スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)

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9章《暗黒龍ニーズヘッグ》

10話

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「しかし、厄介なことになってきたな……」
 暗くてぼんやりとしか見えないが、ヤマダさんがため息をついて頭を掻いている。
 ポリポリと、困ったときなんかに時々やる仕草だ。

「厄介って、どういうこと?」
「そりゃあ、異空間に飛ばされちまったら戻る方法が無いってことっだよ。基本的にはな」
 ニーズヘッグは、幼体だった頃から空間を渡り歩く能力を持っていた。
 見たことがあるかと言われれば、ヤマダさんもそれは無いらしい。
 ただ、現に豊富な魔素を求めて世界樹の根にかじり付いていたわけだし、可能性は大いにある。

「俺たちだけじゃ……自力で元の世界に帰るのは難しそうだな」
「そんな、どうにかならないの?」
 まだ実感が湧いてこない僕だけど、ヤマダさんが自信なさげに口にするのを聞くと不安になる。

 せっかくニーズヘッグを倒しても……いやそのニーズヘッグの姿も今ここにはない。
 もしかして僕たちだけを別空間に飛ばしたのか?

 とにかく落ち着いて現状を把握しようとする僕とヤマダさん。
 インベントリは使えず、手持ちの武器で戦うしかない。
 ルースの効果はあるが、それほど有用そうなものもなく、合成スキルも使えないみたいだ。
 ユーグの力が使えないということは、おそらく以前ほどの力もないだろうし、剣の威力も見た目通りになっていると思った方がいい……

 それであのニーズヘッグと戦え……なんて、どう考えても無謀だった。
「ヤツが来ないってのが、もっと厄介だけどな」
 ヤマダさんは再び剣を鞘に納め、周囲を少し回り始めていた。
 出口や変わったところなどないか、本当にニーズヘッグがいないのか?

 あっちの世界に残ったままでは、みんなが危険な目に遭ってしまうのでは……
 船はまだ大丈夫だろうか?
 ユーグが何とかしてくれているのだろうか?
 落ち着きを取り戻すほどに、今度は他の皆の事が心配になってしまう。

 ーーーーーー

 その頃、船の上では案の定焦っている者がいた。
「お、おおお、おいっ。
 二人とも消えちまったじゃねーか⁈」
「ちょっと静かにしてよコルンっ、焦ったってしょうがないでしょ!」

 ニーズヘッグも、少し力を使いすぎたのか動きは鈍い。
 今のうちにこのメンバーで倒せるだろうか……?
 とはいえ、消えた二人のことが気にならないリリアではなかった。

「ユーグっ! 二人は無事なのっ?」
『た、多分ですが……
 おそらくこの世界と山田の世界の狭間にいるんじゃないかと……』
 そこには無いはずの魔力を、その辺りにわずかに感じるのだとユーグは言う。

 ニーズヘッグの力で、空間を移動させた。
 それも厄介だと思ったセンと山田だけを。

 ニーズヘッグは見るからに弱体化しているが、きっと大きな力を使ってでも、その二人には消えてもらいたかったんだろう。
 戦闘中に少しずつ知恵をつけてきたということなのだろうか……

 冷静になって考えてみれば、私たちは恐るるに足らないと、そう言いたいんじゃないか?
 そんなことを考えてしまうリリア。

「馬鹿にしないでよねっ!」
 別に誰かに言われたわけじゃないけれど、ニーズヘッグがそう思っていそうだからという理由で叫んでいた。
 そして次々と魔法を放つ。
 エリクシールが効いているのだから、何かしらの魔法は効果があるだろうと思いながら。

 自分に向かって叫んだのかと思い、一瞬怯んでしまうコルンだが、すぐに深呼吸して攻撃を再開した。
 センに作ってもらっていた矢は惜しみなく使い、特に急所になりそうな胸の中心を狙い続けた。
「必殺! セイクリッドフォース!」

 自身の強化と攻撃に属性がのるという必殺技。
 細かいことなんてさっぱりわからないコルンだが、とにかく強い攻撃となると、そういうスキルの中から比較的最近覚えたものしか思い浮かばない。

「……魔王様をどこへやったのよ……」
 静かに怒りを覚えていたのはミアだった。
 調合師というのは合成スキルと異なって、その場限りの効果を与える薬を作り出す。
 レベルなんて無く、人族の持つスキルとは違って種族特有の技術なのだ。

「寿命を削るから使うなって言われてたけど、いないんだからもう良いよね……」
 回復、強化、攻撃、それに状態異常や魅了、時間の巻き戻しだって可能ではある。
 山田がいなくなり、ユーグも今すぐに異空間から戻すことはできないと言うのだから、命を削った技を使っても良いと思っていた。

「ヘルト……サークル!!」
 貴重なアイテムなど惜しくはないし、百年以上使っていなかったアイテムを今後使うことは無いだろう。
 そうして放たれた技は、周囲一帯のダメージ量を約十倍にするというもの。
 当然受けるダメージも相応に大きくなるし、属性効果や状態異常にもなりやすい。
 魔素に対して過敏になるというとんでもないものであり、その範囲に応じた『命』が削られる。

