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2章 壮年期
7話 公子アルバート 上
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クリフがクロフト村に滞在して1年と少し経った頃、ジンデル公爵が薨去(こうきょ)した。
ジンデル公爵は8代目の辺境伯であり、初代公爵として長らくジンデル家に君臨した中興の英主である。
文武に優れ、高潔な人格を持ち、69才で天寿を全うした「理想の君主」だ。
しかし、彼の統治には負の遺産が残されていた。
後継問題である。
公爵は後継者について明言をせぬままに急死した。
ジンデル公爵は4人の男子があり、その中で有力な後継者候補は2人。
43才の長男のアルバートと、22才の四男ダリウスである。
長子であり、父を輔(たす)け統治に実績もあるが、いささか地味な印象のアルバート。
ジンデル公爵の愛妾が産み、公爵の愛を一身に受けたダリウス。こちらは才気煥発(さいきかんぱつ)たるものがあるが、若く実績は無い。
アルバートは公爵の長男であり、ジンデル公爵家の譜代(ふだい)衆に支持をされ、ダリウスは先代公爵時代の非主流派が逆転を狙って担ぎ上げている印象である。
勢力比はアルバートのほうがやや分があるが、公爵領の貴族の大半は様子見であり、情勢次第ではどう転ぶかは全く予想ができない。
地生えの豪族貴族など風向き次第の風見鶏なのである。
しかし、風見鶏にも同情の余地はある。
後継争いは専制政治の常ではあるが、配下の貴族からすればたまったものではない。流れを読み損ねれば滅亡の危機である。
出来るだけ、ぎりぎりまで粘って勝ち馬の尻にしがみつきたいと思うのが人情だ。
公爵位が定まるまでは摂政評議会と呼ばれる親族衆による合議で政治が進められるが、事実上は何も決まらないのと同じである。
公爵領を切り盛りできる親族がいれば後継争いなど起こる筈も無い。
………………
「……と、言う情況だが……クリフ殿のご意見を伺いたいのだ。」
ヒースコートがクリフに意見を求めているのは後継候補のどちらを支持するのかだ。
もちろん、クリフの言いなりになる筈も無いが参考にしたいのだろう。
「とは申しましても、私はお2人とも面識がありませんし……」
クリフには貴族の派閥政治などは想像もつかないし、後継候補のどちらにも義理も面識も無いので判断の仕様もない。
……しかし、公爵には気の毒だが、助かったな。
クリフはジンデル公爵から2度ほど「話がしたい」と晩餐会に招かれていた。
しかし、妻(ハンナ)の病を口実に断り続けていたのだ……さすがに3度断れば角が立ち、ヒースコートにも迷惑をかけたであろう。
それだけ「猟犬クリフ」の名声は高まっているのである……が、実は彼のエピソードの殆どが創作だ。
詳しく話を求められてはボロが出るのは目に見えている。
クリフは不謹慎ではあるが、公爵の死に「ほっ」とした気持ちになっていたのだ。
「そうか、それもそうか。」
ヒースコートがやや落胆した表情を見せたが納得はしたようだ。
「ええ、ただ私の勝負勘で言いますと……」
ヒースコートが「む」と身を乗り出す。猟犬クリフの勝負勘とは興味深い。
こんな話が聞きたかったのだ。
「賭けるのはどちらでも良いと思います……ただ、半端はいけません。初めから終始一貫して味方するのです。」
ヒースコートは少し顔をしかめた。彼は当分は日和見(ひよりみ)を決め込むつもりであった。
「勝てば良し。負けても筋を通せば良いのです。途中で裏切ったりするのが最も悪い。信義を通し、勝とうが負けようが叔父上の力を示せれば大成功です。」
クリフの考え方は実に冒険者的だ。
冒険者にとって最も忌み嫌われるのが依頼の放棄や裏切りだ。例え依頼に失敗したとしても実力を示せれば次の仕事は来るのである。
