ルーム☆あにまるぅ☆

よしい なこ

文字の大きさ
3 / 9

03.手のなかの小さな背

しおりを挟む

03.手のなかの小さな背

 ダンスルームでは「カニ」としてヒロと笑い合い、ヒロがログアウトすれば、追い掛けるように俺はルーム「☆あにまる☆」へ入ると、NEO931として小さなヒロとの待ち合わせの場所へ走った。

 たいがいヒロが少し遅れてやってきた。さっきまで笑って跳ねまわってバトルしていた活発なヒロが、今度は俺の手の中で静かに甘えて丸くなっていた。その体を撫でながら俺の気持ちも落ち着いて行った。今まで一生懸命にクタクタになるまで体を酷使して晴らそうとしていたストレスは、この小さな背中を撫でているだけで消えていった。ペットを飼うのってこんな感覚なのではないだろうかと思うようになっていた。

***
 「最近、調子良さそうだね」同僚に言われて、俺は小さく笑った。
 俺は営業の仕事をしていて、それはただでさえストレスのたまる仕事なのに、今年になってこの島谷という同僚と組まされた。押し付けられた。
 もともと営業事務だった島崎は、そこでは優秀だった。だからなのか知らないが、島谷は営業に移動したいと言い出して、営業部の方でも島谷の優秀さは知っていたので気安く受け入れたのだが、島谷は営業の仕事は全く向いていなかった。

 まず、社外に出してわかったのが島谷は人見知りだった。社内ではそれなりの性格だったが、外に出るとまったくしゃべれない。挨拶もろくに出来ない上に、下手すれば不貞腐れて取引先の相手を睨みつける始末だった。

 教育担当だった俺は、そのしわ寄せを一気に食らった。それでも研修期間の3カ月が過ぎればと頑張ってみたものの、島谷が全く使い物にならないと知った上司から、島谷と仕事を組まされてしまった。つまりは島谷のお守役だ。とくに島谷に後ろ盾やコネがあるわけではないのだが、営業事務時代の馴れ合いや付き合い、それに部長が島谷を向かい入れてしまった手前、すぐに追い出すわけにもいかなかった。

 何も出来ないのでなく、かえって足を引っ張る島谷を連れて回る仕事に、俺達は互いにストレスを募らせた。島谷はもともと肉付きの良かった体を更に一回り大きくして、俺は一回り以上貧相な体になった。

 上司は何度も俺に謝ってくれたが、島谷とのコンビは解消させてくれなかった。島谷はしおらしいところが一切なく、自分の力が発揮できないのは部署と取引先のせいだと、まるで批評家のように文句ばかりを言っていた
 それを隣で聞きながら、何度も島谷のことを殴ってやりたいと思った。しかし俺はそういうことをするような人間ではなかった。それを上司も知っていて俺に島谷を押し付けていた。

***
 俺は島谷や上司を殴る代わりにゲームの世界にもぐりこんだ。
 そこでhiro0917を見つけた。今は向かってくるパッドを殴る必要はなくなった。毎日1時間程、カニとしてヒロとダンスをして笑い、そのあとNEO931になって小さなヒロを撫でた。

 ただそれだけで俺の日常は均等をはかれた。それ以上に癒された。手の中に生き物を抱えるというのはこんな風なのだと、ヒロを撫でながら俺はひとりの暗い部屋の中で胸に温かい湯を張られるような心地よさを感じていた。

***
 相変わらず島谷は仕事が出来ずに、生意気に文句ばかり並べた。その隣で俺は生返事を返す。俺達が任された仕事が、出来なかろうが何だろうが、そんなことは俺の知った事ではない。上司だってわかっているだろう。もしも何か言われれば、俺の方から島谷とのコンビ解消を強く言ってやればいい。そう開き直ってしまうと、今まで何をあんなに悩んでいたのかわからないくらいに、日常のいろんなことがなんでもなくなった。

 この頃になると、ルーム「☆あにまる☆」のNEO931の俺は、小さいヒロを撫でながら独り言を言うようになった。ヒロに聞きたい事や、聞かせたい事を呟いた。

 「ご飯は何が好きかな?俺はハンバーグかな。カレーもいい。オムライスはヒロに似合いそうだ」ってこんな具合に俺はヒロを撫でながら話した。この間、ヒロが「ファンタオレンジ」に反応して小さな頭を二回縦に振ったのが可愛かった。ヒロはファンタオレンジが好きなのか。

***
 その日はヒロを縦に抱くと、その背をトントンとリズムを付けながら叩いてあげた。ヒロが「なあーなあー」と鳴いて俺の首のあいだに頭を挟んできた。
「少しお散歩しようか」と俺が言うとヒロが頭をこすりつけてきたので、ヒロを抱いてルームの中を一周した。いつも俺達がいる場所は芝生と雲で出来ていて、ピンクと水色と黄色の光で包まれていた。けれど奥の方へ歩いて行くとそこには川があって、その奥に森があった。

 「川に入ってみる?」と聞くとヒロは少し考えるようにじっと川を見ていたが、やがて俺にまた頭をこすりつけてきたので、そっと川に降ろそうとすると俺にしがみついて足をバタバタさせた。「嫌だったのかい?」と俺が聞くと俺にしがみつく手に力を込めてくる。「そうか、そうか、ごめんね」と赤ちゃんでもあやすような声を出して俺はヒロを抱き直すと揺すった。
 ふと、ヒロが俺の首に軽くキスしたような気がした。
 さっきから俺の首元に顔を寄せているので唇が当たったかグラフィックの誤差だろうと俺は思った。ヒロの小さな手が俺の首に巻きつき俺の耳の下にそっと唇を押し当てた。俺は数秒動きが止まって「ヒロ」と呟くと、「ごめんね、まちがえ」とメッセージが飛んできた。
「そっか、間違えか」と俺がガックリとうなだれて見せると、「残念だった?」とメッセージが飛んできて、俺は頷いて見せた。小さなヒロがもう一度俺の耳の下に唇をそっとあてた。

 俺はヒロのおでこにチュッとキスをした。ヒロが両手で自分のおでこを押さえた。ミニキャラの短い腕を伸ばすのは、おでこまでが限界だろう。その愛らしい姿を見て、それ以上を求めないように俺は目を伏せた。

 その日、俺はログアウトしないで、ルームの中でヒロと一緒に眠った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

処理中です...