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3章 中年期
8話 食屍鬼ナイマン 下
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それから1週間が経過した。
ジーナが無事に女の子を出産し、クリフの家は活気づいていた……しかし、クリフとジーナの兄であるゲリーはのんびりとすることはできなかった。
連続殺人鬼グールを追い詰めねばならないからだ。
あれから捜査はかなりの進展を見せた。
被害者の何人かが同じ安産の神様の祠(ほこら)にお詣りしていたのが判ったのだ。
被害者のうち3人は住むエリアも比較的近く、そしてそのエリア内の産婆を調べあげると、不自然な者が1人浮かび上がってきた。
その産婆はここ数ヶ月で特に客が増えたわけでもないのに羽振りが良くなり、そして何より5人の被害者のうち3人がこの産婆に通っていたのだ。
クリフと衛兵らは、この産婆を重要参考人として捕らえ、この産婆の元へ出入りしていた者も全て洗い出した。
すると、思わぬ容疑者が浮上することとなった。
評議会議員のダレン・ナイマン……この男の使用人が足繁く産婆の元に通っていたのである。
クリフたちはこの議員を怪しいと考えたが、衛兵隊には貴族の逮捕権が無い。
そこでクリフたちは産婆に出入りしていた使用人を捕まえ、衛兵の詰め所で2人を並べて取り調べることにした。
ナイマンから横槍が入る前に自供させねば逃げ切られる……時間との勝負になった。
………………
そして、ここは衛兵の詰め所の一室だ。
「おい、ナイマンがグールの正体なんだろ?」
ギネスが参考人の2人を並べて尋問している……彼はレイトンという冒険者から尋問のコツを学んでおり、レイトン程ではないが尋問は得意なのである。
クリフと隊長、そしてゲリーとディーンの4人が見物している。
これは多くの視線で威圧すると共に、証人となるためである。
「なあ、正直になれば金をやる……1万、いや2万ダカットやるよ」
ギネスが嫌らしく笑う、2万ダカットは大金である……大体日本円にすれば230万円~170万円位だろうか? この辺りは何を基準にするかで変わり、曖昧ではある。
「……だがよ、思い出せねえ時は、ちょいと手伝ってやるよ」
ギネスが薄い小ぶりな木製のヘラの様な物を何枚か取り出した……このためにわざわざ用意した物らしい。
「おい、ゲリー! このババアの腕を押さえろ」
ギネスが指示すると、ゲリーが産婆の左手をサイドテーブルに固定した。
「思い出したか?」
ギネスが笑う。
「な、何の話だか……ギイャアー!」
産婆はしらを切ろうとしたが、ギネスは最後まで待たなかった。
木製のヘラが産婆の親指の爪の間に差し込まれたのだ。
「ひいー、ひい、助けて」
「駄目だ」
もう1枚、ヘラが産婆の人指し指に差し込まれ、産婆の叫びが部屋に響き渡った。
「わかったぁ……話す……話します……」
「駄目だ」
もう1枚、3枚目のヘラが中指に差し込まれた。産婆は気が違ったかのように泣きわめき、絶叫した。
ギネスは産婆の髪を掴み、強制的に上を向かせ水を掛けると、産婆が噎(む)せて咳(せ)き込んだ。
「おめえとナイマンが殺した妊婦はなあ、もっと苦しんだぜ」
ギネスが無慈悲に言い放つ。
「違うぅ、殺してない……私は……やって無い……」
「じゃあ誰がやったんだよっ!」
ギネスが凄みながらヘラを産婆に見せると産婆は失禁した。
「やめてくれぇ……」
「駄目だ」
4枚目のヘラが薬指に差し込まれ、産婆はついに音を上げた。
「そいつだあ、そいつに妊婦を紹介すれば金を……」
「デタラメだっ! 俺は何も知らないっ!」
