怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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自分を食べた男(1)

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 変人で親戚中の鼻つまみになっている叔父から封書が届いた時は、嫌な予感しかなかった。
 しかし放置しておくのもかえって気になるので開封すると、「きてくれ」と大きさが不揃いの、まるで読み書きを習い始めたばかりの子供のような拙い文字で綴ってあった。

 この叔父は父の弟で、僕が物心ついた頃には、まだ三十代の若さで既に人里離れた山奥に隠居していた。人付き合いが苦手だという割に、エキセントリックな男性ばかり好きになっていつも不幸な結末を迎えるタイプの美人だが変わり者の奥さんがいた。この奥さんが資産家の娘だったため、叔父は定職に就く必要がなかった。二人の間に子供はなく、十年前に奥さんが癌で亡くなってからは、ずっと一人暮らしだったはずだ。

 冠婚葬祭で親戚一同が集合した際に、ごく稀に遭遇することがある程度だったこの叔父に、僕は何故だか気にいられていた。正直、彼の基準で「同類」と見做されたようで、ありがた迷惑だったのだが、子供の頃には何度か夏休みに泊りがけで彼の家に遊びに行ったこともあった。当時は美人の奥さんが自家栽培の野菜やハーブ、絞めたばかりの鶏などでご馳走を作ってもてなしてくれたものだったが、その奥さんが亡くなってからは、叔父の偏狂ぶりに拍車がかかり、殆ど外界との交流を経ってしまっていた。

 僕自身、叔父と最後に会ったのは自分の結婚式の時だった。それからはや十五年だ。僕は離婚し、息子と会えるのは月に一度だ。そのような状況で今回の手紙である。変人故に、叔父の家には固定電話がなく携帯電話も持っていないから、連絡のとりようがない。

 きてくれ

 何度見ても、便箋一枚に記されているのは、それだけ。放置しておくわけにもいくまい。自分の父親に電話で相談してみたところ

「お前、すまないが様子を見てきてくれないか。あいつももう七十過ぎだ。なにかあったのかもしれん。お前、昔叔父さんに可愛がってもらったろう」

 僕は溜息をついて、次の休みを犠牲にして叔父の住む辺境の地へ旅立った。


 人里離れた一軒家である。あまり高くない山の中腹にあり、文字通り「人里離れ」ているので最も近い郵便局やスーパーへ行くのに車で山を下って四十分ほどかかる。子供の頃父に連れられて何度か遊びに来た時は楽しかったことを、カーブのきつい山道を運転しながら思い出した。カブトムシやセミ、昆虫採集に明け暮れて、川で岩魚を釣り、まるで天国のようだったが、夜は寂しすぎるのが欠点だった。自宅では自室で一人寝していた僕も、叔父の家では叔父と叔母に挟まれて川の字になって寝たものだ。今思えば、子供時代の幸福な思い出だ。

 しかし何十年振りかで訪れた叔父の家は、見る影もなく荒廃し放題だった。かつて田畑だった地面には雑草が伸び放題、手入れしていない庭の木々も鬱蒼と生い茂り、小さな建物は、山の緑に殆ど飲み込まれてしまっていた。

「叔父さん、ヤスオです。手紙をもらって、来ました」

 ひび割れたコンクリートからも雑草がぼうぼう生えている玄関先から呼びかけてみたが、返事がない。草をかき分けながら家の周りを一周してみたが、雨戸が締め切られ、人の気配がない。これはいよいよあれか、と覚悟を決めたが、勿論いざ変わり果てた叔父と対面したら、そんな覚悟などは吹っ飛んでしまうだろうが。

 仕方なく、玄関の引き戸に手をかけてみると、カラカラと音をたてて開いた。恐る恐る中の様子を窺うと、まだ昼間だが、窓が閉め切られているため奥の方は暗く沈んでいる。

「叔父さん、ヤスオです。いないんですか」

 声を大きくして呼んでみると、かすれた声か聞こえた。

「ここだ、二階にいる」

 僕は死体の発見者にならずに済んだことにほっと胸を撫で下ろした。しかし、声の様子からして叔父は非常に弱っているようだ。これは入院させるためにひと悶着あるかもしれない、などと考えながら、僕は三和土で靴を脱いで、階段を上った。しばらく掃除をしていないようで、表面を埃が覆っていた。

 二階は叔父の書斎だった。仕事もしないで、その時々興味を持った物・事の文献を集めて研究するという優雅な暮らしをしていた人であった。暗い部屋の入り口で、手探りで探り当てた電気のスイッチを押すと、意外や、意外、明かりが点いた。光に照らし出された書斎は、足の踏み場もないほど積み上げられた書籍に埋もれていた。どう見ても、大人である叔父が身を隠せそうなスペースはなかった。

「どこですか、叔父さん」と呼びかけると、また弱々しい声が聞こえた。
「ここだ、ヤスオ」
「えっ。どこですか」
「ここだ、ここ」

 小さい声だが、明らかに近くから聞こえるのに、姿が見えない。途方に暮れていると、

「ここだよ。俺の口が見えるだろう」と囁く声。「俺の口」とはなんだ、と更にもう一度雑然とした部屋の中を見回すと……居た、というより、あった。それは確かに、口だった。唇とその間から覗く歯と舌と……口であるとしか言いようのない物体が、叔父の書き物机の上に乗っかっていた。

 言葉を失った僕に、その口は言う。
「よく来てくれたな。お前に頼みたいことがあるんだ」
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