転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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契約しなさい!

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「え……え? 何事?」
魔法陣にストンと降り立ったのは、長い耳が特徴的な……え、あれって……うさぎ?
スンスンと匂いを嗅ぐような仕草でキョロキョロと周囲を伺っている。
何故か蝶ネクタイとベストを身につけ、頭の上……額のあたりにちょこんと小さな山高帽を乗せている姿は某お伽噺のうさぎを彷彿とさせた。
「え、やだちょっとここ、もしかして学園? 面白そうな魔力を感じたからって、召喚に応じるんじゃなかったわぁ。子供の甲高い声って苦手なのよね」
そのうさぎはぶつぶつと不満をもらしながらも、ぽかんと見つめていたマリエルちゃんをロックオンした。
「あ、アンタよね? ワタシを召喚したの」
跳ねるようにマリエルちゃんに近寄る。
マリエルちゃんはその間も黙ってうさぎを見つめているままだった。
「……ねぇ、ちょっと。アンタが召喚したのかって聞いてるんだけど⁉︎」
そう言ってダン! ダン! と脚を踏み鳴らすと、マリエルちゃんはようやくハッと我に返ったようで「は、はいいっ!」と答える。
「んもう。こんなトロい子に召喚されちゃうとかワタシも焼きが回ったわねぇ。ま、いいわ。アンタ面白そうだし。契約してあげるわ」
そのうさぎは山高帽を取り、大袈裟に礼をした。その額にはキラリと赤い宝石のようなものが光っていた。
「えっ⁉︎」
召喚した魔物からのいきなりの申し出にマリエルちゃんが面食らっている。
背後の結界内にいる生徒たちも魔物が人の言葉を話すことと、その風体に戸惑いを隠し切れない様子だった。
そんな中、いつも通りなのはニール先生だ。
「き……君はもしかして、カーバンクルかい⁉︎」
魔法陣ギリギリまで近寄り、あらゆる角度から舐め回すようにして見ていたニール先生は興奮したように魔物に問いかけた。
「あらアナタ、ワタシのことがわかるなんて通だわね……て、あまり近寄らないでくれないかしら? ちょっと気持ち悪いわ」
「き、気持ち悪いとかひどい⁉︎」
嫌そうに拒否されてニール先生がショックを受けていた。
そりゃいつもの調子で詰め寄ればねぇ……て、カーバンクル?
ええと、カーバンクルって、幻獣ってやつだっけ? 幻の存在とも呼ばれていて詳しい生態は知られていないっていう……?
『あー、ありゃ確かにそうだな。ニールのやつ、よくわかったな』
白虎様が小さな身体のまま、乗り出すように前を見て言った。
「ほ、本当にカーバンクルなのですか?」
『ああ。額に真っ赤な宝石がついてるだろ? あれが大きな特徴だ。あの宝石の力で人の心を読んだり、幻惑したりする。まあ、個体によって能力は様々らしいが。能力については人にあまり知られてないから、あの宝石に価値があるくらいのことしか知られてないと思うぞ』
へえ……って、人の心を読む?
それって、危ないんじゃないの?
バッとマリエルちゃんたちの方を見ると、カーバンクルがマリエルちゃんに詰め寄っているところだった。
「だからぁ、契約するの? しないの? まさか、ワタシの申し出を断るとか、そぉんなおバカさんじゃないわよねぇ?」
タシーン! タシーン! と脅すように脚を踏みならすカーバンクルにあわあわと焦るマリエルちゃん。
「え、えっと、あの、その……」
「アンタといると面白そうだから契約してやるって言ってんの。ほら、手ェ出して! 早く!」
「は、はいっ!」
カーバンクルがダンッ! と痺れを切らしたように後ろ足を叩きつけてから手……じゃない、前足を出すと、マリエルちゃんが慌てて両手を差し出した。
マリエルちゃんが前足を握ると、触れたところからパァッと輝き、二人を包み込んだ。
「わ……」
光が消えると、カーバンクルがピョンと魔法陣から出てきた。
「うん、これで契約完了ね」
「すっ、すごいよマリエル君! カーバンクルと契約なんて!」
ニール先生の歓声を合図に結界内の生徒たちも歓声を上げた。
「あー! うるっせぇ! 子供の甲高い声は嫌いだって言ってんだろぉがぁ⁉︎」
野太い声で怒鳴られ、皆が固まった。
え……今のって……?
「……あらヤダわ、ワタシとしたことが」
カーバンクルは誤魔化すように山高帽を被ると、座ったままのマリエルちゃんの膝にテシッと前足を置き、コテンと首を傾げた。
「ま、そういうわけでヨロシクね?」
「は……はい。よろしくお願いし、ます」
マリエルちゃんもペコリとお辞儀をした。
ぐわぁ、可愛い! マリエルちゃんともふもふのうさぎで可愛いの二乗だわ!
野太い声はちょっと気になるけど、マリエルちゃんに頼んで、後であの子をもふらせてもらわなきゃ。
「ええと……本来契約したら名付けが必要なんだけど……君、もしかして名前持ちネームドかい?」
ニール先生がガリガリと頭を掻きながら、カーバンクルに質問している。
名前持ちネームド?」
私の疑問に白虎様がくわゎ……とあくび混じりに答えてくださった。
『過去に契約したことがある魔物は契約主が亡くなるとその魔力を得て更に力を増す。そいつらは名前持ちネームドと呼ばれてる。言葉を話せたりあんなナリしてるところを見ると可能性は高いな』
「へえ~、そうなんですね」
私の時は真白ましろ黒銀くろがねから名前をつけてくれと言われたから悩みに悩んでつけたけど、初めから名前を持ってるってこともあるのか。
「あらまぁ、よく知ってるわね。確かにワタシは名前持ちネームドだけど、新規一転、新しい名前が欲しいわねぇ。てなわけで、名前と衣食住の面倒、ヨロシクね?」
きゅるん? といった様子で首を傾げながらカーバンクルが要求してきた。
「え? な、名前? い、衣食住……?」
マリエルちゃんがおろおろしていると、ニール先生がカーバンクルの目線に合わせるようにしゃがんで言った。
「寝床なら僕の研究室に魔獣たちの飼育部屋があるから、そこでいいかな? エサは何を食べるのかな?」
カーバンクルのことを知りたい! というのがありありとわかる期待たっぷりの表情でニール先生が問うと、カーバンクルの機嫌が急降下した。
「は? アンタ舐めてんの? このワタシを檻に閉じ込めようっての? ふざけてんじゃないわよ! 断固拒否するわ!」
ダンダン! とさっきより激しく足を踏みならしてから、ニール先生の顔面に飛び蹴りを喰らわせた。
「ぐはっ⁉︎」
ニール先生がバランスを崩して後ろに倒れるのを、カーバンクルはフン! と鼻を鳴らしながらスタッと華麗に着地した。
「ワタシはアンタと一緒の部屋に住むことにするわ」
ふんす、と鼻息を荒くカーバンクルが宣言する。
「え、あの、寮はペット禁止で……」
「は? ワタシのことをペット扱いするんじゃないわよ」
「で、でも、他の寮生と同室ですし……」
「そんなの、どうにかしなさいよ」
マリエルちゃんはしどろもどろで答えているけれど、カーバンクルは譲る気配がない。
「いたた……マリエル君、今日から特別寮に転寮しなさい。ミセス・ドーラには連絡しておくから」
「え? 特別寮に……は、はい!」
マリエルちゃんが嬉しそうに返事をした。
えええ、マリエルちゃんが特別寮に⁉︎
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