今までギネスの拷問の凄まじさに震えていたナイマンの使用人が産婆の言葉を遮(さえぎっ)った。
ギネスはニヤニヤと薄笑いを浮かべながら使用人の肩に手を置いた。
ビクリと使用人が身を強ばらせるのが傍目(はため)からでも良くわかる。
「おい、お前さんは利口だろ? 利口なら金をくれてやる……物忘れが酷いようなら……」
ギネスが使用人にヘラを見せつけた。
使用人はガタガタと震えながら「言いますっ、何でも言いますっ」と泣き出した。
「泣くことはねえ、お前さんは利口者だ……金も貰えて、悪党は捕まる……お前さんは良いことをするんだ」
ギネスが邪悪な笑みを見せると、使用人は震えながら「へへ」と笑った。
……落ちた……さすがだな。
クリフはギネスの尋問の巧さに舌を巻いた。
拷問とは1種の職人芸である。
必要な情報を引き出すには単に痛め付けるだけでは駄目だ。
時に激しく責めたて、時には甘言で誘惑し、相手の心を折らねばならないのだ……
これには人情の機微を知り、殺さぬような力加減も必要となる。
とても素人の真似ができるところでは無い。
尋問の技術では、ギネスはクリフよりもよほど達者であった。
………………
使用人の自供により、ナイマンの犯行が明らかとなった。
初めの1人と5人目は衝動的に拐(さら)った者であったが、被害者のうちの3人は産婆に誘導され、安産の祠(ほこら)に出向いた所で拉致をされていたらしい。
ナイマンは40がらみの男だが、女性の血をみると異常な興奮をする性癖の持ち主らしく、今までもこの使用人を使ってたちんぼなどを確保して拷問し、殺害していたらしい……その正確な数は判らない。
そして、その歪んだ性癖はエスカレートし、ついに妊婦の腹を裂く凶行に及んだそうだ。
この自供を以て、ギネスが評議員のソル・メイシーに内密に訴え出た。
メイシーは以前からギネスとの個人的な繋がりがあり、冒険者ギルドの支援者的な立場をとっている議員である。
そして、どの様な経緯が有ったのかは推測することしか出来ないが、ギネスが尋問した使用人と産婆が犯人として処刑され、ナイマンは責任を取り評議員を辞任、謹慎することとなった。
こうして自由都市ファロンを震撼させた凶悪犯、グールは退治されたのである。
………………
「何か、釈然としませんよねえ」
冒険者ギルドの酒場でディーンが愚痴を溢(こぼ)した。
テーブルにはクリフとギネス、ゲリーとディーンが4人でかけている。
「そそんなこと言っても、ここここれ以上は無理だ」
ゲリーが憮然(ぶぜん)とした表情でグイッと乱暴に酒を飲んだ。彼も納得はしていないのだろう。
今回のグール事件以来、同い年のゲリーとディーンは仲良くなり、こうして度々ディーンが冒険者ギルドに顔を出すようになった。
今回はクリフとギネスも同席し、グール事件の慰労会の様相を示している。
「まあな、気持ちは分かるが、しばらく放っておけ……ナイマンは碌(ろく)な死に方はせんだろう」
クリフが2人を嗜(たしな)める。若いものが暴走しないように宥(なだ)めているのだ。
「それにしてもよ……お前さんが衛兵とはねぇ、満腹亭は手伝わねえのか?」
「ええ、姉ちゃんが旦那と宜しくやってるんで、俺なんかがいたら邪魔者にされますよ」
ギネスがディーンに気安く話し掛ける……どうやらこの2人は知り合いのようだ。
……満腹亭? ハンナがよく行っていた食堂だな……
クリフが少し考え込む。
「兄貴、まだ思い出せねえんですかい?」
「はは、クリフさんはギネス兄(あん)ちゃんより前に来なくなったから……」
クリフは「む」と眉をひそめるが、思い出せないのは事実だ。何も言えない。
「ほら満腹亭の息子ですよ、エリーちゃんと良く遊んでた」
クリフが「あっ」と目を剥いた。
……確かに見覚えがある、そうか、満腹亭の息子か!
