ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第2章 ダンジョン嫌いニキ、裏方に戻る

第20話 新ゲート出現

 ドルヴァノと会ってから一週間。
 俺の生活は、拍子抜けするほど、平穏そのものだった。
 会社の研究室は相変わらず散らかり放題で、締め切られたカーテンとモニター群の青白い光が、昼夜の区別を曖昧にしている。

 そんな、不健全極まりない部屋の中央。
 ぷすぷすと煙を上げる人間が一名いた。

「――ぷじゅー……っす……」

 愛沢は机に突っ伏し、完全にオーバーヒートしている。
 俺は自販機で買ってきたエナジードリンクを、愛沢の頭の上にコトンと置いた。

「ほら」
「あ、ありがどっす……」

 愛沢は震える手で缶を受け取り、プルタブを開ける。
 そのまま一気にあおり、ぷはあっと大きく息を吐いた。

「うひーっ、生き返るっすぅー!」

 カフェインによって無理やり覚醒させられた愛沢を見て、俺はため息をつく。

「……上手くいかないのか?」
「そっすねえ……実用一歩手前ってとこっすか」
「そうか、そりゃ大変だ――……一歩手前ぇ!?」

 思わず声が裏返る。
 愛沢が今いじっているのは、『ダンジョンゲート』に関する研究だ。
 
 ダンジョンの出入り口であるゲート。
 そこに使われているのは、現実世界こちらがわとダンジョンを繋ぐ、完全な空間転移技術である。
 もし、ゲートの解析、また流用が成功すれば、輸送、災害対応、軍事、物流、etc……あらゆる分野で革命が起こる。
 まさに、世界を変える大発明だ。
  
 だからこそ、これまで多くの科学者が原理の解明に挑んできたし、ことごとく散ってきたのだ。
 ……それをたった数ヵ月で、実用一歩手前?

「お前っ……ま、マジか!?」
「アリスの研究で魔力理論は大分掘ったっすからね、応用効きまくりっす。……お、これうまー」

 チョコをひとかけ食べながら、さらっと言ってのける。
 嘘だろ? と思うけど、こんなところで見栄を張るような奴でもない。

「……でも、成功率がイマイチなんすよねえ」

 愛沢は椅子の背もたれに体重を預け、唇を尖らせた。

「せ、成功率? お前……まさかもう試験段階まで……」
「いってるっす」
「マジか……」

 こんな天才が、こんな小さな会社にいていいだろうか。
 俺はそんな言葉をグッと呑み込んだ。

「試験用に、手のひらサイズの小型ゲートを作ったんすよ。物体が行き来できるように2つ」

 愛沢はそう言うと、デスクの上の書類の山を指さした。
 積み重なったノートの切れ端や裏紙の上に、小さな四角い金属製の枠があった。
 おままごとに使う人形の家の窓枠、といった見た目だ。

「おまっ、世紀の大発明をこんなとこに置いとくなよ……」
「いいんすよ。それ失敗作なんで」
「失敗作って、物体が全然別の場所に転移しちまうとかか?」
「いや、場所は大丈夫っすよ。10回やって10回とも、ちゃんとその2つが繋がるっす」

 成功してんじゃん……。

「じ、じゃあ何がダメなんだよ?」
「木っ端みじんになるっす」
「……大失敗だな」
「だからそう言ってるっす……!」

 愛沢はバン! とデスクを力強く叩く。

「ブロック肉で通過試験したんすけど、10回中4回ハンバーグが出てきたっす」
「ミンチになったうえ焼かれてんじゃねーか」
「加熱は想定外っすね。空間摩擦か魔力圧縮か……」

 人間で想像すると、R18じゃきかないな。

「もうあと一歩、どっかの凡ミスな気がするんすけどねえ」

 愛沢は腕を組み、うーんと唸った。
 確かに彼女はドが付く天才だが、かなりの直感型。
 理論を飛び越えた発想で、思いもよらない角度から案を出し、一気にゴールに近づいたかと思えば……中学生でもわかる単純な計算ミスで、三日三晩悩むこともある。

「この道に詳しい人に見てもらって、間違いを指摘してほしいっす。切実に」
「そんな人に心当たりは……あるな」
「えっ!? ホントっすか!?」
 
 直接は無いが、そういう人を知っていそうな人は知っている。
 羽生田はにゅうだ社長だ。
 彼女は元・政府直属のダンジョン攻略部隊の総指揮官を務めていた。
 今はしがない零細企業の社長だが、そのコネやら人脈を使えば、ゲート研究の第一人者に会うこともできそうな気がする。

 だが社長は、ドルヴァノとの一件以降、姿を見せなくなった。
 行方不明というほどではない。
 チャットを送ったら即レスだし、通話も普通に繋がる。
 ただ、どこかに行ってしまった。

