時空にかける願いの橋

村崎けい子

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一、運命への挑戦

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 更に数年を費やして、タイムマシンは ついに完成した。

 庭の中ほどに運び出し、感慨深げにそれを眺める。
 外観は自動車に似ているけれど、タイヤは随分と小さい。
 中は一人分の座席。フロントパネルには燃料メーター、日付調整ダイヤルに発進ボタンのみという、とてもシンプルな造りにしてある。

 マシンへと乗り込む博士の手には、上品な小箱が大切そうに収められていた。
 それは、亜樹との為に用意していたマリッジリング。彼女と一緒に選んだその指輪が、サイズ調整を経て彼のもとへ届けられたのは、亜樹が亡くなって数日経ってからのことだった。
 彼女の死をどうにも受け入れることが出来ず、「いつか亜樹が戻って来た時、一緒につけたい」と願い、一度も嵌めることのないまま引き出しの奥にしまっていた。このマリッジリングに、タイムマシンを生み出す過程で見付けた 時間を遡ることの出来るエネルギーを注ぎ込んだのだ。
 第一の目的は、亜樹を水難事故から免れさせることだったが、それに成功したとしても またいつか別の苦難に襲われることもあるかもしれない。その時の為のお守り代わりとして、入念に準備されたものだった。

 体をベルトで固定した博士は、日付調整ダイヤルに手を伸ばす。目的地の日付は――亜樹が、海へ出かけた日。
 期待と不安が入り混じる中、いよいよ発進ボタンを押した。
 ごうっと爆音が響く。同時に体が浮くような感じがしたかと思うと、窓から見える景色も たちまち真っ暗な空間だけとなった。


 どれくらいの時間が経っただろう。いや、実際には時間を遡ってきた筈だけれど。
 暗闇に光が差し、徐々に視界が開けてくる。
 マシンを降り立った博士の前に、懐かしい光景が広がっていた。

 一面に広がる水田。今は小さな公園となっているはずのそこには、金色に輝く穂が波打っている。
 車道を挟んで、奥へ進むと見えてくる商店街。とっくに寂れてしまった筈のそこには、あの頃と変わらない 賑やかな声が飛び交っていた。
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