猟犬クリフ

小倉ひろあき

文字の大きさ
20 / 99
1章 青年期

14話 追分の風 上

しおりを挟む
 ハンナ・クロフトが自由都市ファロンに来て二月(ふたつき)以上が経過した。
 雪は溶け始め、春が訪れようとしている。


 クリフはいつもの酒場でぼんやりとしていた。もはや頭を使うことを放棄したのである。

 その原因はギネスが持ち帰ったヒースコートからの手紙であり、その内容はクリフの予想を大きく外れるものだった。
 手紙にはハンナの非礼や、ヒースコートがクリフの真意を伝えたことへの謝罪と共に『ハンナの好きにさせてやってほしい』旨が書かれていたのだ。
 この内容にクリフは頭を痛めていた。

 また、ハンナ宛の手紙にはハンナをクロフト家から勘当する旨、そして「自由に生きなさい」と書いてあったという。

……どこまでも甘い叔父上だ。事実上、姪が冒険者とどうにかなるのを認めたようなもんだ。

 クリフはヒースコートの対応に内心で呆れ果てていた。

 実のところ、ハンナは早くから父を亡くし、年の離れた兄や叔父に猫可愛がりをされていた過去があり、ヒースコートの甘さはその延長であるのだが、クリフが知るよしもない。

 そのハンナは今、クリフの横で外套(マント)を繕ってくれている。
 クリフの使い古しの外套は鍵裂きや繕いだらけの襤褸(ぼろ)に近いものだ。
 それを鼻歌交じりで楽し気に繕う姿は貴族のものではない。

 クリフの世話が出来ることが、嬉しくて堪らないといった風情のハンナを見て、クリフも思うところはある。
 クリフとて木石では無い。
 ハンナのような美人に慕われて嬉しくない筈がないのだ。

……でも、なあ。

 しかし、クリフは心に引っ掛かる何かを感じてはいた。
 それは刑場の露に消えたエレンの事であったかもしれないし、自らが明日をも知れぬ賞金稼ぎだということかもしれない。
 何か、自分でも理解できない何かが引っ掛かっているのを感じるのであった。

「できたよっ!」

 ハンナは意気揚々とクリフのマントを持ち上げるが、お世辞にも上手な仕上がりでは無い。むしろ諸事器用なクリフの方が綺麗に縫えるであろう。

 しかし、クリフは嬉しかった。ここまで純粋な好意を向けられるのは、クリフが故郷から出て始めてであったかもしれない。

「ありがとう。 人に服を直してもらうなんて……いつ以来かな……。」

 クリフはハンナから外套を受けとり、肩にかける。
 ハンナはその姿をほれぼれとした風情で見つめた。

「なあなあ、お二人さんよ。」

 ヘクターがクリフとハンナに声をかけた。

「別にいいんだが……お前さんたち、なんで酒場でままごとしてるんだ?」

 ヘクターの言葉で我に返ったクリフは周囲の白けた視線に改めて気がついた。
 冒険者とは大半の者が独り身である。
 その中で堂々といちゃついていたら良い気はされまい。

……ああ、やっちまった。

 クリフは後悔したが、ハンナは何処吹く風だ。

「いいんですっ。隅っこの方で大人しくしてるじゃないですか。」
「いやあ、そういう訳じゃなくてだねえ。」

 ヘクターは何とも仕様がないと言った風情で苦笑した。

「お嬢ちゃんに文句を言えるやつなんてここにはいねえんだよ。」

 ヘクターはお手上げだ、と両手を上げて降参した。

 この酒場でウェイトレスをしているハンナは容姿も美しく、朗らかな性格で人気者である。誰からも好かれる存在ではある。
 しかし、そこは酒場だ。
 1度、酔漢が戯れにハンナの胸や腰を撫でたことがあった。
 その時、ハンナは「無礼者!」と一喝し、有無を言わさぬ曲刀の一撃で酔漢の両目を潰してしまったのだ。
 貴族であるハンナの権利は王国法で守られている。
 目を潰された男の罪が問われることはあっても、無礼者を返り討ちにしたハンナの罪が問われることは無い……男は泣き寝入りだ。

 それ以来、この酒場でハンナに逆らう者などいない。

「すまん、ヘクター。ハンナ、少し外を歩こう。」

 クリフは慌ててハンナを外に連れ出した。
 ハンナはクリフとお出かけできると聞いて上機嫌だ。

「まだ、仕事中だろ……」

 マスターがやれやれと言った風情で呟いた。



………………



 クリフとハンナは露天を冷やかしながら大通りを歩いていた。

……どうしたもんかね。

 クリフはハンナに何かお礼の品でもと思うのだが、何を贈ろうかピンと来ない。
 ハンナならば何を贈っても喜んでくれるだろうが、だからと言って何を贈っても良いわけではないだろう。

 その時、ガチャガチャと鎧の音も勇ましく衛兵が数人駆けていくのが目に入った。

……衛兵隊か、事件か?

 衛兵が慌ただしく大通りを駆け抜けて行く。

「ハンナ、少し見に行くか。」

 クリフは衛兵隊を追いかけた……これは別に野次馬根性では無い。
 犯人が賞金首ならば、いち早く追跡に入ることができ、それ意外の犯人であっても、犯人が新たな賞金首となることも珍しくは無いのだ。

 クリフはハンナと共に衛兵を追い、ファロン郊外の馬宿に辿り着いた。
 馬宿とは馬で旅をする者の馬を預かる施設のある宿のことだ。

「酷い……」

 ハンナが馬宿の惨状をみて顔をしかめる。
 馬宿の内外には何人もの死体が転がっている。

「あっ、クリフさん。」

 顔見知りの衛兵がクリフを見つけて近寄ってきた。

「酷いもんですよ……6人も死んでます。」
「6人か……」

 クリフは改めて惨状に目を向けた……物取りだろうか、部屋も死体も荒らされている。
 そして、子供の泣き声が聞こえてくるのに気がついた。

「子供?」
「ええ、旅の親子も殺られたんですよ……子供はさすがに殺さなかったようですが。」

 その時、クリフの頭はカッと怒りで真っ白になった。

「親が殺されたのか?」
「はい、両親(ふたおや)ともに……まだ三つの子には酷なことで……」

……子供の前で、両親を殺したのか……許さねえ。

 クリフの総身から殺気にも似た気迫が迸る。
 あまりの迫力に衛兵やハンナも思わずたじろいだ。

「ハンナ、ギネスに声を掛けてこい。俺は現場を調べてから犯人を追う。」
「う、うん。わかった。」

 ハンナは走ってファロン市内に戻っていった。
 残ったクリフは現場を丹念に調べる。

 血の着いた足跡は三つ、武器は……剣か槍だな。刺し傷ばかりか。
 クリフは少なくとも犯人は三人だと踏んだ。

……足跡は……こっちか。



クリフは足跡の追跡を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...