猫ひげ堂へ妖こそ

御厨 匙

文字の大きさ
5 / 10

㈤スイシュ

しおりを挟む
 七月最後の太陽光線が、突き刺さるようだった。雑木林の、耳のふさがりそうな蝉しぐれ。猫ひげ堂の庭でゴンタはしゃがみこみ、雑草をむしった。草を抜きとるたび、土ぼこりが立った。もう十日、雨が降っていなかった。ゴンタは顔を背けて、咳きこんだ。
「こんなクソあちい日に草むしりさせなくてもなあ。おっちゃんも意地わりいよなあ」
 ゴンタの尻に尻をぶつけて、シュンスケがぼやいた。シュンスケは試合放棄の構えで、草をちぎって遊んでいた。軍手を嵌めた手が、大人用の麦わら帽をシュンスケの頭にかぶせた。シュンスケの目が隠れた。
「こら、シュンスケ。口よりも手を動かせ」
 オサカベはめずらしく着物ではなく、作務衣さむえ姿だった。オサカベは竹の熊手で、三人が抜いた雑草を掻き集めた。和泉の顔は桜海老色にのぼせていた。ゴンタは黙々と草を抜きながらも、不満が頭をもたげてくるのを感じた。なんでこんな暑い日に?
「ノストラダムスのウソつきいぃー」
 シュンスケが関係ない罵りを口にした。ゴンタは力なく笑った。和泉がいう。
「ちがうよ。五島ごとうべんがウソつきなんだよ」
 少しでも涼しいところへ行きたくて、ゴンタは草をむしりながら無意識に池へと寄っていった。だが、雨が降らないせいで、小さな池の水位はめっきり下がっていた。五匹の錦鯉の背中が水面から覗いている。ゴンタはいう。
「オサカベさん。水たさないと、コイが干あがっちゃうんじゃないの?」
「その池の水は、決してれない。水珠が埋まっているからな」
 万両の木の枝に鋏をいれつつ、オサカベは口をゆがめた。スイシュ? ゴンタはうまく漢字に変換できなかった。暑すぎて、頭がぼうっとする。首にかけたタオルでゴンタは顎の汗をぬぐって、恨めしく空を睨んだ。彼方の入道雲は発育不全で、雨の降りそうな気配はまるでなかった。
「そろそろ休憩しよう。おまえたち、キリのいいところで、見世みせに来なさい」
 オサカベからありがたいお声がかかった。助かった。すっかり熱くなったタオルで、ゴンタは顔面をごしごしふいた。
 おやつは、よく冷えた麦茶と水ようかん。店の座敷にあがった小学生三人組は、あっというまにたいらげた。黒猫の夜叉が、畳でだらしなく闇色の腹をみせていた。木の柱で古めかしい三枚羽の扇風機が首を振った。蚊取線香の煙のにおい。軒先で赤い江戸風鈴がぢりりんと鳴った。
「風鈴の音は魔除けになるんだ。夏は無防備になるからな」
 オサカベがいった。ボーン、ボーン、ボーン……と柱時計が十一ぺん鳴った。
 やっと涼しくなった。そう思ったら、ゴンタたち三人組はまた草むしりに駆りだされた。太陽はすっかり高く、四人の影は小さかった。ゴンタは心配だった。池の水がさっきよりも減っていた。鯉が横になっている。
「ねえ、オサカベさん。池の水なくなるよ。ほんとに大丈夫なの?」
「まあ、みていろ」
 オサカベはたくらんだように笑っていた。シュンスケと和泉も不安げに池を覗きこんだ。鯉の尾びれが、ぱしゃんと水を打った。池の水が、みるみる底へと吸いこまれ、完全に無くなった。
 うるさいくらいだった雑木林の蝉が、ぱったり鳴きやんだ。たちまち日が陰って、冷たい風が吹いた。ゴンタは顔をあげた。閃く雷。BB弾ほどの雨粒が戦争みたいに降ってきた。ゴンタたち三人組は、あっけにとられた。その雷雲は、猫ひげ堂の庭のうえだけに浮いていたのだ。まわりの街は相変わらずの炎天下、みんみん蝉の声。どういうこと? ゴンタは池をみやった。激しい雨で、池の水位はぐんぐん上がった。水が満々と揺れて、鯉が跳ねた。
 雨がやんだ。ゴンタたちの目のまえで、雲は文字どおり雲散うんさん霧消むしょうした。和泉は目をまん丸にして、口をあんぐりあけていた。びしょびしょのシュンスケが、麦わら帽を押さえてジャンプした。
「すっげえー! おっちゃん、今の何?」
「五年ぶりだ。いやはや、なんべんみても見ものだな」
 オサカベは濡れた白髪を掻きあげ、晴れやかに笑っていた。こんなに楽しそうなオサカベは初めてだ。ゴンタはいう。
「スイシュって、なんなの?」
「唐の大安国寺に奉納されていた、泉の湧きだす宝珠だ。それが菩提寺ぼだいじ建立こんりゅうするために売りにだされて、流れながれてここにある。掘りかえそうなどと考えるなよ。おまえたちの手では掘れない深みにあるからな」
 オサカベはしゃべりながら、いつものつまらなそうな顔に戻った。
 このじいさんはゴンタたちと一緒にこれがみたくて、三人に草むしりを命じたのかもしれない。そう思ったら、ゴンタはおかしかった。くすくす笑うゴンタを、ほかの三人は不思議そうにみていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

となりのソータロー

daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。 彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた… という噂を聞く。 そこは、ある事件のあった廃屋だった~

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

処理中です...