好色冒険エステバン

小倉ひろあき

文字の大きさ
上 下
34 / 101
7話 男の純情

2 スライム退治の依頼

しおりを挟む
 赤目蛇と別れた翌日、俺たちはギルドで『下水道掃除』の依頼を確認した。
 確かにまだ受注されていないが、これは危険と報酬が釣り合っていないと思われているのだろう。

 下水道もそうだが、洞穴や廃鉱にはその環境を好むモンスターの巣となる場合がある。
 こうしたモンスターの棲みついた場所をダンジョンと呼び、その『掃除』となれば当然、それは『モンスター退治』である場合が多い。

 モンスターの巣に踏み込み退治をする。それは非常に危険な仕事であり、余程の高収入でなければ敬遠される依頼である。
 冒険者は英雄でも勇者でもなく職業なのだ。当然リスクは避けるし、報酬が安ければ見向きもしない。

「この下水道掃除について教えてくれ」

 俺がカウンターで尋ねると、犬人コボルド支配人ギルドマスターは「これか」と顔をしかめた。

「報酬が安い上に依頼人が偏屈で詳細を話したがらないんでねえ、誰も受けたがらないんだよ――」

 支配人によると、依頼人のエゴイは地人ドワーフの集まる地域に住んでいる技師らしい。
 彼は下水道のメンテナンスを生業なりわいとしていたのだが、何やらトラブルがあったようで人手を求めているようだ。

 この辺はドランが言っていた通りである。

「ちょっとした事情があってね、たぶん引き受けるよ。地人地区にシェイラは連れていきたくないからエゴイさんとの面談はギルドでしたいと連絡をつけてくれ。こちらには森人エルフがいることも伝えて欲しい」

 ちょっと厚かましいが、俺はギルドにアポの仲介を頼んだ。
 本来は嫌がられるだろうが、このギルドには少し『貸し』もあるし、このくらいは許容範囲だろう。

 うちのシェイラは森人だ。
 森人と地人は何故か相性が悪く、シェイラを地人地区に連れていくのはトラブルの種になりかねない。避けられるトラブルは避けるべきである。

 支配人はこだわり無く「ああ、構わないよ」と頼みを聞いてくれた。

「宿にでも連絡すれば良いかい?」
「いや、適当に時間を潰して昼過ぎにまた来るよ」

 支配人はギルドの酒場で下働きしてる犬人の青年に小遣いを渡して何やら指示をしていた。

 ここまでしてもらったのだから、俺は半ば以上引き受ける積もりはある。

「シェイラ、少し古着屋を覗きに行こうか」

 下水道に入るなら汚れ避けのマントくらいは用意したいところだ。
 俺は下水道の入ったことはないが、清潔ではないことは想像できる。

「えっ? 服を買うのか?」

 俺より下水道のイメージが無いであろうシェイラは服を買うと聞いただけでパアッと喜び、チョコチョコと小躍りを始めた。
 買ったとしても下水道で汚すこと前提の薄手の中古マントだけどな……まあ、いいか。



――――――



 古着屋や雑貨屋を物色して何となく時間を潰し、食事を済ますと日が真上にきた。ちょうど良い時間だろう。

 この世界に時計が無いわけでもないのだが、庶民は時間にはアバウトな感覚で暮らしている。
 昼過ぎに約束をしたならば日が高い時間に行けば問題はない。

「そろそろギルド行くか。旨かったか?」
「うん、やっぱり食堂のご飯は凄いな。見たこともない料理ばっかりだった」

 俺とシェイラは支払いを済ませて店を出る。

 ちなみに今日のメニューはダマスの名物だと言うドロッとした冷製スープのようなモノと芋入りのオムレツだ。それと何かの調味液に浸した焼き肉も食べた。
 ちょっとお高めの食事ではあったが、まあ、たまにはいいだろう。

 シェイラとレーレが嬉しそうに「美味しかったね」「また来ようよ」などと喜んでいるが、 贅沢させ過ぎだろうか?
 レーレも隠れながら器用に食べていたが、2人とも体格の割にはよく食べると思う。
 特にシェイラは痩せてるから、つい食べさせたくなるんだよな……たくさん食べさせて大きくなったら俺が食べてやるつもりだ。性的な意味で。

 ……と言うか、今食べても良いのかな?

