猟犬クリフ

小倉ひろあき

文字の大きさ
79 / 99
3章 中年期

4話 顔無しウォーレス 下

しおりを挟む
 翌日


 クリフは執務室で真面目にデスクワークをしていた。

 正直に言えばクリフの事務処理能力は低く、あまり得意では無い。
 しかし冒険者ギルドとしては、クリフのような貫禄ある冒険者が支配人(ギルドマスター)として睨(にら)みを効かせる意味は大きい。

「マリカ、この依頼の発注書を頼めるか?」

 クリフが書類に決済印を押し、マリカに声を掛ける。
 マリカは左手で書類を受けとり、何やらすぐに書き込んでいるようだ。

「すまんな、ついマリカの仕事を増やしてしまう……」

 クリフが申し訳なさそうにすると、マリカが「いえ、仕事です」と恥ずかしそうに俯(うつむ)いた。

 最近、マリカはクリフの秘書のような仕事をしている……これはアーサーやマリカの事務能力が高すぎてクリフの所で仕事が滞(とどこお)るために自然とこうなったのだ。

「クリフ、マリカちゃんならお嫁さんにしていいよ」

 ハンナがニコニコとしながら唐突にとんでもないことを言う。
 今は誰も冒険者が来ていないのでカウンター業務が暇なのだ。暇になると彼女はふらふらと執務室に現れたり、酒場に行きオヤツを食べたりと気儘(きまま)に振る舞う。

「あのっ、私っ! 困ります……その」

 ハンナの突然の発言にマリカが狼狽(うろた)え顔を真っ赤にして困った顔をする。

「ああ、いや……ハンナ、そんなことを言ってマリカを困らせてはダメだぞ」
「でもさっ、クリフもマリカちゃん好きでしょ? 息もピッタリだしさ!」

……またハンナは答え難い質問をする……幼児(こども)かこいつは……

 クリフは33才の幼児を半ば無視をして「仕事中だ」と次の書類に手を伸ばした。

 ハンナはクリフに相手をされず、暫(しばら)くブーたれていたが、誰かが息を切らせて駆け込んで来たためにカウンターに戻った。

 クリフも鬼気迫る様子を感じ、ただ事では無いらしいとカウンターに向かう。

「はあっ……はあっ……はあっ……兄貴っ、大変だっ!」

 飛び込んできたのはギネスだ。ギネスは随分と駆けて来たらしい、息を激しく切らしている。

 クリフたちはギネスが息を整えるまで暫(しば)し待つ。

 マリカが気を効かせて水を満たしたコップをギネスに渡すと、彼は「すまねえ」と一気に飲み干した。

「ふう、あんがとよマリカちゃん……兄貴っ、ダンカンがウォーレスを殺りやがった!」
「何っ、ウォーレスが殺られたのか!? 他の飛竜党もか!?」

 クリフには意外な知らせであった。
 ダンカンはそこそこ腕は立つようだが、飛竜党とウォーレスを相手にして勝つほどかと言われれば難しい。

「いえ、違うんでさ! いきなり不意をついてブスリとやったんで!」
「あの馬鹿……」

 クリフは頭を抱えた。
 同じファロンの冒険者ギルドに出入りしていれば顔を合わすのも時間の問題だとは思ってはいた……どちらか、恐らくはダンカンが命を落とすとも思っていた……それは冒険者の倣(なら)いでもある。

 しかし、闇討ちをしたとなれば話は全く変わってくる。
 喧嘩ならば死に損で終わるが無抵抗な者を闇討ちしたならば殺人だ。

「……ダンカンは?」
「立て籠(こも)りです、16番通りの長屋(ながや)に人質をとって……」

 クリフはガタッと椅子を倒して立ち上がり「早く言えっ」とギネスを怒鳴りつけ駆け出した。

「ちょっ、兄貴っ……待って!」

 ギネスは「マジかよ」と呟きながら追い掛けた。彼も35才、若い頃のようには走れないのだ。



………………



 クリフが現場に着くと大騒ぎになっていた。
 衛兵や飛竜党が取り囲み、何やら怒号が聞こえる。

「ひい……ひい……あれ……そこ」

 今にも息が止まりそうなほど喘(あえ)いでいるギネスが長屋を指で示す。

 クリフは息を整えつつ、人混みを掻き分けて前へ出る。

「支配人っ! アイツですっ! あのガキ、ウォーレスさんを後ろから突いたんですっ!」
「名乗りもしませんでした! これはただの殺しだ!」

 クリフを見つけた飛竜党の面々が口々にダンカンを罵(ののし)る。彼らとて不意討ちで頭(かしら)を暗殺されては収まらない。

「状況はどうですか?」

 クリフは馴染みの衛兵を見つけ、状況を確認する。

「これはクリフさん……状況ですか……この長屋に立て籠っている凶賊はダンカンという冒険者です、他の冒険者に遺恨を持ち数名を殺害……逃走中に市民を何人も傷つけ、今は長屋の母子を人質にしています。衛兵も1人斬られました」

