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1章 青年期
17話 駒鳥の囀り 下
しおりを挟む4日後
夜明け前にクリフとサイラスは、とある廃村の側にいた。
この廃村は荒駒のイザドル一味の塒(ねぐら)だ。
「少し、偵察してきましょう。」
クリフはフードを目深に被り、全く足音を立てずに廃村の中へ潜入する。
建物は10軒以上残っているが、使えそうなものは少ない。どうやら廃村となってから時間が経っているようだ。
クリフはその中でも大きめの家に注目した。
周囲には鳴子(なるこ)が張り巡らされているようだ……先ず間違いなく、ここがアジトであろう。
クリフはアジトの警戒度が高いと見て近づくのを止めた。
発見されては元も子も無い。
次は廃村の入り口にある農家だ。
こちらは恐らく見張り小屋だろう。クリフは音もなく見張り小屋に張り付き、壁に耳を当てた。
慎重に気配を探る……中にいるのは二人だ。
……深入りは禁物だ、ここまでにしよう。
クリフはサイラスの元に帰ることにした。
…………
「ふむ、そうか……」
サイラスはクリフの報告を聞き、考え込んだ。
「火だな。この建物、こいつを燃やそう。」
サイラスは地面に描いた簡単な見取り図の一角を示す。
そこは廃村の外れ、アジトからも見張り小屋からも死角に位置する廃屋だ。
「ここなら火を起こしても気づかれまい……しかも風上だ、火勢が広がれば面白い。」
クリフは度肝を抜かれた。
廃村を火攻めなどと考えつくサイラスは、戦場往来の古兵(ふるつわもの)なのだろう……冒険者の思考では無い。
「私が火を付けましょう。」
「助かる……こちらは慌てて飛び出した奴を片付けていこう。」
いくつか打ち合わせをすると、二人は別れた。
クリフは再度、廃村に潜入するのだ。
…………
廃村の一角から火の手が上がった。
思いの外、火勢が強い。
見張り小屋から男が二人飛び出してきた。
その二人を狙ってサイラスが突撃をする。年に似合わぬ機敏さだ。
「なんだテメエは!」
「敵だっ!!」
見張り小屋の二人は声を上げ剣を抜いたが、サイラスは素早く槍で突き伏せた。
素晴らしい技の冴えだ。
一息で二人を倒すとは尋常では無い。
サイラスの獲物は管槍(くだやり)だ。
管槍とは槍の柄に金属製の管を通した槍のことで、管を左手で握り、右手で槍を繰り出すように使う。
金属製の管は滑りが良く、素手で扱うよりも遥かに速く槍を突き出せるのだ。
欠点としては突く以外の動作が難しいところだが、実戦では素早い突きは何よりも恐ろしい威力を発揮する。
アジトからも数人が飛び出した。
こちらはクリフがナイフを投げつけて始めの二人を倒したが、三人目の男が長剣でナイフを防いだ。
奥からさらに二人が飛び出した。
……残りは手練れが三人か、分が悪いな。
言葉も無くクリフに迫る三人に対し、クリフは背を向けて走り出した。
「待ちやがれ!」
男達がクリフを追う……その先にはサイラスが待ち構えていた。
サイラスは声も掛けずに先頭の男を突き殺す。
……これは凄い、達人とはいるものだ。
サイラスの突きは、正に目にも留まらぬ速さだ。クリフはサイラスの槍術に舌を巻いた。
クリフを追ってきた二人の男はサイラスを警戒し、足を止める。
「イザドル」
サイラスがイザドルに呼び掛けた。
「……ぐっ、あんたか。」
サイラスを認めるとイザドルは明らかに動揺した。
クリフは二人がサイラスに気をとられている隙を突き、イザドルの隣の男にナイフを投擲した。
意表を突かれた男はまともにナイフを腹に食らい踞(うずくま)った。
イザドルは「なっ」と驚きの声を上げるがサイラスが目の前にいる以上、クリフを警戒するのは難しい。
「クリフ、ありがとよ……ここからは手出しは無用だ。」
サイラスがイザドルの方を向いたままクリフに声を掛けた。
「クリフ……猟犬クリフか!?」
イザドルは苦し気に顔をしかめ、冷や汗を流した。
左からは火勢が広がり、右手には猟犬クリフ……そしてサイラスが眼前でギラギラとした殺気を放っているのだ……よほどの剛の者でも冷静でいるのは難しいだろう。
「イザドル、掛かってこい……引導を渡してやる。」
イザドルはもはや逃げられぬと観念し「糞っ」と悪態をつきながら、無駄の無い動きで下段から諸手突きを放った……クリフがハッとするほど鋭い突きだ。
同時にサイラスが動く。
ドシッと低い音が響き、サイラスとイザドルはその場で固まったように動かなくなった。
……相討ちか?
