転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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3巻

3-2

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 確かに、お餅は腹持ちがいい。そして、カロリーもそれなりに……
 お母様には気をつけて食べさせないと。美味おいしいものって高カロリーが多いよね。

「くりすてあ、これ、おいしい!」

 あああ……真白ったら、口の周りをきな粉だらけにして、にぱーっと笑うものだから、美少年が台無しだ。私はハンカチをらして口の周りをぬぐってあげる。

「くりすてあ、ありがとー」

 いえいえ、どういたしまして。

「うむ。美味うまい。われはこちらの醤油しょうゆのほうが好みだな。甘さはもっとひかえめでもいい」

 黒銀は磯辺いそべ巻きとか好きそうだね。
 彼は少し冷ましてから一口で食べているので、口元や服を汚していない。ソツがないなぁ。

「さて! 試食も済んだし、食べやすいように丸めていくわよ!」
「「「おう!」」」

 インベントリからお餅を取り出して均等に切り分けていると、黒銀と真白が「餅が熱いだろうから」と交代して見よう見まねでやってくれた。
 すぐにコツがつかめたのか、二人とも手早い。ポポポポポポーン! と、あっという間に小分けされていき、私はシンと二人であせりながらせっせと丸めた。
 真白たちはここでも張り合い、自分のほうが多くできたと言い争いはじめる。私は久々に伝家の宝刀「ケンカしたらご飯抜き」を発動し、おとなしくしてもらった。よしよし。

「どっちがくりすてあのやくにたつかしょうぶしてたのに……」

 しょんぼりする真白。

「うむ。あるじのために誰よりも役に立つのは、やはりおのれでありたいからな」

 うんうんとうなずきながら呟く黒銀。
 いやいや。二人ともめっちゃくちゃ役に立ってるから!
 そう言うと、彼らはパアァ……と笑顔になった。

「二人が仲良く協力してくれたらもっと嬉しいんだけどなぁ」
「……善処ぜんしょしよう」
「……できるだけがんばる」

 そう答えてくれたものの聖獣の独占欲は本能だから仕方ないらしい。そ、そっか……
 一通りの作業が終わったので、道具を片づけないとね。
 私は衛生面を考慮して着けていた割烹着かっぽうぎを脱ぎ、粉だらけになった全員にクリア魔法をかける。
 一応、エプロンもあるけれど、レースとフリルと刺繍ししゅうがこれでもかとほどこされた、やたらとゴージャスな一品だ。私はシンプルなのを希望していたのに「クリステア様が身につけるものがそんなに質素だなんて!」と使用人たちにもう反対されて、とてもじゃないけど調理には向かない装飾そうしょく過多のフリフリエプロンが作られた。それは最早ドレスだ。
 ばばーん! と、それを見せられた時はどうしようかと思ったよ……
「調理の邪魔になって危ないから」と説得し、かなり装飾そうしょくひかえさせたにもかかわらず、最終形態はフリフリの新婚さんエプロンになる。解せぬ。
 数回使ってみたものの、ワンピースのそでのフリルが調理の邪魔になったため、新たに割烹着かっぽうぎの製作を頼んだ。が、これまたフリフリで唖然あぜんとしたのは言うまでもない。
 私付きの侍女で、裁縫が得意なミリアを拝み倒して不要な装飾そうしょくを外してもらい、ようやくシンプルなものが完成した時は安堵あんどしたものだわ。
 そうして無事お餅はできた。さあ餅料理だ……と思った? 残念! 明日は王都へ出発だ。
 お餅のお披露目は王都へ着いてから、年が明けて食べるお雑煮ぞうにに入れるとしよう。
 そんなことを考えつつ、第一回エリスフィード家餅つき会は閉幕した。


