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3章 中年期
閑話 父の教え
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「おいっ、バート! ついてこい」
ベルタの家で寛(くつろ)いでいたヘクターは、ふと何かを思いついた様子で息子に声をかけた。
「あら、お出掛けですか?」
「おう、俺も暇になったし息子(バート)を鍛えてやるよ」
ベルタの質問にヘクターが答える……何とも無い光景だが、2人の息子は何やら嫌な予感がしたらしく、バートは身を固くし、ご指名の無かったバリーはサッと身を隠した。
この父(ヘクター)は先日冒険者ギルドを退職して家にいるが、暇をしているのか碌(ろく)でも無いことばかり思い付いては家族に迷惑をかける。
「え、なんだよ急に……鍛えるって剣?」
「バカ野郎、冒険者としての仕事を仕込んでやる」
バートは若い頃のヘクターに良く似た銀髪と、ベルタに似た整った顔立ちの12才の少年だ。
彼の父は伝説的な冒険者「隻眼ヘクター」であり、母も元冒険者で金貸しの「鴉金のベルタ」である。
言わば冒険者界のサラブレッドであり、彼もいずれは冒険者になりたいとぼんやりと考えていた。
……でも父さんの訓練か……ああ、嫌だなあ。
バートは既に憂鬱(ゆううつ)だ。
ヘクターの訓練とは気分次第で手抜きをされたり殴られたりと碌(ろく)な事が無い。
そんな息子の苦悩を知ってか知らずか、ヘクターは妻のベルタの尻を撫でていた。
「帰ってきたらたっぷり撫(な)でてやるぜ、3人目も悪くねえ」
ヘクターは息子の前でも平気でベルタの尻をギュッと掴んだ後、さっさと家を出た。
「ちょっと、父さん! 何をするのか言ってくれよ!?」
バートが慌てて父を追う。
遅れては何をされるか分かったものではない。
ベルタが「行ってらっしゃい」と息子の後ろ姿に声をかける……すると、母の陰で息を潜めていた弟のバリーが「ふうっ」と安堵の息を吐いた。
………………
……冒険者ギルド? 訓練所を使うのかな?
ここは自由都市ファロンの冒険者ギルドだ。
まだ早い時間なので今日の仕事を求めて冒険者たちがわらわらと掲示板の前に群がっている。彼らは日雇いの仕事を探しているのだ。
バートの思惑は外れ、ヘクターは訓練所では無く事務所スペースに入っていく。
「おう、邪魔するぜい」
「あら、ヘクターにバートくんじゃない。珍しいわね」
受付カウンターの美人がバートにニッコリと微笑んだ。彼女はハンナ・クロフト・チェンバレン……バートが尊敬する冒険者ギルドの支配人(ギルドマスター)猟犬クリフの妻である。
「はい、お久しぶりです」
バートが挨拶すると「お利口ねー」とハンナから褒められた……どうやら彼女の中でバートは幼児のままらしい。
「登録だ。倅(せがれ)を冒険者登録してやってくれ」
「あら? 15才未満は3人以上の冒険者からの推薦が必要よ? ヘクターが作った規則じゃない」
冒険者ギルドは一応、年齢制限がある。未成年者の登録には推薦者が必要だ。
しかし登録してしまえば冒険者としての活動に制限は無い。
ヘクターは「おう、そうだったな」と掲示板の前に行き、若い衆にムリヤリ署名をさせていた。
「ほれ。受注する依頼は市中の見回りだ」
「あらー、2人で仕事なんていいわね! ……はいこれ」
ハンナが元気良く市中の見回りの依頼書を出す。
これは常に衛兵隊から出されている依頼で、完全歩合制のためにあまり受注する者はいない。
「頑張ってね!」
ハンナに励まされ、バートの気合は入った。
……いきなり初仕事か……でも父さんって、やっぱり凄い冒険者だったんだ……
訳もわからず依頼を受注したバートは、ヘクターの振る舞いを憧れの眼差しで見つめた。
この父(ヘクター)と比べればギルドにいた冒険者などものの数では無いだろう。
貫禄(かんろく)と言うものがまるで違う。
ヘクターはずんずんと歩を進め、7番の門に到着した。
ファロンは高い城壁に守られており、城壁の門は9対(つい)設けられている……数字の9はマカスキル地方では「満ちる数字」として縁起が良いとされており、それに因(ちな)んだ数である。
余談だが、門の数え方は左右に開くタイプなら「対」だ。
「よし、良く見ていろ」
ヘクターは言うが早いか、門の前に屯(たむろ)する乞食を物色し、若い乞食の前で立ち止まる。
若い乞食は足が萎(な)えているらしく、杖が傍らに置いてある。
……え、施しを? 父さんが?