 腹が満ちたら他の欲望を満たしたくなってきた。
 世の中には満腹時には「その気にならない」と言う男もいるが、俺から言わせればそれは甘えだ。俺などは常に臨戦態勢、常在娼館の心構えである。

 ……うむ、青い果実だが十分にいける。

 俺はシェイラを視姦したが、これはこれで背徳的な感じで悪くないと思う。
 オジさんが若い娘を餌付けして下心が無いわけはない。

「シェイラ、ちょっと宿で休憩しようか?」
「何でだ? さっきまで座ってたじゃないか?」

 軽くスルーされてしまった。残念無念。
 無理強いするのは好みではないので、今回はやめとこう。

 視線を感じると思ったら、シェイラのポケットからレーレが顔を出して何か言いたげにしていた……何か言えよ。


 ギルドに戻ると、支配人が「早かったね、先方がお待ちだよ」と酒場の一角を示す――そこにはモッサリと髭を蓄えた地人が1人で酒を飲んでいた。

「すいません、お待たせしました。私たちは冒険者パーティー『松ぼっくり』です。エゴイさんですか?」

 俺が声をかけると意外にも地人はニッコリと笑い、愛想良さげに手を上げて俺たちを出迎えた。
 偏屈だと聞いていたのだが実に意外だ。

「エゴイじゃ。こんな依頼に付き合ってくれて助かるぞ。酒を飲むか? 先ずは奢らせてくれ」
「あ、いや、先ずはお話を――」

 エゴイは「まあまあ」と言いながら俺とシェイラの分のエールを注文した。
 こんなに物腰の柔らかい地人は珍しい。俺は少し驚いた。

 エゴイと名乗る地人は145センチ程度の身長にたるのような体型。茶色のひげが濃くて長いところを見るに、わりと年嵩なのかもしれない。地人は年を重ねると髭が濃く、長くなるのだ。癖っ毛のようでかみも髭もモコモコしていて面白い。

「先ずは出会いに乾杯しようか。仕事の話はそれからだ」
「すいません、いただきます」

 俺は少し面食らいつつも温いエールをのんだ。
 ただ、エゴイは俺に愛想が良いがシェイラの方は見ようともしない。

 ……まあ、地人と森人だしな。

 こればかりは種族的な感覚の問題なので何とも言い難い。犬と猿みたいなもんだ。
 シェイラは良い子なので喧嘩を売ったり悪口を言ったりしないのは助かる。

 2杯ほどエールを飲み、ラッキョみたいな摘まみを食べたころで「どんな仕事なんですか?」と然り気無く尋ねてみた。
 こんなに接待してくれるってことはヤバい仕事だ。間違いない。

 エゴイは「ふむ」と答え、少し沈黙した。考えをまとめているらしい。

「簡単に言えば、下水道でスライムが増え過ぎた。駆除をしたいんじゃ」
「スライムですか、コアはありますか?」

 エゴイは「あるヤツもいる」と答えた。
 言いづらいことをハッキリと伝えてきたことには好感が持てるが、スライムの『核』とはわりと洒落にならない。 

 スライムは鼻水みたいなモンスターで、粘菌とかアメーバみたいな存在だ。
 大した動きもなく、じわじわと動いて小動物やその死骸を取り込んで吸収する……まあ、吸収すると言っても1~2日くらいかけてじわじわと消化する感じで、それ自体は驚異でも何でもない。そこら辺の悪ガキがイタズラで捕まえたりする程度のモンスターだ。

