猟犬クリフ

小倉ひろあき

文字の大きさ
2 / 99
1章 青年期

1話 猟犬クリフ

しおりを挟む
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」

 荒い息が森の中に響き渡る。 

……男だ。 

 森の中を男が必死に走り続けている……何度も後ろを振り返り、様子を窺う。

 男は追われていた。
 男の名はオークス、犯罪者だ。
 殺人・強盗・窃盗・強姦……彼の罪状を数えればキリもない。

……追跡者の気配がする。

 オークスは逃げ切れないと悟り、木の影に身を隠す。
 そして得物の手斧を構えた。

 その刹那

 ピシッと空気を裂く音と共にオークスの拳に刃物が刺さった。
 ナイフだ。投擲用に刃先に重心があるようだ。
 手斧を握る指が2本ほど切断され、ナイフが刺さったままの手斧を取り落とす。

 追跡者との距離は14~15メートル程だ。狙って当てたのならば凄まじい腕前だ。

「ぎゃああっ!」

 オークスの口から悲鳴が上がる。
 しかし、その瞬間には反対の腕の肘あたりにもナイフが刺さった。「があっ」と再度オークスは悲鳴を上げた。

……木陰から追跡者が姿を現した。

 黒い髪の男だ。年の頃は20代半ば程か。
 アンバーの瞳と精悍な雰囲気から狼をどこか連想させる。
 名前はクリフ、冒険者だ。
 彼は賞金稼ぎを専門としている。  
 その執拗な追跡術から「猟犬クリフ」と呼ばれる凄腕だ。
 バックラー(30センチほどの丸盾)を構え、腰にはショートソードを佩いている。

 クリフの手がバックラーに伸び……ナイフが飛んだ。
 バックラーの裏側に投げナイフが収納されているらしい。

 クリフの投げたナイフは狙いをあやまたずにオークスの左の肩に突き立った。
 どうやら生け捕りにするために弱らせる腹のようだ。

「があっ……降参だっ! 降参するっ! 勘弁してくれっ!」

 クリフは手早く縄を出し、オークスの両手を拘束する。そして首輪の様にロープを首に巻き付け、力ずくで引っ張った。

「ガッ……げほっ」

 首を絞められ咽ぶオークス。
 もはや自力で逃げ出すことは無理だろう。
 クリフはナイフを回収し、バックラーに収納した。

 ここはバッセル伯爵領北部にある「精霊王の森」と呼ばれる深い森の中だ。追跡を逃れるためにオークスが半日ほど逃げ続け、かなり深入りしている。

 クリフはオークスを連行しながらの帰路を想像し「ふうっ」と深い溜め息をついた。



………………



 クリフの生業(なりわい)は冒険者だ。これは金ずくでトラブルを解決するフリーランスの傭兵のことだ。

 冒険者と言っても、クリフは面倒事を嫌い賞金稼ぎに徹している。賞金稼ぎ専門の冒険者はちょっと珍しい。

 彼には仲間も、家族もいない。これも「面倒」だかららしい。一匹狼でやっていける腕と胆がある証左でもある。


 今の世相は、やや落ち着いたとは言え戦国乱世だ。
 各地の領主や豪族は治安維持まではなかなか手が回らず、野盗や犯罪者には事欠かない。
 クリフの仕事はまだまだ世の中に溢れている。



………………



 半日ほど歩き、バッセル伯爵領ベルーガの町に着いた。
 もう日も暮れた。 早めに仕事を済ませたい。

 クリフは衛兵の詰め所に向かい、衛兵にオークスを引き渡した。

「ふむ、間違いない。人殺しのオークスだ。お手柄だな、若いの。」

 衛兵が手配書とオークスを見比べ確認すると、賞金を用意するために奥に向かった。

 その間にクリフは詰め所に掲示してある手配書をチェックする……大した仕事は無さそうだ。
 それならばこの町に長居する必要はない。明日の早朝にでも町を発つことを決断した。旅から旅への賞金稼ぎだ。一所に留まる理由は無い。

 先ほどの衛兵が賞金を用意して戻ってきた。

「これが賞金だ。生け捕りだから14000ダカットだな。確認したら受け取りにサインを頼む。」

 クリフは賞金額を確認すると、手早く書類にサインをした。

「クリフ……ほう、お前さんが猟犬クリフか。随分若いんだな、大したもんだ。」
「いえ……それほどの者ではございません。それではこれで……。」

 ぼそぼそと挨拶をすると、足早に詰め所を出た。
 早めに宿をとりたい。


…………


 運が良かった。すぐに宿が見つかったのだ。
 ベルーガのように、さほど大きくない町では宿がそれほど無い。宿がとれたのは幸運だった。

 クリフは宿をとると町に出た。
 冒険者が金を得るとやることは決まっている。女を抱くか、酒を飲むかだ。
 クリフは酒場に向かった。

「……酒を。強いのだ。」

 クリフが酒を注文し、楽しんでいると後ろから喧騒が聞こえてきた。喧嘩だ。
 酒場では珍しくもない。

「よそ者の冒険者と地元のゴロツキですよ。」

 クリフに店員が話し掛けてきた。

「旦那も冒険者ですよね?同業者のよしみでアイツらに一言かけていただけませんか?他の客に迷惑だ。」

 どうやら店員はクリフに喧嘩の仲裁をさせたいらしい。

「……面倒事は、御免だ。」

ぼそりと呟いた後、グイっと杯をあおると酒代を置いて店を出た。

「なんでえ、見かけ倒しかよ。」

 背中の方から声が聞こえたが、気にもならない。

……ただでさえ明日も分からぬ賞金稼ぎだ。義理事でも無いのにお節介を焼けるかよ。

「面倒事は、御免だ。」

 また、ぼそりとクリフが呟いた。



 この男はクリフ……庶民のため、姓は無い。

 これは猟犬クリフと呼ばれた男の物語である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

【完結】俺が信長で、幼馴染が吉乃と濃姫!? ~転生幼馴染トリオ、本能寺フラグ回避して戦国スローライフ目指します

月影 流詩亜
ファンタジー
事故で転生したのは、まさかの織田信長!? しかも、隣にいたはずの可愛い幼馴染(双子)も、なぜか信長の側室「吉乃」と正室「濃姫」に! 史実の本能寺フラグを回避するため、うつけの仮面の下、三人は秘密の同盟を結ぶ。 現代知識と絆を武器に、戦国スローライフを目指すサバイバル開幕!

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

処理中です...