猟犬クリフ

小倉ひろあき

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3章 中年期

5話 孫との対面 下

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 3日ほど経った。


 この3日はクリフにとっては夢のような一時であった。
 エリーや孫に囲まれて穏やかに過ごす日々は何物にも変えがたい素晴らしい時間であった。

「じいちゃん」
「ああ、クリフ……どうしたんだい?」

 小さなクリフォードを抱きかかえクリフはニコニコと微笑んだ。

 孫というものがこれほど愛しいものかと、クリフはクリフォードを抱えながらうっとりと幸せを噛み締めていた。
 クリフォードもクリフにはよく懐き「じいちゃん、じいちゃん」と寄ってくる……その様子がクリフには愛らしくて堪らないのだ。

「あっ、ズルいわ! クリフちゃんたらクリフにばかり懐いてっ! お婆ちゃんの所にも来なさいっ!」

 ハンナがなにやら判りづらいことを言っているが、これはクリフもクリフの孫も「クリフォード」なので仕方が無い。

 マカスキル地方では親や祖父母と名前が同じと言うのはざらにあることなのだ。

 ハンナが近づくと幼いクリフォードはササッとクリフの陰に隠れたが、あっさりと捕獲された。

……ああ、行ってしまった……もう少し撫でていたかったのだが……

 クリフが少し悲しそうな顔をするが、ハンナは気づかない。

「いや! ばあちゃんいやーっ!」
「可愛いわっ! もう食べちゃうから!」

 ハンナがクリフォードを拘束し、はむはむと甘噛みしたりぶんぶんと振り回したりして遊んでいる。
 ちなみに喜んでいるのはハンナだけだ。

……楽しそうだなあ……俺も、もうちょっと膝(ひざ)が良くなればな……

 ぼんやりとクリフははしゃぐハンナを眺めていた。

 その時、外が少し賑やかになった。
 少数の一団が到着したようだ……馬の嘶(いなな)きも聞こえる。

……おや、トバイアス殿が来られたようだ……

 クリフは外の様子からトバイアスが到着したのだと察した。
 クロフト村の屋敷の前まで馬を乗り入れる者は限られているし、その一人であるヒースコートは何やら朝から出掛けているのだ。

 ほどなくしてトバイアスが居間に現れる。

「義父上、お久しぶりです」

 久しぶりに見るトバイアスは見事な若者であった。
 逞(たくま)しき肉体に凛々しい顔つき、きびきびとした挙動……まさに武者絵から飛び出したような若武者である。

「おお、トバイアス殿、立派になられて」
「いえ、恐縮です。よくぞお出でくださいました」

 クリフはトバイアスとにこやかに挨拶をする。
 するとハンナもクリフォードを抱いたまま近づいてきて「トビーくんお邪魔してます」と軽い挨拶を交わす。
 ハンナは何故かトバイアスのことを愛称で呼ぶが、これは少々はしたない行いである。

「パパ、たすけて、ばあちゃんいやー」
「あっはっは! 可愛いわ! グリグリしてあげる!」

 クリフォードはトバイアスに必死で助けを求めるが、ハンナはそれを許さずに自らの顔をクリフォードの腹に埋(うず)めてグリグリと擦り付けている。

「いやだっ、グリグリいやー」

 クリフォードが泣き喚(わめ)きながらハンナに連れ去られていった。
 グリグリとは彼女が考えた彼女のための遊びのようだ。

「ああ、すまんな……その」
「いえ、義母上に喜んで貰えて良かった」

 トバイアスは「はは」と苦笑いをする。

「孫にも恵まれ、エリーも幸せそうだ……ありがとう、トバイアス殿」
「いえ、何をおっしゃいますか! いつも私がエリーに励まされているのです」

 クリフとトバイアスが立ったまま話し込んでいると、アビゲイルが「お茶をいれましたよ」と2人をテーブルに促(うなが)す。

 ちなみにエリーはエレンと一緒にお昼寝中である。
 乳児は夜中でも乳を欲しがり泣き続けるので母親も寝不足になりがちなのだ……ちなみにエリーは自らの拘りで乳母(うば)は雇っていない。
 エリーの母乳量には不安は無いようだ。



