごく平凡な男子である。中肉中背、176cmの身長に切れ長と言えば聞こえがいいがどちらかと言えば細い目、薄い唇。第一印象では必ず「怒ってるかと思った」「睨まれてるかと思った」と言われるのはデフォルト仕様だ。
頑張ればそこそこいい成績はとれるけど、それ以外にはこれといった長所もない。それが継信だった。なのに、人気者の光映の傍にいられたのはひとえに「家が二軒隣の幼馴染」だったからだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。
光映は優しいやつだから、あまり友達がいない継信を気遣って毎朝迎えに来てくれる。そして学校まで一緒に行ってくれる。学校では隣のクラスなのであまり接点もないはずなのに、昼休みになれば必ず一緒に飯食おうぜ、と誘いに来てくれる。
正直、高二になったあたりで周りからの「なんであいつが光映といつも一緒にいるんだ‥?」という疑念の目が痛いほどになっていた。だから、継信は何度か一緒に昼飯を食べるのを断ったこともあるし、事情を話したこともある。
「お前のファンも多いみたいだしさ、いつもおれとばっか飯食わない方がいいんじゃね?たまには、ほら同じクラスのやつと食うとか‥」
そう切り出した継信を、光映は目を丸くして見つめた。そしておもむろに言った。
「じゃあさ、継信は俺と食わなかったら誰と食うの?」
継信はウッと詰まった。‥いない。特に一緒に飯を食えるほどの関係性があるやつはいない。というか、継信は別に一人でも昼飯くらいは食べられる。
「え、別にいいだろ、誰と食っても」
そう詰まりながら答えると、光映は勝ち誇ったような顔で言った。
「あ、やっぱ食う奴いねえんじゃん。黙って俺と飯食ってろよな」
うーん、と継信は唸った。正直、嬉しい。が、周りのやつらはそうは思っていない。今この時にも、「もう少し押せ」「もう一回断れ」という周囲からの圧を背中からびんびんに感じている。なぜ、光映はこの周囲からの期待の目がわからないのか。わかっててもうぜえから無視してるのか。ああ多分そっちだな、こいつ根っこはめんどくさがりだからな。
「‥‥おれじゃなくても、お前と飯食いたいやついっぱいいると思うぞ」
最後のあがきでそう言ってみる。光映はふんと鼻で笑った。
「それこそ別にいいだろ、俺が誰と食ったって」
ああ、周囲のやつらがあからさまに気落ちしている空気が伝わってくる。うん、こいつは悪気なく言ってんだよな。自分が否定されたことも、拒絶されたこともねえからわかんねえんだよな。
継信は深い溜息を吐きながら、仕方なく弁当を持って光映の後についていくことになった。周囲の目をひしひしと感じながら教室を出る。教室を出ても廊下ですれ違うやつが、またじっと視線を投げてくる。あの光映と、またお前は飯食ってんのか。そういう視線だ。
はぁ。
校舎外の階段に腰掛けると思わず深いため息が出た。光映は結構、外のあまり人が来ない場所で昼を食べたがる。いつも色んな人に囲まれてるから、たまには遠ざかりたいのかな、と継信は思っていた。
「何だよそのため息」
「いやぁ‥」
継信はゆっくりと顔を上げて光映を見上げた。やや不満そうな顔をして、継信より二段高いところに座っている光映。手に持ったパンの袋はもう開けられていた。はええな。
「光映さ、誘われねえの?誰かに、飯一緒しようとか」
「あー‥‥まあ、そういう時もあるな」
これはきっと、ほぼ毎日言われてるな。継信はそう思った。だてに十二、三年の付き合いはしていない。こういう言い方をする時はだいたい少ない方にごまかしてる時だ。
「じゃあいいじゃん、たまには誘ってきたやつと」
「継信は俺と飯食いたくねえの?」
継信の言葉を遮るように光映は言った。垂れ気味で優しく見えるはずの光映の眼が、何だか少しぎらついて見えた。継信は急に腹の奥にずくっと鈍い痛みを覚えた。やばい、ちょっと怒ってる。
「いや、そんなことは全然ない、んだけど、なんか、他のやつに悪いかなって‥」
もにょもにょと答えているとだんだん言葉が尻すぼみになっていった。光映の眼が怖くて、顔を上げられなくなっていく。
肩をとん、と押された。はっと顔を上げると光映が笑っていた。
「気にすんなよ!俺がお前と食いたいっていってんだからさ。‥‥継信が、他に、食いたいやつがいるってんなら、また考えるし」
光映は明るくそう言って、ばくりとパンを頬張った。
うん。そんなやつはいないし、今後も多分出てこないだろう。
おれはひそかなるボッチだからな。
積極的に無視もされない代わりに、クラスの中では空気のような存在、それがおれだ。
継信はそんなことを思いつつ、またそんなことを考えてしまった自分自身に傷つきつつ弁当を開けた。
と、言っても自分で作った弁当なので何が入ってるかはわかっている。弁当を作ればその分小遣いを上乗せしてくれるというので、継信は毎朝自分と妹、母の三人分の弁当を作っている。父の分がないのは、仕事上弁当を食べる機会がない場合があるからだ。それでも朝、父はぶつぶつと「みんないいなあ‥つぐちゃんの弁当‥」と呟いてくるのでややウザい。継信の知ったことではない。
「うわ、相変わらずうまそう」
光映はそう言ってひょいと肉だんごをつまみ上げて口に入れた。指先についたソースをぺろりと舐めている。
「おいっ」
「うま!」
まだ持ち主も食ってないのにどういうやつだ。しかもメインを横取りするとは。
ぶつぶつと文句を言いながら、心の奥底では継信は喜んでいた。
よかった、またうまいって言ってくれた。
「もー俺の分も作ってくれよぉ~。金払うからさぁ~」
「‥なんでお前の分まで作らなきゃなんだよ、朝から四人分も作れねえよ」
「意地悪だなあ、継信、こんなにいつも頼んでんのに」
作りたい。本音はめっちゃ作ってやりたい。めっちゃ気合い入れて作る未来しか見えない。