クリフは「なるほど」などと言いながらしきりに頷いている。
「クリフさんは酷えよ、俺の事は忘れちまうし……エリーちゃんは嫁にやっちまうし……俺だってエリーちゃんにプロポーズしてたんだぜ……5才とかだったけど」
「はっはっは! そりゃ無理だ! エリーちゃんの旦那はな、公爵の息子だぜっ! エリーちゃんと結婚したくて公爵位を捨てたんだよ!」
ギネスが少し話を膨らませているが、ある意味では事実だ。
エリーの夫のトバイアスは、エリーと身分を釣り合わせるためにクロフト家に養子に入ったようなものだ。そして他家に養子に入った時点で公爵位の相続権は消失したのである。
ディーンが「はぇ~」と気の抜けたような声を出した。
「じゃあ、あの濃い茶色の髪の、事務の美人を紹介してください!」
「まままマリカさんは駄目だ!」
ディーンとゲリーが何やら張り合い出した。
意外なところでマリカはモテているようだ。
最近、マリカは詰め物をした手袋を右手に嵌(は)めるようになった。
ひょっとしたら、彼らはマリカの右手が欠損していることを知らないのかも知れない。
……美人、ねえ。マリカは俺からみたら可愛らしい女の子なんだよな。
クリフは苦笑いしながらチビリと酒を飲んだ……最近のクリフは本人も気づいていないが酒量が減ってきたようだ。
………………
騒ぎも治まった数ヶ月後のことである。
クリフはナイマンの屋敷に音も無く浸入した。
そして庭の一角に身を潜める。
クリフは実に根気強い。
何日も何日も身を潜め、じっと好機を待つ。
携帯食を噛じり、排泄は穴を掘って済ませた。
そして潜むこと4日目
……来たな、アイツだ。
クリフは少し身形(みなり)の良い肥えた男を見つけ、音もなく忍び寄る。
「……もし、ダレン様……ダレン様……」
クリフが僅かに聞こえる程度の小声で囁(ささや)いた。
ナイマンは「うん?」と振り向くや否や、その首は宙に舞う……心臓の鼓動に合わせ、切られた首筋からビュッビュッと血が吹き出した。
そのままクリフは振り向くことも無く、密かに脱出した。
……ふん、苦しまなかっただけ有り難いと思え、下衆(げす)め……
クリフは敷地の外でペッと唾(つば)を吐いた。
ハンナが子供を流産し、苦しんだクリフが妊婦を殺す男を赦(ゆる)す筈が無かったのだ。
その後、ナイマンの急死を知ったディーンがギルドを訪ねてきたが、クリフとギネスがナイマンの死を既に知っており、平然としていることを不思議に思った。
「ふん、碌(ろく)な死に方をしないって言ったろ?」
クリフが怪しげに目を光らせると、ディーンは恐怖で身を震わせた。
後年、犯罪捜査のスペシャリストになったディーンは、追跡術の師としてクリフのことを語り継いだ……「猟犬クリフという人は、犯罪者がどの様な法に守られていても狙った獲物は決して見逃さなかった……まるで地獄の邏卒(らそつ)の様だった」と。
ダレン・ナイマンは謹慎中に自宅の裏庭で謎の急死を遂げた。公式には病死とされている。
ジーナが無事に女の子を出産し、クリフの家は活気づいていた……しかし、クリフとジーナの兄であるゲリーはのんびりとすることはできなかった。
連続殺人鬼グールを追い詰めねばならないからだ。
あれから捜査はかなりの進展を見せた。
被害者の何人かが同じ安産の神様の祠(ほこら)にお詣りしていたのが判ったのだ。
被害者のうち3人は住むエリアも比較的近く、そしてそのエリア内の産婆を調べあげると、不自然な者が1人浮かび上がってきた。
その産婆はここ数ヶ月で特に客が増えたわけでもないのに羽振りが良くなり、そして何より5人の被害者のうち3人がこの産婆に通っていたのだ。
クリフと衛兵らは、この産婆を重要参考人として捕らえ、この産婆の元へ出入りしていた者も全て洗い出した。
すると、思わぬ容疑者が浮上することとなった。
評議会議員のダレン・ナイマン……この男の使用人が足繁く産婆の元に通っていたのである。
クリフたちはこの議員を怪しいと考えたが、衛兵隊には貴族の逮捕権が無い。
そこでクリフたちは産婆に出入りしていた使用人を捕まえ、衛兵の詰め所で2人を並べて取り調べることにした。
ナイマンから横槍が入る前に自供させねば逃げ切られる……時間との勝負になった。
………………
そして、ここは衛兵の詰め所の一室だ。
「おい、ナイマンがグールの正体なんだろ?」
ギネスが参考人の2人を並べて尋問している……彼はレイトンという冒険者から尋問のコツを学んでおり、レイトン程ではないが尋問は得意なのである。
クリフと隊長、そしてゲリーとディーンの4人が見物している。
これは多くの視線で威圧すると共に、証人となるためである。
「なあ、正直になれば金をやる……1万、いや2万ダカットやるよ」
ギネスが嫌らしく笑う、2万ダカットは大金である……大体日本円にすれば230万円~170万円位だろうか? この辺りは何を基準にするかで変わり、曖昧ではある。
「……だがよ、思い出せねえ時は、ちょいと手伝ってやるよ」
ギネスが薄い小ぶりな木製のヘラの様な物を何枚か取り出した……このためにわざわざ用意した物らしい。