………………



 夕飯後


「義父上、バーチの町とクロフツを結ぶ新道ですが、このあたりに起点を作ることになりました」

 トバイアスが地図を広げ、一点を示す。

 そこはクロフト村からの山道をクロフツ側に抜けた辺りとなる。少し中途半端な地点だが、地形を調査した結果なのだろう。

「この交差点に小集落を作ります、新道を工事する者たちの休憩所も兼ねるためです」

 クリフは無言で頷(うなず)く。クリフにも山道と新道の交差点に集落を作るのは自然なことに思えた。

「そこで移住者を新集落に住まわせようと思います。いかがでしょうか?」
「私から申すことはありません。トバイアス殿の思い通りに……ただ、フリッツとジェニー、今回の移住者ですが、彼らはロバの繁殖をしたいようです。ジンデルに行かれたら安く仕入れてやってください」

 トバイアスは「ありがとうございます」と頭を下げる。

「義父上に認めてもらえれば百人力です。ロバはフィオンに頼むとしましょう」

 トバイアスは爽やかに笑った。フィオンとはクロフト家の従士長である。

「うむ、クリフ殿も膝(ひざ)の具合が良くなれば領内を見回って欲しい……6年前とは随分変わったぞ」
「ええ、是非ハンナも一緒に」

 ヒースコートがクリフににこやかに話し掛けた。思えばクリフとヒースコートは様々な事業を共に考えたものである……果樹の植樹や山道の整備、砦の建設……砦は既に見たが他はまだ見ていない。

 クリフがちらりとハンナを見ると、彼女はエリーに抱かれたエレンに何やらちょっかいをかけている。
 クリフォードはアビゲイルに張り付いたままハンナから目を逸(そ)らし続けている。

……うーん、このままってのもなんだな……ハンナは気にしないだろうがクリフがなあ……

 クリフはハンナにすっかり怯えている幼いクリフォードが憐れに思えた。
 彼にとって、このような型破りの祖母がいるのは一種の不幸なのであろうか。
 生まれてよりこの方、クリフォードは自分に危害を加える人間に出会ったことが無かった。ハンナは初めてクリフォードを攻撃してくる他人なのだ……その存在の衝撃たるや、大人には想像もできぬことであろう。

