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第33話 最後の言葉
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「山田」のコメントはその場に残ることもなく、コメント欄から見えなくなっても再び書かれることもなく、ただ静かに誰にも触れられず消えた。
私もわざわざ読もうとは思わなかったし、コメント欄にあったのも一瞬だったから、見た人の方が少なかっただろう。そもそも見たところでただのアンチか嫌がらせだと思うだろうし、私が彼のコメントに感じることなんてきっと誰も気づかない。
一瞬だけ心がざわついて、すぐに落ち着いた。それと同時にどこか空虚な感覚が腹の底から広がっていった。
「……まあ、色々あったね、ほんとに」
色々、には私の思う色々と、リスナーたちの思う色々がある。私の思いをリスナーが知ることはないし、それと同時に私がリスナーの抱える思いを知ることもできない。別の場所にいるから。どれだけ同じ空間を共有して言葉を交わしていても、こればっかりは伝えきれない。
「私にも色々あったし、みんなにとっても色々あったと思う。でも全部ひっくるめてさ、いい思い出だったなあって思えたらいいよね。
……今はまだ、お互いに無理でもさ」
そう言って、静かに笑う。コメントの速度が少しだけ遅くなって、周りには誰もいないはずなのに、みんなの沈黙が伝わる気がした。
「でも、色々あったけど、本当に楽しかったよ。みんなと話すのも、全部。ありがとう」
『こちらこそだよ』
『ありがとうヨナちゃん』
気が付けば、配信を始めてから1時間半が経過していた。そろそろ終わりにしよう。いつまでも続けていたら、余計に寂しくなって離れられなくなってしまう。
「じゃあ、そろそろ終わろうかな」
行かないで、とか終わらないで、というコメントが流れる。なんだかぼうっとしてしまって、コメントを読む目が滑った。
「ありがとう。みんな、元気でね。おつヨナ!」
おつヨナ、のコメントで埋まるのを見届けてから配信を切り、BGMを止める。これで終わりだという実感はさすがにまだ湧かなかった。
配信ソフトを閉じ、ヨナの体を動かしているソフトも閉じる。これも、もう使うことはないんだな。
「そうだ、SNS……」
一応つぶやいておかないと、と思い、シャットダウンを押そうとしていたPCをもう一度操作し、ブラウザを開く。
『おつヨナでした! 配信きてくれてありがとう!
今まで本当に楽しかったです、ありがとうございました!! じゃあね!!』
配信ではしんみりしてしまったから、できるだけ明るい言葉を選んでそう打ち込む。「月島ヨナ」としての言葉は、本当にこれで最後だ。このアカウントを使うことももうない。
届いたリプライに返信はしなかった。けれど配信では読めなかった分、通知欄に並んだ長文のリプライすべてに目を通す。リスナーたちそれぞれが、ヨナにどれくらい感謝をしているとか、ヨナのおかげで生活が楽しくなった、とか「月島ヨナ」がみんなに与えた影響を書いてくれていた。
「月島ヨナ」を通して、私は誰かにとっての何かになれたのだろうか。彼女がいることで、誰かにとっての支えになれたなら、こんなに嬉しいことはない。どれもが宝物のような言葉だった。
でも、もうこの人たちと言葉を交わすことはない。2度とこんな風に関わることはない。それが自分の選択だとはわかっているけれど、やっぱりまだ寂しい。
SNSの画面を操作し、ログアウトのボタンを押す。それから配信ソフトと、アバターを動かすためのソフトをアンインストールした。
「バイバイ、ヨナ」
もう私が、月島ヨナをやることはない。月島ヨナが何かになることもない。最初は、テンシちゃんへの憧れと、彼女が引退した悲しみを埋めたいがために始めた活動だった。私に何か明確な目標があるわけではなかった。でも、いつの間にかファンが現れて、私がいなくなると寂しいと思ってくれる人ができた。こんな経験は、もう一生ないだろう。