「おい、ゲリー! このババアの腕を押さえろ」
ギネスが指示すると、ゲリーが産婆の左手をサイドテーブルに固定した。
「思い出したか?」
ギネスが笑う。
「な、何の話だか……ギイャアー!」
産婆はしらを切ろうとしたが、ギネスは最後まで待たなかった。
木製のヘラが産婆の親指の爪の間に差し込まれたのだ。
「ひいー、ひい、助けて」
「駄目だ」
もう1枚、ヘラが産婆の人指し指に差し込まれ、産婆の叫びが部屋に響き渡った。
「わかったぁ……話す……話します……」
「駄目だ」
もう1枚、3枚目のヘラが中指に差し込まれた。産婆は気が違ったかのように泣きわめき、絶叫した。
ギネスは産婆の髪を掴み、強制的に上を向かせ水を掛けると、産婆が噎(む)せて咳(せ)き込んだ。
「おめえとナイマンが殺した妊婦はなあ、もっと苦しんだぜ」
ギネスが無慈悲に言い放つ。
「違うぅ、殺してない……私は……やって無い……」
「じゃあ誰がやったんだよっ!」
ギネスが凄みながらヘラを産婆に見せると産婆は失禁した。
「やめてくれぇ……」
「駄目だ」
4枚目のヘラが薬指に差し込まれ、産婆はついに音を上げた。
「そいつだあ、そいつに妊婦を紹介すれば金を……」
「デタラメだっ! 俺は何も知らないっ!」
今までギネスの拷問の凄まじさに震えていたナイマンの使用人が産婆の言葉を遮(さえぎっ)った。
ギネスはニヤニヤと薄笑いを浮かべながら使用人の肩に手を置いた。
ビクリと使用人が身を強ばらせるのが傍目(はため)からでも良くわかる。
「おい、お前さんは利口だろ? 利口なら金をくれてやる……物忘れが酷いようなら……」
ギネスが使用人にヘラを見せつけた。
使用人はガタガタと震えながら「言いますっ、何でも言いますっ」と泣き出した。
「泣くことはねえ、お前さんは利口者だ……金も貰えて、悪党は捕まる……お前さんは良いことをするんだ」
ギネスが邪悪な笑みを見せると、使用人は震えながら「へへ」と笑った。
……落ちた……さすがだな。
クリフはギネスの尋問の巧さに舌を巻いた。
拷問とは1種の職人芸である。
必要な情報を引き出すには単に痛め付けるだけでは駄目だ。
時に激しく責めたて、時には甘言で誘惑し、相手の心を折らねばならないのだ……
これには人情の機微を知り、殺さぬような力加減も必要となる。
とても素人の真似ができるところでは無い。
尋問の技術では、ギネスはクリフよりもよほど達者であった。
………………
使用人の自供により、ナイマンの犯行が明らかとなった。
初めの1人と5人目は衝動的に拐(さら)った者であったが、被害者のうちの3人は産婆に誘導され、安産の祠(ほこら)に出向いた所で拉致をされていたらしい。
ナイマンは40がらみの男だが、女性の血をみると異常な興奮をする性癖の持ち主らしく、今までもこの使用人を使ってたちんぼなどを確保して拷問し、殺害していたらしい……その正確な数は判らない。
そして、その歪んだ性癖はエスカレートし、ついに妊婦の腹を裂く凶行に及んだそうだ。
この自供を以て、ギネスが評議員のソル・メイシーに内密に訴え出た。
メイシーは以前からギネスとの個人的な繋がりがあり、冒険者ギルドの支援者的な立場をとっている議員である。
そして、どの様な経緯が有ったのかは推測することしか出来ないが、ギネスが尋問した使用人と産婆が犯人として処刑され、ナイマンは責任を取り評議員を辞任、謹慎することとなった。
こうして自由都市ファロンを震撼させた凶悪犯、グールは退治されたのである。
………………
「何か、釈然としませんよねえ」
冒険者ギルドの酒場でディーンが愚痴を溢(こぼ)した。
テーブルにはクリフとギネス、ゲリーとディーンが4人でかけている。
「そそんなこと言っても、ここここれ以上は無理だ」
ゲリーが憮然(ぶぜん)とした表情でグイッと乱暴に酒を飲んだ。彼も納得はしていないのだろう。
今回のグール事件以来、同い年のゲリーとディーンは仲良くなり、こうして度々ディーンが冒険者ギルドに顔を出すようになった。
今回はクリフとギネスも同席し、グール事件の慰労会の様相を示している。
「まあな、気持ちは分かるが、しばらく放っておけ……ナイマンは碌(ろく)な死に方はせんだろう」
クリフが2人を嗜(たしな)める。若いものが暴走しないように宥(なだ)めているのだ。
「それにしてもよ……お前さんが衛兵とはねぇ、満腹亭は手伝わねえのか?」
「ええ、姉ちゃんが旦那と宜しくやってるんで、俺なんかがいたら邪魔者にされますよ」
ギネスがディーンに気安く話し掛ける……どうやらこの2人は知り合いのようだ。
……満腹亭? ハンナがよく行っていた食堂だな……
クリフが少し考え込む。
「兄貴、まだ思い出せねえんですかい?」
「はは、クリフさんはギネス兄(あん)ちゃんより前に来なくなったから……」
クリフは「む」と眉をひそめるが、思い出せないのは事実だ。何も言えない。
「ほら満腹亭の息子ですよ、エリーちゃんと良く遊んでた」
クリフが「あっ」と目を剥いた。
……確かに見覚えがある、そうか、満腹亭の息子か!
