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1巻

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 1章《十五歳の少年、スキルとの出会い》



 1話


「セン、早く行かないと怒られちゃうよ」

 まだベッドで寝ていた僕に、そう声をかけてきたのはおさなじみのテセス。
 彼女は隣の家に住んでいて、僕より一つ年上のお姉さんなのだけど、村の教会に行く日はいつも心配してか、わざわざ迎えにきてくれる。
 父と母はすでに出かけているらしい。毎朝農作物の手入れをしているから、その作業をしに行ったのだろう。

「あー、うん。すぐ準備するよ」

 テセスにかされて、身支度を始めた。


 ◆ ◆ ◆


「ごめんごめん、お待たせ」

 僕が着替えを済ませて家から出ると、真っ白な服に身を包んだ、深い青目のブロンド髪の少女が待っていた。
 彼女がテセス。真っ白な服に赤いブローチがきわっている。初めて見る服だから、きっとこの間来た行商人から購入したのだろう。
 このエメル村にもお店はあるものの、服やアクセサリーを扱っているところはない。最低限の日用品と、あとは冒険に必要な薬草や簡素な武具を売っている程度だ。他には小さな宿兼食事処があるだけである。
 だから衣類や食器などは、少し離れたところにある町、フロイデルからやって来る行商人から買うのが普通だった。

「セン、また髪が乱れてるし。ちゃんとしないと女の子にモテないよ?」
「いいじゃん、もー……まるで母さんみたいなこと言ってさぁ」
「心配してあげてるんじゃない。さっ、早く行くよっ」

 こんな風に教会に行くのも、あとちょっとの間だけ。
 なぜかといえば、僕はもうじき十五歳になるからだ。
 教会では三日に一回、十五歳未満の子供たちに向けて学習教室みたいなことを行っている。
 この村の人口は三百人くらいで、子供はそのうちの三分の一ほど。年少・年中・年長と三日に分けて授業を行っているので、教会には毎日三十人程度が足を運んでいるわけだ。
 算術や地学はもちろん、もっと大事なことも教わっている。
 それは、『魔物』への対応だ。
 シスターいわく、魔物によって、毎日多くの人々の命が奪われているらしい。
 だから子供たちが自分の身を守れるよう、魔物から逃げたり隠れたりする方法を教えてくれるのだ。
 実際のところ、魔物とまともに戦える人はこの村には数名しかいない。
 そのうちの一人、村からの依頼を請け負っている村専属冒険者――いわゆる『村き』のアッシュは、強力な剣技スキルで村の近くに現れる魔物をあっさり退治してくれる。子供たちの憧れの的で、みんなから尊敬されている青年だ。
 村就きになると村からの依頼をなるべくこなさねばならないし、魔物退治や素材集めといった仕事のほうがいい収入になるから、なかなか引き受け手がいない。
 そんな中、アッシュがいてくれるのは本当にありがたいことだと思う。
 他には、行商人の護衛としてやってきてしばらく身を置いている者や、道中立ち寄っただけの者が二、三人いる程度。幸いと言うべきか、この村の周囲にはさほど強い魔物は出てこない。弱い魔物からは大した素材が入手できないため、居つく冒険者も少ないようだ。
 それでも村にしばらく滞在する冒険者がいるのは、少し山に入れば多少の鉱石や植物の採取が可能だし、温泉が湧いているからだろう。
 まぁ、村人で魔物に襲われる危険をおかしてまで山に入る者は少ないのだけど。
 十五歳になって学習教室で一通りのことを学び終えると、教会で啓示の儀式を受けて一人一つずつスキルを授かることになる。
 スキルの入手方法は他にも、地道に魔法を覚えたり、あえて毒を摂取して死ぬ気で毒の耐性を習得したりと色々あるらしいが、この十五歳の儀式で初めてスキルを得るのが普通だ。
 それに、儀式で授かるスキルは強力なものであることが多い。
 だから、十五歳になる子供たちは儀式をとても楽しみにしている。
 魔法のスキルや魔力強化のスキルを得られれば、かなり生活が楽になるから。