 翌朝、私はいつもより早起きした。
 気乗りしないとはいえ、行き先は王都だもの。はりきりもしますって。
 いざ出発~!
 ……かと思いきや、午後からゆったり出発するんだって。
 我がエリスフィード公爵領は王都まで馬車で二日かかると聞いていたのだけれど、実は結構近いので、朝早く出発すればなんとか夜には着ける距離なのだそう。でもそんな強行軍だと疲れるし、なにが起こるかわからないし、危険だ。
 それに道中でお金を使わなければならないので、町へ立ち寄り、宿で一泊するようにしているのだとお父様が言っていた。道中の街や村でお金を使うのが貴族の義務と言われてしまっては仕方ないけど、面倒くさ……
 でも午後から出発になるのは都合がいい。セイにしばらく不在にすると伝えにいけるではないか。せっかくだし、お餅もおすそ分けしよう。
 そんなわけで、彼の契約神獣である白虎様と念話でコンタクトをとり、セイのところへ転移した。

「セイ、私はしばらく王都へ行ってくるわね。それから、この前のもち米でお餅を作ったの。よかったら皆様で召し上がってね」

 セイや神獣の皆様がまともに料理ができるとは思えない。私は食べ方を簡単にまとめたメモを一緒に渡した。きな粉とあんもおまけして。砂糖醤油じょうゆは簡単だし大丈夫だろう。

「おお、これはありがたい。ドリスタンで餅が食べられるとは思わなかった。クリステア嬢はよく作り方を知っていたな?」

 嬉しそうにお餅を受け取るセイのなにげない一言にぎくりとする。

「ま、まあ、ちょっとね。バステア商会ではお餅をついたりしないの?」
「さあ、どうだろうな? もち米も久しぶりに取り寄せたと聞いたが」
「以前は取り寄せたもち米をどうしていたのかしら?」

 使い道がわからなければ取り寄せないだろうし。

会頭かいとうの母君の好物が赤飯だったそうだが……」
「ああ、なるほど……」

 バステア商会の会頭かいとうの母親はヤハトゥール出身で、よく故郷から品物を取り寄せていたと聞いたことがある。
 赤飯かぁ。そうね、もち米があるからには赤飯やおこわも作りたい。
 となると、やっぱりセイロかちゃんとした蒸し器は必須よね。王都にないか探してみようかな?
 ん? ちょっと待って? 赤飯を作っていたということは……

「ねえセイ、バステア商会ではセイロや蒸し器を扱ってるの?」

 結果、ありました。蒸し器はなくてセイロしかなかったけれど、十分だ。
 私はサイズ違いでいくつかそれを購入し、帰途につく。
 セイロがあれば作れるものが増えると、出発前の思わぬ収穫にほくそ笑んだ。
 そして転移で部屋に戻ると、そろそろ出発の時間らしく、ミリアが呼びに来た。
 今回は彼女も私付きの侍女として同行するのだ。
 王都の屋敷にも使用人は大勢いるけれど、私の好みや行動パターンを一番理解しているのは彼女だ。うっかり私がなにかやらかしても、誰よりも機転を利かせてくれるに違いないとお父様が決めた。否定できないのがつらい。
 さらに、ヤハトゥールの食材を扱うための指導役として、シンまで連れていくそうだ。
 それ絶対、調理場での私の監視役をねてるよね。ぐぬぬ……私のやらかしを前提にフォロー役、いや監視役をえておこうだなんて重ね重ね失礼な。
 私だって一応は公爵令嬢。猫の十匹や二十匹かぶってみせる!
 ふんむー! と意気込む私を見ながら、ミリアは「クリステア様ったら、またなにかはりきっていらっしゃる……心配だわ」と思っていたとか。
 うう、ミリアまで。……いじけちゃうぞ!



