転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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いよいよ炊くぞぉ!

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精米の魔導具が誕生したことにより、精米が格段に楽になったのは喜ばしいことだけれど、もう少し早い段階で出してほしかったなあぁ?

身体強化魔法で当初より効率よく精米できるようになったとはいえ、ボタンをポチッとするだけで楽に時短できるならその方がいいに決まってるじゃんね?

「おお……ドリスタン王国では精米専用の魔導具まで開発されているのか⁉︎」
延々と地味に力仕事を続けることにうんざりしていたのだろうカルド殿下が嬉しそうに魔導具を見つめた。

「ええと、あの、ドリスタン王国……といいますか、エリスフィード公爵家ではラースの消費が他所より格段に多いものですから特別に製作を依頼したものです。精米機そのものはそう簡単に増産できるものでもお求めやすい価格でもございませんので、現状では市場には出回っておりません。王宮には先日献上いたしましたが」
料理長が慌てて訂正した。

伝説の鍛冶師ガルバノおじさまと病的なオタクレベルの魔導具師オーウェンさんがタッグを組んで作った精米機だものね、高額になるのは間違いない。

私が調理道具や魔導具を製作を依頼するときは多少高額になろうと支払うつもりだけど、おじさまは私相手だと最低限しか受け取ってくれないし、オーウェンさんに至っては、魔導具製作に必要な希少な魔石が手に入るならばと複雑な魔法陣を組み込む厄介な依頼でもほいほい受けてくれるので実際にどれくらい高額なものなのか見当もつかなかったりする。

それに、おじさまは気が向かないと本来の取り扱い品目である武器ですら今は作らないし、オーウェンさんは新しい魔導具を作るのは全力で取り組むけれど、量産品を作るのは飽きるからいやだと初対面でオタクトークに付き合わされていた時に聞いたような気がする。
私以外には寡作な職人たちだったりするのだ。

「そうか……俺も購入できればと思っていたのだが……いや、高額そうだし、量産できないのであれば持ち帰ってもムダか」
がっかりしたように肩を落とすカルド殿下。

「高額なのは間違いありませんね。量産については、設計図や仕様書が魔導具ギルドに登録されましたので、購入者が作る分には制限はございません」
「おお、それなら……!」
料理長の言葉に希望の光を見出したカルド殿下が顔を上げた。

「ただ、魔導具師ギルドの職員が納品した仕様書を見て、誰がこんな変態的な魔法陣を組んだんだ⁉︎ 複雑すぎて作れるかぁ! と叫んだとか、なんとか……」
「……今回は諦めた方が無難なようだな」

我が領地の変態的な魔導具師がすみません……
今度オーウェンさんに会う機会があれば、もう少し量産しやすい仕様にしてもらうようお願いしなければ。

「当面は、水車で精米してはいかがでしょう? 確か、商業ギルドでラースの炊き方が広まった後に水車精米の仕組みも徐々に作られたはずですわ」
水車精米ならゆっくり時間をかけて精米するから熱を持つことなく味が落ちにくいはず。

「おお、そうか! その手があったな!」
その後ひとしきり精米について盛り上がり、いよいよ調理することになった。

「それでは、イディカを炊いてみようと思います」
「うむ、頼むぞ! クリステア嬢!」
期待たっぷりに私を見るカルド殿下と、やんややんやと盛り上げようとするティカさん。
や、やりにくいな……

「ええと、まず大前提として、イディカはラースと似ていますが調理方法はおそらく異なります」
「うむ、そのようだな」
「ですから、ラースとは違う調理法を試してみようと思います」
「うむ、頼むぞ!」
カルド殿下がこくりと頷くのを確認してから精米し終えたイディカを洗米すべく水場へ移動した。

「まず、イディカを水で洗います。これはラース同様に水が濁らなくなるまで洗うのが理想ですが、多少水が濁るくらいなら問題ありません」
ラースと同じく、初めに注いだ水はすぐに流してぬか臭くならないように気をつけて洗う。これ大事。

「それから、四半時程度浸水……水に浸します。こちらがその浸しておいたものになります」
お茶している間に料理長に頼んでおいたものが今研ぎ終えたものと入れ替えられる。

料理番組的な段取りにカルド殿下とティカさんが「おおー!」と歓声をあげた。
素直に反応されてちょっと恥ずかしいんだけど……?
いかん、気を取り直して次の工程にいこう。

「たっぷりの湯を沸かした鍋に浸水させておいたイディカを入れ、煮立たせながらヘラでかき混ぜ、煮ていきます。全体が透き通って膨らんできたらザルに上げて水気を切ります」

いわゆる「湯取り法」というやつだ。
長粒米を鍋で炊くならこれが一番確実に、美味しくできるはず。
おっと、水気を切る間にサッと鍋を洗って、と。

「すすいだ鍋にイディカを戻し、弱火で混ぜながら加熱します。鍋底から音がし始めるまで水分を飛ばします」
交代で混ぜながらパチパチと音がし始めたら火を止めて蓋をして10分くらい蒸らす。

タイ米ならともかく、イディカを炊くのは初めてだから、蒸らし時間は回数をこなさないとベストな時間はわからないけれど、とりあえずやってみよう。

しかしこの香り……前世ではジャスミン米と呼ばれるタイ米のような長粒米の中でも高級米の部類に入る香り米なのではなかろうか。

「む……なんというか、独特の香りがするな」
「ええ、ラースとはまた違う香りですな……」
蒸らしに入り、あとは炊き上がるのを待つだけの状態になると、私の側で見守っていたカルド殿下や料理長以外の料理人たちもイディカの炊ける香りに釣られてか鍋の周りに集まってきた。

「……そろそろよさそうね」
私は満を辞して鍋の蓋を開けた。

ふわぁ……なにこれ、いい香り。
ラースの炊き上がる香りも前世日本人の私にとっては特別な香りだけど、これはまた……!

「なんと……これが、あのイディカなのか?」
「マジっすか……美味そうっすね」
カルド殿下とティカさんは信じられないとばかりにスンスンと匂いを嗅いだ

鍋底からさっくりと混ぜ合わせて、しゃもじ代わりのヘラから炊き上がったイディカをつまみあげてパクッと。

「……ん! 成功!」
ラースとは別物の、パラリとしたお米だけど、イディカの美味しさがちゃんと引き出せていると思う。

「お、おいずるいぞ。俺にも試食させろ!」
「は、運んできた俺にも権利あるっすよね⁉︎」
二人がババっと手を差し出してきたので、料理長が慌てて小皿を用意するのを笑いながら受け取り、少しずつイディカをよそって皆に振る舞った。

カルド殿下とティカさんは、はじめの勢いはどこへいったのか、イディカをよそった小皿をじいっと見つめていた。
やっぱり、イディカも家畜の餌だったから食べるのに抵抗があるのかな?

「よ、よし……食うぞ」
「うっす」
恐る恐るといった様子でスプーンで掬ったイディカを口に運んだ。

さあ、お味はいかが⁉︎
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