 ただ、ある程度大きくなったスライムには核と呼ばれる器官が生まれる。
 これは徐々に大きくなり、スライムの脊椎のような働きをする。つまり、核のあるスライムは体の中に支えが生まれ、より大きく、より早く動くようになるのだ。

 俺は見たことないけど、世の中には肋骨みたいな複雑な形状の核を持つ5メートル以上の個体もいるらしい。想像もできないサイズだ。

 デカいスライムはヤバい。
 何らかの拍子に取り込まれたら人間も体内で窒息し、溶かさせられてしまうだろう。
 スライムは核の有り無しで別モノのモンスターと言うべき危険な存在となるのだ。

「……下水道に大物スライムが潜んでるって不味くないですかね?」

 俺の問いにエゴイが「そりゃ不味いの」と他人事のように答えた。
 しかし、核のあるスライムが生まれるのは長い時間が必要だ。
 普段からメンテナンスしているのならば気付かなかったと言うのは不自然ではないだろうか?

 その俺の不審を感じ取ったか、エゴイは苦笑いし、下水道の見取図を取り出した。

「ここの下水道は浄化槽をいくつか作り、スライムを使って浄化しておるのだ。汚水を垂れ流しではモンスターが湧くからのう。じゃが、常に餌があるスライムが成長する速度が予想よりも早かった。まさか10年やそこらで核が生まれるとは見込み違いじゃ。今回は――ここ、4つ目の最終浄化槽、ここでデカイのを確認した」

 そのぼやきは俺にとって驚きだった。
 下水道と言っても精々が町から離したところで垂れ流しをするだけだと思っていたのに、浄化システムがあるらしい。
 しかもモンスターを使うとは――間違いなくこの世界独特の技術だろう。実に面白い。

 さらに詳しく聞いてみると地人の町ではわりと普及したシステムなのだとか。
 まさに地人驚異のメカニズムである。

「へえ! スライムが汚水を浄化するんですか。実際の排水はどのくらいキレイになるんですか?」
「汚水は4度の浄化槽を通過し、最終的には透明になる程度じゃな。今回は排出口から進入するが、匂いはともかく、排水自体は――」

 俺は熱心にスライムの浄化槽について質問し、エゴイが答える。
 現場の状況を確認して装備を整えるのは当たり前のことだし、何よりスライムが下水道をキレイにするなんて面白いではないか。
 スライムが浄水器の代わりになるならば色々な使い方が出来るかもしれない。

 スライム談義に花が咲き、5杯目のエールを飲み終えた頃、俺は隣の森人がスピスピと寝息を立てているのに気がついた。
 酔いが回ったか、退屈だったのか、それとも両方か。

 鼻からイクラのような不気味な気泡をプチプチと出しながら眠る森人……これも鼻提灯と言うのだろうか?
 シェイラの鼻から出る不気味な液体……スライムみたいで気持ち悪い。

 俺が手拭いで彼女の鼻をそっと拭(ぬぐ)うと「ふがっ」と抵抗された。




■■■■■■


スライム

ファンタジーでお馴染みのアイツ。この世界ではアメーバタイプらしい。
不定形生物なので大した動きもできないザコモンスターではあるが、ある程度大きくなると核と呼ばれる器官を持つ。この核はスライムの脊椎のように体を支え、周囲の組織を筋肉のように動かす働きがあるようだ。こうなるとサイズは巨大化し、動きもダイナミックになるため『核スライム』と呼び別モンスターとして扱う場合もある。
スライムの生体は謎に包まれているが、一定の条件を満たすとキノコのような形状に変化し、胞子により繁殖するようだ。弱点は塩。
正にファンタジー生物と言うべきロマン溢れるモンスターと言えるだろう。
近年では有機物を消化、吸収する性質に注目が集まり、下水の浄化などに用いられ始めた。
※食べられません。
しおりを挟む

処理中です...