 第二章 転生令嬢は、王都へ向かう。


 そうこうしているうちに出発の準備が整い、私たちは馬車に乗り込んだ。

「あら?」

 お父様たちと同乗するのかと思いきや、私の馬車にいるのはミリアと聖獣姿の真白、黒銀、それから輝夜だけだった。
 なるほど、聖獣のみんなと同乗するのは、私やもう慣れているミリア以外の人では気を使うものね。
 よかった~! お父様たちと一緒だと王都での注意やお小言が延々続きそうだもの。
 シンは護衛の皆さんと荷馬車に乗るらしい。
 なんともむさ苦しそうな空間だなぁ……シン、頑張ってね。
 さて、私のほうは長時間馬車に揺られるので、クッションをたくさん置いてもらった。
 うん、気休め程度ではあるけれどなにもないより幾分いくぶんマシだわ。
 足元には黒銀、それから私のひざで真白が寝ている。輝夜はミリアのひざの上でくつろいでいた。
 よくご飯をもらえるからか、輝夜はミリアによくなついてるみたい。ミリアももふもふを堪能たんのうできて嬉しそう。うむ、よきかな。
 そして馬車は街道をひた走り、夕方になる前に宿のある町へ到着した。

「クリステア様、そろそろ到着するようですよ」
「……ん、んん~! ああ、腰が痛ぁい……」

 大きく伸びをしてから腰をさすると、ミリアがクスクスと笑う。

「まあ、クリステア様ったら、まるでお年寄りみたいですわ」

 そうは言っても、普段こんなに何時間も座ってることなんてないもの。

あるじ、大丈夫か? 腰が痛むのなら我が運ぼうか?」
「くりすてあ、おれがだっこしてあげるよ?」
「二人ともありがとう。でも大丈夫よ」

 人型に変化した二人が申し出てくれるけれど、黒銀だと子供みたいに抱っこされそうなので遠慮した。今は子供とはいえ、成人女性だった前世の記憶を持つ身としては、さすがに気恥ずかしい。
 真白に至っては、抱っこは無理でしょ。
 いや、元々は力持ちなんだから大丈夫なのかな? 見た目が不安なだけで。

『モタモタしてないで、とっとと降りたらどうなのさ』

 くわぁ、と大あくびでうながす輝夜は、ちゃっかりミリアに運ばれる気満々だ。

「はいはい。さぁてと、降りますか」

 宿に到着したようなので、私はすっくと立ち上がり、ドアを開けてもらう。

「ここが、今夜の宿?」

 黒銀のエスコートで馬車を降りると、目の前の建物は宿屋ではなく、そこそこ立派なお屋敷だった。聞けば、この町の町長の館らしい。
 私たちはこの館に泊めてもらい、その他の使用人は町の宿に泊まるそうだ。
 なぁんだ、宿屋に泊まれば酒場メシとか食べられるんじゃないかと期待してたのに。

「ささ、公爵様。他の皆様も長旅でお疲れでしょう。晩餐ばんさんの支度はできております。せまいところではございますが、お入りくださいませ」

 ま、いいか。ごちそうが私を待っているのだから!
 ……そう思っていた時が、私にもありました。

「ど、どうぞお召し上がりください」

 食事を用意してくれた町長の奥さんが、ぺこぺことお辞儀じぎをする。
 私たち公爵一家を前にして緊張しているのだろうか。なんだか落ち着きがない。
 なにはともあれ、目の前に並べられた『ごちそう』をいただくと……不味まずい。申し訳ないけど美味おいしくない。
 私の記憶が戻る前の食事も、こんなものだったような気はするけれど、とにかくギトギトしている。味つけは、なんて概念はなく、ガンガン塩を入れるばかりでしょっぱいだけ。
 塩や香辛料が高級品だからって、たくさん入れればもてなしになる時代はもう終わったよ? と言いたいけれど、もてなされている側としては言うに言えない。
 お父様とお母様のほうを横目で見ると、やはり食が進んでいないようだ。私の料理を食べ慣れているので無理もない。申し訳ないが、ほんの少しだけいただいて、後は残してしまった。
 食べ物を粗末にすることに罪悪感はあるものの、海水より塩辛いスープはさすがに、無理。
 お父様は頑張って食べていたみたいだけど、これじゃ高血圧になりかねないわ。
 お腹空いてるのに食べられないなんてつらすぎる。
 部屋に戻ったらおやつをこっそり食べよう……お父様たちにも差し入れしないと。お父様もお母様もなにか言いたげにチラッチラッとこちらを見ていることだし。
 この調子だと明日の朝食も不安しかないなぁ……はぁ。