バートは不思議そうに見守る。
すると、ヘクターはいきなり若い乞食を蹴り飛ばした。
そして髪(かみ)を掴み、グイッと無理矢理立たせる。
ヘクターは左右の手のそれぞれで剣を操る怪力である。
その腕力は50才を超しても健在のようだ。
「おいっ、テメエは怪我したフリをしてやがるが歩けるだろう!」
「ひいっ! お助けっ! お助けっ!」
ヘクターに髪を捕まれた乞食は泣いて謝る。
「父さん!? 止めろよっ!」
バートが父の蛮行に抗議をする。さすがに社会的弱者に対する暴力は許されないと思ったのだ。
「バート、こいつはなあ、働きたくねえから足が使えないフリをしてるのさ、見てみろ。」
ヘクターが「立てよ」と凄むと若い乞食は渋々立ち上がった。
「ほれ。立てるじゃねえか……人を騙(だま)して金をせびるのは詐欺(サギ)ってんだよ!」
ヘクターが若い乞食をぶん殴って気絶させた。
「おう、テメエとテメエ! ……オメエもだ! おんなじ目に遇いたく無(ね)えなら誠意を見せろ!」
ヘクターが指名した乞食たちは渋々といった風情で小銭を差し出した。
「おう! それで良いんだよっ! また来てやるよっ! がーっはっはっは」
ヘクターは気絶させた乞食を担ぐと衛兵の詰め所に向かう。
市中の見回りの依頼書を見せ、乞食を衛兵に引き渡すと軽犯罪者として20ダカットの賞金が貰えた。
「ほれ、半分やる……いいか、小遣いってのはこうして稼ぐんだ。一辺に全部捕まえるのは阿呆よ。」
ヘクターは「けっけっけ」と悪魔のように笑う。
……何てことをするんだ……恐喝じゃないか……
バートは抗議をしたいが、逆らうと殴られるので何も言えない。
ヘクターはバートの気も知らず、ずんずんと人混みを掻き分けて進んで行く。
そして市場でピタリと止まった。
「次はあいつだ。良く見ろ、やるぜ」
ヘクターが指で示したのは若い女だ。
……父さんは何を?
バートには意味が判らない。
ヘクターは女に近づき「見たぜ」とドスの効いた声で語りかけた。
「何だよお前は!? 何か文句あるのかっ!?」
若い女は威勢良くヘクターに凄むが、その顔には明らかに焦りの色が浮かんでいる。
ヘクターの迫力に圧されているのだ。
「うるせえっ!」
ヘクターはいきなり女の顔面を拳で殴り付ける。
若い女はなす術もなく「うぎっ」と奇妙な声を出して気絶した。
……メチャクチャだ! 止めさせないと!
このヘクターの蛮行に市場が騒然とし始めた。
「騒ぐなっ! スリだ! この財布はテメエのだろ!」
ヘクターは近くの男に財布を突きつけると、その男はようやく財布が無いのに気づいたらしい。
何度もヘクターに礼を言っている。
「良いってことよ。おいっ、バート行くぜ!」
ヘクターは女スリを担いでどんどんと先に行く。
……凄え! 父さんは凄え!