「……いや、今はムリだな。すまん。忘れてくれ」
「はぁ~? 何なんっすかぁ~? 上げて落とすなんてサイテーっすよぉ~?」
「わ、悪かったって!」
「せんぱぁ~い? 乙女を弄んだ罪は重いっすよぉ~?」
「近いってば! コラ! 離れ――」

 ――ブブブブブブ

 言葉を遮るように、ポケットが震える。
 俺はスマホを取り出して、着信画面を見た。
 姫宮ひめみや 美空みそらの文字。
 相沢がひょいと覗き込む。

「げ……先輩、JKと連絡先交換してるっすか……?」
「撮影とかあるからな」
「アラサー独身男性が、自らの社会的立場を利用し、世間を知らない女子高生を」
「言い方! やめろよ、今そういうのスグ炎上すんだから!」

 愛沢を諫めつつ、緑に光る通話ボタンを押す。

「もしもし」
『あっ、黒野さん! すぐニュース見てください!』

 いつもなら、まずは挨拶から入る礼儀正しい姫宮が、いきなり叫んできた。
 俺は愛沢と顔を見合わせる。

「ニュースだってよ」
「なんすかね? 先輩がまた何かやらかしたとかっすか?」
「怖い事言うなよ……」

 悪戯っぽく口角を上げる愛沢。
 そのままデスクにあったリモコンを掴み、テレビを点けた。
 画面には、緊急速報のテロップ。

『――本日未明、アメリカ合衆国コロラド州にてが確認されました。現在、アメリカ軍が現地を封鎖し、攻略作戦を開始しています――』
「な……!」

 映像が切り替わる。
 そこは山岳地帯。
 少し開けた空間に、ぽつんと佇む巨大な漆黒のゲート。
 周囲には米軍の装甲車両と兵士が取り囲み、せわしなく動いている。

「おー、もうそんな時期っすかー」

 愛沢は呑気にエナジードリンクをあおる。

「二~三年に一回くらいは出るっすよねえ。どーせまたすぐ踏破されるっすけど。しかもアメリカ軍とは……恨むなら自分の運の悪さを恨むんだなっす」

 確かに、これまではそうだった。
 だが、しかし……。
 俺の脳裏に、自信たっぷりのドルヴァノの顔がよぎる。

 40億機。
 世界がこのままであれば。
 奴の言っていた言葉を無意識のうちに反芻はんすうし、心臓が嫌な音を立てる。

『見てくれましたかっ? これ、次の勉強動画のネタにどうでしょうか……?』
「……悪い、姫宮。少し切るぞ」
『へっ? く、黒野さ――』

 ポロン。
 俺は姫宮の返事も待たず、通話をやめた。
 申し訳ないとは思うが、今はとても他のことを考えられそうにない。

「せ、先輩? どしたっすか?」

 愛沢が心配そうに俺を見る。
 しばらく黙ったあと、俺は口を開いた。

「……もし仮に、意のままに魔物を出現させようとしたら」
「はい?」
「仮の話だ。魔物の発生をコントロールしたいとき……お前なら、どうする?」
「魔物をっすか……」

 愛沢は一瞬きょとんとしたが、やがて真面目な顔になる。

「うーん……むむむ」

 腕を組み、天井を見上げる。
 そのまま数秒。
 やがて、納得したように視線を落とした。

「ボスを使うっすかねえ」
「……ボスを?」

 問い返す俺に、愛沢は首を縦に振る。

「魔物を発生させるためには、ダンジョン内の魔力濃度の管理が必要っすよね。内部の魔力濃度を高め、魔物の発生を促しつつ……でも暴走はしちゃわないよう適度に弱めもしなきゃいけないっす」
「……そうだな」
「魔力をゼロから生成する技術は、現状ほぼ不可能。既存の出力源を利用する方が早いっす。つまり――」

 愛沢は人差し指をピンと立てた。

「――ダンジョンボスを、生かさず殺さず、飼いならす……っす」
「なるほど……」

 淡々と恐ろしいことを言う。

「魔物を増産したい時はボスを活性化させて、抑制したい時はボスを弱らせるってことか……すげえな、お前」
「え、いや、仮定の話っすよ? それにボスを飼いならす装置なんて、そうやすやすと作れるもんじゃないと思うっすし……へへ」

 愛沢は少し照れたように視線を逸らす。
 そのとき、テレビの中のアナウンサーの声量が、急に大きくなった。

『――速報です。しました』

 その声は明らかに緊張を帯びている。

『投入された第一陣部隊は、内部で壊滅的な被害に合い撤退。どうやら、これまでに無い強力な魔物たちが観測されており――』
「……え?」

 愛沢がテレビの画面を見て固まる。

 俺の背中を、冷たい汗が伝った。
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