 晩餐ばんさんの後は割り当てられた客室へ向かい、お茶の支度をミリアに頼む。
 と、そこへお父様とお母様がやってきた。やっぱりなー。

「なにかお食べになりますか?」
「ええ、お願い。貴女あなたの料理を食べ慣れているせいか、あれはちょっと……」

 ため息をつきながら答えるお母様。ですよねぇ。
 すでに塩分を取りすぎているのでメニューに迷ったけれど、ポテトサラダをパンにはさんでサンドイッチにした。
 炭水化物ばかりなのが気になるところとはいえ、空腹の前には仕方がない。少しつまむだけで満足感のあるものがいいだろう。はし休めとしてピクルスもつける。

「はあ……これよ、これ。美味おいしいわぁ……」
「うむ。やはりクリステアの料理は絶品だな」

 ……親バカがすぎませんかね? 嬉しいですけどー!

「しかし、以前訪れた時は、これほどまでにひどくなかったと思うのだが……」
「そうね。こんなに塩辛い料理ではなかったはずよ」
「そうなのですか? 我が家でも以前は同じようなものだったと思いましたが」

 前世の記憶が戻る以前の食事を思い出す。まあ、ここまで塩辛くはなかったけど……

「うむ。我が家も今ほど繊細せんさいな味つけではなかったな」

 繊細せんさい……? ああ、だの旨味うまみだのを知らなかったからね。

「貴族の間では、かなり食の改善がなされたと聞いていたのだが。フレンチトーストをはじめとした其方そなたのレシピが、またたく間に広がったからな。新作が出るとすぐさまレシピを買い、研究する料理人までいるそうだ」

 いつの間にそんな大ごとになっていたのか。

「……初耳ですわ」
「言っておらぬからな」
「……お父様?」
「すまん」

 まったくもう! そういうことはちゃんと教えてほしいよ。

「ふむ、貴族の食の改善はなされたが、平民にはまだ行き届いていないのであろうか」
「いえ、それにしてもあの味つけは――」

 ちょっとひどくありませんかね? そう話していたところに、町長がやってきた。

「皆様がこちらにいらっしゃるとうかがいまして……ああ、申し訳ございません。やはりお口に合いませんでしたか……」

 テーブルに並ぶサンドイッチを見て、がっくりとうなだれる町長。

「あっ……! こ、これは……」

 あわわ、嫌味みたいになっちゃったかな? せっかくのおもてなしだったのに……

「いいえ、当然のことかと。申し訳ありません。妻にはもっと味つけを薄くするよう、前々から言いきかせているのですが」
「……どういうことだ?」

 不審ふしんそうに問いただすお父様。

「現在の妻は、後妻なのですが……結婚した当初は、こんなにひどくなかったのです。しかし、いつの間にかどんどん味つけが濃くなり、今ではあんな……」

 汗を拭き拭き答える町長。あの料理を毎日食べているなら血圧も高そうだ……大丈夫かな?
 だけど……もしかしたら。

「あの……奥様はもしかして、味がわからないのでは?」

 恐る恐る聞いてみる。

「何故それを!? 実は、私がちょうどいいと言った味つけは薄すぎてわからない、といつも味を濃くしてしまうのです」

 うーん……それ、味覚障害じゃないかなぁ?
 晩餐ばんさんでの奥さんの様子を思い浮かべると、なんとなく余裕がなさそうな雰囲気だった。
 私たちがいるから緊張きんちょうしてるのかと感じていたのだけど。

「味つけがおかしくなってきた頃に、奥様にとってつらい出来事などはありませんでしたか?」

 味覚障害って、ストレスでなることもあるからねぇ……

「つらい出来事、ですか? 身内の恥でございますが、私の母が倒れてしまい、身の回りの面倒は全て妻がておりまして、逐一ちくいち注意されてつらいと私にらしておりました。私も仕事が忙しくあまり構ってはやれませんで。そういえばその頃からおかしくなっていたような……」