バートは父の背中を誇らしく思い、憧れの眼差しで眺めた。
そしてヘクターの足がピタリと止まる。
「ここだ」
「え? ここ……倉庫?」
ヘクターは薄暗い倉庫の中に入る……鍵(カギ)すら掛かっていないらしい。
どさりと女スリを床に落とし、蹴りつけて目を覚まさせる。
「ひいっ!」
女スリが怯えた声を出した。
ヘクターに殴られた顔面は赤黒く腫れ上がっている。
「おいっ、言うこと聞くなら乱暴にしねえよ。衛兵に突き出されたくねえだろ?」
ヘクターが女スリの服を力(ちから)づくでビイーッと引き裂いた。
「嫌っ! 止めて!」
「うるせえっ!」
ヘクターは女スリを何度も平手で打つと、女は意識を朦朧(もうろう)とさせ、ぐったりと全身の力を抜いた……抵抗を諦めたのだ。
「おいっ、バートっ! 先に突っ込んでいいぜ」
「はあ!? 何を言ってるんだ父さん! さすがに……ぶっふ!?」
バートの抗議は最後まで聞いてもらえず、ヘクターの拳に顔面を殴られた。
「さっさとしろ」
……できるわけ無いだろっ!? このバカ野郎!
バートは涙目でヘクターを睨(にら)む。
「何だよ? したこと無えのか……くっくっく、早く言えよ、教えやるよ」
バートは嬉々として獣性を発揮する父の行為を呆然と見守っていた。
「がーっはっはっは!」
父(ヘクター)は何度も楽しげに笑っていた。
………………
「さてと、ゆっくり楽しんだし、詰め所にブチこむか」
ヘクターがぐったりとした女の髪を掴み無理矢理引き摺(ず)る。
「そんなっ!? 約束が違う!」
女が悲鳴に似た抗議の声を上げるが、ヘクターにギロリと睨まれると「ヒイッ」と黙り込んでしまった。
「父さん……さすがに、その……」
バートが恐る恐る父に声をかけた。
「あん? こいつはな、どうせ衛兵に突っ込まれるんだよ。若い女だからな……味見させてもらっただけだ」
ヘクターは女を引き摺(ず)るように衛兵に引き渡し、スリの検挙で60ダカットを受け取った。
その衛兵もニヤニヤと嫌らしい顔つきをしていた。
「ほれ、半分やる……女が抱きたきゃ、あの倉庫を使っても良いぜ」
ヘクターはニヤニヤとしてバートをからかう。
……最低だ! コイツは最低だ!
バートはヘクターの背中を恨めしげに睨み付ける。
「だがな、スリも乞食も組織がある。やり過ぎると狙われるから気を付けろよ」
バートは何と答えて良いかわからず「うーん」と曖昧(あいまい)な返事をした。
「そろそろ飯にするかあ」
最低の父は腹をさすった。
確かに昼飯時だが、バートに食欲は全く無かった。
………………
午後も2人は何度か小悪党を捕まえ、小遣いをせびり、脅しあげて金品を奪い取った。
時刻は既に夕方だ。
「どうだ? 楽しいだろう? 人から感謝されるのはよ」
ヘクターがニヤニヤとしてバートの肩を掴む。
確かに彼らは一見すると町の犯罪を未然に防ぎ、犯罪者を検挙し続けている。
マカスキル王国には犯罪者の人権を擁護(ようご)する者はいない。
今日のヘクターの傍若無人の振る舞いも、相手が犯罪者だから許されるのだ。
ヘクターはこの匙加減(さじかげん)が抜群に上手い。
賞金首と冒険者のボーダーライン上をふらふらと綱渡りのようにバランスを取り、そのラインを賞金首側には決して越えないのだ。
バートはもう疲れ果てた……抗議をする気力も無い。
「次はよ、たちんぼを狙うぜ。たちんぼは法律違反だからな」
ヘクターは「へっへっへ」と笑う。
たちんぼとは路上で営業する娼婦だ。ヘクターの言う通り犯罪ではあるが、衛兵も必要悪として目溢(めこぼ)しをしている存在でもある。
……また、女の人に乱暴をするのか?
バートがジトッとした目で睨(にら)むとヘクターは「がっはっは」と笑い声を上げる。
「それも悪かねえけどよ……へっへっへ……捕まえるのは客さ、ガッカリしたかい?」
ヘクターが愉快そうに顔を歪ませる。実に邪悪な笑顔だ。
……確かに、客も法律違反なのか……?
