転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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何なのぉ⁉︎

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「な……なな、何なのよ、ここ……」
マリエルちゃんの影から飛び出してきたカーバンクルは耳やしっぽの先までブルブルと震わせて目の前を壁のように立ち塞がる黒銀くろがねたちを見上げている。
ああ、やっぱり……
これだけ聖獣がいたら恐ろしくてしかたないわよね。
かわいそうに、あんなに震えて……
「やっだあ、もう! 美形ばっかじゃなぁい!」
「「「……え?」」」
私とマリエルちゃんとセイの声が重なった。
「やあん☆こぉんな美形たちと一緒に生活できるのぉ? やっぱアンタと契約してよかったわあぁん!」
カーバンクルは飛び跳ねながらマリエルちゃんのふくらはぎを前足でタシタシと叩いて喜んでいる。
え? え? どういうこと?
「はー、眼福。ワタシ美しいものはなんでも大好きなの! あの時、強引にでも契約にこぎつけたのは大正解だったわぁ、うふっ」
あれぇ? 聖獣って恐れられてるんじゃなかったの……?
「あ、あの……」
「ん? なによアンタ……って、ホーリーベアの主人なの。ふーん」
真白ましろを抱っこしたままの私が声をかけると、カーバンクルは浮かれた様子から一転、不審そうに私を見た。
なんという塩対応。
子供嫌いって言ってたもんね……
「私はこのホーリーベアの真白ましろとフェンリルの黒銀くろがね、それから魔獣の輝夜かぐやと契約しているクリステア・エリスフィードですわ。特別寮へようこそ」
少しでも印象を良くしようと笑顔で歓迎の意を伝えると、カーバンクルは意外に思ったのか、少し態度が軟化した。
「へえ、ちゃんと挨拶できる子は嫌いじゃないわ。こちらこそよろしく。それに貴女、複数契約なんて珍しいじゃない。しかもフェンリルとホーリーベアと魔獣が主人を共有ですって? 貴方たち、よく我慢できるわねぇ?」
「不本意だがな」
『くりすてあのためだからしかたない』
面白そうに問うカーバンクルに対して真白ましろ黒銀くろがねは不機嫌そうに答える。
こらこら二人とも、白虎様の紹介とはいえ押しかけてきて契約を譲らなかったのはあなたたちなんだからね⁉︎
どの口が不本意とかしかたないとか言ってるのかな⁇
「それにアナタも複数契約してるんじゃないのかしら? 複数の神獣の匂いがぷんぷんするわよ」
カーバンクルがセイを見る。
「ああ、この白虎と朱雀と契約しているセイだ。よろしく頼む」
「……ふぅん、貴方もなかなか大人びてるのね。よかった、追いかけ回されずにすみそうだわ」
……私とセイは追いかけ回したりしないけど約一名ほど大人なのにつきまといそうな人物なら心当たりが……
まあ、いずれわかることだから黙っておこう。
「じゃあ、ええと、クリステアちゃん? だったかしら。ワタシたちの部屋に案内してちょうだい」
「え? ああ、はい。そうでしたわね」
ミセス・ドーラから鍵を預かったのを思い出し、マリエルちゃんとカーバンクルを部屋に案内して鍵の登録の仕方などを説明することになったのだった。

「……はい、これで二人の魔力登録は完了よ。部屋の説明もしたいから入ってもいいかしら?」
「は、はい。あの……」
マリエルちゃんがモジモジしながら私を見ている。
「何かしら?」
「あの、クリステアさんも魔力登録していただけませんか……?」
「えっ」
「いえあの、こういう特殊な鍵って慣れてないから怖くて。私一人暮らししてた時も実家に予備の鍵を預けてたぐらいだから……」
マリエルちゃんはあたふたと説明するけれど、その一人暮らしとか実家って、前世の話だよね?
「これは魔力登録だから鍵自体を持たなくても機能するから大丈夫よ。基本的には本人と契約獣以外は登録しないほうが……」
「えっと、その、万が一私に何かあった時に誰も入れないとか怖すぎませんか?」
ああ、そうか。私の場合真白たちの他にミリアもいるから完全に一人じゃないものね。
今はまだカーバンクルと二人きりで完全密室になったりとかっていうのは不安なのかも。
「わかったわ、そういうことなら私も一応登録するけれど、緊急事態のときしか開けないから安心して」
そう言って私もマリエルちゃんの部屋の魔力登録をしてから部屋に入った。
「あらぁ、なかなかいい部屋じゃなーい!」
カーバンクルは辺りを見渡しつつ、ぴょんぴょんと奥の部屋へと進んでいった。
「さあ、部屋の説明をするから私たちも奥へ行きましょう……マリエルさん?」
マリエルちゃんを見ると、玄関に入ってすぐの場所で立ち止まっていた。
「ありがとうございます、クリステアさん。あ、あの、もし私に何かあったら、他の人目に触れないよう処分していただきたいものがあるんですけど……」
「え?」
「日々の妄想を書き連ねた日記とか、着る機会のないコスプレ衣装とか……」
えへ? と笑うマリエルちゃん。
日々の妄想って……いやそれ、日記なの……?
それに、コスプレ衣装ってどういうこと?
トランクが何個か運ばれていたけど、もしかしてあの中に……⁇
……マリエルちゃん。貴女、何やってるの?

あの後、マリエルちゃんに拝み倒され、万が一彼女に何かあれば私が責任持って処分することを約束させられた。
いやもう、マリエルちゃんに何かあったら自動的に消滅する魔法とか魔導具とか開発するほうがいいんじゃないかな⁉︎

「……とまあ、設備の使い方はひととおり教え終わったかしら。大丈夫? 使えそう?」
「はい。旧式のものもありますけど、大体は……部屋ごとにお風呂があるなんてすごいですね。寮では大浴場な上、入れる時間が決まってましたから嬉しいです」
マリエルちゃんが笑顔で答える。
気持ちはわかる。だって私たち前世が日本人だもの。お風呂の有無やプライベートの確保は大事よね。
銭湯みたいな大浴場もいいけど、お風呂ではリラックスしたいし。
「でも魔導具を動かすには魔石が必要なんですよね。父さんに頼んで手配してもらわないと……」
確かに、今魔導具にセットしてある分は古いので魔力が残り少ないかもしれないわね。
「私の手持ちでよかったらあげましょうか? 黒銀くろがねたちが狩ってきたオークから出てきたものだけど……」
寮で黒銀くろがねたちに解体してもらったときに出てきた魔石はそのまま私がインベントリに収納していたのでその中のいくつかを取り出して見せた。
寮で使ったり、いずれ魔導具コースで必要になるかもしれないからね。
「え? 狩って……って、この魔石のサイズのオークを? いやそうか……聖獣の皆様ですもんね……ははは……」
マリエルちゃんの顔がひきつっている。
「クリステアさん、こんな大きな魔石、ホイホイ出しちゃダメですよ! 高級品なんですから!」
「え? は、はい!」
「とりあえず、この小さいのをお借りします。借用書もお渡ししますね。今度父に査定してもらって代金はお支払いします。こういうのは商人の娘としてなあなあにする気はありませんから」
マリエルちゃんはきっぱりそう言って小さめの魔石を数個選び、その場で借用書を書いて渡した。
マリエルちゃん、ダメダメモードとしっかり者の商人の娘モードとのギャップが激しすぎないかな……?

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6月9日(木)はコミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」第26話後編の更新日です!
ドキドキの展開の続きをお楽しみに!
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