 おおう……嫁姑よめしゅうとめ問題か。旦那さんも頼れないとなると、さぞかしつらかっただろう。やはりストレスで味覚がにぶくなっている可能性があるなぁ。
 前世で友人が仕事のストレスで味覚障害になり、亜鉛あえんのサプリメントを服用していたのを思い出す。

「あの……奥様は精神的につらい状況にさらされ続けて、味を感じにくくなっているのかもしれませんわ」
「なんですと!?」
「できれば、お手伝いさんを雇ってお母様のお世話を任せ、少し楽にしてあげてください」

 それから気休めかもしれないけど、ナッツやごま、お肉や大豆だいずなど、亜鉛あえんを含んでいそうな食材を後で渡すことにした。それらの食材を他の食材とも合わせてできるだけバランスよく食べるように言って聞かせる。
 町長は半信半疑だったけど、食材を山ほどあげるというと、承諾しょうだくした。

「それと、毎日頑張る奥様にねぎらいの言葉をかけてあげてくださいね」
「は、はあ……」

 うーむ。今すぐにできるのは、こんなところだろうか。奥さん、よくなるといいなぁ。


 翌朝。いつも通りに目が覚めたので、私は毎朝の日課であるヨガを済まし、自分にクリア魔法をかけて部屋を出た。
 大きな屋敷とはいえ、我が家ほどではない。少し歩いたところに台所らしき場所を見つける。
 そこには朝食の仕込みをしようとしている奥さんの姿が。
 ……やっぱりなぁ。食材を前に固まってる。町長になにか言われたかな?

「あのぅ……」

 そっと声をかけると、ハッと気づいた奥さんがけ寄ってきて、土下座せんばかりに膝をついた。

「さ、昨夜は、お口に合わない料理をお出ししてしまい、申し訳ございませんでした……!」
「あの、頭を上げてくださいませ。……お味がわからなかったのでしょう?」
「……はい。ですから今も、なにを作ったらいいのかわからなくて……」

 途方にくれたように食材を見る奥さん。なんとも心細そうだ。

「あの……私、お料理が趣味ですの。お手伝いさせていただいてもよろしくて?」

 私はにっこり笑って手伝いを申し出る。

「そ、そんな! お客様に……しかも公爵家のお嬢様に手伝っていただくなんて!」

 奥さんは思わぬ提案を受け、驚き戸惑とまどっているようだ。

「いいからいいから。一緒に楽しく作りましょう? つらい気持ちを抱えたままお料理をしても、美味おいしいものはできませんもの」
「うっ……うわあああん……っ!」

 あわわ、奥さんしゃがみこんで泣き出しちゃった。こりゃ相当溜め込んでたな。
 私もしゃがみこんで奥さんをキュッと抱きしめ、よしよしとでてあげる。
 するとさらに号泣してしまった。ここは吐き出したほうがいいだろう。

「うっうっ……わ、私、頑張ってたん……ですけどっ……全然ダメだってぇ……!」
「ええ」
「お義母かあさんっ……は、前のっ……ひっく、奥様が……、お気に入りだっ……た……からっ。比べ……られっ、て……っ!」
「……そう。つらかったのですね」
「うわああああん!」

 しばらくそうしていると、落ちついたのか彼女の嗚咽おえつが消えた。

「も、申し訳ございませんっ。お嬢様に、こんな……みっともない真似を……!」
「いいえ、今まで頑張って耐えてきたのでしょう? 大変でしたね」
「お嬢様……っ!」

 ああ、また泣きそうになっちゃったよ……しんどかったんだねぇ。こりゃお父様に言って、後で町長をシメてもらわなくては。

「さあ、一緒に朝食を作りましょう?」
「で、でも私、味がわからなくて……」
「まず私が作って見せるので、分量などをしっかり覚えてくださいませ。同じように作れば、同じ味でできるはずですから」
「は、はい」

