猟犬クリフ

小倉ひろあき

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1章 青年期

閑話 鴉金のベルタ

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 ここは自由都市ファロン、隻眼ヘクターが経営する口入れ屋の事務所である。

 この事務所に思わぬ来客があったのは、夏も盛りのことだった。


「なんだあ? 借金取りだと?」

 ヘクターは事務所に来た女をジロリと睨み付ける。

「ええ、親分さんのとこの若いのが借りた金を返さないんでね、親分さんにカタを詰めてもらいます。」

 鉄火な女である。ヘクター相手に借金の取り立てとは並の胆力では無い。
 見れば年齢は30になるやならざるやといったところか……中々にあだっぽい女だ。

「まあ、良い。若い衆にはありがちな事だ……おい、幾らだ?」
「6人で183690ダカットです。」

 ヘクターは「ほお」と感心した。なかなかそこまで借金が出来るものではない。

「おい、金庫から出してこい。」

 ヘクターは金庫番に告げて金を届けさせた。
 大規模な組織を束ねるヘクターの元には金が唸るほど入ってくるのだ。しかも金惜しみをする性格ではないので金遣いも粗い。自然とおこぼれに預かる形となる若い衆がヘクターを慕うのである。

「さすがは評判の隻眼ヘクター親分だ。頂戴します。」

 女は金を受けとると直ぐに事務所から出ていった。

……良いケツをしてやがるぜ。

 ヘクターはニヤニヤと女の尻を眺めながら、借金をした子分を呼ぶように指示をした。
 返すあても無く大金を借りた度胸を誉めてやるつもりなのだ。


………………


 2時間後


「バカ野郎!!」

 ヘクターの怒声が響き、殴られた子分が悲鳴を上げる。

 事情を聞けば子分たちは大金を借りたのではなく、少しずつ借金を重ね、利子が雪だるまのように膨らんだ為に返済の目処が立たず借金取りから逃げ回っていたのだ。
 ヘクターは借金の額を聞き、自分の子分が何か大きな事でもやらかしたのかと期待していただけに裏切られた気分になったのだろう。

「俺はなあっ! テメエらの借金のケツを持つのは構わねえ……だがよ、利子で根を上げて女から逃げ回るとはどういう了見だ!!」

 ヘクターが怒鳴り付けると子分たちは「すいません」と平謝りをした。

「次からはキチンと俺にケツを持ってこい! わかったな!?」

 子分たちは「へい」と挨拶をして下がって行った。
 ヘクターは借金を払わされたことでは無く、自分の子分がチンケの借金をして女から逃げ回ったことに腹を立てているのだ。

「おいっ」とヘクターが近くの子分に声を掛けた。

「あの女(アマ)はどういうヤツなんだよ。」
「へい、あの女は鴉金(からすがね)のベルタと申しやす。」

 ヘクターは「ふん」と鼻を鳴らした。

「鴉金(からすがね)、高利貸しか。」

 鴉金(からすがね)とは、鴉がカアと鳴く間に利子が増えると言われるほどに阿漕(あこぎ)な高利貸しのことである。

「へい、何でも元冒険者らしいんですが、金貸しの亭主に見初められて嫁入りしたそうで……亭主が死んでからは女だてらに後を継いで借金取りにまで回る女豪傑でさ。」

 ヘクターは事情を聞いた子分に小遣いを投げて渡した。
 子分は金を握り締め「へへ」と笑いながら出ていく。

……高利貸しか、溜め込んでやがるだろう。それにあのケツだ。

 ヘクターはニタリと邪悪な笑みを浮かべた。



………………



 半月後


 鴉金のベルタは借金の取り立てのためにヘクターの事務所にやって来た。

 ヘクターはわざと若い衆に借金をさせ、支払いはヘクターがすると言わせていたのだ。前回の事もあり、ベルタは疑いもなくヘクターの事務所を再訪した。

「よく来たな、ベルタさん。」

 ヘクターは事務所の最奥の部屋でベルタを待ち受けていた。

「親分さん、ここは……?」

 さすがに不審を感じたベルタが疑問を口にする。

「へっへっへ……誰も来ねえ方が都合が良いだろう?」

 ヘクターが下卑た笑みを浮かべながらベルタに近づく。
 ベルタはピクリと眉を動かしヘクターを警戒した。
 この手の危険には身に覚えがある……女だてらに冒険者をやっていたのだ。