「月島ヨナ」という、ある種もう1つの人生が終わった。ここからは私、南千尋が、現実世界で生きていくだけだ。
私もわざわざ読もうとは思わなかったし、コメント欄にあったのも一瞬だったから、見た人の方が少なかっただろう。そもそも見たところでただのアンチか嫌がらせだと思うだろうし、私が彼のコメントに感じることなんてきっと誰も気づかない。
一瞬だけ心がざわついて、すぐに落ち着いた。それと同時にどこか空虚な感覚が腹の底から広がっていった。
「……まあ、色々あったね、ほんとに」
色々、には私の思う色々と、リスナーたちの思う色々がある。私の思いをリスナーが知ることはないし、それと同時に私がリスナーの抱える思いを知ることもできない。別の場所にいるから。どれだけ同じ空間を共有して言葉を交わしていても、こればっかりは伝えきれない。
「私にも色々あったし、みんなにとっても色々あったと思う。でも全部ひっくるめてさ、いい思い出だったなあって思えたらいいよね。
……今はまだ、お互いに無理でもさ」
そう言って、静かに笑う。コメントの速度が少しだけ遅くなって、周りには誰もいないはずなのに、みんなの沈黙が伝わる気がした。
「でも、色々あったけど、本当に楽しかったよ。みんなと話すのも、全部。ありがとう」
『こちらこそだよ』
『ありがとうヨナちゃん』
気が付けば、配信を始めてから1時間半が経過していた。そろそろ終わりにしよう。いつまでも続けていたら、余計に寂しくなって離れられなくなってしまう。
「じゃあ、そろそろ終わろうかな」
行かないで、とか終わらないで、というコメントが流れる。なんだかぼうっとしてしまって、コメントを読む目が滑った。
「ありがとう。みんな、元気でね。おつヨナ!」
おつヨナ、のコメントで埋まるのを見届けてから配信を切り、BGMを止める。これで終わりだという実感はさすがにまだ湧かなかった。
配信ソフトを閉じ、ヨナの体を動かしているソフトも閉じる。これも、もう使うことはないんだな。
「そうだ、SNS……」
一応つぶやいておかないと、と思い、シャットダウンを押そうとしていたPCをもう一度操作し、ブラウザを開く。
『おつヨナでした! 配信きてくれてありがとう!
今まで本当に楽しかったです、ありがとうございました!! じゃあね!!』
配信ではしんみりしてしまったから、できるだけ明るい言葉を選んでそう打ち込む。「月島ヨナ」としての言葉は、本当にこれで最後だ。このアカウントを使うことももうない。
届いたリプライに返信はしなかった。けれど配信では読めなかった分、通知欄に並んだ長文のリプライすべてに目を通す。リスナーたちそれぞれが、ヨナにどれくらい感謝をしているとか、ヨナのおかげで生活が楽しくなった、とか「月島ヨナ」がみんなに与えた影響を書いてくれていた。
「月島ヨナ」を通して、私は誰かにとっての何かになれたのだろうか。彼女がいることで、誰かにとっての支えになれたなら、こんなに嬉しいことはない。どれもが宝物のような言葉だった。
でも、もうこの人たちと言葉を交わすことはない。2度とこんな風に関わることはない。それが自分の選択だとはわかっているけれど、やっぱりまだ寂しい。
SNSの画面を操作し、ログアウトのボタンを押す。それから配信ソフトと、アバターを動かすためのソフトをアンインストールした。
「バイバイ、ヨナ」
もう私が、月島ヨナをやることはない。月島ヨナが何かになることもない。最初は、テンシちゃんへの憧れと、彼女が引退した悲しみを埋めたいがために始めた活動だった。私に何か明確な目標があるわけではなかった。でも、いつの間にかファンが現れて、私がいなくなると寂しいと思ってくれる人ができた。こんな経験は、もう一生ないだろう。
「月島ヨナ」という、ある種もう1つの人生が終わった。ここからは私、南千尋が、現実世界で生きていくだけだ。
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