 そうして町長の奥さんと一緒に作ったのは、ふわとろオムレツとフレンチドレッシングのサラダ、スープに黒パンだ。
 途中「え、それだけしか塩を入れないのですか?」と奥さんは戸惑とまどっていたけど「まあまあ、いいから」と一通り作ってみた。
 オムレツは味がわからなくても食感を楽しめるようにふわとろに、酸味は少しだけわかるそうなので、お酢を多めに入れたフレンチドレッシングでシャキシャキの野菜をたっぷりってもらうことにした。
 スープは塩漬け肉でをとり、煮込んだ野菜と肉、ハーブから出る旨味うまみや香りをかす。塩こしょうは、各自お好みで入れてもらう。

「これで大丈夫なのでしょうか? 薄すぎるとしかられたりは……」
「大丈夫。味が薄ければ、そこに置いてある塩やこしょうを好きに入れなさい! でいいのです」
「は、はい……」
「あっ、でも貴女あなたはできるだけ味を濃くしないように気をつけて。今のままの味で、食感を確かめるように食べてみてくださいね」
「はい……」

 そうして、みんなで食べた朝食は、笑顔であふれていた。

「こんなに楽しい雰囲気の食卓は久しぶりです。いつも主人はしかめっ面で食べていて……当たり前ですよね。あんな料理じゃ……」

 自嘲じちょう気味に笑う奥さん。

「今回の料理はいかがですか?」
「え? ええ、味は……やっぱりよくわからないのですが、ふわふわだったり、みずみずしかったり、香りもよくて……食べていて楽しかったです」
「そうですか。楽しんでいただけてよかったですわ」
「……ありがとうございます。食事は楽しいものだということを忘れていました。これからは楽しく食事ができるようになりたいと思います」

 今度は晴れやかな表情になる奥さん。うむ、よかったよかった。
 ちなみに朝食の後、お父様に事情を話して町長をシメていただき、その間に簡単なレシピを書いて奥さんに渡した。
 後妻さんということもあってか、奥さんは結構若かった。けれど、ストレスとかたよった食生活でお肌が荒れまくり、老けて見えていたようだ。
「バランスよく食事を取れば、お肌はきっと若返りますよ」と教えると、喜んでいた。

「このレシピを忠実に守って作ります!」

 うん、多少はご家庭ごとの好みもあるだろうから変化していくと思うけど、今はとにかく忠実に。レシピにない調味料を入れまくって、独創的すぎる料理にしちゃうのだけは避けてくださいね?
 余談だけど、私のレシピの価値を知った町長夫妻が「我々のためにそんな価値のあるものを!?」といたく感激し、代々伝わるレシピにしたとかしないとか。


 さて、馬車に乗り込み、町を後にした私たちは、王都への道のりを延々と揺られた。
 途中で昼食のために他の町へ立ち寄る予定が、お父様の町長への説教が長引いたせいで時間がとれず、街道の途中で休憩となる。お弁当などの用意はないので、みんなのご飯になったのはインベントリに収納していた私のストックだ。
 土鍋でいておいたご飯はシンの手によっておにぎりになり、護衛の皆さんの胃袋に収まりましたとさ……
 彼らは、身体が資本なだけあって、めっちゃくちゃよく食べてくれました。
 ……私のご飯ストックはもう空よ? 王都に着いたらいておかないと。ううっ。
 おかずはお味噌汁にお漬物。お肉も焼いてあげたかったけれど、お肉の匂いで魔物が引き寄せられるといけないので我慢だ。
 簡単な昼食でも、皆さん美味おいしい! と喜んでいたのでよかったわ。
 ちなみに、後で黒銀に聞いたら、行く手をはばみそうな高ランクの魔物は、黒銀が探索たんさく魔法で見つけて討伐とうばつしていたんだって。
 道理でちょいちょい馬車から抜け出してたのよね。
 てっきり、馬車に揺られているのがひまだから散策しに出ていたのかと思ってたよ。


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