逆に、1度裏切った者は2度裏切ると言われ、卑怯者は仲間(パーティ)を組むこともできなくなるのだ。
「クリフ殿が言わんとする事は分かるが……むうん。」
ヒースコートが「うんうん」と唸(うな)りだした。
彼の舵取りでクロフト村500人の未来が決まるのである。
一介の冒険者のように全てを擲(なげう)って勝負を賭けるのは難しい。
「ハンナが万全ならば……クリフ殿とハンナを押し出して戦働きも出来ようが……今のあれではなぁ。」
クロフト家はジンデル公爵領内の貴族では下の中くらいである。
公爵領の勢力争いでは掃いて捨てられるような存在であり、風になびくように流れるのが自然な動きだ。
数千規模の争いで存在感を示すのは難しい。
「叔父上、クロフト家の強みは兵力では無いでしょう?」
「うん? はて……強み、と言われると……」
クリフは少し呆れた。
ヒースコートは高々数十の兵力で堂々と戦働きをするつもりらしい。
「クロフト家の強みは外交でしょう? わざわざ公爵位を争わなくても、チェンバレン家に働きかけて公爵位を認めてもらえば良いのでは? 叔父上が支持するほうが公爵になるのですよ。」
ヒースコートは「あ!」と叫んで飛び上がった。
ガタッと椅子が倒れる。
「まさに、まさに鬼手です!」
爵位とは土地の支配者に冠せられる称号である。
実効支配をしていないのに爵位を名乗れば笑われるだけだ。
しかし、王国から認められるとなれば意味が変わってくるだろう。
ヒースコートを始め、ジンデル公爵領の貴族たちは「争って勝った方が公爵になる」とルールを決めつけている。
しかし、端(クリフ)から見ればそんなルールなぞナンセンスだ。要は相手を負かすのが目的ではない、公爵になれば良いのだ。
「公爵位を買うのですから、それなりの対価は必要でしょうが……まあ、そこは売り手の言いなりになるしかないでしょうね。」
その条件を詰めるのはクリフでもヒースコートでもない。売り手と買い手で値段をつければ良いのである。
「先ずは私が候補者に謁見するのはどうですか? 先代公爵にすら頭を下げなかった猟犬クリフが器量を認めたとかなんとか理由をつけて。叔父上とチェンバレン家の繋がりをアピールできますし。」
ヒースコートは「なるほど」と何度も頷いている。
「周囲の小貴族にも働きかけましょう。『実はここだけの話だが』『王家からの話では公爵位は決まっている』『相手には討伐軍が来る』『親しい貴殿にだけお知らせするのですぞ』などと耳打ちするのです。人は『ここだけの話』が大好きです、噂がすぐに広まりますよ。」
市井(しせい)で暮らすクリフからすれば、こんな詐欺はいくらでも耳にしたことがある。しかし、ヒースコートには衝撃だったようだ。
さすがはハンナの叔父と言うべきか、年齢のわりに彼は単純(のうきん)で正義漢らしい。
「それは、謀略です……クロフト家は陰謀を成さぬのが家風。」
「それは良い、この手の話は今まで積み重ねた信用がモノを言います。面白いように毒がまわりますよ。」
クリフがニタリと邪悪な笑みを浮かべると、ヒースコートが不気味なものでも見るような目付きでクリフを眺めた。
「勝とうが負けようが、やればやるほどクロフト家は安泰です。ヒースコート・クロフトに手を出せばチェンバレンが黙ってないぞと睨みを効かせましょう。」
これも冒険者的である。ヘクターの子分に手を出せば、怖い顔の親分が黙ってはいない……事実はどうであれ、そう思わせるのが大事なのだ。
ヒースコートは黙り込んでしまった。何か葛藤(かっとう)をしているようだ。
「どちらが高く買ってくれましょうか?」
「それは、アルバート様だろう。ダリウス様は若く、実績を欲しがっている……謀略よりも武略を求めるだろう。」
クリフは頷き、沈黙する。
言うべき事は全て言ったつもりだ。
……後は、叔父上次第さ。
必死で悩むヒースコートを残し、クリフはそっと部屋を退出した。
…………
