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036:水族館

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 うん、まあね。あのね。四人でデートって言われた時点でもう少し理解すれば良かった気がするけれど。でも、なるようにしかならないというか。

 だってさ……女子三人と集団行動なんて……人生で一度も経験したこと無かったんだからしょうがないじゃんね。うん。予想なんてできないよ。

 ということで、現在俺は、ただただキャピキャピ店巡りを楽しんでいる美女三人を外側から眺める、傍観者として成立しています。美しいねぇ。うん。

「村野さん、これどう思います?」

「か、かわいいと思います」

 意見を求められれば反応するけどね。……当然、的確な返答などできるわけもなく。いや、ゲームショップとか、本屋とかならもう少し解説もできるかもしれないけれど……有名ブランド店やおしゃれ雑貨店相手では……なんの役にも……。

 いや、正直な所、自分の扱っている商材が売っているのを見かけたけれど、それがどういう用途で売られているのか分からない。ヤバイ、あの商材、あんな風に売り込めば良いんだ……なんて勉強しちゃったりして。

「はいーそして、今日の目的地でありますー。表参道水族館ですー」

 それなりに店を冷やかしながらたどり着いたのは、落ち着いた感じのオシャレな建物だった。よく見れば奥行きがあるっぽい。ああ、そういえば、聞いたことあったな……オシャレタウンに水族館出現って。元学校だった場所をマンションにしようとしたら、何か問題が発生して建設不可となり、水族館になったとか。

 派手でもないが、地味でもない。だが、落ち着いた雰囲気で……。

「大人な水族館ですねー」

 そう。それ。水族館というと、どちらかといえば、子ども向けと思っていたが、ここはちょっと違うようだ。

「いま、一番ホットなデートスポットですものね」

 そ、そうなのか。そんな中。

「……」

 何も言わずに水槽を食い入るように見つめているのは最上さんだ。今日、ここに来たいと言ったのも彼女だと言っていた。これがその答えか。

(先輩、最上先輩。デートですよ、村野さん、いますよ)

(あ! ああ! そ、そう、そうでした)

 若島さんが小声で指示を出した。というか、最初の水槽で既に五分近く経過している。この調子だと出口にたどり着くまでにとんでもない時間が掛かりそうだ。

「美南先輩、前に行った美術館でもドップリでしたよね……」

「そ、そんなことー」

「ありますよ」

 なんていうか、三人の会話は……お笑いのトリオかってくらいタイミング良く絡み合っている。なんだか、俺があまりしゃべれない分、ちゃんと隙間を埋めてくれるのがありがたい。

「あーすごいー」

 この水族館の目玉の回遊魚の大水槽……だ。確かにスゴイ。デカい。なんか、オーナーがこの大水槽を設置したいと、設計の最初に指示したそうだ。松山さん談。

「回遊魚の数も種類も、水槽の大きさも世界一とか言える規模では無いんですが、バランスを重視した内容になっていて、非常に美しいと、世界中の海洋研究員から高評価を得ているそうです。今年の研究員500名対象のアンケートで断トツ一位でしたし」

 松山さんの知識は……とんでもないな。というか、TV番組の特集の内容を丸々覚えている感じだろうか?

「ほえー。詩織先輩は相変わらず予習がスゴイですねー」

 うん。でも、予習はともかく、カンペも無くこれだけ暗記してるっていうのがスゴイな。俺には到底出来ないというか。尊敬する。

「……」

 最上さんは水族館に入ってから、ちゃんと喋っていない……気がする。全集中だ。

……。

「ねえ、ちょっといいかな」

 若島さんと、松山さんに声を掛ける。二人が近付いてくる。最上さんは、まあ、最前列かぶりつきのままでいいだろう。

(そのまま、視線を動かしたりしないで聞いてくれるかな?)

 二人が頷いた。

(右後ろの通路、壁際の奥にいる影……。カフェからずっと、着けてきていると思う。何か心当たりはあるかな?)

! 

 若島さんはそのままだったが、松山さんが若干ビクついた。

(詩織先輩?)

 顔色が変わった松山さんに若島さんが心配して声をかける。

(すいません……確認しなければですが、自分かもしれません……)

 松山さんが明らかに動揺している。

(大学時代の友人の友人かもしれません……数年前からストーキングされていまして……去年、裁判で接触禁止制限と罰金が決定して、落ち着いた……と思っていたのですけど)

(ああ、合コンでちょっと優しくしたら調子に乗っちゃった岡田さんですか?)

 キッ! と睨まれる若島さん。

(一緒にいると、御迷惑がかかるかもしれません。私はここで別行動を取らせていただいた……)

(いや、それがわかれば問題無いよ。このまま、普通にしてて)

(え……)

(分かりました! 村野さんにお任せします!)

 若島さんは……なんか、判断早いな。

(念のため、松山さんは、若島さんと常に一緒にいること)

 二人が頷いた。

 ああ、しかし……なんていうか、なんとなくなんだけど……敵意、悪意というのを非常に敏感になっている気がする。今も、後ろから投げつけられるのは「俺に対する憎悪」だ。相手が松山さんのストーカーだとすると、こうして一緒に行動している俺が敵か。まあ、そりゃそうか。

 それにしてもこの辺の感知っぽいのはダンジョンで戦闘を繰り返している成果なんだろうか? レベルも上がってるから、能力値も上がってるはずだ。ってまあ、今はいいか。

 正直、あの距離で付きまとわれているだけだと……こちらからは何も出来ないな。でもなぁ。付きまとわれている方としては怖いよなぁ。

 って? ん? なんか、柄の悪いのが接触したな。こちらを伺っていた……えーと。誰だっけ、岡田か。岡田君の周りに、五、六人のいかつい男がたむろってる。ん? こちらを伺ってる? なんだ? 

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