 クリフは戦慄した。

 ダンカンは飛竜党だけでなく、市民や衛兵も傷つけたと言う……完全に正気ではあるまい。

……これは、グズグズしては人質も危ない……

 クリフはじっと長屋を見つめた。

「おいっ、飛竜党! それに衛兵隊のみなさん……先ずは俺に、ダンカンと話をさせて欲しい。」

 クリフが前に出る、飛竜党も衛兵隊も猟犬クリフに言われては反対し難い。

 この自由都市ファロンで猟犬クリフと対等に渡り合える貫禄の冒険者は隻眼ヘクターくらいしかいない。
 また、衛兵も治安維持で世話になっている冒険者ギルドの支配人には強く言えないだろう。

 どうやら反対が無いので、クリフは包囲の中に歩を進める。

 そして固く閉ざされた長屋の戸の前で「おい」と中に声をかけた。中の気配が動くのを感じる。

「ダンカン、俺だよ……支配人のクリフだ」

 戸の向こうは無言である……しかし、確かに気配は複数感じる。少なくとも人質は生きている。

「ダンカンよ、周りに迷惑を掛けるなって言ったじゃないか……」

 クリフの口調はあくまでも穏やかだ。責めるのではなく、諭すような口振りである。

「このままじゃ獣のように追い殺されるぞ……だから、俺が始末をつけてやる」

 数秒後、長屋の戸がスッと開いた。
 ダンカンが姿を現す……返り血塗れの凄まじい形(なり)だが、表情は穏やかだ。

……意外だ、もっと荒れていると思っていたのに……

 クリフはダンカンの態度から、ある種の覚悟を感じた。
 それは戦士としてのものか、それとも逃げられぬと観念したのか……それはクリフには判らない。
 
 ダンカンが姿を見せたことで包囲網がざわめく。

「支配人(ギルドマスター)……いや猟犬クリフ……」
「応(おう)、いつでも来い」

 ダンカンがすらりと長剣を抜いた……散々に暴れたようで刃がギザギザに欠けている。

 クリフはスッと剣を抜くような自然な動きをし、剣の柄のあたりで左手の籠手(こて)に右手を添え、ヒョイと右手を動かした。

 籠手に仕込まれた棒手裏剣が飛んだ。そのさり気無い動きからは想像もつかぬ鋭さを秘めている。

「があっ!?」

 ダンカンが顔を押さえて悲鳴を上げた。その右目には棒手裏剣が深々と突き刺さっている……素晴らしい狙いだ。

 クリフはすらりと剣を抜き、そのままダンカンの右脇を突き刺した。
 右目が潰れたダンカンには完全に死角からの攻撃となり、成す術もなくダンカンは絶命した。

……呆気(あっけ)ないものだ、人が死ぬのは……

 クリフはダンカンの死に顔を見つめた……まだ幼さの残る18才の顔だった。

 何とも言えない寂しさを感じ、クリフはため息をついた。



………………



 翌日夕方


 皆が仕事を終え、片付けを始めた頃にクリフは皆に声を掛けた。
 今日は事務員が揃っており、話をしやすいと思ったからだ。

「あのさ、悪いけど暫(しばら)く休みを取りたいんだ……孫に会いに行きたくて」

 クリフの言葉に真っ先に反応したのはジュディだった。

「マリカちゃんも?」
「なんでだよ……ハンナと俺に決まってるじゃないか……言っておくが、マリカは可愛いが娘と同い年なんだ」

 クリフの言葉にハンナが「あはは」と笑い、マリカが微妙な顔つきをしている。

「その間はギネスに代理をしてもらおうと思う。ギネスなら問題は無いはずだ」

 アーサーが「わかりました」と頷いた。

「でも急ね……いつから?」
「まあ、春だな。それまでにギネスに慣れて貰おう……俺も年だしさ……孫の顔を見たいんだ」

 クリフが「ふ」と薄く笑う。

 ハンナが「そうねー」と肯定したためにクリフは少し傷ついたが、別に口にはしなかった。
 クリフは「そんなこと無いよ」と言って欲しかったのだが、正直者は残酷だ。

「春なら孫が増えてるかもね」

 ハンナがニッコリと笑う。
 そう、エリーは第2子を妊娠中である……春には2人の孫に会えるのだ。

「孫は良いものですよ」

 アーサーがしみじみと語った。


……孫か……会ったらどんな気持ちだろう?


 クリフはぼんやりと窓の外を見た……まだまだ春は遠い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...