クリフは気分転換に外に出た。まだ肌寒いが、春の気配を確かに感じる。
少し周囲を眺めるとハンナがエリーと散歩をしていた。穏やかな表情だ。
……ハンナも落ち着いたし、内乱が始まる前に帰るのもいいかもしれない。
クリフがぼんやりと二人を眺めていると、ハンナがクリフに気がつき、近づいてきた。
「ハンナ、調子はどうだ?」
「うん、今日は気分が良いからエリーとお散歩していたの。」
ハンナがにこにこと笑う。
一見、今までのハンナに戻ったかのように見えるが、翌日には寝室から出ることも出来ないくらい落ち込むことがあるのをクリフもエリーも知っている。
「エリー、ありがとう。」
「ううん、お母さんに村の話を聞いていたの。面白かったわ。」
一時期ギクシャクしていたハンナとエリーの関係も良好なものになってきた。
これはエリーが何かを納得し、ハンナとの関係を受け入れたようにクリフには感じる。
エリーはもう10才になった。
「ふふ、エリーったら男の子たちにとても人気があるの。今もエリーと話したくて堪らない子が隠れているわ。」
ハンナがチラリと木陰をみやると、10才前後の男の子が慌てて身を隠した。
「エリーは可愛いからな。自慢の娘さ。」
「もうっ、からかわないでよっ!」
エリーが可愛らしく抗議をしてきた。
貴族の娘ならば、そろそろ婚約者を見つけねばならない年頃ではある。
「エリーの好みはどんなタイプなんだ? 婚約者探しの参考にしないとな。」
「知らないっ!」
エリーがプイッとそっぽを向くと、ハンナが「あはっ」と短く笑った。
3人で過ごす、村での生活はクリフにとってこの上なく甘美なものであった。
……このまま、この村で住んでもいいかな。
クリフはこの村で年をとるのも悪くないと考え始めていた。
…………
夕食のテーブルでのこと、ヒースコートがクリフに話しかけた。
ちなみに同席しているのはヒースコート、アビゲイル、クリフ、ハンナ、エリーである。
クロフト家はハンナの父も母も兄も亡くし、ヒースコート夫妻に子がないために近しい親族が驚くほど少ない。
ちなみにハンナの兄には妻がいたが、まだ若く子も無かったために実家に帰り、再嫁している。
「クリフ殿、先程の話だが、アルバート様にお味方することを決めた。」
クロフト村の行く末を決める重大時を、ヒースコートは世間話のようにサラリと言う。
短期間で覚悟を決めたヒースコートの胆力は中々のものだとクリフは思う。
「そうですか、今晩にでも兄上に手紙を書きましょう。ハンクにも支度をさせ、明日早い時間に出立させます。」
「うむ、ならば私は明日にでもジンデルに向かう。」
紛らわしいが、このジンデルとはジンデル公爵領の首府である町の名前だ。
「あら? 何の話?」
ハンナが無邪気に尋ねる。
「ふふ、叔父上は大出世するかもしれないぞ。次の公爵を助けるのさ。」
クリフが愉快げに言うと、ハンナも「よかったね」とにこにこと笑う。
ハンナは25才になったはずだが、どことなく少女の幼さを残している。
「叔父上、ジンデルに行くならエリーのお婿(むこ)さんも探してきてね。」
「ああ、わかったよ。飛びきりの婿を探さなくてはな。」
ハンナとヒースコートが冗談を口にすると「やめてよっ」とエリーが横を向いた。
このくらいの少女は性的な話題を嫌悪する者も多い。
そうでなくても身内からこのような話題をされて思春期の少女が喜ぶ筈が無い。
「二人とも、からかってはダメよ。エリーさん、ごめんなさいね。」
アビゲイルが申し訳なさそうにエリーに謝る。
「いえ、その、まだ考えたことなくて……」
エリーが恥ずかしそうに口籠る。
クロフト村に来てから、エリーはアビゲイルに貴族の娘としての躾(しつけ)を習っている。
アビゲイルには頭が上がらないのだ。
「すまなかったな。しかし、私もアビゲイルもエリーさえ良ければ婿をとってクロフト家を継いで欲しいと思っているのだよ。」
