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気になる

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 講義が終わり、プリントをまとめてリュックの中へ押し込む。私よりも早く席を立った茉優が、私の腕をつかんだ。


「ね、なんでその人とゲームすることになったの?」


 一瞬授業の前の会話を忘れていた私は面食らう。しかしすぐに思い出して、恥ずかしさにまた顔が赤くなりそうだった。


「うちも気になるなー、個人的になんでしょ?」


 紬もリュックを背負って席を立つ。言うのが恥ずかしいという気持ちと同時に、誰かに聞いてもらいたいという気持ちも確かにあった。私はのろのろとリュックを背負って立ち上がり、次の教室への移動がてらぽつりと話す。


「なんか、色々あって通話に誘われて……。それで、一緒にゲームしよー、みたいな」


 紬と茉優に挟まれながら、肩を縮こませてそう言う。言葉にすれば、たったそれだけの出来事だった。


「へえー、個人的に通話誘われてゲームも一緒にしようとか言うかなー、ただの視聴者さんになあ」


 茉優は私の腕をぎゅっと組んで、目をキラキラさせながらそんなことを言った。


「言う……んじゃないの、知らないけど」


「普通にいろんな人誘ってんじゃないの?」


 スマホをいじりながら歩いていた紬が何気なくそんなことをつぶやいた。茉優は納得いかないようで首をかしげている。でもそれは、私も思っていたことだった。


「……やっぱ、そうかな」


 思ったより声色が暗くなってしまった。紬は私が落ち込んだと思ったのか、わかんないけど、と付け足している。


「ぜーったい渚ちゃんのこと特別扱いしてると思うんだけどなあ。紬ちゃんはわかってないよ、そこのところが」


 茉優は頬を膨らませ、不満げな声を漏らした。紬は私の横でごめんって、と平謝りをしている。


「いや、紬の言うとおりだと思うよ。普通そんなリスナー1人だけ特別扱いするとか危ないことしないと思うし」


 私がそう言っても、茉優は首を大きく横に振っている。それから何かを思いついたように、そうだ!と叫んだ。


「もう直接聞いちゃえば? わたし以外にもこういうことしてるんですかって」


「そんなこと聞けるわけないでしょ!」


 茉優の突拍子もない発言に驚いて、思わず腕を払う。けれど彼女は気にしていない様子で、いい作戦だと思ったんだけどなあとぶつぶつ言っていた。それを横で見ていた紬はけらけらと笑っている。


「いやもうそんなに気になるなら聞いちゃえばいいんじゃない? なんかおもろいし」


「紬までそういうこと言う……」


 からかいの表情を浮かべた2人とは別の教室で分かれた。授業に集中したくても、茉優や紬の言葉が思い出されてできない。先生の言葉が耳をすり抜ける。

 そっと机に置いたままのスマホに手を伸ばし、通話アプリを開いた。昨晩らろあから「おやすみ」と送られてきてからは何も届いていない。

 さすがにメッセージを送る勇気はなくてそのままスマホを閉じる。今日も通話に誘われたらどうしよう、と思いながら机に突っ伏した。


 授業が終わり、帰路につく。家に帰ってからはいつも通り、らろあの配信までに片づけなければいけない課題を終わらせた。晩御飯を食べても時間が余っていたので、彼から教えられた動画を見る。

 そもそもゲームをインストールしなければいけないのを忘れていたことを思い出したのは、らろあの配信が始まる30分前だった。ひとまずパソコンを立ち上げ、らろあの配信を見ながらダウンロードを待とうと机の前に座る。

 慣れない画面にもたつきながらも、なんとか配信が始まるまでにダウンロードする画面まではこぎつけた。画面には完了まで1時間30分と表示されている。長いが、らろあの配信を見ていたらすぐだろう。

 スマホを開き、配信の待機所をタップする。たった今始まったところだった。『こんばんは』と送信すると、らろあはいつものように楽し気に手を振る。


「あれだね、るるちゃんは配信で勉強だねー」


 コントローラーを握りながら、彼は何気なくそう言った。昨日の個人的な通話の話が、公の場にさらされてどきりとする。それがなんだか嬉しいのと同時に、配信で言えてしまうくらい彼にとっては当然のことなのかと少し不安に思う気持ちがあった。
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