猟犬クリフ

小倉ひろあき

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1章 青年期

13話 冬の空 上

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「組合(ギルド)?」

 ここは自由都市ファロン。
 冒険者が集う酒場で、クリフはマスターに思わぬ話を聞くことになった。

「ああ、そうだ。ここ自由都市ファロンで冒険者ギルドを作ろうと思ってよ。」

 マスターがクリフに話すところによると、冒険者のための職業組合を作ろうとの動きがあるらしい。

「クリフ……戦乱も落ち着いてきた。これからは冒険者や傭兵は職にあぶれる。食えねえ冒険者は盗賊や乞食になるのがオチだ……その前に、ならないですむ仕組みを作りてえんだよ。」


…………


 マスターの話とはこうだ。

 冒険者ギルドを作り、依頼の仲介や報酬の受け渡しをギルドが行う。
 これによって、依頼者から報酬のとりっぱぐれや無用な金銭トラブルを減らし、依頼をスムースにこなすことによって冒険者への社会的な信用を高める。
 また組合員という1種のステイタスを作ることによって、冒険者の社会的な地位を上げる。

 冒険者への依頼をギルドが集中して受注し、難度を設定することで実力相応の依頼を探しやすくなる。

 仲間(パーティ)の仲介や、情報の共有。

 各種訓練や必需品の販売。

 他にも色々と組合を作れば恩恵はあるらしい。


…………


「……って仕組みを考えてるんだ。この前、ヘクターと一緒に町の掃除をしてもらったのもこのためだ。時期を見て、ヘクターの組織も吸収するつもりだ。」

 クリフは「へえ」と気の無い返事をした。
 正直、クリフは組合(ギルド)というものがよく分かっていない。

「まあ、5年や10年後の話さ。直ぐには実現は無理だ。お前も……引退を考える時期が来たら協力してくれ。」

 マスターはそう言うとクリフのグラスに新しい酒を注いでくれた。

……引退か。

 実のところ、クリフは疲れていた。
 ボリスの村で引退後を強く意識してしまったこと、エレンに対して「賞金稼ぎを辞めてもいい」と口にしてしまったこと……これらが、クリフにこびり付いた疲れを自覚させてしまったのだ。

 クリフはまだ27才だ。
 体は元気だし、磨き抜かれた技と相まり、正に今が冒険者としてのピークとも言える。
 しかし、心が…心技体の心がどうしようも無く弱ってきていた。
クリフにとって引退とは遠くない未来に感じられた。

「そうだなあ……」

 クリフは曖昧な相づちをし、なんとなく隣を目にした。
 隣ではヘクターとギネスがぎゃあぎゃあ騒いでいる。

……なんで、こいつらはいつも楽しそうなんだ?

 ぼんやりとクリフが二人を眺めていると……ギネスが「おっ」と声を上げた。

「ほー、女か……一人でこの店に来るとは珍しいな。しかも美人だ。」

 ヘクターが来店した客を見定めている。
 確かに女が一人で来るような店では無い。

 クリフもチラリと目を向けると……そこには思わぬ人物がいた。

……まさか?

女もクリフを見つけ、視線が合わさった。

「クリフっ!」
「クロフト様?なぜこんなところに……」

 なんと女とはハンナ・クロフトであった。 
 すでに感極まったのか口をへの字に曲げ、目には涙を溜めている。

 貴族の娘がなぜこんな場所にいるのか?
 ここにいるということは雪中を旅したと言うことか?
 供はいないのか?
 クリフの疑問は尽きるところはない。

「クロフト様、まさか村に変事でもありましたか?」

 ハンナはぶんぶんと頭を振り、否定する。
 クリフは想像した最悪の事態ではなかったことに、内心でホッした。

「違うの……私、もう姓は捨てる……。」

 ハンナはとうとう涙をポロポロとこぼし始めた。

「クリフがっ……私っ……わたっ……」

 ハンナは「えぐっ、えぐっ」としゃくり泣くので言葉が続かないらしい。

「おおっ、何だ何だ?」
「いや、わかんないっす。」

 隣ではヘクターとギネスが興味津々といった風情で眺めている。

 辺りを見てみれば店内中の注目を集めているようだ……当たり前ではある。

「クリフがっ、私のこと嫌いでも良いのっ! 一緒にいたいのっ!!」

 このハンナの愛の告白に、一瞬、店内静まり返る。
 そして数秒後、店内が「うおおおお」と、どよめいた。

「すげえ、貴族の娘だぜ?」
「凄え上玉だ!」
「クリフが女を泣かせた?」
「家を捨てたってよ!」
「一緒にいてえとは健気じゃねえか!」

 店内が一気に盛り上がっている。
 ヘクターとギネスもなにやら興奮した様子だ。

……なんだ?これは?