ヒースコートが本気とも冗談ともつかぬ口調で語り、穏やかに笑った。
ジンデル公爵は8代目の辺境伯であり、初代公爵として長らくジンデル家に君臨した中興の英主である。
文武に優れ、高潔な人格を持ち、69才で天寿を全うした「理想の君主」だ。
しかし、彼の統治には負の遺産が残されていた。
後継問題である。
公爵は後継者について明言をせぬままに急死した。
ジンデル公爵は4人の男子があり、その中で有力な後継者候補は2人。
43才の長男のアルバートと、22才の四男ダリウスである。
長子であり、父を輔(たす)け統治に実績もあるが、いささか地味な印象のアルバート。
ジンデル公爵の愛妾が産み、公爵の愛を一身に受けたダリウス。こちらは才気煥発(さいきかんぱつ)たるものがあるが、若く実績は無い。
アルバートは公爵の長男であり、ジンデル公爵家の譜代(ふだい)衆に支持をされ、ダリウスは先代公爵時代の非主流派が逆転を狙って担ぎ上げている印象である。
勢力比はアルバートのほうがやや分があるが、公爵領の貴族の大半は様子見であり、情勢次第ではどう転ぶかは全く予想ができない。
地生えの豪族貴族など風向き次第の風見鶏なのである。
しかし、風見鶏にも同情の余地はある。
後継争いは専制政治の常ではあるが、配下の貴族からすればたまったものではない。流れを読み損ねれば滅亡の危機である。
出来るだけ、ぎりぎりまで粘って勝ち馬の尻にしがみつきたいと思うのが人情だ。
公爵位が定まるまでは摂政評議会と呼ばれる親族衆による合議で政治が進められるが、事実上は何も決まらないのと同じである。
公爵領を切り盛りできる親族がいれば後継争いなど起こる筈も無い。
………………
「……と、言う情況だが……クリフ殿のご意見を伺いたいのだ。」
ヒースコートがクリフに意見を求めているのは後継候補のどちらを支持するのかだ。
もちろん、クリフの言いなりになる筈も無いが参考にしたいのだろう。
「とは申しましても、私はお2人とも面識がありませんし……」
クリフには貴族の派閥政治などは想像もつかないし、後継候補のどちらにも義理も面識も無いので判断の仕様もない。
……しかし、公爵には気の毒だが、助かったな。
クリフはジンデル公爵から2度ほど「話がしたい」と晩餐会に招かれていた。
しかし、妻(ハンナ)の病を口実に断り続けていたのだ……さすがに3度断れば角が立ち、ヒースコートにも迷惑をかけたであろう。
それだけ「猟犬クリフ」の名声は高まっているのである……が、実は彼のエピソードの殆どが創作だ。
詳しく話を求められてはボロが出るのは目に見えている。
クリフは不謹慎ではあるが、公爵の死に「ほっ」とした気持ちになっていたのだ。
「そうか、それもそうか。」
ヒースコートがやや落胆した表情を見せたが納得はしたようだ。
「ええ、ただ私の勝負勘で言いますと……」
ヒースコートが「む」と身を乗り出す。猟犬クリフの勝負勘とは興味深い。
こんな話が聞きたかったのだ。
「賭けるのはどちらでも良いと思います……ただ、半端はいけません。初めから終始一貫して味方するのです。」
ヒースコートは少し顔をしかめた。彼は当分は日和見(ひよりみ)を決め込むつもりであった。
「勝てば良し。負けても筋を通せば良いのです。途中で裏切ったりするのが最も悪い。信義を通し、勝とうが負けようが叔父上の力を示せれば大成功です。」
クリフの考え方は実に冒険者的だ。
冒険者にとって最も忌み嫌われるのが依頼の放棄や裏切りだ。例え依頼に失敗したとしても実力を示せれば次の仕事は来るのである。
逆に、1度裏切った者は2度裏切ると言われ、卑怯者は仲間(パーティ)を組むこともできなくなるのだ。
「クリフ殿が言わんとする事は分かるが……むうん。」
ヒースコートが「うんうん」と唸(うな)りだした。
彼の舵取りでクロフト村500人の未来が決まるのである。
一介の冒険者のように全てを擲(なげう)って勝負を賭けるのは難しい。
