時空にかける願いの橋

村崎けい子

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二、執念

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 やがて、博士は気が付いた。
 どうやら この世界では、時間を遡ってもタイムパラドクスは ほぼ生じないらしい。まるでビデオテープが巻き戻されるかのように、殆どが正確に回収された後、その時点からの出来事が新たなものとして「上書き」されていくのだ。
 原因は定かではないが、もしかすると、過去を変えたいと願う彼の想いが反映された世界だからであろうか。
 因みに「ほぼ」「殆ど」と表記したのは、完全な上書きとまでは言えないからだ。巻き戻しを仕掛けた本人と、指輪の創造主は、「記憶」を保ち続けていられる。また、指輪にも、既に使い終わったことが「記録(記憶)」される。

 まず一回目の巻き戻し――翔が指輪に願いをかけた時。交差点でトラックに轢かれた彼は、内臓破裂で即死した。その時 博士は、時間が巻き戻されたのを感じることが出来た。つまり、創造主である彼には、巻き戻し前の記憶がしっかりと残っていたのだ。
 この世界の翔は亡くなった。けれど、同一人物でありながら、別の時間軸からやって来た博士は、問題なく生きている。
 次に二回目の巻き戻し――亜樹が指輪に願いをかけた時。翔の体はトラックとの衝突寸前 僅かに反らされ、一命を取り留めた。その時も博士は、時間が巻き戻されたのを感じることが出来た。

 いや、もしかすると、パラドクスが生じないのは、指輪自体の作用なのか。
 だとすれば。元の世界に戻って同じような指輪を作り、それを自ら使えば――つまり、本来自分がいた世界で、亜樹を海へ行かせないようにすることが出来たならば――今度こそ彼女の側にいられるのではないか。寧ろ、初めからそうしていれば良かったのかもしれない。
 けれども、実のところは分からない。その作用は、指輪ではなく、この世界自体に備わっているものなのかもしれないし、或いは両方の要素が合わさって初めて発揮されるものかもしれないのだから。
 元の世界で指輪を使ったとしても、また別の「パラレル世界」を徒に増やしてしまうだけという可能性も十分にあるのだ。


 ここへやって来てから、もうどれくらいの歳月が流れただろう。この世界の住人として、更に年齢を重ねた博士は、自身の寿命も後僅かであることを感じていた。

 亜樹が再び博士のもとを訪ねて来たのは、そんなある日のことだった。
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