バートは首を捻(ひね)る。
ヘクターは嬉しそうに路地を覗き、娼婦と客の情事を観察する。
「これは駄目だ」
そして次の路地に向かう。
「コイツじゃ無(ね)え」
何度か似たような行動を繰返し、立ち止まる。
「いたぞ、バート。良く見てみな」
バートは娼婦の上で動く人影を見た……別段、今までとの違いは無いように思える。
「分かるか? アイツは金持ちだ、小遣いを貰おうぜ」
ヘクターは言うが早いか路地に乗り込む。彼は素晴らしい歩法を見せ、足音は全く立てない。
ヘクターは男の背後から首根っこをいきなり掴み、グイッと持ち上げる。
男は下半身丸出しで「けぇぇ」っとカン高い声を出した。
「ヒッヒッヒ……聞いたかよ? ニワトリみてえな声を出しやがった」
ヘクターが楽しくて堪(たま)らないと言った風情で笑顔を見せる。正に満面の笑みだ。
「止めてっ! 何なのよっ!」
「うるせえっ! ババアがっ!」
ヘクターが娼婦を蹴り飛ばすと「何なのよっ」と娼婦は逃げて行く。
その娼婦の顔はかなりの年増でバートはギョッとした。
「さてよ、お話しようか」
ヘクターが手を離すとドサリと男が崩れ落ち、男は激しく咳き込んだ。
「たちんぼは違法だぜ? 売るのも買うのもな」
「何のつもりだッ!?」
男は涙目で抗議の声を張り上げた。
「なあに、難しい話じゃねえ……たちんぼ狂いで衛兵に突き出されるか、俺たちに誠意を見せるか選べばいいさ」
男は驚きで顔を歪めた。
ヘクターの言う誠意とは当然、現金のことである。
「どうだ? どうするよ?」
ニタニタと笑うヘクターの圧力に男は屈し、財布を取り出す。
「全部よこせ」
「ぐ、く……」
男は何かを言いかけたが、財布を残し、そのまま走り去った。
……これは完全に犯罪じゃないか!? 賞金首になっちまう!
バートの額から汗が流れる。寒い時期なのに冷や汗が止まらない。
「バート、この手はな、追い詰め過ぎるなよ。この場でアイツの事は忘れろ……金持ちは追い詰めると面倒くせえぞ」
ヘクターは「ほれ、半分やる」とバートに1000ダカットほど手渡した……大金である。
「世の中にゃ、下淫好みってな、身分の低い女を見るとオツな気分になるお大尽(だいじん)もいるんだよ」
「そんな金持ちが微罪で晒(さら)し台に乗るわけ無い……?」
ヘクターが「そうだ」とニタついた。
「後は互いに忘れるのさ……さて、帰るか。中々の稼ぎだったな、お前は才能があるぜ! がーっはっはっは」
バートは父親から褒められても少しも嬉しくなかった。
……こんなの、母さんに何て言えばいいんだよっ! くそっ!
「……言えるわけねえよ」
バートがポツリと呟いた。
………………
「あら、お帰りなさい」
家に帰るとベルタが優しく家に2人を迎え入れた。
「どうだった? ハンナさんから聞いたわよ、初仕事だったんだね」
ベルタは夕飯の支度を始めた。
少しだけいつもより夕飯が豪華なのは気のせいでは無い。
「おい、バートは才能があるぜ……初仕事は大成功さ」
「うふふ、そうね。隻眼ヘクターの息子だもの」
ベルタが上品に笑うとヘクターも嬉しそうに「3人めだ」とベルタを引っ張って行った。
ベルタが「バリー、ご飯はお願い」 と言い残し、父母はベッドルームに消えた。
兄弟は協力して夕飯の支度(したく)をし、食べ始めた。
支度とは言っても器に盛って並べるだけである。
「バリー、あのさ……」
「うん」
バートは今日の出来事を弟に伝えるべきか迷っている。
「お前はさ、母さんの仕事を手伝えよ」
バートはポツリと呟いた。
実は今日のヘクターの行いは本当の「ギリギリ」を教えるためだったのかも知れないとバートは思い始めていた。
……父さんは、最悪だけど凄いな。
これが、バートの正直な気持ちである。
この後、小遣いの稼ぎ方を知ったバートが、悪ガキどもの顔役になるには時間は掛からなかった。
彼はヘクターの遺伝子を色濃く受け継いでいたようである。
ベルタの家で寛(くつろ)いでいたヘクターは、ふと何かを思いついた様子で息子に声をかけた。
「あら、お出掛けですか?」