「着いたわね、じゃあまた後でね、セン」

 テセスはそう言って、脇にある別の扉から教会に入っていく。
 僕はテセスに手を振って、学習する部屋へ向かった。
 彼女は十六歳で、もう教会で学ぶ立場ではない。今は、見習いのシスターとしてここで働いているのだ。
 テセスも昨年儀式を受けて、【鑑定】のスキルを授かった。これは、アイテムの効果や性質を調べることができるスキルだ。
【鑑定】の結果は、現代の文字ではなく、おそらく大昔に使われていたであろう文字で表示される。
 この大昔の文字は魔法でも使用されるもので、『かん字』と呼ばれていた。
 僕たちは『かん字』を、雑貨屋で大人向けに販売されている『スキル書』という本などで勉強している。
 だからテセスは、【鑑定】のスキルを授かった時点で、その力を使いこなすことができた。
 もちろん戦闘には向かないのだが、彼女の性格からすれば、それで良かったのだろう。
 昔から僕を弟のように、そして今でも周りの子供たちに優しく接しているテセスは、教会でみんなにものを教え、ともに成長する道を選んだ。
 シスターと一緒に作物を育てながら、時折来る冒険者のアイテムを鑑定して手数料をもらい、生活資金としているそうだ。
 ちなみに、テセスがここで働き始めてから、作物の出来がずいぶんと違う。
 本人曰く『作物に合った肥料をあげているだけ』とのことだが、シスターには全部一緒に見えるため、これまで気にしたことがなかったらしい。
 テセスの【鑑定】のスキルは、肥料選びや野菜作りにも役立っているというわけである。
 おかげで村のみんなに分け与えられる食事も、最近は非常に美味しいと好評だ。
 僕はテセスが作った野菜を食べるまで、野菜がこんなにも甘いものだとは知らなかった。
 ガキ大将みたいな同い年の友人コルンもまた野菜嫌いだったのだが、最近では『野菜よりワイルドボアの肉がいい』とは言わなくなってしまった。
 ワイルドボアというのは、この村の周辺にたまに出没する、農作物の畑を荒らす猪族の魔物だ。
 アッシュが退治した日には各家庭に少量ずつその肉が配られるので、僕も何度か食べたことがある。
 まぁ若干野性味はあるのだが、山で木の実をたくさん食べて育つためか、複雑な味わいでとても美味しい。

「よう、セン! 早く席に着けよ!」

 通路を歩いていると、後ろからやってきたコルンに声をかけられた。
 僕は挨拶を返してコルンとともに部屋に入り、授業を受けたのだった。


 ◆ ◆ ◆


「三日後にセンとコルンも啓示を受けるんでしょ? ちゃんと自分の道を考えなきゃダメよ」

 授業が終わり、仕事上がりのテセスと教会の外で合流すると、そんなことを言われた。

「俺は冒険者になってやるぜ、アッシュさんみたいに強くなるんだ」

 コルンは昔からそう言っていた。
 アッシュがこのエメル村に来たのは僕たちが十歳の頃だが、それまで村就きの冒険者は一人もいなかったらしい。
 他の町にいる冒険者に依頼し、ひと月単位、長くても半年の期間限定で村に滞在するという契約で守ってもらっていたそうだ。
 だけどそれには多くのお金が必要だった。
 村の大人達は村付近に生えている植物の採取や弱い魔物退治をこなし、時折来る行商人にそれらの素材を売って依頼料の支払いにてていたらしい。
 ところが、アッシュが来てからその生活は一変した。
 毎日定額を支払うが、それは他の町の冒険者に依頼するよりも格段に安く、この村の依頼であればどんなさいなことでも引き受けてくれる。
 一応、村からの依頼を八割こなせば全てを引き受ける必要はないとされているらしいが、アッシュは可能な限りの依頼を請け負ってくれるのだ。
 しかも、圧倒的な強さで魔物を寄せつけないアッシュは、今まで見てきたどの冒険者よりも抜きん出ていた。
 そんなアッシュは誰からも尊敬されていて、特にコルンは憧れの気持ちを常々口にしている。

「僕もアッシュには憧れてるよ」

 で、コルンの前で『アッシュ』と言うと必ず返ってくるんだよな。

「アッシュだ!」

 今年十五歳になった者は全部で十二人。
 村長もアッシュも啓示を受ける日は教会に来て、みんなにアドバイスをくれる。
 まぁ、いくらコルンが冒険者になりたいと言っても、親が許可しなくては村から出ることは許されないのだけれど。
 それは僕やコルンに限ったことではなく、親の許可が得られてアッシュも同意すれば、しばらくはアッシュと一緒に魔物退治に行くことができるらしい。

「あ~、楽しみだな。早く啓示を受けたいよ」
「どんなスキルが貰えるんだろうね。コルンは何がいいの?」
「そりゃあ、カッコいいド派手な技だろ。アッシュさんの【じゅうおうれつざん】みたいに一太刀で五連撃とか……くぅ~!」

