転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
194 / 423
連載

呼び出し再び

しおりを挟む
私たちが講堂に入ると、着席している生徒が昨日よりも疎らなことに驚いた。
前方の席は平民らしき生徒で埋まっているものの、後方の席はほとんど生徒がいない。
しかし、よく見ると机の上には筆記用具などが置かれ、すでに席が確保されているようだった。
……これって、ニール先生がさっき言ってた席取りバイトの仕業なのかしら。
二日目にして早くも他人まかせにするなんて……と思っていたのだけど、どうやら昨日は初日だから自分好みの席を決めるために来ただけで、二日目からはバイトにおまかせというのが普通なのだと後でマリエルちゃんから聞いた。えええ……?
腑に落ちないながらも私たちは昨日同様、中間の列の席に座り講義が始まるのを待った。
もうじき講師がやって来るだろうという頃になって、派手な制服に身を包んだ、明らかに貴族だとわかる生徒たちがぞろぞろと講堂に入ってきた。
楽しそうにおしゃべりしながら確保してある席へ向かう生徒たちを眺めていると、その中にアリシア様のグループを見つけた。
あちらも私たちを見つけたようで、ちらっとこちらを見たかと思うと、つんっと顔を背けて自分の席へ向かった。
……そこまで毛嫌いしなくてもいいのに。
私は王太子殿下の婚約者なんて望んでないのになぁ。
敵意を向けられても、私にはどうしようもないことだから困ってしまう。
レイモンド殿下、お願いだから早くお相手を決めてください。私以外で。
いやもうマジで……
そんな風にモヤモヤしている間に講師がやってきたので、私は慌ててノートを広げた。

「それでは、本日はここまで」
終業の鐘が鳴るまで少し早いけれど、キリがよかったようで講師が終了を告げた。
早めに昼食にありつけるとばかりに前方では平民の生徒たちが嬉しそうにはしゃぎながら教室を出ていった。
私がそれを眺めながらゆっくりと筆記用具を片付けていると、まだ残っていた講師に呼ばれた。
「クリステア・エリスフィード嬢とセイノゥシン・シキシィマ君。君たちに話がある。私についてきなさい」
講師は呼びにくいのか、少し訛った風にセイの名を呼んだ。
「はい」
「は……はい」
え……話って、なんだろう?
私たち二人ってことは……聖獣絡み?
講師を待たせるわけにはいかないので、私とセイは片付けの手を早めた。
「あ、そうだ。マリエルさんは……」
マリエルちゃんを一人で帰すことになってしまう。
「はい、今日は女子寮に戻りますね。それじゃ、また明日!」
片付けを終えたマリエルちゃんはニコッと笑うと講堂から出て行った。
ああ……今日も一緒に予習できたらなと思っていたのに。
がっかりしつつもセイの後を追って講師の元へ急いだ。
「昼食前にすまないが、これから教員棟に同行してもらうよ」
そう言って先導する講師の後ろについて行くと、出入り口でこちらを見ていたアリシア様と目が合った。
こちらをじっと見つめていたのを知られたのが気まずかったようで、アリシア様はすぐにそっぽを向いて教室を出ていった。
はあ……親友がいなかったら心が折れてるかもしれないところだよ……マリエルちゃんとセイがいてくれて本当によかった。
二人の存在に感謝しつつ、私は講師についていったのだった。