「おう、俺も暇になったし息子(バート)を鍛えてやるよ」
ベルタの質問にヘクターが答える……何とも無い光景だが、2人の息子は何やら嫌な予感がしたらしく、バートは身を固くし、ご指名の無かったバリーはサッと身を隠した。
この父(ヘクター)は先日冒険者ギルドを退職して家にいるが、暇をしているのか碌(ろく)でも無いことばかり思い付いては家族に迷惑をかける。
「え、なんだよ急に……鍛えるって剣?」
「バカ野郎、冒険者としての仕事を仕込んでやる」
バートは若い頃のヘクターに良く似た銀髪と、ベルタに似た整った顔立ちの12才の少年だ。
彼の父は伝説的な冒険者「隻眼ヘクター」であり、母も元冒険者で金貸しの「鴉金のベルタ」である。
言わば冒険者界のサラブレッドであり、彼もいずれは冒険者になりたいとぼんやりと考えていた。
……でも父さんの訓練か……ああ、嫌だなあ。
バートは既に憂鬱(ゆううつ)だ。
ヘクターの訓練とは気分次第で手抜きをされたり殴られたりと碌(ろく)な事が無い。
そんな息子の苦悩を知ってか知らずか、ヘクターは妻のベルタの尻を撫でていた。
「帰ってきたらたっぷり撫(な)でてやるぜ、3人目も悪くねえ」
ヘクターは息子の前でも平気でベルタの尻をギュッと掴んだ後、さっさと家を出た。
「ちょっと、父さん! 何をするのか言ってくれよ!?」
バートが慌てて父を追う。
遅れては何をされるか分かったものではない。
ベルタが「行ってらっしゃい」と息子の後ろ姿に声をかける……すると、母の陰で息を潜めていた弟のバリーが「ふうっ」と安堵の息を吐いた。
………………
……冒険者ギルド? 訓練所を使うのかな?
ここは自由都市ファロンの冒険者ギルドだ。
まだ早い時間なので今日の仕事を求めて冒険者たちがわらわらと掲示板の前に群がっている。彼らは日雇いの仕事を探しているのだ。
バートの思惑は外れ、ヘクターは訓練所では無く事務所スペースに入っていく。
「おう、邪魔するぜい」
「あら、ヘクターにバートくんじゃない。珍しいわね」
受付カウンターの美人がバートにニッコリと微笑んだ。彼女はハンナ・クロフト・チェンバレン……バートが尊敬する冒険者ギルドの支配人(ギルドマスター)猟犬クリフの妻である。
「はい、お久しぶりです」
バートが挨拶すると「お利口ねー」とハンナから褒められた……どうやら彼女の中でバートは幼児のままらしい。
「登録だ。倅(せがれ)を冒険者登録してやってくれ」
「あら? 15才未満は3人以上の冒険者からの推薦が必要よ? ヘクターが作った規則じゃない」
冒険者ギルドは一応、年齢制限がある。未成年者の登録には推薦者が必要だ。
しかし登録してしまえば冒険者としての活動に制限は無い。
ヘクターは「おう、そうだったな」と掲示板の前に行き、若い衆にムリヤリ署名をさせていた。
「ほれ。受注する依頼は市中の見回りだ」
「あらー、2人で仕事なんていいわね! ……はいこれ」
ハンナが元気良く市中の見回りの依頼書を出す。
これは常に衛兵隊から出されている依頼で、完全歩合制のためにあまり受注する者はいない。
「頑張ってね!」
ハンナに励まされ、バートの気合は入った。
……いきなり初仕事か……でも父さんって、やっぱり凄い冒険者だったんだ……
訳もわからず依頼を受注したバートは、ヘクターの振る舞いを憧れの眼差しで見つめた。
この父(ヘクター)と比べればギルドにいた冒険者などものの数では無いだろう。
貫禄(かんろく)と言うものがまるで違う。
ヘクターはずんずんと歩を進め、7番の門に到着した。
ファロンは高い城壁に守られており、城壁の門は9対(つい)設けられている……数字の9はマカスキル地方では「満ちる数字」として縁起が良いとされており、それに因(ちな)んだ数である。
余談だが、門の数え方は左右に開くタイプなら「対」だ。
「よし、良く見ていろ」
ヘクターは言うが早いか、門の前に屯(たむろ)する乞食を物色し、若い乞食の前で立ち止まる。
若い乞食は足が萎(な)えているらしく、杖が傍らに置いてある。
……え、施しを? 父さんが?