 確かにカッコいいけど、僕には自分がそれを使う姿は想像できなかった。
 なぜか、ちまちま罠を張ったり、身を隠しながら飛び道具を使ったりしている姿が思い浮かんでしまうのだ。

「センも冒険者になるつもりなんだろ? やっぱり大技希望か?」
「いや、よくわかんないや。強い魔物と戦うってのもなんだか怖い気がするし」
「なんだ、弱気だなぁ。それじゃあ冒険者向きのスキルなんて貰えないぞ?」

 啓示では、その者に合ったスキル、その者が望むスキルを授かると言われている。
 だからコルンの言う通り、自分にはきっと大技みたいなものは与えられないだろうと思っていた。
 もしかしたら、それこそ冒険者向きでないスキルを得るのかもしれない。


 ◆ ◆ ◆


 それから三日間は、色々と考えてしまった。
 ちょうど野菜が収穫されたのを見て、『こんな仕事もいいかもしれない』とか、行商人が村にやって来た時には『僕も世界を色々見て回るかもなぁ……』とか。
 だけど、やはり冒険者のことが忘れられない。

「あら、今日は起きてたのね。もしかして緊張で寝られなかったの?」

 今日も迎えに来たテセスが、僕の部屋の扉を開けて笑いながらすぐに出ていく。
 くやしいが正解だ。二時間ほどしか寝ていない。
 啓示を受ける夢を見て、変なスキルばかり与えられたものだから飛び起きてしまった。それから目がえて寝つけなかったのだ。

「なんだよ、【手旗信号】のスキルって……」

 いや、よくわからないが有用なスキルなのかもしれない。
 だが、実際にこんなスキルが与えられてしまったら、正直これからどうやって生きていけばいいのか悩んでしまいそうである。
 変な夢のことは忘れてしまおうと、さっさと身支度をして外に出た。
 家の外では、珍しくコルンも待っていた。せっかくだから一緒に教会へ行こうと言うのだ。
 道中は、やはり今日授かるスキルの話である。
 テセスの【鑑定】についても色々聞いて、これにもまた興味が湧き、自分は本当に一体何をしたいのだろうと悩んでしまう。
 ポリポリと頭をいてアレコレ考えているうちに、いつの間にか教会の前だ。
 今日に限ってはテセスも正面の入り口から、シスター見習いという立場ではなく見物人として中に入る。
 啓示を受ける他の十人は、すでにそろっていた。
 そして間もなく、村長とアッシュもやってきて、教会の中央に儀式に使う水晶が設置されたのだった。



 2話


 十五歳を迎えた、この村の十二人の少年少女たち。
 町に二つ目の鐘の音が鳴り響く中、教会の講堂には村長と村就きのアッシュ、そして多くの見物人が集まっていた。
 鐘の音には二つの役割があり、一つは時刻を知らせること。そしてもう一つが、魔除けである。
 教会に設置された鐘には魔道具が用いられていて、その音を聞いた魔物は嫌がって遠ざかっていくらしい。これが午前に二回、午後に二回、この教会から鳴り響いている。
 時刻は現在、午前九時。誰一人遅れることなく、今年の啓示の儀式が執り行われる。
 申し訳程度の村長の挨拶では特に大事なことが告げられるでもなく、ただ皆の将来安泰を願う言葉だけが語られた。
 そして、次に挨拶をするアッシュが僕たちの顔を見て一言。

「ここで得られるスキルが君たちの人生に大きな変化を与えるのは間違いない。だが、それが人生の全てではない。俺から伝えたいことはそれだけだ」

 たとえ希望したスキルでなくても、それで夢を諦めることはないというのはアッシュの口癖だ。
 別にアッシュ自身が夢を諦めて後悔しているとか、そういうわけではないそうだが、彼は以前に自分のスキルの力で思い上がり、少々やらかしてしまったのだと漏らしていた。
 だから、スキルに頼り切った生活をしてはいけないという、いましめの気持ちを伝えたかったのだと思う。

「では、順番に前へ」

 村長が声をかけると、前のほうに立っている少女が一番に歩みだす。
 誰だって一番に行くのは気が引けてしまうから、彼女が最初に儀式を受けることだけは事前の打ち合わせで決まっていた。
 彼女――ミネアが水晶の前まで来ると、シスターが水晶に魔力を込める。水晶が徐々に発光していき、光が一定になったところで準備完了らしい。
 シスターは一度下がり、奥の机に並べてある小瓶の薬品を飲んだ。
 おそらく、あれは魔力回復薬だろう。結構な値段がするそうだけれど、それが儀式に必要な分だけ並んでいる。

