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065:達人

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 構えようとはしている。

 これはもう本能……長年の鍛錬の末、身体に染みついた行動なのかもしれない。敵を目の前にしたらこうしなければならない……という束縛に近い観念。

 というか……今の一撃……よく凌いだな。あの長ドス……よほどの銘品なのか……? いや、そんなことないよな。武器として強そうな気配とかそういうの何も感じないし。

 ちなみに、【鑑定】はこちらの世界では一切使えない。名前だけでも判れば便利なのに。

 他のスキルや魔術の、こちらの世界で使える使えないの差が良く判らないよな~。その辺シロに聞いても、当然の様に答えてくれなかったし。

 ん? アレ? いま、なんか……うーん。

 思い出した!

 これ、アレだ、今、青ジャージが使ったの、気力か! 【闘気】……なのか? 生命力、命すり減らして防いだって事なのか。文字通り、命がけの剣技か。
 いや、でも、気ってあるんだな。この世界で。ダンジョン行かなくても身に付けられるモノなんだな……。達人ってすげぇな……。

 というか。……これを攻撃で使われると、「正式」を纏っていてもあっさり突き抜けて来そうだ。

 多分なんだけど、【闘気】は防御力無効、魔術防御力無効的な攻撃、防御なんじゃないかと思っている。

 なので、どんだけ俺の防御力なんかが上がっても、防具の性能が上がろうと。攻撃は浸透してくる。レベルが上がるとHPも増えるみたいだから、それで耐えるしか無いのかな。

 あっ。待ってしまった。つい。よろよろと立ち上がり、構えてさらに、動き出すまでに数瞬。ヒーロー戦隊物的に、敵の準備ができるまで待つてしまった。

 追い打ちかけちゃえばよかったなー。

 まあ、アレだ、今後、それなりにやるな……と思った敵は、気力からの【闘気】を使えると思った方がいいな。

 現実世界にこの青ジャージレベルのヤツがどれだけいるのか知らないけど。その辺はあれか、専門家ということで三沢さんに聞けばわかるかな? 

 というか、ここまで戦ってみて気付いたけど……この青ジャージ……ここまで一言もしゃべってない。
 戦う……戦闘では、息吹……というか、「シッ」とか「フッ」とか口からなんらかの音が漏れることが多い気がするけど、それすら無い。
 つまり、自分の武を阻害するような要素を排除しているのだろう。呼吸を盗まれるという言葉がある様に、魔物なんかは息づかいでいつ攻撃してくるかが判ることがある。
 まあ、動きを目で追っている以上、俺が初動を見逃すことはないが、攻撃する際のキッカケ音を発して悟られることが無いのだ。ペースを掴むまで苦労するハズだ。

 必殺技を叫んじゃうとか、呪文を詠唱しちゃうとか、そんなレベルじゃ無いよなぁ。息吹、呼吸すら明かさない。

 さらに気力を使い【闘気】を刃に纏わせる事もできる。

 うん。ヤツが黒社会でどれくらい評価されているかわからないけれど、強者確定だな。

 余裕ぶっこいてないで、さっさと潰そう。下手すればこちらがやられる。
 ここはダンジョンじゃ無いのだ。大怪我を負っても、転移もシロの【治癒】も無いのだ。遊びじゃ無い。

 俺は……多分、ここへ来て始めてしっかりと六角棒を構えた。

 棒術ってものがどんな感じだかいまいち良く判っていないが、中国の武術映画なんかで見た限りだと大体こんな感じだろうと思われる。

 両手を下ろした辺りで、棒を固定して、相手に向ける。

 青ジャージも対応している。

 ここからなら、凪ぐことも、殴ることも、突きに行くことも可能だ。その三択をギリギリまで粘ることで、判断を遅らせる。俺の身体能力なら、反応できない寸前まで同じモーションで動けるからな。

 特に……この棒術の最大の攻撃は「突き」だ。ヤツの長ドスの最大の攻撃が突きなのと一緒で、俺の六角棒の最大攻撃も実は突きなのだ。

 ヤツの足が動いた。

 それを強引に……「ブロック」で止める。連続で三つ。そして、その先に二つ。すでにそのパターンは読んだ。先攻して動きを阻害することで、バランスの崩れるポイントも見える。

 それでも青ジャージは体勢を整えようと、身体を捻った。

ボッシュ!

 俺の繰り出した突きが、青ジャージの右脇腹を抉る。服と共に肉がはじけ飛ぶ。後ろの壁にそのまま、「ビチシッ!」と張り付いた。

「ガハッ!」

 ちっ。腹の真ん中狙いだったのに。避けられた。

 戻し際。半分くらいのところから、後ろから回し込んだ六角棒で横に凪ぐ。

カシッ!

 また。

 気力【闘気】を纏った刀で一撃を受け止められた。が。脇腹の傷のせいで力が入らなかったのだろうか。さっきの様にガードできず、そのまま壁に叩きつけられているた。

 いや……あの状況で自分から跳んだのか?

 ちょっと軽すぎだもんな。ってそんなことが判る様になってきている自分を褒めてあげたい。元々喧嘩とか戦闘とか縁の無い生活を送ってきたのだ。
 武術家とか、武闘家とか、そういう人たちって、現代でもこんな戦いを繰り返してたのかなぁ。すごいな。

 ……お。立ち上がった。というか、今の一撃……多分、全身に気力を纏ったのか? じゃなければ、こんなに早く動けないハズだし。

 若干、フラつくものの、構えた。これまでと同じ構え。執念か。

 目が。目がまだ、狙っている。力を失っていない。

 ん?

 ノーモーション? 動き出しの挙動を排除した一撃か!

 首元に伸びる刃。スゴイ……。良い攻撃だ。というか、ここまでこの奥の手を隠していたってことだもんな……。



 でもね。うん。無理。

 さすがにこのタイミングで出来る事は限られていた。「ブロック」に「正式」を纏わせ、突きを止めた。さすがにこれを突き抜くことは不可能だったようだ。

 それでも食い込んだため、刃が止まった。

 身体を斜めに進める。

パン! パンッ!

 兄貴と現場指揮官が拳銃を発砲した。こちらの戦闘に集中していたが、【気配】はきちんとヤツラの挙動を報告してきている。

 銃器は当然脅威だが、単発。二人で二発。発砲する寸前が判っていれば、脅威にならない。

「なんでだ!」

 ああ、兄貴の方は射撃の腕に自信があったのかもしれない。確かに、俺が避けなければ当たる弾道で弾が飛んできてた。もう一方は完全に外れてたから無視したけど。

 まあ、何はともあれ。一気に決めてしまおうとした勢いを削がれた。

 その間に、青ジャージは息を整えている。ってね。もうね。時間が経過すればするほどダメだと思うけどね。だって腹抉れてるし。そこまでの傷じゃ血が止まらないだろうし。

 最後の一撃……っていうか、残りの命全てを籠めた【闘気】の一撃か。

 ヤツの人生の全て……なんだろうな。

 よし。対抗してみようか。






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