バートは不思議そうに見守る。
すると、ヘクターはいきなり若い乞食を蹴り飛ばした。
そして髪(かみ)を掴み、グイッと無理矢理立たせる。
ヘクターは左右の手のそれぞれで剣を操る怪力である。
その腕力は50才を超しても健在のようだ。
「おいっ、テメエは怪我したフリをしてやがるが歩けるだろう!」
「ひいっ! お助けっ! お助けっ!」
ヘクターに髪を捕まれた乞食は泣いて謝る。
「父さん!? 止めろよっ!」
バートが父の蛮行に抗議をする。さすがに社会的弱者に対する暴力は許されないと思ったのだ。
「バート、こいつはなあ、働きたくねえから足が使えないフリをしてるのさ、見てみろ。」
ヘクターが「立てよ」と凄むと若い乞食は渋々立ち上がった。
「ほれ。立てるじゃねえか……人を騙(だま)して金をせびるのは詐欺(サギ)ってんだよ!」
ヘクターが若い乞食をぶん殴って気絶させた。
「おう、テメエとテメエ! ……オメエもだ! おんなじ目に遇いたく無(ね)えなら誠意を見せろ!」
ヘクターが指名した乞食たちは渋々といった風情で小銭を差し出した。
「おう! それで良いんだよっ! また来てやるよっ! がーっはっはっは」
ヘクターは気絶させた乞食を担ぐと衛兵の詰め所に向かう。
市中の見回りの依頼書を見せ、乞食を衛兵に引き渡すと軽犯罪者として20ダカットの賞金が貰えた。
「ほれ、半分やる……いいか、小遣いってのはこうして稼ぐんだ。一辺に全部捕まえるのは阿呆よ。」
ヘクターは「けっけっけ」と悪魔のように笑う。
……何てことをするんだ……恐喝じゃないか……
バートは抗議をしたいが、逆らうと殴られるので何も言えない。
ヘクターはバートの気も知らず、ずんずんと人混みを掻き分けて進んで行く。
そして市場でピタリと止まった。
「次はあいつだ。良く見ろ、やるぜ」
ヘクターが指で示したのは若い女だ。
……父さんは何を?
バートには意味が判らない。
ヘクターは女に近づき「見たぜ」とドスの効いた声で語りかけた。
「何だよお前は!? 何か文句あるのかっ!?」
若い女は威勢良くヘクターに凄むが、その顔には明らかに焦りの色が浮かんでいる。
ヘクターの迫力に圧されているのだ。
「うるせえっ!」
ヘクターはいきなり女の顔面を拳で殴り付ける。
若い女はなす術もなく「うぎっ」と奇妙な声を出して気絶した。
……メチャクチャだ! 止めさせないと!
このヘクターの蛮行に市場が騒然とし始めた。
「騒ぐなっ! スリだ! この財布はテメエのだろ!」
ヘクターは近くの男に財布を突きつけると、その男はようやく財布が無いのに気づいたらしい。
何度もヘクターに礼を言っている。
「良いってことよ。おいっ、バート行くぜ!」
ヘクターは女スリを担いでどんどんと先に行く。
……凄え! 父さんは凄え!