「よし、ミネアよ。水晶に手を触れるのだ」

 アッシュが言うと、ミネアがゆっくりと水晶に手を近づける。
 手が水晶に触れた瞬間、水晶にまっていた光がパァッとミネアに取り込まれていった。
 それで啓示の儀式は終わりだ。

「やった! ちゃんと欲しかったのが貰えたわ」

 その言葉通りであるなら、彼女は【植物の知識】を得たようだ。
 これはわりとポピュラーなスキルで、調合師・薬師の仕事に役立つと言われている。
 啓示で得られるスキルの半分は、こういった知識系のもので、レベルも存在しているらしい。
 自然を愛する彼女だから、きっとこの先うまくスキルを使いこなしていくだろう。
 そうして、次々とスキルが授けられていった。
 若干シスターの気分が悪そうに見えるのは、魔力酔いとかいうやつだと思う。
 本来、儀式は数名のシスターで行うのだけど、小さな村に何人もそういった人がいるわけがない。
 一人で魔力を水晶に込めて回復する、ということを繰り返しているものだから、身体が魔力量の変化に対応しきれなくて、まるで酔ったような感覚になるのだそうだ。

「大丈夫ですか? シスター」

 隣で、テセスが声をかけていた。
 来年からはテセスもこの役目をになうのだけれど、今回の儀式はシスターになって初めてのことなので、横で見ているだけらしい。

「えぇ、あと二人だけですし、気にしなくて結構よ」

 そう、すでに十人は啓示を受け終わっている。
 二人ほど冒険者として有用なスキルを得たようで、あとはどちらかと言えば生産職向きといった感じだろうか。

「では次の者、前へ出てきなさい」
「よっしゃ、セン、俺から行かせてもらうぜ」

 そう言ってコルンが勇ましく前へ進んだ。
 先ほどと同様に、シスターは魔力を水晶に注ぐ。
 その姿はずいぶんと辛そうで、奥の机に戻る際はテセスに肩を借りていた。

「じゃあ行くぜ!」

 コルンが気合を入れて、水晶に手を触れる。
 コルンに取り込まれた光は、これまでと比べてひときわまばゆく感じた。
 実際はそんなことはないのだろうけれど、冒険者になると信じて疑わないコルンが、僕にとってまぶしく見えたのだと思う。
 啓示を受け終えたコルンが戻る。が、何も喋らない。
 どうしたんだろう? もしかして望んでいたスキルが手に入らなかったとか?
 しかし、その顔はまるで何かをこらえているようだ。

「……い」

 い?

「ぃよっしゃー!」

 突如腕を高く上げ、喜びを最大限に表すコルン。
 もう、その仕草だけで、コルンがどんなスキルを得たのかは想像できた。
 ――パリンッ!
 その瞬間、教会に一つの音が鳴り響いた。
 皆が視線を向けた先の机には、一つ残っているはずの魔力回復薬の小瓶がない。それが床に落ちて割れているのだから、何が起こったのかは容易に理解できてしまう。

「なんとっ……これでは最後の者が啓示を受けられんではないか……」

 村長が言葉を発すると、シスターが頭を下げ謝った。
 ふらついて机に手をついた拍子に、小瓶を落としてしまったのだと。
『では、残り一人の儀式は別の日に』というわけにもいかない。
 今日は、二つの月が同時に満ちて世界の魔素が一番濃くなる、『神聖の明月』という年に一度訪れる特別な日なのだから。
 教会内は騒然となったが、こんな時のために予備の魔力回復薬はちゃんと置いてあるらしい。
 高価なものだから、教会関係者以外には知らされていなかったそうだ。

「儀式を中断してしまい、申し訳ございません。すぐに続きをり行います」

 そう言って小瓶を口にしようとしたシスターを、テセスが止める。

「シスター……私にやらせてください」

 テセスはまだ見習いの身。本来なら絶対に許されないことなのだが、顔色の悪いシスターの様子を見ればテセスの気持ちもわかる。
 どうなるのかと思っていると、アッシュが僕に言った。

「セン、君のための啓示だ。テセスにやらせてもいいか?」

 まだ慣れていない者が魔力を注ぐと、水晶も不安定な反応を起こすらしいと聞いたことがある。
 だが、テセスであれば普段の生活を見る限り魔力は安定しているし、信頼も十分だ。
 それは村の皆が理解していて、だからこそアッシュや村長も止めようとはしなかったのだと思う。

