猟犬クリフ

小倉ひろあき

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1章 青年期

5話 辻斬りイーモン 上

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 自由都市ファロン、マカスキル王国東部の交通の要衝にある自治都市である。
 乱世にあって栄華を極め、拡大の一途を辿る大都市だ。

 クリフはこのファロンで冬を越すことに決めた。
 マカスキル地方の雪は深く、冬は旅に向かない。クリフのような一流冒険者は冬までにしっかりと稼ぎ、雪の季節は休暇を兼ね、のんびりと冬越えをするのだ。
 一方で、稼ぎの足りない冒険者は雪に足をとられながら依頼をこなすこととなる。
 クリフにくっついてきた若者、ギネスなどはこの手合いだ。彼は今も懸命に駆け回っていることだろう。


…………


 クリフはベッドからぼんやりと窓の外を眺めた。もう夕方だ。

 クリフの隣には裸の女性が横になっている。
 彼女の名はエレン、娼婦だ。本名かどうかは定かではない。
 年の頃は20代の前半だろうか……クリフは彼女を気に入り、この娼舘に2日も居続けている。
 明るい髪色と白い肌を持つ女性だ。顔もまずまずと言ったところだが、クリフは彼女の目が好きだった。
 常に潤んだような青い瞳の大きな目だ。垂れ目がちで優しげな風情がある。

 クリフは優しげな女性が好みであった。恐らくは母親が命を懸けて彼を救ったことが影響している……が、それには本人も気づいてはいない。

「……そろそろ行くよ。」 

 クリフはエレンに声を掛けた。
 エレンは薄手のガウンをはおり、クリフの上着を取りに向かった。
 この物静かなところもクリフは好ましく感じていた。

……俺が猟犬クリフだと知っても、あれこれ詮索しない……いい女だ。

 つまり、彼はエレンに恋をしたのである。
 クリフとて若い男だ。当たり前のことではある。

「また、来るよ。」

 クリフはエレンに声を掛けて店を出た。
 決して安い店では無いが、クリフには問題ないはずだ。

 どことなく、浮かれた気分で彼は酒場に向かった。

 ファロンの様な大都市では冒険者個人に依頼を出すのではなく、酒場に仲介を頼むことが多かった。
 後年には冒険者ギルドという仕組みになるのだが、クリフが現役の時代にはまだ存在しない。

 クリフは賞金稼ぎ専門だが、様々な情報を集めるためにも酒場には世話になっている。
 ことあるごとに酒場に足が向くのは、冒険者の習性のようなものだ。


…………


 酒場にはギネスがいた。

「兄貴っ! お久しぶりです。」

 ギネスはファロンで懸命に働いている。
 クリフはギネスに会うたびに酒を奢ってやっている。
 社交的で人懐こいギネスは思わぬ情報をもたらすこともあり、クリフは意外と重宝していたのだ。

 様々な世間話の後、ギネスは「そう言えば」と気になる話を始めた。

「最近、流行りの辻斬りですが……賞金が懸かるそうで。」
「へえ、犯人もわからずにか。」

 クリフが興味を示した。賞金首となれば彼の仕事だ。
 辻斬りが流行りとは世も末だが、ファロンでは辻斬りが続いていた。衛兵も手を焼き、犯人不明のままで賞金が掛かったらしい。

「ひとつ、二人でやっつけましょうよ。」
「バカ言え、犯人探しなんてやってられるか。」

 この話はここで終わり、クリフとギネスは連れだって酒場を出た。
 二人は同じ宿に宿泊している。もちろん部屋は別だ。
 クリフは吝嗇(ケチ)という程でも無いが、自分の贅沢にはおよそ興味の無い男で、ギネスのような駆け出しが泊まる宿に平気で滞在しているのだ。

 安い宿は路地裏にある。
 その路地裏に、男が3人いる。

 全員覆面だ。

 後ろにも気配がある。挟まれた様だ。

「兄貴、心当たりは?」
「キリが無いな。」

 事実、賞金稼ぎなんて生業を続けているのだ。買った恨みは枡で測るほどになっているだろう。

 言葉もなく、男達が剣を抜いた。クリフ達も応じて剣を抜く。

……名乗りも無しか。

 クリフは少し疑問に思った。恨みならば名乗りがあるはずだ。

「噂の辻斬りだな。」

 クリフが誰何(すいか)した。
 覆面男たちは無言だ。
 互いにじりじりと間合いを測る。

 睨み合いに耐えられなくなったのか、「だあっ」と気合を放ちながら先頭の覆面男が突きを放った。なかなか鋭い諸手突きだ。

 しかし、クリフは難無く身を躱わし、剣で覆面男の手を払う。

「ぎゃああっ!」

 覆面男が痛みに悶える。指を何本か切断したようだ。

「ウィルフレッド様!?」
「貴様! よくも!」

 他の覆面が怒気を露にした。
 クリフは悶え苦しむウィルフレッドとやらを蹴り倒し、周囲の覆面達を睨み付け一喝した。

「猟犬クリフと知ってのことか! ウィルフレッド!!」

 すると覆面どもに動揺が広がった。覆面の一人がウィルフレッドを庇いながら指示を出す。

「退けっ!」

 覆面どもはサッと引いた。
 統率がとれている。
 しかし、頭の名前を呼んだことと言い素人のようだ。暗殺者ではない。

 ギネスが「はあーっ」と息を吐いた。相当に緊張していたらしい。
 クリフはウィルフレッドの指に気がつき、眺めた。
 指輪だ。紋章が刻まれている。

「おい、ギネス……見てみろ。」
「ええっミスリルですかい!? 初めて見やした。」

 それはミスリルで出来たごつい指輪であった。ミスリルは高級品だ。そして紋章が刻まれた指輪は、現代日本で言うところの印章(ハンコ)のような使い方をする。
 まず、間違いなく貴族の持ち物であろう。

「この紋章から辻斬りを追えるかも知れんな……。」
「そうだ辻斬りっ! アイツら!」

 ギネスが怒声を上げる。
 クリフは走り出そうとするギネスを止めた。今更追えるものでも無い。

「面倒なことになりやがった……。」

 クリフは「ふうっ」と大きな溜め息をついた。



………………



 翌日

 クリフは酒場に向かった。
 酒場のマスターにミスリルの指輪を見てもらうためだ。
 マスターは元ベテラン冒険者で見識がある。なにより事情通だ。
 クリフはマスターに事情を説明し、指輪を見せる。

「こいつは……!」

 マスターが驚きの声を上げた。

「……知ってるか?」
「ああ、この紋章は有名だぞ。バッセルだ、伯爵家だよ。ウィルフレッドって名前でこの紋章とくれば身元は明らかだ。」


…………

 
 マスターの言うところによれば、辻斬り犯はウィルフレッド・バッセル。現バッセル伯爵の三男だ。
 ファロンの北にあるバッセル伯爵領から、遊学中らしい。

 どうやら貴族のどら息子が、親元を離れて羽目を外していたらしい。領地の外で人殺しとはロクデナシだ。



 クリフの中で怒りの火が灯った。それは静かな怒りだ。だが、敵を燃やし尽くす熱があった。
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