「ハンナが万全ならば……クリフ殿とハンナを押し出して戦働きも出来ようが……今のあれではなぁ。」
クロフト家はジンデル公爵領内の貴族では下の中くらいである。
公爵領の勢力争いでは掃いて捨てられるような存在であり、風になびくように流れるのが自然な動きだ。
数千規模の争いで存在感を示すのは難しい。
「叔父上、クロフト家の強みは兵力では無いでしょう?」
「うん? はて……強み、と言われると……」
クリフは少し呆れた。
ヒースコートは高々数十の兵力で堂々と戦働きをするつもりらしい。
「クロフト家の強みは外交でしょう? わざわざ公爵位を争わなくても、チェンバレン家に働きかけて公爵位を認めてもらえば良いのでは? 叔父上が支持するほうが公爵になるのですよ。」
ヒースコートは「あ!」と叫んで飛び上がった。
ガタッと椅子が倒れる。
「まさに、まさに鬼手です!」
爵位とは土地の支配者に冠せられる称号である。
実効支配をしていないのに爵位を名乗れば笑われるだけだ。
しかし、王国から認められるとなれば意味が変わってくるだろう。
ヒースコートを始め、ジンデル公爵領の貴族たちは「争って勝った方が公爵になる」とルールを決めつけている。
しかし、端(クリフ)から見ればそんなルールなぞナンセンスだ。要は相手を負かすのが目的ではない、公爵になれば良いのだ。
「公爵位を買うのですから、それなりの対価は必要でしょうが……まあ、そこは売り手の言いなりになるしかないでしょうね。」
その条件を詰めるのはクリフでもヒースコートでもない。売り手と買い手で値段をつければ良いのである。
「先ずは私が候補者に謁見するのはどうですか? 先代公爵にすら頭を下げなかった猟犬クリフが器量を認めたとかなんとか理由をつけて。叔父上とチェンバレン家の繋がりをアピールできますし。」
ヒースコートは「なるほど」と何度も頷いている。
「周囲の小貴族にも働きかけましょう。『実はここだけの話だが』『王家からの話では公爵位は決まっている』『相手には討伐軍が来る』『親しい貴殿にだけお知らせするのですぞ』などと耳打ちするのです。人は『ここだけの話』が大好きです、噂がすぐに広まりますよ。」
市井(しせい)で暮らすクリフからすれば、こんな詐欺はいくらでも耳にしたことがある。しかし、ヒースコートには衝撃だったようだ。
さすがはハンナの叔父と言うべきか、年齢のわりに彼は単純(のうきん)で正義漢らしい。
「それは、謀略です……クロフト家は陰謀を成さぬのが家風。」
「それは良い、この手の話は今まで積み重ねた信用がモノを言います。面白いように毒がまわりますよ。」
クリフがニタリと邪悪な笑みを浮かべると、ヒースコートが不気味なものでも見るような目付きでクリフを眺めた。
「勝とうが負けようが、やればやるほどクロフト家は安泰です。ヒースコート・クロフトに手を出せばチェンバレンが黙ってないぞと睨みを効かせましょう。」
これも冒険者的である。ヘクターの子分に手を出せば、怖い顔の親分が黙ってはいない……事実はどうであれ、そう思わせるのが大事なのだ。
ヒースコートは黙り込んでしまった。何か葛藤(かっとう)をしているようだ。
「どちらが高く買ってくれましょうか?」
「それは、アルバート様だろう。ダリウス様は若く、実績を欲しがっている……謀略よりも武略を求めるだろう。」
クリフは頷き、沈黙する。
言うべき事は全て言ったつもりだ。
……後は、叔父上次第さ。
必死で悩むヒースコートを残し、クリフはそっと部屋を退出した。
…………
クリフは気分転換に外に出た。まだ肌寒いが、春の気配を確かに感じる。
少し周囲を眺めるとハンナがエリーと散歩をしていた。穏やかな表情だ。
……ハンナも落ち着いたし、内乱が始まる前に帰るのもいいかもしれない。
クリフがぼんやりと二人を眺めていると、ハンナがクリフに気がつき、近づいてきた。
「ハンナ、調子はどうだ?」