バートは父の背中を誇らしく思い、憧れの眼差しで眺めた。
そしてヘクターの足がピタリと止まる。
「ここだ」
「え? ここ……倉庫?」
ヘクターは薄暗い倉庫の中に入る……鍵(カギ)すら掛かっていないらしい。
どさりと女スリを床に落とし、蹴りつけて目を覚まさせる。
「ひいっ!」
女スリが怯えた声を出した。
ヘクターに殴られた顔面は赤黒く腫れ上がっている。
「おいっ、言うこと聞くなら乱暴にしねえよ。衛兵に突き出されたくねえだろ?」
ヘクターが女スリの服を力(ちから)づくでビイーッと引き裂いた。
「嫌っ! 止めて!」
「うるせえっ!」
ヘクターは女スリを何度も平手で打つと、女は意識を朦朧(もうろう)とさせ、ぐったりと全身の力を抜いた……抵抗を諦めたのだ。
「おいっ、バートっ! 先に突っ込んでいいぜ」
「はあ!? 何を言ってるんだ父さん! さすがに……ぶっふ!?」
バートの抗議は最後まで聞いてもらえず、ヘクターの拳に顔面を殴られた。
「さっさとしろ」
……できるわけ無いだろっ!? このバカ野郎!
バートは涙目でヘクターを睨(にら)む。
「何だよ? したこと無えのか……くっくっく、早く言えよ、教えやるよ」
バートは嬉々として獣性を発揮する父の行為を呆然と見守っていた。
「がーっはっはっは!」
父(ヘクター)は何度も楽しげに笑っていた。
………………
「さてと、ゆっくり楽しんだし、詰め所にブチこむか」
ヘクターがぐったりとした女の髪を掴み無理矢理引き摺(ず)る。
「そんなっ!? 約束が違う!」
女が悲鳴に似た抗議の声を上げるが、ヘクターにギロリと睨まれると「ヒイッ」と黙り込んでしまった。
「父さん……さすがに、その……」
バートが恐る恐る父に声をかけた。
「あん? こいつはな、どうせ衛兵に突っ込まれるんだよ。若い女だからな……味見させてもらっただけだ」
ヘクターは女を引き摺(ず)るように衛兵に引き渡し、スリの検挙で60ダカットを受け取った。
その衛兵もニヤニヤと嫌らしい顔つきをしていた。
「ほれ、半分やる……女が抱きたきゃ、あの倉庫を使っても良いぜ」
ヘクターはニヤニヤとしてバートをからかう。
……最低だ! コイツは最低だ!
バートはヘクターの背中を恨めしげに睨み付ける。
「だがな、スリも乞食も組織がある。やり過ぎると狙われるから気を付けろよ」
バートは何と答えて良いかわからず「うーん」と曖昧(あいまい)な返事をした。
「そろそろ飯にするかあ」
最低の父は腹をさすった。
確かに昼飯時だが、バートに食欲は全く無かった。
………………
午後も2人は何度か小悪党を捕まえ、小遣いをせびり、脅しあげて金品を奪い取った。
時刻は既に夕方だ。
「どうだ? 楽しいだろう? 人から感謝されるのはよ」
ヘクターがニヤニヤとしてバートの肩を掴む。
確かに彼らは一見すると町の犯罪を未然に防ぎ、犯罪者を検挙し続けている。
マカスキル王国には犯罪者の人権を擁護(ようご)する者はいない。
今日のヘクターの傍若無人の振る舞いも、相手が犯罪者だから許されるのだ。
ヘクターはこの匙加減(さじかげん)が抜群に上手い。
賞金首と冒険者のボーダーライン上をふらふらと綱渡りのようにバランスを取り、そのラインを賞金首側には決して越えないのだ。
バートはもう疲れ果てた……抗議をする気力も無い。
「次はよ、たちんぼを狙うぜ。たちんぼは法律違反だからな」
ヘクターは「へっへっへ」と笑う。
たちんぼとは路上で営業する娼婦だ。ヘクターの言う通り犯罪ではあるが、衛兵も必要悪として目溢(めこぼ)しをしている存在でもある。
……また、女の人に乱暴をするのか?
バートがジトッとした目で睨(にら)むとヘクターは「がっはっは」と笑い声を上げる。
「それも悪かねえけどよ……へっへっへ……捕まえるのは客さ、ガッカリしたかい?」
ヘクターが愉快そうに顔を歪ませる。実に邪悪な笑顔だ。
……確かに、客も法律違反なのか……?