 全力……ではなく、力を半分に抑えてしまったあたり、魔王様帰還の望みが捨てきれないのだなと、そう思うミアだった。

 攻撃は続く。
 ミアの技を使ってもすぐには倒せないのだから、やはり無理なのではないか。
 そう思う者もいた。
 きっとブランとミント以外の者は、誰もがそう考えていたことだろう…‥

 そして、攻撃に集中するあまり、気付いていないことが一つあった。

「みんなっ! やっぱり決戦って言ったらこうじゃなきゃっ!」
 一体どこから連れてきたのか?
 というか、いつの間にいなくなっていたんだろうか?
 そう思うのも当然だった。
 特に、つい先ほどまで横にいたはずのリリアは思っていたのだ。

「危険だから待機してもらっていたけど……
 卑怯なんて言わないでよねっ、常に生き残ったほうが勝者なんだからっ!」
 テセスの引き連れた無数の艦隊。
 魔族領から約五百隻、対して人族の船はたった四隻。

 どういう行動をとるかもわからない相手に、無駄に命を散らして欲しくないという想いで待機させておいたもの。
 山田が魔族領から、テセスは元聖女として進言。
 当然その四隻の中には、バリエやカンブリスの姿もあった。

 山田の代わりに、その全てを率いて戻ったテセスは、実はかなり緊張していたのだった。
 冒険なんて柄ではない。
 魔物といえど、生き物を殺すなんて出来る限りやりたくはないなどと思っていた。

 だから、躊躇なく攻撃魔法を撃ち出すリリアなんかは羨ましくも思っていたほどだった。
 その方が、きっとセンとの冒険も楽しかっただろうから。

 洞窟の中でリリアに魔物退治をお願いしたことを思い出しながら、精一杯震えた声で命令を出したテセス。
「い……一斉攻撃ー!!」

 一撃一撃は、リリアの魔法やコルンの弓にも劣る。
 だが、わずかなダメージでもそれが数百数千ならば。
 それを見たミアは、慌てて防御結界を作り出す。
 上空を飛ぶ巨大な鉄球、火魔法にしなやかな矢。

 自分の作り出したダメージ十倍の効果が、一層大きな力となってニーズヘッグに襲いかかる。
 少し遅れて巻き起こる巨大な竜巻は、海水を巻き上げ中では雷が鳴り響いている。
 ようやく詠唱が終わったのか、バリエさんは……
 そんなことを思えるくらいには、リリアたちの気持ちは落ち着きを取り戻していた。

「グギャァァァ!!!」
 やったか? と思った瞬間に、ニーズヘッグは最後の攻撃を繰り出してきた。
 黒い魔力球は、艦隊の中心部に落ち、大きな爆発を生み出した。

 何十、いや百隻近くの船が吹き飛んだように見える。
 だが、ここでニーズヘッグにとどめを刺さなければ、まだまだ被害は増えてしまう。
 テセスは、怯むことなく次の攻撃を命じる。
 その姿がまるでなにかの伝説の英雄みたいに見えていたリリア。

「やっぱり聖女様じゃないの……」
 『ふふっ』と笑いながら、無数に飛んでくる攻撃を眺めていた。
 背景に世界樹が重なって、まるで花が咲いたように……

『……じゃないですよっ!
 一気に魔法を使われると私の身体が持ちませんってば!』
 戦いが終わって、息を切らしながら怒るユーグの姿があった。
「ま、まぁ……おかげで撃退できたんだしさ」
 バツの悪そうに謝るテセス。

 リリアは知る。
 実は使うかどうかを悩んでいたらしいのだと。
 なんの代償もなく何千何万の攻撃を一度に放てるのなら、じゃあそもそも魔素なんていくらでも使い放題になるわけだ。
 だから、総攻撃の瞬間にユーグから文句を言われることは想像していたらしいことも。

『それに、撃退って言っても逃げられただけですっ。
 ……まぁ、この辺りで一番魔力の強いあの二人の所でしょうし、もう様子を見るしかありませんね』
 そう、実は攻撃が当たる直前にニーズヘッグには逃げられた。

 もう、ダメージを負ってまでこの世界に残るメリットを感じなかったのだろう。
 濃い魔素を求め、また別の世界で命を喰らい続けるのだろうか?
 まぁ、その前にセンと山田がどうにか倒して戻ってくるだろうけれど。
 そう思うと、また小さく笑うリリアだった。

『言いにくいことなんですけど、私の力で二人を戻すにはあと数年は回復に努めないと……』
 ユーグがポツリとそんなことを口にする。
 せめて一週間、なんて言ったところで、不可能なことはすぐにわかる。
 戦闘前に比べても、見た目にかなり痩せ細っているのだ。
 総攻撃が躊躇われた理由もよくわかる……

『な、泣かないでくださいっ。
 何か方法は無いか考えてみますからっ!』
 ポロポロと泣き崩れているミアがリリアの視界に入る。
 しかし、なぜユーグはこちらを向いて言うのだろうか?
 別に泣いてなど……
「あっ……」
 頬に触れ、そこで自分が涙を流していることを知るリリア。

 落ち込む雰囲気の中、ただただ二人の安否を心配することしかできないでいるのだった。
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