片思いの友達にチョコを渡す男子高校生

あしまる

文字の大きさ
1 / 1

片思いの友達にチョコを渡す男子高校生

しおりを挟む
「水野くん……チョコ、食べる?」
「えっ、いいけど……今日何の日か分かってんのか?」

 帰り支度を済ませてバッグを背負った水野くんを引き止める。放課後の教室、委員会の仕事で居残った僕たち以外は誰もいない。渡すなら今しかないと逸る鼓動に背中を押され包装紙で飾られたチョコクッキーを手渡す。

「へへ……バレンタインだからチョコ作りたくなって」
「まー気持ちはわかるがせめて女子に渡せよな」
「わ、渡せないよ。男がチョコ作るとか変に思われそうだし」
「別におかしくないだろ。だって森谷パティシエ目指してんだろ?」

 水野くんは僕が本当にただチョコが作りたくなっただけだと信じて疑わない。それを受け取るとバッグを机に置き椅子に座る。僕はその隣に座って反応を伺う。

「どれどれ……おっかわいいなーこれ」
「! 今回は結構うまく作れたんだ……!」

 人型に型取ったクッキーにホワイトチョコとブラックチョコでコートとマフラーを着せて、さらにサンタ服やトナカイ衣装のものも用意したクリスマスがテーマのチョコクッキーだ。表情にも拘ってなかなかにかわいいものが仕上がった。水野くんに褒められるとほっと胸を撫で下ろす。

「じゃあ早速、いただきます」

 口を大きく開いてパクっと頬張ると「ん~」とにやけながら首を縦に振る。美味しいという気持ちが表情から伝わり心が弾む。

「やっぱ森谷の作るお菓子サイコーだな!」
「ほんと? ありがとう……!」
「マジで売れるよ。皆にも言えばいいのに」
「い、いやっそれはちょっと恥ずかしいかな……」
「勿体ねー。まあでも、その分俺が全部ひとりじめできるからいいけどな」

 水野くんはいたずらっぽくにやりと笑って次々とチョコクッキーを口にする。卑怯だよ水野くん、いきなりそんな顔でそんなセリフ言われたら舞い上がっちゃうよ。と小躍りしたい気持ちを必死でこらえる。水野くんにひとりじめされるチョコにすら嫉妬してしまうほど愛が溢れてやまない。

「ん? なんだよ森谷、もしかしてお前も欲しくなった?」
「えっ!!?」
「声でか!」

 予想外な言葉に思わず声を荒らげてしまった。恥ずかしさに赤くなる顔を隠すように口元を手で抑える。

「あっごめん、えっと……?」
「さっきからずっとこれ食べたそうに見てたからさ、最後の一個やるよ」
「あっそういう……じゃあ、貰おうかな」

 僕が見てたのは水野くんの方なんだけど、とは流石に言い出せずチョコを受け取ろうと手のひらを広げる。すると水野くんはその差し出した手をスルーして直接僕の口元にチョコを運ぶ。

「はい、あーんっ」
「な、なななななっっ!?」
「はははっ、動揺しすぎだろっ!」

 ふざけて恋人同士みたいな食べさせ方をしてくる水野くんに命の危険を感じた僕は椅子を思いっきり後ろに引いて距離を取る。手を胸に当てずともありえないほど心拍数が上昇しているのが分かる。仕掛けた諜報人はそんな気も知らずに足を手で叩いて爆笑している。

「ふっ、普通によこしてよ~」
「いいじゃん、誰も見てないよ」
「カ、カップルじゃないんだから……っ」

 自分で否定するのも悲しいがこれは僕の一方的な片思いだ。今でこそ友達のように話せているが元々は全く接点などなかった。

 水野くんは普通に女の子が好きでかっこよくてクラスの人気者。対して僕は特にこれといった特徴のない、少しお菓子作りが得意なだけの影の薄い男だった。クラスも違うから今日のような委員会の時でしかまともに会話ができなかった。

 本来なら絶対関わり合うことのない人種なのだが、水野くんがスイーツ好きという情報を知りこれなら僕でもと必死で勉強して声をかけたのだ。本当はパティシエなんて目指していなかった。そういう設定にしておけば練習のためという体で自然と水野くんに食べてもらえるから。

 あまりにもおいしいおいしいと喜んでくれるのが嬉しくて製作を続けていく内にめきめきと調理スキルが上がり、今では本当にパティシエも夢じゃないんじゃないかと自惚れてしまうほどだ。

