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㈤スイシュ
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七月最後の太陽光線が、突き刺さるようだった。雑木林の、耳のふさがりそうな蝉しぐれ。猫ひげ堂の庭でゴンタはしゃがみこみ、雑草をむしった。草を抜きとるたび、土ぼこりが立った。もう十日、雨が降っていなかった。ゴンタは顔を背けて、咳きこんだ。
「こんなクソあちい日に草むしりさせなくてもなあ。おっちゃんも意地わりいよなあ」
ゴンタの尻に尻をぶつけて、シュンスケがぼやいた。シュンスケは試合放棄の構えで、草をちぎって遊んでいた。軍手を嵌めた手が、大人用の麦わら帽をシュンスケの頭にかぶせた。シュンスケの目が隠れた。
「こら、シュンスケ。口よりも手を動かせ」
オサカベはめずらしく着物ではなく、作務衣姿だった。オサカベは竹の熊手で、三人が抜いた雑草を掻き集めた。和泉の顔は桜海老色にのぼせていた。ゴンタは黙々と草を抜きながらも、不満が頭をもたげてくるのを感じた。なんでこんな暑い日に?
「ノストラダムスのウソつきいぃー」
シュンスケが関係ない罵りを口にした。ゴンタは力なく笑った。和泉がいう。
「ちがうよ。五島勉がウソつきなんだよ」
少しでも涼しいところへ行きたくて、ゴンタは草をむしりながら無意識に池へと寄っていった。だが、雨が降らないせいで、小さな池の水位はめっきり下がっていた。五匹の錦鯉の背中が水面から覗いている。ゴンタはいう。
「オサカベさん。水たさないと、コイが干あがっちゃうんじゃないの?」
「その池の水は、決して涸れない。水珠が埋まっているからな」
万両の木の枝に鋏をいれつつ、オサカベは口をゆがめた。スイシュ? ゴンタはうまく漢字に変換できなかった。暑すぎて、頭がぼうっとする。首にかけたタオルでゴンタは顎の汗をぬぐって、恨めしく空を睨んだ。彼方の入道雲は発育不全で、雨の降りそうな気配はまるでなかった。
「そろそろ休憩しよう。おまえたち、キリのいいところで、見世の間に来なさい」
オサカベからありがたいお声がかかった。助かった。すっかり熱くなったタオルで、ゴンタは顔面をごしごしふいた。
おやつは、よく冷えた麦茶と水ようかん。店の座敷にあがった小学生三人組は、あっというまにたいらげた。黒猫の夜叉が、畳でだらしなく闇色の腹をみせていた。木の柱で古めかしい三枚羽の扇風機が首を振った。蚊取線香の煙のにおい。軒先で赤い江戸風鈴がぢりりんと鳴った。
「風鈴の音は魔除けになるんだ。夏は無防備になるからな」
オサカベがいった。ボーン、ボーン、ボーン……と柱時計が十一ぺん鳴った。
やっと涼しくなった。そう思ったら、ゴンタたち三人組はまた草むしりに駆りだされた。太陽はすっかり高く、四人の影は小さかった。ゴンタは心配だった。池の水がさっきよりも減っていた。鯉が横になっている。
「ねえ、オサカベさん。池の水なくなるよ。ほんとに大丈夫なの?」
「まあ、みていろ」
オサカベはたくらんだように笑っていた。シュンスケと和泉も不安げに池を覗きこんだ。鯉の尾びれが、ぱしゃんと水を打った。池の水が、みるみる底へと吸いこまれ、完全に無くなった。
うるさいくらいだった雑木林の蝉が、ぱったり鳴きやんだ。たちまち日が陰って、冷たい風が吹いた。ゴンタは顔をあげた。閃く雷。BB弾ほどの雨粒が戦争みたいに降ってきた。ゴンタたち三人組は、あっけにとられた。その雷雲は、猫ひげ堂の庭のうえだけに浮いていたのだ。まわりの街は相変わらずの炎天下、みんみん蝉の声。どういうこと? ゴンタは池をみやった。激しい雨で、池の水位はぐんぐん上がった。水が満々と揺れて、鯉が跳ねた。
雨がやんだ。ゴンタたちの目のまえで、雲は文字どおり雲散霧消した。和泉は目をまん丸にして、口をあんぐりあけていた。びしょびしょのシュンスケが、麦わら帽を押さえてジャンプした。
「すっげえー! おっちゃん、今の何?」
「五年ぶりだ。いやはや、なんべんみても見ものだな」
オサカベは濡れた白髪を掻きあげ、晴れやかに笑っていた。こんなに楽しそうなオサカベは初めてだ。ゴンタはいう。
「スイシュって、なんなの?」
「唐の大安国寺に奉納されていた、泉の湧きだす宝珠だ。それが菩提寺を建立するために売りにだされて、流れながれてここにある。掘りかえそうなどと考えるなよ。おまえたちの手では掘れない深みにあるからな」
オサカベはしゃべりながら、いつものつまらなそうな顔に戻った。
このじいさんはゴンタたちと一緒にこれがみたくて、三人に草むしりを命じたのかもしれない。そう思ったら、ゴンタはおかしかった。くすくす笑うゴンタを、ほかの三人は不思議そうにみていた。
「こんなクソあちい日に草むしりさせなくてもなあ。おっちゃんも意地わりいよなあ」
ゴンタの尻に尻をぶつけて、シュンスケがぼやいた。シュンスケは試合放棄の構えで、草をちぎって遊んでいた。軍手を嵌めた手が、大人用の麦わら帽をシュンスケの頭にかぶせた。シュンスケの目が隠れた。
「こら、シュンスケ。口よりも手を動かせ」
オサカベはめずらしく着物ではなく、作務衣姿だった。オサカベは竹の熊手で、三人が抜いた雑草を掻き集めた。和泉の顔は桜海老色にのぼせていた。ゴンタは黙々と草を抜きながらも、不満が頭をもたげてくるのを感じた。なんでこんな暑い日に?