「もちろんです、テセスでしたら何の不安も不満もありません」
「ありがとう、セン」

 テセスは予備の小瓶の中身をぐっと飲み干して水晶の前に向かう。
 いや、多分魔力を回復する必要はなかったと思うが、誰もそれに気づくことなく、テセスは自然な動作で歩みを進めていたのだった。

「いきますっ!」

 啓示を受ける側よりも気合が入っている様子のテセス。
 無理もない。大事な初めての儀式を、きゅうきょこの場で行うことになったのだから。
 徐々に水晶に輝きが増していく一方で、今までに見たことのないテセスのもんに満ちた表情。
 目をつむって、歯はグッと噛みしめているようだ。
 そこまで強力に魔力を込める必要があるのか?
 シスターの倍ほどの時間をかけ、ようやく準備が整ったらしい。

「ではセン、前に来なさい」
「はい」

 アッシュに言われて進み、水晶の前に立つと、一層光が強く見える。
 それが実際に強いのか、テセスが込めた魔力だからそう見えたのかはわからない。
 無言で僕は水晶に手を触れる。
 この神秘的な光の前に言葉が出なかったのだ。
 みるみる水晶から光が失われていくと同時に、それは僕の中に流れ込んできた。

《スキル【合成】レベル1を習得しました》

 本人にしか見ることのできない、『スキルウインドウ』と呼ばれる宙に表示される文字。そこに刻まれたのは、これまでに聞いたことのないスキルだった。
 もちろん、どう使えばいいのかもわからない。

「どうした? もしかしてスキルが与えられなかったのか?」

 ほうけてしまった僕に、アッシュが声をかける。
 不安定な啓示のせいで、スキルが与えられずに終わったことが過去に何度かあったそうだから、当然の反応だろう。

「いえ、間違いなくスキルは授かりました。大丈夫です」

 それを聞いて、シスターの脇にいたテセスもホッとした表情を見せる。
 そして、アッシュがスキルを得たばかりの皆に、注意点や心の持ち方、国への奉仕の方法など、いくつかの道を示したりしていた。

「では、今年の啓示の儀式はこれで終えるとしよう。皆の者、ご苦労じゃった」

 最後は村長が場を締めて、教会にやってきた者たちは各々おのおの散っていくのだった。

「で、さっきの反応はなんだったんだ? どんなスキルを授かったんだよ?」

 それを聞きたくて仕方がなかったのだろう、コルンはずっとウズウズとしていたからな。

「僕もよくわからなくて、どういうスキルなのか聞きたかったんだ」
「なんだよ、そんな珍しいスキルなのか?」
「わかんない……【合成】っていって、レベルもあるから多分知識系と同じだと思うんだけど」

 案の定、コルンも知らないとのこと。冒険者向きのスキルばかり調べていたコルンに、生産職向きのスキルのことはさっぱりだろう。

「合成っていうくらいだから、何かを組み合わせたりするんだろ?」
「そうだと思う。【鉱石の知識】とかだと、レベル3くらいから鉱石を合わせて加工できたりするんだけど。帰ったらテセスにも聞いてみて、試しに薬草からポーションが作れないかやってみようと思う」

 薬草からポーションを作るというのは、【植物の知識】レベル2で得られる技術だ。
 といっても、レベル2でできるのは、疲労回復程度の効果しか得られない下級ポーションなのだけど。もっとレベルを上げれば質も高まり、傷を癒す中級ポーションも作れるようになる。

「そっかぁ、冒険者っていうより生産職向きなのか……ってかそれ、知識系スキルの一部の能力しか得られなかったってことになるんじゃないか?」
「うーん……。かもしれないね」

 薬草なら見ればわかるし、ポーションの材料であることも知っている。けれど、希少な草花となると、使い道どころか、似たような植物との見分けすらつかない。
 それを補ってくれるスキルが【植物の知識】なのだけど、僕はその知識部分を授かっていないようなのだ。
 帰りに雑貨屋に寄って色々見てみたが、これまでと同様、よくわからないアイテムはよくわからないままだった。

「じゃあ合成しても大したもんできねえじゃん」
「まぁ言っても仕方ないことだし、テセスに鑑定してもらいながら試していこうかな?」

 そう言って僕は、雑貨屋で購入した薬草一束(十枚)を手に持って家路についたのだった。


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