「彼女とイチャイチャする時の練習だと思ってさ」
「し、しないよそんなことっ」
「えー、俺はしたいけどな」

 時々水野くんはこうやって僕をからかう。まともに恋バナも下ネタもできないほどウブな人間が彼の周りにはいないから珍しくて面白がっているんだ。向こうにその気がないのは分かっているけれどやっぱり何回されても照れてしまう。

「いらないなら俺が食べちゃおっかな~」
「あっ……」

 水野くんは自分の口元にチョコクッキーを運んで食べる素振りをする。口を少し開けて横目にこちらを挑発的に見つめる仕草が煽情的で直視できない。えっちな目で見てごめんなさいと心の中で謝罪する。

「ほらほら、これが欲しいのか?」

 セリフだけ聞くと勘違いしてしまいそうだがこれはただのお菓子だ。

「あのっ……チョコ、ください……」

 僕があげたチョコのはずなのに何故僕がねだっているのだろうか。水野くんは満足そうな表情で再び僕の方へと手を向ける。

「はい、あーんっ」
「あ、ふっ、んっ」

 数cm間違えたら指が唇に当たってしまう。どきどきで顔が熱くなる。ゆっくりと口を開いて慎重にチョコクッキーを唇で挟むと水野くんと目が合ってしまい瞼をきゅっと閉じる。指が離れたところでぱくぱくと口の中に放り込む。チョコや砂糖の甘さなんかとは比べ物にならないほど甘く、幸福な時間に全身がとろける。

「ははっすげー顔真っ赤」
「は、恥ずかしくて……」
「森谷ってほんとかわいいな~」
「なっ……!?」

 本当に信じられない男だ。好きという感情を通り越して怒りすら湧いてくる。気安くかわいいという言葉をその顔で言うなと喚き散らかしたい。だがそんな勇気があるならとっくに告白している。悔しいけれど僕はこの男にこれからも片思いを続け、一挙手一投足に翻弄され、そしていつか失恋するのだろう。

 そうだとしても、今この瞬間を大切にしたい。水野くんと二人だけの時間を少しでも一緒に過ごせるのなら、それは僕の人生にとってかけがえのない思い出になるはずだから。

「ホワイトデーにお返ししなきゃな」
「えっ、い、いいよそんなの」
「バレンタインデーにチョコ貰って何も返さない奴は男じゃねぇよ」

 少し背伸びして男らしく振る舞おうとする年頃の男子高校生といった姿をかわいらしく思いつつも、やっぱり水野くんのこういうかっこいいところが好きなのだと改めて思う。

「つーわけで、今度お菓子の作り方教えて」
「えっ、お返しなのに僕が教えるの!?」
「森谷以外に頼れるやついねーもん。嫌ならコンビニの飴な」
「さっきまであんなにかっこいいこと言ってたのに……!」

 口では文句を垂れながらも、心はまた二人で特別な時間を一緒に過ごせることを嬉しく思い、顔が綻ぶのだ。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。

とうふ
BL
題名そのままです。 クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

隣の番は、俺だけを見ている

雪兎
BL
Ωである高校生の湊(みなと)は、幼いころから体が弱く、友人も少ない。そんな湊の隣に住んでいるのは、幼馴染で幼少期から湊に執着してきたαの律(りつ)。律は湊の護衛のように常にそばにいて、彼に近づく人間を片っ端から遠ざけてしまう。 ある日、湊は学校で軽い発情期の前触れに襲われ、助けてくれたのもやはり律だった。逃れられない幼馴染との関係に戸惑う湊だが、律は静かに囁く。「もう、俺からは逃げられない」――。 執着愛が静かに絡みつく、オメガバース・あまあま系BL。 【キャラクター設定】 ■主人公(受け) 名前:湊(みなと) 属性:Ω(オメガ) 年齢:17歳 性格:引っ込み思案でおとなしいが、内面は芯が強い。幼少期から体が弱く、他人に頼ることが多かったため、律に守られるのが当たり前になっている。 特徴:小柄で華奢。淡い茶髪で色白。表情はおだやかだが、感情が表に出やすい。 ■相手(攻め) 名前:律(りつ) 属性:α(アルファ) 年齢:18歳 性格:独占欲が非常に強く、湊に対してのみ甘く、他人には冷たい。基本的に無表情だが、湊のこととなると感情的になる。 特徴:長身で整った顔立ち。黒髪でクールな雰囲気。幼少期に湊を助けたことをきっかけに執着心が芽生え、彼を「俺の番」と心に決めている。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

嘘をついたのは……

hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。 幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。 それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。 そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。 誰がどんな嘘をついているのか。 嘘の先にあるものとはーー?

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

処理中です...