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*本日はこの後、15時と15時10分にも更新します。最終回まで行きます!
「檀、話がある」
事件から二十日余りが過ぎて伽羅は退院し、東京へ戻ってきていた。あれから清永とは全く連絡が取れない。清永からの「時給」はしっかり払われており、檀と伽羅の携帯電話の料金も「迷惑料」という名目で支払われていたが、清永に繋がることはなかった。
清永が伽羅の前から姿を消してから、伽羅は病院内で一度だけ左柄愛善と会った。愛善も左肩に受けた銃創のために入院を余儀なくされていたのだ。銃創、という厄介な傷は、本来なら通報ものだが、大洲の息がかかっている病院であることから表ざたにならずに済んだ。だが、そのことに対応できる医師がすぐにはいなかったせいで、少し左柄の入院は長引いていたのだ。
清永に言われたことを左柄に伝え、どうにかならないか、と伽羅は詰め寄ったが、左柄ははっきりとしたことは何も言わなかった。重いため息をついて、「すみません」と言ったきりだった。
「清永さんに会いたいんです、どうにかなりませんか?」
「‥清永さんの許可なしに、予定を誰かに知らせることはできないんですよ。‥と言っても、俺も今はこんなですから、知らないことの方が多いですけどね」
そう言って首を振る左柄に、伽羅はがくりと肩を落とした。
そんな伽羅を見て、左柄はためらいがちに言葉を発した。
「伽羅さん」
「‥はい」
伽羅は顔を上げて左柄を見た。少しやつれた、真剣な顔の左柄の顔があった。
「これは、俺の独断です。‥檀くんは俺の個人的な番号を知ってます。‥‥どうしてもの時は、俺は一度だけ伽羅さんに力を貸します。そこに連絡してください。でも、‥‥清永さんがああいう決断をしたのは軽い気持ちからじゃない。そのことだけは、胸に刻んでおいてもらえますか」
「‥はい。わかりました‥」
左柄ともそれっきり、会うことはかなわなかった。
伽羅と檀の周囲には警備の人間が配置されているらしかったが、さすがに彼らもプロでそういった気配を伽羅たちには感じさせなかった。だから、大洲家のことを感じさせるものは駒江姉弟の周囲からは、もう何もない状態だった。
しかも、本当なら今頃は伽羅も一緒に欧州視察に行っているはずだった。‥つまり、清永は今日本にもいない可能性が高い。
入院中も、家に帰ってからも、伽羅はずっと清永のことを考えていた。
伽羅は、このまま引き下がる気持ちは全くなかった。どうにかして、清永の決断を覆したい。そのためには何を、どうするのが一番いいのか、伽羅は考え続けていた。
そして、今日決めたのだ。
話がある、と改まって言われた檀は、思わず正座をして姉の前に座った。
伽羅は真面目な顔をしていった。
「‥清永さんに、私を受け入れてもらいたいと思ってる。‥清永さんと私じゃあ立場も違うしあの人に私が相応しいかはわからないけど、‥私が、清永さんといたいから。そうすると‥多分檀も巻き込んじゃうことになるかもしれないんだけど‥でも‥よかったらそれを許してほしいの」
いつになく真剣な顔の伽羅を見て、檀は力強く頷いた。
涙が出そうだ。‥伽羅が、自分に、わがままを言ってくれている。
「姉ちゃんの幸せのためなら、俺は何でもするよ。心配しないでくれ」
「ありがとう」
伽羅は檀の手を取って、にこっと笑った。檀はその手を握り返して尋ねた。
「でも、清永さん捕まらないんだろ?今はまだ夏休みだし‥大学だって、清永さんあんまり授業ないみたいだって言ってたじゃん。どうすんの?」
「‥左柄さんに、助けてもらおうと思う」
檀は目を丸くした。
「え、だって俺も何回も愛善さんに電話とかメッセとかしたけど‥全無視されてるよ?どうやって連絡つけるの?」
伽羅はうん、と一つ頷いてから言った。
