ルーム☆あにまるぅ☆

よしい なこ

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06.小さなヒロの声

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06.小さなヒロの声

 俺は小さいヒロを抱きかかえると、ルーム「☆あにまるぅ☆」の中を、いつかのようにぐるぐると歩き回った。ヒロは小さな頭を俺の肩に乗せて静かにしていた。
 何かしていないと落ち着かない俺は、ひたすら暗い自分の部屋に引かれたトラッキング内を歩き回っていた。

 タヌキのようなキャラクターが、木の陰から現れると郵便バッグの中からヒロからの「お手紙」を出して俺に渡した。そのお手紙を開くと、そこには「どうしたの?」とたった一言。
 俺はヒロの背中を撫でて、その耳元で「どうもしないよ」と言った。ヒロは知らんぷりをしていたが、黒い尻尾をそっと俺の腕に巻き付けた。

 夜も更けてきて、近所迷惑を考えた俺は自身が部屋のトラッキング内を歩き回る設定を止めると、コントローラーのスティックを回してなおもルーム「☆あにまるぅ☆」の中をぐるぐると歩き続けた。

 ビジネス書に書いてあった散歩は思考の生理に良いというのは、どうやらバーチャル空間でも有効なようだった。『そうだ俺もヒロにメッセージを出そう』と俺は思いついた。

 メッセージ作成画面でさっきのタヌキを選ぶと、タヌキの下にコインの表示があった。タヌキの配達員を頼むには課金が必要だった。俺は、ゲーム内課金はしないのでコインを保有していなかった。コインの購入画面に進むとクレジットカード番号を入力する画面に切り替わり俺をうんざりさせた。
 
カードを持って来る間、ヒロから離れたくなかった。仕方がないので無料の紙飛行機にメッセージを乗せて飛ばした。

 2機の紙飛行機がヒロの周りを旋回する。ヒロはそれをチラリと見ると、そっと短い手を愛想程度に伸ばし、紙飛行機に届かないとすぐに諦めて引っ込めた。
 
 俺はヒロの周りを飛ぶ2機の紙飛行機を捕まえると読み上げた。
「「ヒロへ。コインがなくて紙飛行機でごめんね」」
「「ヒロへ、ルーム「☆あにまるぅ☆」の俺の声はニセモノなんだ。ごめんね。ガッカリしたよね」」

 2通目を読み上げた後、俺は空の紙飛行機を空に返して、それが飛んでいくのをなんとなく目で追っていた。
 「ガッカリなんかしない。」その時、初めて小さいヒロの小さい声を聴いた。それはダンスルームのヒロの声と同じだった。

 「本当に」と俺が聞くと、小さいヒロが俺の首の自分の鼻の頭を擦り付けながら「なぁー」と猫の声を出した。俺はその背を何度も撫でた。

 「ヒロ、ちょっとミュートにする。すぐ戻って来るから」と俺が言うと、小さなヒロの小さな手が俺の背中を擦った。俺は大急ぎでミュートにするとティッシュを引き抜き、顔を拭ってから二回鼻をかんだ。

***
 俺は翌日もうひとつ、自分の声に関する重大なことに気が付いてしまった。通話で話せば、いつかもう一人のヒロが俺をkanipapa2218と気が付く。現実で会えばもちろん決定的だ。

 ヒロは俺がkanipapa2218でNEO931だと知ったらどう思うだろう?裏切られたって思う?バカにされたと思う?――俺だったら……。

 大人になってからは、誰かのことを考える時に「自分だったら」と考えるのは、体調が悪い時にその症状をスマホ検索するのと同じくらいにやっちゃダメな事だ。それを知っていても皆がどちらもやってしまう。俺も例にもれずにヒロの気持ちを勝手にこねくり回して悪い結果ばかりを並べてため息をついた。

 ダンスルームのヒロのことが好きで、ルーム「☆あにまるぅ☆」を訪ねて小さいヒロを好きになった。いまの俺の気持ちの「好き」はなに?

 明日急にヒロが消えてしまうかも知れないと思いついた焦燥感から、俺はヒロを強く求めてこっちに引き寄せようとしているのだけど、引き寄せて俺は何がしたいのか?この気持ちはなんなのか?
 自分の気持ちを深く覗きこむ。「会いたい」と言う気持ちとヒロへの独占欲がそこには置かれていた。

 「会いたい」それだけじゃダメなのか?一番純粋だと思うその気持ちを俺は俺に許可した。
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