「ノストラダムスのウソつきいぃー」
シュンスケが関係ない罵りを口にした。ゴンタは力なく笑った。和泉がいう。
「ちがうよ。五島勉がウソつきなんだよ」
少しでも涼しいところへ行きたくて、ゴンタは草をむしりながら無意識に池へと寄っていった。だが、雨が降らないせいで、小さな池の水位はめっきり下がっていた。五匹の錦鯉の背中が水面から覗いている。ゴンタはいう。
「オサカベさん。水たさないと、コイが干あがっちゃうんじゃないの?」
「その池の水は、決して涸れない。水珠が埋まっているからな」
万両の木の枝に鋏をいれつつ、オサカベは口をゆがめた。スイシュ? ゴンタはうまく漢字に変換できなかった。暑すぎて、頭がぼうっとする。首にかけたタオルでゴンタは顎の汗をぬぐって、恨めしく空を睨んだ。彼方の入道雲は発育不全で、雨の降りそうな気配はまるでなかった。
「そろそろ休憩しよう。おまえたち、キリのいいところで、見世の間に来なさい」
オサカベからありがたいお声がかかった。助かった。すっかり熱くなったタオルで、ゴンタは顔面をごしごしふいた。
おやつは、よく冷えた麦茶と水ようかん。店の座敷にあがった小学生三人組は、あっというまにたいらげた。黒猫の夜叉が、畳でだらしなく闇色の腹をみせていた。木の柱で古めかしい三枚羽の扇風機が首を振った。蚊取線香の煙のにおい。軒先で赤い江戸風鈴がぢりりんと鳴った。
「風鈴の音は魔除けになるんだ。夏は無防備になるからな」
オサカベがいった。ボーン、ボーン、ボーン……と柱時計が十一ぺん鳴った。
やっと涼しくなった。そう思ったら、ゴンタたち三人組はまた草むしりに駆りだされた。太陽はすっかり高く、四人の影は小さかった。ゴンタは心配だった。池の水がさっきよりも減っていた。鯉が横になっている。
「ねえ、オサカベさん。池の水なくなるよ。ほんとに大丈夫なの?」
「まあ、みていろ」
オサカベはたくらんだように笑っていた。シュンスケと和泉も不安げに池を覗きこんだ。鯉の尾びれが、ぱしゃんと水を打った。池の水が、みるみる底へと吸いこまれ、完全に無くなった。
うるさいくらいだった雑木林の蝉が、ぱったり鳴きやんだ。たちまち日が陰って、冷たい風が吹いた。ゴンタは顔をあげた。閃く雷。BB弾ほどの雨粒が戦争みたいに降ってきた。ゴンタたち三人組は、あっけにとられた。その雷雲は、猫ひげ堂の庭のうえだけに浮いていたのだ。まわりの街は相変わらずの炎天下、みんみん蝉の声。どういうこと? ゴンタは池をみやった。激しい雨で、池の水位はぐんぐん上がった。水が満々と揺れて、鯉が跳ねた。
雨がやんだ。ゴンタたちの目のまえで、雲は文字どおり雲散霧消した。和泉は目をまん丸にして、口をあんぐりあけていた。びしょびしょのシュンスケが、麦わら帽を押さえてジャンプした。
「すっげえー! おっちゃん、今の何?」
「五年ぶりだ。いやはや、なんべんみても見ものだな」
オサカベは濡れた白髪を掻きあげ、晴れやかに笑っていた。こんなに楽しそうなオサカベは初めてだ。ゴンタはいう。
「スイシュって、なんなの?」
「唐の大安国寺に奉納されていた、泉の湧きだす宝珠だ。それが菩提寺を建立するために売りにだされて、流れながれてここにある。掘りかえそうなどと考えるなよ。おまえたちの手では掘れない深みにあるからな」
オサカベはしゃべりながら、いつものつまらなそうな顔に戻った。
このじいさんはゴンタたちと一緒にこれがみたくて、三人に草むしりを命じたのかもしれない。そう思ったら、ゴンタはおかしかった。くすくす笑うゴンタを、ほかの三人は不思議そうにみていた。
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