転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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いざ実習へ

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班分けをしてから数日後、いよいよ採取の実習の日を迎えた。

なぜ数日後になったかというと、装備が揃えきれなかった生徒のために猶予を与えられたためだ。

学園内に購買はあるものの、生徒全員がそこで売っている装備や道具類を購入するわけではない。
質は悪くないものの、いわゆる量産品では満足できなかった貴族たちは「自分にふさわしい、さらにグレードの高いものを!」と外部に特注して納品待ちの子がいたし、平民の生徒たちは少しでも無駄な出費を抑えるために、もうじき卒業予定で就職先では職種的に採取する予定のない先輩たちからどうにか安く譲ってもらおうと、平民独自のネットワークを駆使して奔走していたからだ。
商人の子たちは合理的に「量産品だろうと質に問題がなければよし、在庫切れで手に入らなくなるよりまし」とばかりにさっさと装備を揃えていたみたいだった。

マリエルちゃんは採取するための道具にこだわりがなかったようで、購買で販売している「採取初心者セット」を購入していた。
「クリステアさんは、特注品なのよね?」
「ええ。領地の森で採取を始めた時に父の知人でドワーフのおじ様に一式作っていただいたの」
名匠ガルバノの作と知られれば「言い値で払う、譲ってくれ!」と言われるほどの品なのだが、貰った本人は「わお! 切れ味がすごーい! あ、今度ペティナイフ作ってもらおっと!」ぐらいしか考えていなかった。

「へえ……それはすごそうね……て、クリステアさん、荷物少なくない?」
もうすぐ寮を出ようとしているのに私があまりにも軽装だったので不審に思ったようだ。
いつもの制服では採取に向かないため、レギンス代わりのパンツの上に短めのオーバースカート、いつもの派手な付け袖は外したシンプルなシャツにベスト、その上に短めのローブを羽織っていた。
手荷物と言えば、右腰に採取道具の入った小さなポーチと腰の後ろに少し大きめのウエストバッグを身につけているだけだ。
「え、ああ……今日採取する薬草のメモと採取用の麻袋はウエストバッグに入れてるから、ある程度採れたらインベントリに入れたらいいかなって思って」
数個ある麻袋の一つは口を絞れば背負えるナップザック型なので、帰りはそれを背負って帰ればいいのだ。
「そっか! ある程度採取したらそれ以外はインベントリに入れとけばいいわね」
監督係がいるので大っぴらにインベントリは使えないけれど、授業で使う分以外にも料理用のハーブ類があれば採取しようと思っているので、それについては鮮度最優先で密かにインベントリへ収納予定だ。

「ああ、そうだ! インベントリで思い出したわ。はいこれ、お弁当」
インベントリから取り出したお弁当をマリエルちゃんとセイに手渡す。
「わ、ありがとうございます!」
「あ……ありがとう」
少し大きめに握ったおにぎり二つに卵焼きと唐揚げを殺菌作用のある大きな葉っぱで包んだものだ。
他の寮生はパンやチーズなど持ち運びやすいものを持たされているはずだけど、特別寮の自分たちの分はないだろうからと唐揚げは前日に作ったおかずから取り分けておき、今朝卵焼きとおにぎりを作っておいたのだ。
「本当は痛まないようにインベントリに入れておきたいのだけれど、他の方もいらっしゃるから……」
「ですよね~。すぐにお昼になっちゃいますから大丈夫ですよ! うふふ、お昼が楽しみです~」
マリエルちゃんはそう言ってウキウキしながらお弁当を斜めがけにしたバッグにしまったのだった。

今日の採取に参加するのは私たちの班を含む五班だそうで、それに合わせて監督と護衛も集合場所で待機していた。
「さて、これから転移で採取の森に向かう! 装備のチェックは済ませているな?」
騎士科の教師らしき人物が大きな声をあげている横で、各班に監督と護衛が振り分けられていった。
え? あそこにいるのは……
「やあ、テア」
「お兄様⁉︎」
私たちの班にやってきたのはお兄様だった。
「どうしてここに……?」
「監督役として立候補したんだ。殿下も護衛役として来たがってたんだけど、むしろ護衛を増やさなきゃならなくなるからって却下されてたよ」
……そりゃそうでしょ。
殿下ってば、何考えてるのよ。
この学園内で最も護衛されなきゃいけない人でしょうに。
「クリステアがどれだけ優秀なのか実際に見てみたかったようだけど……テアが優秀なのはわかりきってることなのに。それにテアの護衛は僕がすればいいんだから、ね?」
ね? って首を傾げて問われましても……
答えに窮する質問はやめてほしいです、お兄様。
マリエルちゃん、遠くから生ぬるい笑顔で見守るのはやめようか?

「ノーマン、妹といちゃついてないで紹介してくれないか?」
お兄様の背後から革鎧を装備した背の高い男子生徒がにゅっと顔を覗かせた。
へあっ⁉︎ い、いちゃついてるって、どこが⁉︎
「ヘクター、人聞きの悪いことを言わないでくれないか? まったく……妹のクリステアだ。クリステア、級友のヘクター・コルベックだ。コルベック伯爵家の三男で来年騎士団に入団予定だよ。護衛としての腕は確かだよ」
「はじめまして、クリステアです。本日はお世話になります」
軽く淑女の礼をして挨拶すると、ヘクター様は興味津々と言った様子で私を見る。
「おう、よろしくな! ヘクターって呼んでくれ。いつもノーマンが自慢するのに溺愛のあまりなかなか紹介してくれなかったから会えて嬉しいよ。……にしてもちっちゃいな! ちゃんとメシ食ってるかぁ?」
ヘクター様はそう言って朗らかに笑いながら私の頭をポンポンした。
……ヘクター様はお兄様より頭一つ大きいから、私のことを小さいと思う気持ちはわかるけれど、気にしてることだからそこは触れずにそっとしておいてほしかった!
しっかり食べてるのに成長しないんだもん!
しかたないじゃない⁉︎
レディに対してちびっ子扱いは失礼よ!

「ヘクターにい! ヘクターにいが護衛してくれんの⁉︎」
エイディー様が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おっ、エイディーじゃないか。今日はよろしくな」
ヘクター様がエイディー様の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
エイディー様は「やめろよー!」とか言いながらも楽しそうだ。
あの雑な撫で方を見るに、私にした頭ポンポンは気を遣っているほうだったみたい。
「エイディー様、お知り合いだったのですか?」
「ああ! ヘクターにいは俺んちまで剣の稽古にきてたんだ。その後よく遊んでくれてたんだぜ」
な! とヘクター様に笑いかけるエイディー様。なるほど
幼なじみというか、近所のお兄さん的な感じかな?
「ふおお……ここへきてダークホースが……? いや、当て馬的展開もあり……⁉︎」
背後からぼそっと聞こえた呟きは……
目を潤ませて二人を見つめるマリエルちゃんだった。
「……そこの令嬢は?」
ヘクター様がハッとした様子でマリエルちゃんを見る。
や、やばい。マリエルちゃんがお二人のことをBでLな目線で見ていたのを察知された⁉︎
「あ、あの! 彼女は私の友人で同じ班になったマリエル・メイヤー様ですわ」
マリエルちゃんの隣に並んで紹介すると、ヘクター様はジィッとマリエルちゃんを見つめたままだった。
ヘクター様! マリエルちゃんはちょっとモブ視点で腐の妄想をするのが好きなだけで、至って普通の……普通の子? なんです!
決して怪しいわけではない……はずです!
不審者じゃありません! 多分!
「……マリエル嬢……可憐だ」
「……ふぁっ⁉︎」
……え? ヘクター様、今何て⁉︎
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