「メッセージの頭に、『伽羅SOS』ってつけて、左柄さんに送って」
「‥俺のメッセ今まで全部無視されてるけど、それで連絡つくのか?」
「うん。‥左柄さんが、一度だけなら手を貸してくれるって言ってたの。その合言葉だから」
「‥‥わかった」
檀は言われるがままにメッセージを送信した。そして伽羅の顔を見る。
「姉ちゃん、俺にできることはなんだってするから。俺は‥誰よりも姉ちゃんには幸せになってほしいんだ」
「‥っ、ありがと、檀‥」
伽羅が思わず涙ぐんでいると、檀の携帯が鳴った。画面には『左柄愛善』と表示されている。檀はすぐに通話をタップした。
「愛善さん!」
『‥久しぶり、檀くん。元気にしてた?』
懐かしい落ち着いた声を聞き、檀の目にもじわりと涙が滲んだ。
「全然、電話も出てくれないしメッセも返してくれなかったくせに‥!」
責めるような檀の口調にも、愛善は怯む様子もなく淡々と返事をした。
『うん。ごめんね。‥俺にも色々事情があるからさ。‥伽羅さんいるかな?』
「‥いる。替わるよ」
檀は伽羅に携帯電話を渡した。
「左柄さん、お忙しいところにすみません」
『お久しぶりです、伽羅さん。‥‥俺に、頼みたいことは何ですか?」
伽羅はふうっと大きく息を吐いた。そして言った。
「清永さんのお父さん‥大洲清逸さんにお会いできるよう、取り計らってほしいんです」
電話の向こうで、左柄が大きく息をのんだのがわかった。
季節は移ろい、秋も深まってきた。
清永は珍しくできた空き時間を、ぼんやりと過ごしていた。大学内には清永と同じ研究をしている准教授がおり、そこの研究室は清永が自由に出入りできるようになっていた。
先ほどまで書いていた論文にぼんやりと目を通す。今一つ身が入っていないせいか、スペルミスを幾つか見つけてしまい、自分に舌打ちをした。
(ボケっとしてるな、俺)
伽羅と全く会わなくなってから、早いもので四か月余りが過ぎていた。警備担当者からは定期的な報告が来ており、つつがなく過ごしているようだった。だが、あえてどのように過ごしているかは訊かなかった。
訊けば、次々と知りたくなる。知ればきっと会いに行きたくなる。抱きしめたくなる。
清永は、ぎりぎりのところで精神の安定を保っていた。
研究室に備えられているまずい珈琲をぐいっと飲み干した。あえてまずい珈琲を置いているんだ、という准教授の言にはそんなものかと思ったものだ。確かに、まずい珈琲ではのんびりする気にもならないし、ただただ目がさえるのみである。
その時、コンコンとおざなりにノックをするや否や左柄が部屋に入ってきた。
「時間ですよ、清永さん」
「‥もうそんな時間か」
重い腰を上げて荷物を整理する。今日は父である大洲清逸と会って、様々なことの進捗状況を報告する日だ。
大洲ホールディングスの総帥である清逸のスケジュールは分刻みに組まれているので、昔から何よりもその予定を守ることが優先されている。
促されるままに左柄についていき、車に乗った。
あの時の運転手の瀬戸は未成年者略取の幇助で逮捕されたが、結局のところ不起訴となった。誘拐されていた瀬戸の妻子が、どこに囚われていたかなど突き止められなかったことや、瀬戸の携帯に送られていたメールアドレスが送信元を辿れないものであったことなど、様々なことが要因となったようだった。瀬戸は今、大洲傘下の会社でバスの運転手をしていると聞いた。
新しい運転手の加藤は、まだ若いようだが一切の無駄口をきかない。車中でも色々と仕事に追われている清永にしてはありがたいことではあったが、柔らかい口調で清永をよく気遣っていた瀬戸が少し懐かしくもあった。
いつもなら清逸との会合は大洲ホールディングス本部社屋会議室であることがほとんどなのだが、今日は系列ホテル内の貴賓室に設定されていた。珍しいことである。案内されるがままにエレベーターに乗って部屋まで赴いた。