クリフは「なるほど」などと言いながらしきりに頷いている。
「クリフさんは酷えよ、俺の事は忘れちまうし……エリーちゃんは嫁にやっちまうし……俺だってエリーちゃんにプロポーズしてたんだぜ……5才とかだったけど」
「はっはっは! そりゃ無理だ! エリーちゃんの旦那はな、公爵の息子だぜっ! エリーちゃんと結婚したくて公爵位を捨てたんだよ!」
ギネスが少し話を膨らませているが、ある意味では事実だ。
エリーの夫のトバイアスは、エリーと身分を釣り合わせるためにクロフト家に養子に入ったようなものだ。そして他家に養子に入った時点で公爵位の相続権は消失したのである。
ディーンが「はぇ~」と気の抜けたような声を出した。
「じゃあ、あの濃い茶色の髪の、事務の美人を紹介してください!」
「まままマリカさんは駄目だ!」
ディーンとゲリーが何やら張り合い出した。
意外なところでマリカはモテているようだ。
最近、マリカは詰め物をした手袋を右手に嵌(は)めるようになった。
ひょっとしたら、彼らはマリカの右手が欠損していることを知らないのかも知れない。
……美人、ねえ。マリカは俺からみたら可愛らしい女の子なんだよな。
クリフは苦笑いしながらチビリと酒を飲んだ……最近のクリフは本人も気づいていないが酒量が減ってきたようだ。
………………
騒ぎも治まった数ヶ月後のことである。
クリフはナイマンの屋敷に音も無く浸入した。
そして庭の一角に身を潜める。
クリフは実に根気強い。
何日も何日も身を潜め、じっと好機を待つ。
携帯食を噛じり、排泄は穴を掘って済ませた。
そして潜むこと4日目
……来たな、アイツだ。
クリフは少し身形(みなり)の良い肥えた男を見つけ、音もなく忍び寄る。
「……もし、ダレン様……ダレン様……」
クリフが僅かに聞こえる程度の小声で囁(ささや)いた。
ナイマンは「うん?」と振り向くや否や、その首は宙に舞う……心臓の鼓動に合わせ、切られた首筋からビュッビュッと血が吹き出した。
そのままクリフは振り向くことも無く、密かに脱出した。
……ふん、苦しまなかっただけ有り難いと思え、下衆(げす)め……
クリフは敷地の外でペッと唾(つば)を吐いた。
ハンナが子供を流産し、苦しんだクリフが妊婦を殺す男を赦(ゆる)す筈が無かったのだ。
その後、ナイマンの急死を知ったディーンがギルドを訪ねてきたが、クリフとギネスがナイマンの死を既に知っており、平然としていることを不思議に思った。
「ふん、碌(ろく)な死に方をしないって言ったろ?」
クリフが怪しげに目を光らせると、ディーンは恐怖で身を震わせた。
後年、犯罪捜査のスペシャリストになったディーンは、追跡術の師としてクリフのことを語り継いだ……「猟犬クリフという人は、犯罪者がどの様な法に守られていても狙った獲物は決して見逃さなかった……まるで地獄の邏卒(らそつ)の様だった」と。
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