「トバイアス殿、クリフをお借りして宜しいか? 明日からロバに乗って共に領内を回ります」
「ええ、構いませんが……よろしいのですか?」

 クリフは「もちろん」と答えつつ、クリフォードと視線を合わせつつ穏やかに話しかけた。

「クリフ、明日から爺ちゃんとお馬に乗ろう、楽しいぞ」

 クリフォードはアビゲイルの陰から少し、顔を出して躊躇(ためら)いがちに頷いた。

「うふ、クリフはお爺ちゃんと遊べて羨ましいわ……私もよく遊んで貰ったのよ」

 2人の様子を見ていたエリーが微笑んだ。
 思えばクリフはエリーが小さい頃にはよくファロンの広場に連れていったものだ。

「私も行くわっ!」

 ハンナが名乗りを上げると幼いクリフォードは「ばあちゃんいやー」と泣き出した。
 しかしそれは捕食者(ハンナ)を喜ばせるだけである。

「泣いたわっ! 泣いてるクリフちゃんも可愛いわっ!」

 たちまちにハンナに捕まるクリフォード。グリグリされて泣き喚(わめ)いている。


 クリフは「やれやれ」と苦笑いをした。



………………



 翌日


 クリフは幼いクリフォードをロバ子ちゃんの前に乗せ、後ろから抱えるようにして2人乗りをする。

「どうだ? 高いだろう?」
「こわいっ!」

 クリフォードはロバに乗るのは始めてで、少し怖がっているようだ。

「大丈夫だよ、ロバ子ちゃんはとってもお利口なんだ」

 クリフが幼いクリフォードの髪を優しく撫でる。

 トバイアスが「大丈夫かな?」とエリーに尋ねるが、エリーは全く心配した素振りは無い。

「大丈夫よ。お父さんにできないことなんて無いわ」

 エリーが何やら不思議な自信をみなぎらせて言い切った。
 彼女はファザコンを拗(こじ)らせて父に対して信仰心に近い信頼を抱いているのだ。

「そうよ! クリフちゃん、あなたのお爺ちゃんは英雄なのよ、誇りなさい! 祖父の名に恥じない勇気を見せなさい!」

 ハンナも娘(エリー)に乗っかり言いたいことを言っている。
 クリフォードは「ばあちゃんこわいっ」と泣き出してしまう……彼にとってハンナは1種のトラウマとなったようだ。ハンナを見ると、ほぼ条件反射でクリフォードは泣く。

 しかし、エリーもハンナも全く動じない。彼女らのクリフに対する信頼は揺るぎの無いもののようだ。幼児が泣いたくらいではビクともせぬらしい。

……やれやれ、彼女らの中では俺はどんな人物になってるんだ?

 クリフは小さく「ふう」とため息をついた。彼女らの信頼は嬉しい反面で、得も言われぬ重圧を感じる。

 見ればトバイアスとヒースコートは微妙な顔つきをしている……アビゲイルはにこやかに笑っているので心の内は想像できない。

「まあ、その……取り合えず今日はクロフト村の中くらいにしとくか」
「ダメよ。私は新道が見たいの」

 クリフの提案をハンナが一蹴する。

「すみません義母上、新道は狭く、とても馬が通れる幅はありません」

 トバイアスが慌ててハンナに説明をした。トバイアスが止めねばハンナは怪我人と2才児を連れて未開の地を行きかねない所であった。

「ハンナ、クリフは初めて騎乗したんだ。先ずは安全な村内で様子を見る」

 クリフがぴしゃりと言い切ると渋々ハンナは同意した。ハンナはクリフの言うことのみ素直に聞く。

「それじゃあ、行こうか」

 クリフはクリフォードに声を掛け、ゆっくりとロバ子ちゃんを歩かせる。
 クリフォードが緊張で少し体を固くした。

 後ろには馬に跨(また)がったハンナが付いてくる。

 ぽっくりぽっくりとしばらく歩かせると、クリフォードも慣れてきた様子で顔を上げて喜んでいた。

 この孫との散歩は半月ほどクリフの日課となり、数日もすればクリフォードもロバ子ちゃんへの騎乗を楽しむようになった。


 そして半月後にはクリフはクロフト村の山道や、新道への入口などを見物し、クロフト領内の発展ぶりに大いに驚くことになった。

 6年前に植えた果樹は背を高くし、葉を生い茂らせている。
 これならば十分に果実も成すことであろう。

 特に驚いたのはクロフト村とクロフツ村を繋げる山道だ。
 山道は曲がりくねった隘路(あいろ)を真っ直ぐにし、斜面を削り、或いは埋め、石や木を取り除き、見違えるように歩きやすい道となっている。

……凄いな、6年の歳月とは大しものだ。

 クリフは何度も感嘆の声を上げた。

 半月ほど歩行を控えたクリフの膝は大分と具合が良くなり、固定も必要としなくなってきたようだ。
 これならば無理をしなければ新道も見物できそうである。

 そして嬉しいことにクリフォードは半月ですっかりとお爺ちゃん子になった。


 後年、幼いクリフォードはクロフト家の男子の常として武人となる。
 その馬術は祖父である猟犬クリフから授かったものであると自らの誇りにしたそうだ。
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