朧月

カフェ・オーレ

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無償の愛

2.7

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しばらくして、ウトウトし始めた時に今度は何回も玄関のチャイムが鳴り始める。

何事だと思い玄関を開けると、雨でずぶ濡れになった立花さんが青ざめた表情で泣いていた。

「何なんですか」

「俺のせいで…俺の…」

途切れ途切れになりながらも、事情を全て話された私は、体が鉛のように固まってしまった。

社長が死んだ。

遺書を両手で抱えて、睡眠薬を沢山飲んで、自宅のお風呂場で練炭を焚いて。

「昨日帰ったら親父、死んでて、アルバム、涙の跡あって、それで…」

社長が罰金を払い釈放された後、立花さんは借りていた部屋を解約し、社長と一緒に暮らし始める日だったそうで。
社長は立花さんが帰る3時間程前に亡くなったと検死結果が出たらしい。

「なんで…、なんで最後まで俺を…」

その言葉の続きは、聞かなくても分かっていた。
この人は私に似ている、朋美がそう言った理由が少しだけ分かる。

「お通夜は?」

「明日の夜…に…」

「ならその言葉の続きはあんたの父親に言いな!」

玄関を思い切り閉めると、腰が抜けてそこから動けなくなった。
大体の事情は朋美から聞いてはいたが、まさかこんな形で…

逃げるのは良い、現実と向き合えないで塞ぎ込むのも仕方が無い。

「でも、向き合う事をしてこなかったままで逃げ続ける選択した罪は重すぎるんだよ…社長…」

すごく悲しいのに
今すぐにでも会いに行きたいのに
こんなにも苦しいのに

不思議と涙は流れぬままで。

「どういう事っすか…?」

夜中に突然掛かってきた電話。
葛原さんの方から掛けてくるのが珍しすぎて、少しウキウキしながら電話を取ったのに。

『ねぇ相原、あんたは長生きしてね』

突然の社長の死を知らされた後、後追いするかの様な発言をして電話を一方的に切られる。
すぐに服を着替え、うろ覚えだが葛原さんの家まで雨の中を走った。

どこだ!?ここか!?

手当たり次第にピンポンを押す俺は、よく通報されなかったなぁと不思議に思う程で。

やっと辿り着いた葛原の表札を見て、チャイムも鳴らさず玄関のドアをガチャガチャと鳴らす。

「おい!!居るんだろ!!開けろチビ!!」

すると、勢い良く開かれた扉で顔面を強打し、俺は地面に倒れ込んだ。
バッと玄関の方に目をやると、無表情で俺を見下ろす葛原の姿が。

「誰がチビだよアホ」

普段と変わらない言葉なのに、感情の無い表情を見て、俺は無意識に抱きしめていた。

「頼むから…、生きて…」

そう告げると葛原は抵抗もせずに身体の力が抜けていき、パサッと葛原の手から落ちた物を拾おうとしゃがみこむ。

それを見た瞬間、思わず目を背けたくなる程の衝撃を受けた。

黒く塗りつぶされた男の人と、顔だけカッターのようなもので切り刻まれた跡が残っていた写真。

いつも明るくて無邪気な葛原からは考えられ無い程、彼女の闇を見た気がした。


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