怪奇幻想恐怖短編集

春泥

文字の大きさ
上 下
10 / 56

巫女の一生

しおりを挟む
 その子の予言はよく当たると評判だった。

 予言といっても、子供のことであるから、明日はよいお天気になるとか、誰々のところの庭の柿の実を食べると腹を下すとか、そんな他愛のない内容である。

 しかしそれが積み重なって更に評判となり、その子は庄屋の立派な屋敷に招かれ、村の巫女に祀り上げられた。その子が五つの時である。

 それからその子は、庄屋の家の離れで寝起きし、ご飯をたらふく食べ、きれいなべべを着せてもらう代わりに、神託を下すことになった。

 神託といっても、村人からのお伺いに対し、頭に浮かんだことを述べるだけである。例えば

「今年は十分な雨が降るでしょうか」
「降る」

「息子の嫁にするのは、スギサクのところのサヨとヤスケのところのキク、どちらがいいでしょうか」
「サヨには既に恋仲の男がいる。キクは最初の子と次の子を死産するが、六男一女に恵まれる」

 といった具合。これがよく当たるのだという。本人には自覚がなかったが、どうやら本当に神のお告げがおりてくるらい。巫女の元へは、農作物や山菜、狩りの獲物などのお供え物が絶えることなくもたらされた。

 ところが、巫女として担ぎ上げられる日々はそう長く続かなかった。血で穢れる、つまり子が産める体になると、神が寄り付かなくなるという。十二歳で神に見放されたその子は、三度目に予言が外れたのを機に、お払い箱にされてしまった。

 それまで彼女の前で畳に額をこすりつけていた庄屋をはじめとした村人達の態度が一変し、彼女は身ぐるみを剥がされ、かわりに与えられたボロ着を身に纏った状態で、庄屋の家から追い出された。

 これでもお役御免となった巫女としては、命を取られなかっただけ寛大な措置と言えるのだが、彼女には、この急転直下の展開がただただ理不尽としか思えなかった。その子は、五歳までは貧しい農家で半ば野生児の如く過ごし、それから十二歳までは神の遣いとして下にも置かない扱いだったのだ。箸より重い物は持ったことがなく、同年代の子に当然に備わっている生活の知恵がない。

 彼女は、自分の生家がどこで、誰が親なのかも覚えていなかった。

 ボロ布を纏っていても白く清らかな体と艶やかな髪をしていたその子は、途方に暮れて彷徨い歩いていたところを、ある農民の男に握り飯半分で拾われた。
 耐え難い飢えのために容易く男の家に連れ込まれたが、それが何を意味するのか、巫女だったその子にわかろうはずがない。
 夜、その子は粗野で汚らしい成りをした無骨な男に体をまさぐられるのを泣いて嫌がり、男の頬を平手で打ったが、その何倍もの力で殴りつけられ意識を失っている間に、事はすっかり済んでいた。

 じきにその子は男の子を身籠ったが、その子は農民の貧しい暮らしと、逆らえば男に殴られることを嫌って、ある日大きな腹を抱えて家を出てた。

 もう二度と、なにがあっても戻らないつもりだった。

 身重の妻を捜す男の元に、腹の大きい若い女が渓谷の方へ向かって行ったという情報がもたらされた。男が息を切らして山奥の谷にたどり着くと、断崖絶壁の端に、生まれたばかりの赤子が、鮮やかな朱に染まった粗末な布にくるまれて泣いていた。赤子は女の子で、ボロ布は彼の妻が身に纏っていたものだった。

 男は他に身寄りのない独り者で、酷く貧しかった。
 彼は泣き止まない赤子を谷底に放り投げると、血でぐっしょりと濡れた女の着物だけを家に持ち帰った。
しおりを挟む

処理中です...