講堂から職員棟までは歩いてもさほどかからない距離だった。
前回移動するのに馬車を使ったからそれなりに遠いのかと思っていたけれど、それは外周をぐるりと回ったせいで、直線距離で向かうぶんにはそれほど遠くはないようだった。
「こっちだ」
私たちが講師の誘導で向かったのは例のエレベーターだった。
エレベーターに乗り込み、独特の浮遊感を味わいながら到着したのは学園長室のあるフロアだった。
「学園長が君たちに話があるそうだ。あの場で学園長の呼び出しと言えば変に注目をあびるだろうと思ってね」
「そうですか……」
彼なりに気を遣ってくれたみたいだけど、授業開始二日目に教師の呼び出しってだけで十分目立つからね?
あの時、残ってた生徒はチラチラこっち見てたんだから。
とはいえ、呼び出されたのが聖獣契約者の私たちだということも注目される原因のひとつと思われるから、しばらくは何をしても目立つんだろうな……
こんな調子で他の生徒と馴染めるのかなぁ。
ついついため息をつきそうになるのを堪えながら、学園長室にたどり着いた。
「ミス・パメラ。よろしいですか」
講師がノックをすると、控室で待機している秘書のパメラさんの「どうぞ」という声が聞こえ、スウッ……と扉が開いた。
「クリステア・エリスフィード嬢とセイノゥシン・シキシィマを連れてきました」
「ありがとうございます。さあ、二人ともこちらへいらっしゃい」
私たちが講師に促され前に進むと、彼はそのまま一礼して部屋を出ていった。
あれ? 同席しないの?
「彼には貴方たちを連れてくるよう頼んだだけですから。帰りはちゃんと送る手配をするから心配しないで」
パメラさんはウインクしながら奥にある学園長室の扉をノックした。
「学園長。二人が参りました」
「入りなさい」
学園長の返事を確認してから、パメラさんは扉を開けて私たちに入るよう促した。
「「失礼します」」
「おお、よく来たね。そのソファーに座りなさい」
学園長は奥の執務机で書き物をしていた手を止めて、応接セットに移動してきた。
私たちも促されるままソファーに座ると、パメラさんがワゴンを押しながらやってきて、紅茶と焼き菓子を出してくれた。
「昼食時にすまなかったね。こんなものしかないがお食べなさい」
学園長が好々爺然として勧めてくださったので、少々空腹を訴え始めた私のお腹を宥めるためにもお言葉に甘えることにした。
「いただきます」
紅茶のカップを手に取り口元に運ぶと、ふわりと紅茶の良い香りが鼻をくすぐった。
こくりと口に含めば、華やかな香りと味わいが口中に広がる。
良い茶葉と正しい淹れ方でなければこの味は出ないだろう。
「美味しいです」
思わずそう言うと、パメラさんが「まあ、嬉しいわ」と顔を綻ばせた。
焼き菓子はメイヤー商会のヒット商品であるショートブレッドだ。
私がレシピを提供して、マリエルちゃんのお父様が会頭をしているメイヤー商会で売り出したそれは貴族の間で飛ぶように売れ、最近ではプレーンだけでなくフレーバーで変化をつけた新商品と共にそろそろ店頭に並ぶと聞いていたけれど、今目の前にあるこれはまさにその新フレーバーである紅茶の葉を砕いて混ぜ込んだものだった。
「この菓子はクリステア嬢考案の品と聞いたが、美味いのでよくいただいとるよ」
学園長は私がショートブレッドを手に取ると続いて手にしてサクリと食べながらウインクして言った。
「あ、ありがとうございます……」
そうして少しの間お茶を楽しんでから、学園長がいよいよ本題に入った。
「二人をここへ呼んだのは、少し頼みがあるからなのだ」
「頼みとは一体なんでしょうか」
セイが問うと、学園長は髭を撫でつけつつ言った。
「うむ……大変申し訳ないのだが、二人の契約聖獣の皆様を講師や生徒達がぜひ見たいと言っておってな……明日の午後、上級生の講義に同席して欲しいのだよ」
「……は?」
「入学早々ざわついておるうちに聖獣の皆様を人目に晒すのは避けたかったのだが……。今は学園長命令で抑えておるが、このままでは気が逸った者が特別寮に押しかけかねんと思うてなぁ……」
ええぇ⁉︎ 何それ⁉︎
ニール先生以外にも聖獣マニアがいるってこと?
流石に特別寮に押しかけられるのは勘弁してほしいわ。
特別寮には入り込めなくても、出入り口で待ち構えられたらどうすることもできないじゃない?
白虎様たちはわからないけれど、黒銀くろがね真白ましろがどんな対応をするか……私が困った素振りを見せようものなら「強制排除!」と蹴散らしかねない。
「二人には申し訳ないが、聖獣様たちを説得してもらえんだろうか? もちろん君たちに無理強いしないよう対策はする」
学園長が困り顔で頼み込むので、私たちは「やってみます」としか言えなかった。
まあ、公爵令嬢である私に対して無理強いできる人はそれほどいないと思うけれど、セイはこの国の人間じゃないからきちんと対策はしていただきたいわね。
その後、学園長が他に面会予定があるとのことで私たちは退室し、パメラさんが呼んでくれた馬車に乗って特別寮に戻ったのだった。
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。