クリフの目をもってしても両者の動きは捉えきれなかった。
それほど素晴らしい技量の激突だったといえる。
ぐらり、とイザドルの身体が大きく揺れ崩れ落ちた。
サイラスの槍で左胸を突かれたのだ…即死であったろう。
サイラスは無言だ。
クリフはそっと離れ、イザドルの手下に止めを刺して回った。下手に生かしておいては禍根を残す。
そしてイザドルの配下の内、二人の首を落とした。彼らも賞金首なのだ。
クリフは熱を感じ、顔を上げた。
廃村に火が回ってきたようだ。
思いの外に風が強く、火勢は弱まらない。
……まずいな、離れないと。
クリフはサイラスの元に戻り、声を掛けた。
「このままでは危険です、離れなくては。」
サイラスはイザドルの髪を一房(ひとふさ)切り取り、無言でイザドルの死体を燃え始めた小屋の中に納めた……簡易的な火葬にふしたのだ。
クリフとサイラスは無言で廃村を離れた。
火が広がり野火になるかも知れないが、周囲には人は住んでいない。問題は少ないだろう。
………………
クリフとサイラスは廃村から少し離れた所で足を止めた。
「クリフ……その首は?」
「彼らも賞金首です。荒駒のイザドルの手下として知られた凶賊ですよ。」
サイラスはクリフの言葉に「ふむ」と頷いた。
「イザドルも渡せば良かったな。」
「いえ、そちらは手出し無用の約束で。」
クリフの言葉が意外だったのだろう、サイラスは少し驚いた顔をしてクックッと喉を鳴らした。
「クリフ、今回は助かった……私の名はサイラス・チェンバレン。王都に寄ったときには顔を見せてくれ。」
サイラス・チェンバレン。
マカスキル王国に住まう者で、この名を知らぬ者は少ないだろう。
サイラス・チェンバレンとはマカスキル王家に仕える将軍である。
戦乱の世で大小合わせて56度もの合戦を戦い抜いた伝説的な闘将だ。
数年前に引退してからは表舞台には一切出なかったために、世間では死亡したと思われていた。
……まさか、サイラス・チェンバレンとは……。
さすがのクリフも驚くと同時に、その恐るべき強さに納得した。
「残念ですが、私のような者がお屋敷には近づけませんよ。」
クリフが肩を竦(すく)めると、サイラスは「ふむ」と考え込み剣帯から鞘ごと剣を外した。
「これをやろう。この剣を見せればある程度は融通が利くはずだ。」
クリフは両手で剣を受け取った。
鍔際(つばぎわ)に紋章が描かれたミスリルの剣だ…クリフのショートソードよりも少し長い。
宝剣と言うべき業物(わざもの)ではあるが、報酬は堂々と受け取るのが冒険者の流儀である。
「ありがとうございます……サイラスに会うとき以外には融通を利かさぬようにします。」
クリフはあえて呼び捨てでサイラスと呼んだ。
「ふっ、この年で新たな友垣(ともがき)が出来るとはな……共にまた冒険しよう……猟犬クリフ。」
サイラスは軽く手を振り、去っていった。
その大きな後ろ姿は、例えようもなく寂しげに見えた。
ヒンカララ
駒鳥(こまどり)の囀(さえず)りが聞こえてきた。
もう春も終わりだ……夏が近い。
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