部屋の中に入りながら荷物を開けてラップトップを取り出そうとして立ち止まり、ふっと顔を上げる。
そこには、笑顔の伽羅が立っていた。
「檀、話がある」
事件から二十日余りが過ぎて伽羅は退院し、東京へ戻ってきていた。あれから清永とは全く連絡が取れない。清永からの「時給」はしっかり払われており、檀と伽羅の携帯電話の料金も「迷惑料」という名目で支払われていたが、清永に繋がることはなかった。
清永が伽羅の前から姿を消してから、伽羅は病院内で一度だけ左柄愛善と会った。愛善も左肩に受けた銃創のために入院を余儀なくされていたのだ。銃創、という厄介な傷は、本来なら通報ものだが、大洲の息がかかっている病院であることから表ざたにならずに済んだ。だが、そのことに対応できる医師がすぐにはいなかったせいで、少し左柄の入院は長引いていたのだ。
清永に言われたことを左柄に伝え、どうにかならないか、と伽羅は詰め寄ったが、左柄ははっきりとしたことは何も言わなかった。重いため息をついて、「すみません」と言ったきりだった。
「清永さんに会いたいんです、どうにかなりませんか?」
「‥清永さんの許可なしに、予定を誰かに知らせることはできないんですよ。‥と言っても、俺も今はこんなですから、知らないことの方が多いですけどね」
そう言って首を振る左柄に、伽羅はがくりと肩を落とした。
そんな伽羅を見て、左柄はためらいがちに言葉を発した。
「伽羅さん」
「‥はい」
伽羅は顔を上げて左柄を見た。少しやつれた、真剣な顔の左柄の顔があった。
「これは、俺の独断です。‥檀くんは俺の個人的な番号を知ってます。‥‥どうしてもの時は、俺は一度だけ伽羅さんに力を貸します。そこに連絡してください。でも、‥‥清永さんがああいう決断をしたのは軽い気持ちからじゃない。そのことだけは、胸に刻んでおいてもらえますか」
「‥はい。わかりました‥」
左柄ともそれっきり、会うことはかなわなかった。
伽羅と檀の周囲には警備の人間が配置されているらしかったが、さすがに彼らもプロでそういった気配を伽羅たちには感じさせなかった。だから、大洲家のことを感じさせるものは駒江姉弟の周囲からは、もう何もない状態だった。
しかも、本当なら今頃は伽羅も一緒に欧州視察に行っているはずだった。‥つまり、清永は今日本にもいない可能性が高い。
入院中も、家に帰ってからも、伽羅はずっと清永のことを考えていた。
伽羅は、このまま引き下がる気持ちは全くなかった。どうにかして、清永の決断を覆したい。そのためには何を、どうするのが一番いいのか、伽羅は考え続けていた。
そして、今日決めたのだ。
話がある、と改まって言われた檀は、思わず正座をして姉の前に座った。
伽羅は真面目な顔をしていった。
「‥清永さんに、私を受け入れてもらいたいと思ってる。‥清永さんと私じゃあ立場も違うしあの人に私が相応しいかはわからないけど、‥私が、清永さんといたいから。そうすると‥多分檀も巻き込んじゃうことになるかもしれないんだけど‥でも‥よかったらそれを許してほしいの」
いつになく真剣な顔の伽羅を見て、檀は力強く頷いた。
涙が出そうだ。‥伽羅が、自分に、わがままを言ってくれている。
「姉ちゃんの幸せのためなら、俺は何でもするよ。心配しないでくれ」
「ありがとう」
伽羅は檀の手を取って、にこっと笑った。檀はその手を握り返して尋ねた。
「でも、清永さん捕まらないんだろ?今はまだ夏休みだし‥大学だって、清永さんあんまり授業ないみたいだって言ってたじゃん。どうすんの?」
「‥左柄さんに、助けてもらおうと思う」
檀は目を丸くした。
「え、だって俺も何回も愛善さんに電話とかメッセとかしたけど‥全無視されてるよ?どうやって連絡つけるの?」
伽羅はうん、と一つ頷いてから言った。
「メッセージの頭に、『伽羅SOS』ってつけて、左柄さんに送って」
「‥俺のメッセ今まで全部無視されてるけど、それで連絡つくのか?」