「嘗(な)めんじゃないよっ!!」

 ヘクターの魂胆を悟ったベルタが腰の短剣で素早く切りつけた。
 ベルタは男勝りに借金の取り立ても行う元冒険者だ……なかなかの鋭さを持つ一撃だった。

 しかし、ヘクターには通用しない。
 難なく短剣を持つ手を捻られて床に押し付けられる。

「畜生っ! 畜生っ!」

 ベルタが尚も抵抗すると「うるせえっ」とヘクターが頬を張った。
 並の一撃ではない……ヘクターは左右の手、それぞれで剣を振るう怪力なのだ。
 骨の髄まで響く衝撃にベルタは半ば失神してしまった。

「ふん、もうお仕舞めえかよ。」

 ヘクターがベルタにのし掛かる。
 ベルタは身を捩(よじ)り抵抗するがどうにかなるものでは無い。
 しばらく揉み合った後、ベルタはヘクターに侵入され「ぎゃあー」と悲鳴を上げた。


…………


「くっくっく……そこに金は用意してある、持っていきな。」

 行為を終えるとヘクターはベルタに言い捨てるようにして立ち上がった。

 「獣(けだもの)っ」とベルタが恨めしげにヘクターを睨み付ける。
 ヘクターは無言でベルタを蹴り上げ、仰向けに転がし再び床に押さえつけた。

 ベルタが「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。ヘクターは怯えるベルタを楽しげに眺めて笑みを浮かべる。

「お前(め)えの体は中々のもんだ。また抱いてやるよ。」

 「ガーッハッハ」とヘクターの下卑た笑いが部屋に響き渡った。



…………



 ふらふらとベルタは自宅に帰る。
 ベルタは金貸しの事務所に何人か雇っているが、亭主が死んでからは独り暮らしを続けていた。

「畜生っ……畜生っ……」

 ぽろぽろと涙をこぼしながら自宅のドアに手を掛けた……その瞬間、後ろに気配を感じ振り返る。
 そこには悪魔のような笑みを浮かべた男が立っていた。ヘクターだ。

「あ、あ……嫌っ」

 ベルタは力無く抵抗する。その顔には恐怖がべったりと張り付いていた。

「へっへっへ……いいから、入んなよ。」

 ヘクターはベルタを家に押し込みながら、どかどかと上がり込む。

「止めてっ! なんで!」
「俺はよ、お前(め)えが気に入ったぜ。ここに住んでやる……毎朝毎晩と可愛がってやるよ。」

 ヘクターはベルタの顎(あご)を掴んで言い放った。

「そんなのっ! 許すわけ無いだろ! 出てけっ!!」

 ベルタが必死で抵抗すると「うるせえっ」とヘクターの拳が飛んできた。
 顔面を強かに殴られたベルタが吹っ飛んだ。
 みるみるうちにベルタの顔が赤黒く腫れ上がる。

「酒だ。さっさと支度をしろ。」

 ヘクターは我が物顔でごろりと横になる。
 ベルタにはもはや抵抗は出来なかった。


…………


 ベルタが支度をした酒を飲み、ヘクターはだらしなく酔っ払った。

 ヘクターはベルタが大人しく従う内は機嫌が良いが、ベルタが恨めしげな視線を向けようものなら容赦なく暴力を振るう。
 ベルタはなるべく視線を合わせぬように、俯(うつむ)きながらヘクターの言いなりになるより他はなかった。

 数時間も暴れ、酒を飲み続けただろうか……さすがのヘクターも、大分(だいぶ)と酔いが回ったようだ。ぐでぐでに酔っ払い、イビキをかきながら居眠りをしている。

 ヘクターの様子を見たベルタは音もなく背後に回り込み、無言のまま短剣で突き掛かった……しかし泥酔している筈のヘクターは素早く飛び退き、飲んでいた杯(さかずき)をベルタの顔面に投げつける。
 ベルタは杯を防いだが、抵抗はそこまでであった。