バートは首を捻(ひね)る。
ヘクターは嬉しそうに路地を覗き、娼婦と客の情事を観察する。
「これは駄目だ」
そして次の路地に向かう。
「コイツじゃ無(ね)え」
何度か似たような行動を繰返し、立ち止まる。
「いたぞ、バート。良く見てみな」
バートは娼婦の上で動く人影を見た……別段、今までとの違いは無いように思える。
「分かるか? アイツは金持ちだ、小遣いを貰おうぜ」
ヘクターは言うが早いか路地に乗り込む。彼は素晴らしい歩法を見せ、足音は全く立てない。
ヘクターは男の背後から首根っこをいきなり掴み、グイッと持ち上げる。
男は下半身丸出しで「けぇぇ」っとカン高い声を出した。
「ヒッヒッヒ……聞いたかよ? ニワトリみてえな声を出しやがった」
ヘクターが楽しくて堪(たま)らないと言った風情で笑顔を見せる。正に満面の笑みだ。
「止めてっ! 何なのよっ!」
「うるせえっ! ババアがっ!」
ヘクターが娼婦を蹴り飛ばすと「何なのよっ」と娼婦は逃げて行く。
その娼婦の顔はかなりの年増でバートはギョッとした。
「さてよ、お話しようか」
ヘクターが手を離すとドサリと男が崩れ落ち、男は激しく咳き込んだ。
「たちんぼは違法だぜ? 売るのも買うのもな」
「何のつもりだッ!?」
男は涙目で抗議の声を張り上げた。
「なあに、難しい話じゃねえ……たちんぼ狂いで衛兵に突き出されるか、俺たちに誠意を見せるか選べばいいさ」
男は驚きで顔を歪めた。
ヘクターの言う誠意とは当然、現金のことである。
「どうだ? どうするよ?」
ニタニタと笑うヘクターの圧力に男は屈し、財布を取り出す。
「全部よこせ」
「ぐ、く……」
男は何かを言いかけたが、財布を残し、そのまま走り去った。
……これは完全に犯罪じゃないか!? 賞金首になっちまう!
バートの額から汗が流れる。寒い時期なのに冷や汗が止まらない。
「バート、この手はな、追い詰め過ぎるなよ。この場でアイツの事は忘れろ……金持ちは追い詰めると面倒くせえぞ」
ヘクターは「ほれ、半分やる」とバートに1000ダカットほど手渡した……大金である。
「世の中にゃ、下淫好みってな、身分の低い女を見るとオツな気分になるお大尽(だいじん)もいるんだよ」
「そんな金持ちが微罪で晒(さら)し台に乗るわけ無い……?」
ヘクターが「そうだ」とニタついた。
「後は互いに忘れるのさ……さて、帰るか。中々の稼ぎだったな、お前は才能があるぜ! がーっはっはっは」
バートは父親から褒められても少しも嬉しくなかった。
……こんなの、母さんに何て言えばいいんだよっ! くそっ!
「……言えるわけねえよ」
バートがポツリと呟いた。
………………
「あら、お帰りなさい」
家に帰るとベルタが優しく家に2人を迎え入れた。
「どうだった? ハンナさんから聞いたわよ、初仕事だったんだね」
ベルタは夕飯の支度を始めた。
少しだけいつもより夕飯が豪華なのは気のせいでは無い。
「おい、バートは才能があるぜ……初仕事は大成功さ」
「うふふ、そうね。隻眼ヘクターの息子だもの」
ベルタが上品に笑うとヘクターも嬉しそうに「3人めだ」とベルタを引っ張って行った。
ベルタが「バリー、ご飯はお願い」 と言い残し、父母はベッドルームに消えた。
兄弟は協力して夕飯の支度(したく)をし、食べ始めた。
支度とは言っても器に盛って並べるだけである。
「バリー、あのさ……」
「うん」
バートは今日の出来事を弟に伝えるべきか迷っている。
「お前はさ、母さんの仕事を手伝えよ」
バートはポツリと呟いた。
実は今日のヘクターの行いは本当の「ギリギリ」を教えるためだったのかも知れないとバートは思い始めていた。
……父さんは、最悪だけど凄いな。
これが、バートの正直な気持ちである。
この後、小遣いの稼ぎ方を知ったバートが、悪ガキどもの顔役になるには時間は掛からなかった。
彼はヘクターの遺伝子を色濃く受け継いでいたようである。
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