「うん。‥左柄さんが、一度だけなら手を貸してくれるって言ってたの。その合言葉だから」
「‥‥わかった」
檀は言われるがままにメッセージを送信した。そして伽羅の顔を見る。
「姉ちゃん、俺にできることはなんだってするから。俺は‥誰よりも姉ちゃんには幸せになってほしいんだ」
「‥っ、ありがと、檀‥」
伽羅が思わず涙ぐんでいると、檀の携帯が鳴った。画面には『左柄愛善』と表示されている。檀はすぐに通話をタップした。
「愛善さん!」
『‥久しぶり、檀くん。元気にしてた?』
懐かしい落ち着いた声を聞き、檀の目にもじわりと涙が滲んだ。
「全然、電話も出てくれないしメッセも返してくれなかったくせに‥!」
責めるような檀の口調にも、愛善は怯む様子もなく淡々と返事をした。
『うん。ごめんね。‥俺にも色々事情があるからさ。‥伽羅さんいるかな?』
「‥いる。替わるよ」
檀は伽羅に携帯電話を渡した。
「左柄さん、お忙しいところにすみません」
『お久しぶりです、伽羅さん。‥‥俺に、頼みたいことは何ですか?」
伽羅はふうっと大きく息を吐いた。そして言った。
「清永さんのお父さん‥大洲清逸さんにお会いできるよう、取り計らってほしいんです」
電話の向こうで、左柄が大きく息をのんだのがわかった。
季節は移ろい、秋も深まってきた。
清永は珍しくできた空き時間を、ぼんやりと過ごしていた。大学内には清永と同じ研究をしている准教授がおり、そこの研究室は清永が自由に出入りできるようになっていた。
先ほどまで書いていた論文にぼんやりと目を通す。今一つ身が入っていないせいか、スペルミスを幾つか見つけてしまい、自分に舌打ちをした。
(ボケっとしてるな、俺)
伽羅と全く会わなくなってから、早いもので四か月余りが過ぎていた。警備担当者からは定期的な報告が来ており、つつがなく過ごしているようだった。だが、あえてどのように過ごしているかは訊かなかった。
訊けば、次々と知りたくなる。知ればきっと会いに行きたくなる。抱きしめたくなる。
清永は、ぎりぎりのところで精神の安定を保っていた。
研究室に備えられているまずい珈琲をぐいっと飲み干した。あえてまずい珈琲を置いているんだ、という准教授の言にはそんなものかと思ったものだ。確かに、まずい珈琲ではのんびりする気にもならないし、ただただ目がさえるのみである。
その時、コンコンとおざなりにノックをするや否や左柄が部屋に入ってきた。
「時間ですよ、清永さん」
「‥もうそんな時間か」
重い腰を上げて荷物を整理する。今日は父である大洲清逸と会って、様々なことの進捗状況を報告する日だ。
大洲ホールディングスの総帥である清逸のスケジュールは分刻みに組まれているので、昔から何よりもその予定を守ることが優先されている。
促されるままに左柄についていき、車に乗った。
あの時の運転手の瀬戸は未成年者略取の幇助で逮捕されたが、結局のところ不起訴となった。誘拐されていた瀬戸の妻子が、どこに囚われていたかなど突き止められなかったことや、瀬戸の携帯に送られていたメールアドレスが送信元を辿れないものであったことなど、様々なことが要因となったようだった。瀬戸は今、大洲傘下の会社でバスの運転手をしていると聞いた。
新しい運転手の加藤は、まだ若いようだが一切の無駄口をきかない。車中でも色々と仕事に追われている清永にしてはありがたいことではあったが、柔らかい口調で清永をよく気遣っていた瀬戸が少し懐かしくもあった。
いつもなら清逸との会合は大洲ホールディングス本部社屋会議室であることがほとんどなのだが、今日は系列ホテル内の貴賓室に設定されていた。珍しいことである。案内されるがままにエレベーターに乗って部屋まで赴いた。
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