 一方、クリフは全く状況が掴めていない。
 なぜ?という疑問で頭が一杯だ。

「クロフト様……ご当主様は何と……?」
「叔父上は……何も知らないの……私に縁談があって、でも私は……クリフを探して……」

 また感極まったのか、ハンナは涙をポロポロとこぼし、とうとう顔を抑えてわんわんと泣き出してしまった。

「……どうすりゃ良いんだ……?」

 周囲に助けを求めるも、店内は訳のわからない盛り上りを見せ……クリフの疑問に答える者はいなかった。



………………



 数十分後

 クリフは落ち着きを取り戻したハンナから事情を聞くことにした。
 ハンナはクリフに受け入れて貰ったと思い、頬を染めながら隣に座っている。

 ハンナの語るところによると、ハンナはクリフが村から去った後は毎日泣いて暮らしていたらしい。
 しかし、その様子に心を痛めたヒースコート・クロフトがクリフの暴言の真意をハンナに説き聞かせた。
 ハンナはクリフの想いを知り、感動をした。
 頃合いを見てヒースコートがハンナに縁談を勧めたが、ハンナは聞く耳を持たずに村を飛び出して来た……。

 大体はこのような事情らしい。

 クリフは呆れた。

 貴族の娘が冒険者を追いかけて家を飛び出すなど、有ってはならないスキャンダルだ。
 ハンナの嫁入りには大きなハンデとなってしまうだろう。
 先程の告白といい、ハンナは年のわりに子供(ガキ)なのだ。

 しかし、若さと情熱に身を任せた本人(ハンナ)はどこを吹く風だ。

「クリフって名前の冒険者を探したら直ぐに分かったわ。やっぱり、クリフって凄い人だったんだね……。」

 頬を染め、うっとりとした表情でクリフを見つめる。

「クロフト様……」
「ううん、ハンナって呼んで欲しい。」
「ハンナ様……とりあえず、クロフト卿に手紙を書きましょう。私も書きます。クロフト卿はハンナ様が出奔されて、さぞ心を痛めていることでしょう。先ずは安否を伝えなくては。」

 クリフの言葉にハンナの顔は曇った。

「叔父上に居場所を知られたら、きっと連れ戻されてしまうわ。」

 このハンナの言葉にはクリフも溜め息が出る。

……ガキめ、俺が連れ戻したいくらいだ。

 内心で毒づきながらクリフはハンナを諭す。

「ご家族なのでしょう? 大切にしなくては。」

 クリフの言葉にハンナはハッとし「ごめんなさい」と呟いた。クリフに家族がいないことを思い出したのだろう。
 シュンと萎(しお)れてしまった。

「……書くわ。書いて叔父上に私たちの仲を認めてもらいたい……家族だもの!」

 ハンナは手紙を書き、届けることを承知した……おかしな決意を込めているが、そこはもう仕方ないだろうとクリフは諦めた。

……まあ、俺がちゃんと状況を伝えれば良いか……。

 クリフは「はあっ」と大きな溜め息をついた。

 ギネスが「俺が届けますよ」と張り切っている。
 ついでに返信も貰って来てもらおう……できたら誰か連れてきて、ハンナを引き取ってもらえたら最高だ。

……後は寝床だ。

「ハンナ様、宿はご用意されましたか?」

 クリフが尋ねると、ハンナはなにやら体をくねらせ、もじもじとしている。

「げっへっへ。女の口から恥ずかしいことを言わせようたあ、趣味がよろしいことですなあ。」

 ヘクターがニチャリとした嫌らしい笑みでクリフとハンナを煽っている。
 ハンナは「その、クリフの……」とかなんとかヘクターに言わされているようだ。

……コイツらは馬鹿だ。

 クリフは「ふうっ」と大きな溜め息をつき、色々と諦めた。

 クリフと同室などは論外として、同宿も無理だろう。
 クリフの定宿は冒険者向けの安宿だ。
 治安の悪い路地裏に位置し、南京虫がわくこともある。
 とても貴族が足を踏み入れるような環境ではない。

「良かったら、ここの空き部屋使って良いぞ。住み込みの従業員の部屋だったとこだ。」

 うんうんと唸るクリフを見かねたのか、マスターが助け船を出してくれた。

「すまん……助かる。」
「まあ、長期になるなら部屋代は相談させてもらうがな。」

 マスターの言葉にヘクターとハンナはあからさまにがっかりした様子だ。

……コイツらは馬鹿だ。



 クリフはまた、大きな溜め息をついた。
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