でも、おれは男で、光映の幼馴染で、友達だから。
世の中には男同士で恋愛する人たちもいるって知ってるけど、それが少数派だってのも知ってるから。
何より、中学から彼女がいた光映は男なんて恋愛対象じゃないのもわかってるから。
だから継信は光映の弁当を作らない。頼まれても了承しない。
そんなことをして、調子に乗って、期待したって、傷つくのは自分だ。
手に入らないものに近づけたって、手に入るわけじゃない。
じゃあ、遠くで見つめているだけの方が、まだいい。
継信は、そう思っていた。
14
あなたにおすすめの小説
君と僕との泡沫は
七天八狂
BL
【ツンデレ美貌✕鈍感平凡の高校生】
品行方正才色兼備の生徒会長と、爪弾きの底辺ぼっちが親の再婚で義兄弟となった青春BLドラマ。
親の再婚で義兄弟となった正反対の二人の青春BL。
入学して以来、ずっと見つめ続けていた彼が義兄弟となった。
しかし、誰にでも親切で、みなから慕われている彼が向けてきたのは、拒絶の言葉だった。
櫻井優斗は、再婚を繰り返す母のせいで引っ越しと転校を余儀なくされ、友人をつくることを諦め、漫画を描くという趣味に没頭し、孤独に生きていた。
高校で出会った久我雅利の美貌に見惚れ、彼を主人公にした漫画を描くことに決めて、二年間観察し続けていた。
底辺ぼっちだった優斗は、周りから空気のように扱われていたから、見えない存在として、どれほど見ていても気づかれることはなかった。
そのはずが、同じ屋根の下に住む関係となり、当の本人に、絵を描いていたことまでもがバレてしまった。
青い炎
瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。
もともと叶うことのない想いだった。
にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。
これからもこの想いを燻らせていくのだろう。
仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。
『定時後の偶然が多すぎる』
こさ
BL
定時後に残業をするたび、
なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。
仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。
必要以上に踏み込まず、距離を保つ人――
それが、彼の上司だった。
ただの偶然。
そう思っていたはずなのに、
声をかけられる回数が増え、
視線が重なる時間が長くなっていく。
「無理はするな」
それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、
彼自身はまだ知らない。
これは、
気づかないふりをする上司と、
勘違いだと思い込もうとする部下が、
少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。
静かで、逃げ場のない溺愛が、
定時後から始まる。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
知らないうちに女神になってた義兄と綺麗でおかしな義弟の話
月丘きずな
BL
平凡に高校生活を送る花岡悠は、学校一の人気者である花岡蓮の義兄だった。いつでも悠を守ってくれる優しい義弟との義兄弟ライフは、側から見たら少しおかしいようで…!?
義兄弟とその優しい友人たちが繰り広げる、怪しい義兄弟ラブロマンス
愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜
立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が
ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時
いつの間にかクラスメイトたちの
配信する動画に映りこんでいて
「誰このエンジェル?」と周りで
話題になっていた。
そして優心は
一方的に嫌っている
永瀬翔(ながせかける)を
含むグループとなぜか一緒に
動画配信をすることに。
✩.*˚
「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」
「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」
そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。
見た目エンジェル
強気受け
羽月優心(はづきゆうしん)
高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。
×
イケメンスパダリ地方アイドル
溺愛攻め
永瀬翔(ながせかける)
優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。
恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸
***
お読みくださりありがとうございます
可愛い両片思いのお話です✨
表紙イラストは
ミカスケさまのフリーイラストを
お借りいたしました
✨更新追ってくださりありがとうございました
クリスマス完結間に合いました🎅🎄
手紙
ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。
そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる