猟犬クリフ

小倉ひろあき

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1章 青年期

1話 猟犬クリフ

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「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」

 荒い息が森の中に響き渡る。 

……男だ。 

 森の中を男が必死に走り続けている……何度も後ろを振り返り、様子を窺う。

 男は追われていた。
 男の名はオークス、犯罪者だ。
 殺人・強盗・窃盗・強姦……彼の罪状を数えればキリもない。

……追跡者の気配がする。

 オークスは逃げ切れないと悟り、木の影に身を隠す。
 そして得物の手斧を構えた。

 その刹那

 ピシッと空気を裂く音と共にオークスの拳に刃物が刺さった。
 ナイフだ。投擲用に刃先に重心があるようだ。
 手斧を握る指が2本ほど切断され、ナイフが刺さったままの手斧を取り落とす。

 追跡者との距離は14~15メートル程だ。狙って当てたのならば凄まじい腕前だ。

「ぎゃああっ!」

 オークスの口から悲鳴が上がる。
 しかし、その瞬間には反対の腕の肘あたりにもナイフが刺さった。「があっ」と再度オークスは悲鳴を上げた。

……木陰から追跡者が姿を現した。

 黒い髪の男だ。年の頃は20代半ば程か。
 アンバーの瞳と精悍な雰囲気から狼をどこか連想させる。
 名前はクリフ、冒険者だ。
 彼は賞金稼ぎを専門としている。  
 その執拗な追跡術から「猟犬クリフ」と呼ばれる凄腕だ。
 バックラー(30センチほどの丸盾)を構え、腰にはショートソードを佩いている。

 クリフの手がバックラーに伸び……ナイフが飛んだ。
 バックラーの裏側に投げナイフが収納されているらしい。

 クリフの投げたナイフは狙いをあやまたずにオークスの左の肩に突き立った。
 どうやら生け捕りにするために弱らせる腹のようだ。

「があっ……降参だっ! 降参するっ! 勘弁してくれっ!」

 クリフは手早く縄を出し、オークスの両手を拘束する。そして首輪の様にロープを首に巻き付け、力ずくで引っ張った。

「ガッ……げほっ」

 首を絞められ咽ぶオークス。
 もはや自力で逃げ出すことは無理だろう。
 クリフはナイフを回収し、バックラーに収納した。

 ここはバッセル伯爵領北部にある「精霊王の森」と呼ばれる深い森の中だ。追跡を逃れるためにオークスが半日ほど逃げ続け、かなり深入りしている。

 クリフはオークスを連行しながらの帰路を想像し「ふうっ」と深い溜め息をついた。



………………



 クリフの生業(なりわい)は冒険者だ。これは金ずくでトラブルを解決するフリーランスの傭兵のことだ。

 冒険者と言っても、クリフは面倒事を嫌い賞金稼ぎに徹している。賞金稼ぎ専門の冒険者はちょっと珍しい。

 彼には仲間も、家族もいない。これも「面倒」だかららしい。一匹狼でやっていける腕と胆がある証左でもある。


 今の世相は、やや落ち着いたとは言え戦国乱世だ。
 各地の領主や豪族は治安維持まではなかなか手が回らず、野盗や犯罪者には事欠かない。
 クリフの仕事はまだまだ世の中に溢れている。



………………



 半日ほど歩き、バッセル伯爵領ベルーガの町に着いた。
 もう日も暮れた。 早めに仕事を済ませたい。

 クリフは衛兵の詰め所に向かい、衛兵にオークスを引き渡した。

「ふむ、間違いない。人殺しのオークスだ。お手柄だな、若いの。」

 衛兵が手配書とオークスを見比べ確認すると、賞金を用意するために奥に向かった。

 その間にクリフは詰め所に掲示してある手配書をチェックする……大した仕事は無さそうだ。
 それならばこの町に長居する必要はない。明日の早朝にでも町を発つことを決断した。旅から旅への賞金稼ぎだ。一所に留まる理由は無い。

 先ほどの衛兵が賞金を用意して戻ってきた。

「これが賞金だ。生け捕りだから14000ダカットだな。確認したら受け取りにサインを頼む。」

 クリフは賞金額を確認すると、手早く書類にサインをした。

「クリフ……ほう、お前さんが猟犬クリフか。随分若いんだな、大したもんだ。」
「いえ……それほどの者ではございません。それではこれで……。」

 ぼそぼそと挨拶をすると、足早に詰め所を出た。
 早めに宿をとりたい。


…………


 運が良かった。すぐに宿が見つかったのだ。
 ベルーガのように、さほど大きくない町では宿がそれほど無い。宿がとれたのは幸運だった。

 クリフは宿をとると町に出た。
 冒険者が金を得るとやることは決まっている。女を抱くか、酒を飲むかだ。
 クリフは酒場に向かった。

「……酒を。強いのだ。」

 クリフが酒を注文し、楽しんでいると後ろから喧騒が聞こえてきた。喧嘩だ。
 酒場では珍しくもない。

「よそ者の冒険者と地元のゴロツキですよ。」

 クリフに店員が話し掛けてきた。

「旦那も冒険者ですよね?同業者のよしみでアイツらに一言かけていただけませんか?他の客に迷惑だ。」

 どうやら店員はクリフに喧嘩の仲裁をさせたいらしい。

「……面倒事は、御免だ。」

ぼそりと呟いた後、グイっと杯をあおると酒代を置いて店を出た。

「なんでえ、見かけ倒しかよ。」

 背中の方から声が聞こえたが、気にもならない。

……ただでさえ明日も分からぬ賞金稼ぎだ。義理事でも無いのにお節介を焼けるかよ。

「面倒事は、御免だ。」

 また、ぼそりとクリフが呟いた。



 この男はクリフ……庶民のため、姓は無い。

 これは猟犬クリフと呼ばれた男の物語である。
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