「うん、今日は気分が良いからエリーとお散歩していたの。」
ハンナがにこにこと笑う。
一見、今までのハンナに戻ったかのように見えるが、翌日には寝室から出ることも出来ないくらい落ち込むことがあるのをクリフもエリーも知っている。
「エリー、ありがとう。」
「ううん、お母さんに村の話を聞いていたの。面白かったわ。」
一時期ギクシャクしていたハンナとエリーの関係も良好なものになってきた。
これはエリーが何かを納得し、ハンナとの関係を受け入れたようにクリフには感じる。
エリーはもう10才になった。
「ふふ、エリーったら男の子たちにとても人気があるの。今もエリーと話したくて堪らない子が隠れているわ。」
ハンナがチラリと木陰をみやると、10才前後の男の子が慌てて身を隠した。
「エリーは可愛いからな。自慢の娘さ。」
「もうっ、からかわないでよっ!」
エリーが可愛らしく抗議をしてきた。
貴族の娘ならば、そろそろ婚約者を見つけねばならない年頃ではある。
「エリーの好みはどんなタイプなんだ? 婚約者探しの参考にしないとな。」
「知らないっ!」
エリーがプイッとそっぽを向くと、ハンナが「あはっ」と短く笑った。
3人で過ごす、村での生活はクリフにとってこの上なく甘美なものであった。
……このまま、この村で住んでもいいかな。
クリフはこの村で年をとるのも悪くないと考え始めていた。
…………
夕食のテーブルでのこと、ヒースコートがクリフに話しかけた。
ちなみに同席しているのはヒースコート、アビゲイル、クリフ、ハンナ、エリーである。
クロフト家はハンナの父も母も兄も亡くし、ヒースコート夫妻に子がないために近しい親族が驚くほど少ない。
ちなみにハンナの兄には妻がいたが、まだ若く子も無かったために実家に帰り、再嫁している。
「クリフ殿、先程の話だが、アルバート様にお味方することを決めた。」
クロフト村の行く末を決める重大時を、ヒースコートは世間話のようにサラリと言う。
短期間で覚悟を決めたヒースコートの胆力は中々のものだとクリフは思う。
「そうですか、今晩にでも兄上に手紙を書きましょう。ハンクにも支度をさせ、明日早い時間に出立させます。」
「うむ、ならば私は明日にでもジンデルに向かう。」
紛らわしいが、このジンデルとはジンデル公爵領の首府である町の名前だ。
「あら? 何の話?」
ハンナが無邪気に尋ねる。
「ふふ、叔父上は大出世するかもしれないぞ。次の公爵を助けるのさ。」
クリフが愉快げに言うと、ハンナも「よかったね」とにこにこと笑う。
ハンナは25才になったはずだが、どことなく少女の幼さを残している。
「叔父上、ジンデルに行くならエリーのお婿(むこ)さんも探してきてね。」
「ああ、わかったよ。飛びきりの婿を探さなくてはな。」
ハンナとヒースコートが冗談を口にすると「やめてよっ」とエリーが横を向いた。
このくらいの少女は性的な話題を嫌悪する者も多い。
そうでなくても身内からこのような話題をされて思春期の少女が喜ぶ筈が無い。
「二人とも、からかってはダメよ。エリーさん、ごめんなさいね。」
アビゲイルが申し訳なさそうにエリーに謝る。
「いえ、その、まだ考えたことなくて……」
エリーが恥ずかしそうに口籠る。
クロフト村に来てから、エリーはアビゲイルに貴族の娘としての躾(しつけ)を習っている。
アビゲイルには頭が上がらないのだ。
「すまなかったな。しかし、私もアビゲイルもエリーさえ良ければ婿をとってクロフト家を継いで欲しいと思っているのだよ。」
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子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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