 ヘクターの平手が唸りを上げてベルタの頬を張る。

「嘗(な)めた真似をするじゃねえか!」

 ヘクターは半ば気絶をしたベルタの髪を掴み、無理矢理立たせる。

「俺に逆らうとどうなるか教えてやるぜ。」

 ヘクターはベルタの短剣を拾い上げ、掴んだ黒髪を切り裂いた。
 ベルタの髪がばさりと床に広がる。

「や、止めてっ! 堪忍っ! もう堪忍してっ!」
「うるせえっ! 次に逆らったら丸坊主にしてやるぞ!!」

 ベルタは踞(うずくま)り、しくしくと泣き出した。
 そこにヘクターがのし掛かる。

「酷いっ! 畜生っ! 獣(けだもの)っ!」

 ベルタが必死でヘクターを拒むが、腕力では敵う筈もない。

「お前(め)えは、もう俺から逃れられ無えよ。」

 ヘクターがニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

「嫌だっ! 嫌だーっ! あなたっ! 助けて……助けてっ! 嫌だっー!」

 ベルタの叫び声が響き渡った。



………………



 さらに半月後


 今日もヘクターはベルタの家で酒を飲んでいた……あの日以来、すっかりと亭主面をしてベルタの家に居座り続けているのだ。

 ベルタは甲斐甲斐しくヘクターの世話を焼いている。
 顔の青痣も化粧で誤魔化せる程度には薄くなり、髪も短く整えていた。

 あれからベルタは日に何度も殴られ、犯され続けた。

 ヘクターは気紛れにベルタの家を物色し、金目の物を取り上げた……それはベルタの亡き夫が贈ってくれた物ですら例外では無い。
 疫病神ですら裸足で逃げ出すような傍若無人の振るまいである。

 まさに降って湧いた悪夢のような日々であったが、この生活を続けるうちにベルタの心身はヘクターを受け入れ始めていた。

 人の心とは不思議なものだ。

 無理矢理とは言え体が繋がり続けたことで「犯された」という意識が薄れていったのであろうか……それともヘクターという「強い雄(おす)」にベルタの心身が屈服したのであろうか……それはベルタ本人にも分からない。

 兎にも角にも、今ではベルタはヘクターの情婦(おんな)になりきっていた。

 そして、ヘクターの子分が借金の取り立てを代行することになり、ベルタの事業も安定して来たのだから悪いことばかりでもない。

「おい、俺の子を産むか?」

 まだ日も高いというのにヘクターがベルタの尻に手を伸ばす。
 ベルタは羞恥心から身を捩(よじ)るがヘクターからは逃れられない。

「俺のモノでいるうちは、お前(め)えは俺が守ってやるよ……。」

 ヘクターはベルタにのし掛かり、優しげに耳元で囁(ささやい)た。

 ベルタは嫌がるでもなく「うれしい」と呟く。
 今まで男勝りに生きてきたベルタは男に支配される悦びに全身を痺れさせ、うっとりと身を任せていた。

 ヘクターは荒くれ者を束ねるだけで無く、ベルタという強力な資金源も得た。
 自由都市ファロンでは、もはや町を治める評議会議員ですらヘクターと事を構えるのを嫌がるようになっている。
 まさに裏社会の首領(ドン)と呼ぶに相応しい実力者だ。

 これほどの権勢をファロンに来て僅かの間に手にしたヘクターはただ者ではない。

……この女を冒険者組合(ギルド)の金主にすれば話は早え。

 ヘクターが色恋の感情だけで近づいた訳ではないとベルタも気付いているだろうが何も言わない。
 そしてヘクターもまた、体の下で為すがままになっているベルタを憎からず思っているのも事実だ。

……まったく、良い女だぜ。



 蝉時雨(せみしぐれ)の中、一際高くベルタの嬌声が上がった。
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