ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第3章 ダンジョン嫌いニキ、英雄になる

第28話 愛沢ほのか、14歳

まえがき
 本話の前半では、黒野の後輩・愛沢の過去が明かされます。
 黒野の過去編が終了したと思ったら、また過去へ……。
 テンポが悪く、申し訳なく思っております。
 本話の後半からは黒野視点に戻ります。
 引き続きお楽しみいただけると幸いです。
=================================
 


 世界なんて滅べばいい。

 愛沢ほのか、14歳。
 病室の窓から外の世界を見て、心の中でそう唱えるのが彼女の日課だった。

 幼い頃から病弱で、長期の入院と、一瞬の退院を繰り返す生活。
 友人たちとの学校生活も、家族での旅行も、何もない。
 ただただ時間を消費しているだけ。
 彼女にしてみれば、『生きること』は、死ぬまでの退屈な暇つぶしにすぎない。

 ――コンコン
 
 静かなノックの音とともに、母親が入ってくる。

「ほのか、今日は体調はどう?」
「……別に」

 目を合わせずに、外を見たまま返事をする。

「別にって、普段より良いとか悪いとか、何かあるでしょう」
「どうでもいいよ。アタシのことなんて」
「どうでもいいって……はあ。そんなんじゃ、手術はできないわね」

 母親は大げさにため息を吐く。
 手術の話をされるたびに、愛沢は苛立った。

 医者の話によると、成功率は五分五分。
 失敗すれば後遺症で、仮に上手くいっても、完治するとまでは言い切れない。
 そんな分の悪い賭けに乗る意味があるのか。
 愛沢は、その一歩を踏み出せないでいた。

 そんなある日、ダンジョン出現のニュースが流れた。
 世界が大混乱している。
 中には魔物が氾濫した場所もあり、壊滅的な被害を受けているらしい。
 不謹慎だが、愛沢は少しだけ胸が躍った。 

 そうだ、いいぞ。 
 こんなつまらない世界は壊れてしまえ。
 全部、全部、全部。

 だが、それから半年ほど経ったある日。
 テレビの特集で、『政府直属の特殊攻略部隊』なるものの、インタビュー映像が流れていた。
 何の気なしに視線をやると、そこには緊張した様子の少年が映っていた。
 歳は、自分と同じくらいだろうか。

『――えーっと、君がで合ってるかな?』
『……っス』

 少年は照れくさそうに視線を逸らしつつ、ぶっきらぼうな返事をした。
 英雄、ときた。
 随分たいそうな異名だな、と愛沢は冷笑した。

『じゃあ早速ダンジョン攻略について聞かせて欲しいんだけど……ぶっちゃけ、怖くないのかな? ホラ、ダンジョンって魔物がたくさんいるし、何が起こるかわからないでしょ?』
『……怖くないっス。確かに危険が多いスけど、自分が頑張れば、誰かが救われるんで……っス』

 ガツン。
 巨大な金属ハンマーで、頭を思いっきりぶっ叩かれたようだった。
 
 自分と変わらない年代の子が、世界を守るために戦っている。
 見ず知らずの誰かを救うために。
 危険と隣り合わせの場所で。
 
 それだけでも衝撃的だったのに、そんな彼の放った言葉は、もはや愛沢にとって青天の霹靂へきれきであった。
 ぶっきらぼうで不器用で、信じられないくらい真っすぐで。
 彼とは真反対の捻くれきった愛沢の心に、深く深く突き刺さった。

 病室という安全な空間で、のほほんと毎日を空虚に過ごしながら、世界に向かって悪態をつく。
 そんな自分が恥ずかしくなると同時に、画面の向こうの彼に強く憧れた。
 英雄とは、まさにその通り。

「――ほのか、入るわよー。……今日は体調はどう?」

 母親がベッドの脇まで歩いてきた。
 
「……っす」
「え?」
 
 問い返す母親の方へ、愛沢は視線を向ける。
 何年かぶりに、しっかりと見つめ合った気がした。

「……アタシ、手術受けるっす!」

 愛沢ほのか、14歳。
 彼女の人生は、その瞬間から一変した――。



------



「――で、手術は成功。しばらくリハビリして、ちゃんと高校も卒業して……それで、ダンジョン配信に関わる仕事がしたくて、この会社に入ったっす」
「で、俺がいたって?」

 自分のことを指さすと、愛沢は力強くうなずいた。

「そっす。最初はほんとにびっくりしたっす。たまたま入った会社に憧れの人がいるとか、漫画みたいじゃないっすか」
「……そんな都合のいい話あるか?」

 半ば呆れて言うと、愛沢は唇を尖らせる。

「あるんすよ。事実っすから」

 そして、少しだけ真面目な顔になる。

「すぐ分かったっす。あの時の『英雄』だって。テレビで見た時より大人になってたっすけど……ずっと想ってた人っすから」

 愛沢は少し照れくさそうに頭をかく。
 俺は気まずくなって、視線を逸らした。

「でも先輩は、アタシのイメージの中の『英雄』とは違ってて……だから、聞けなかったっす。何かあったのは、明らかだったっすから」
「……そうか」

 それしか言えなかった。

「でも、もう最後かもしれないっすから。正直に言えてよかったっす」

 愛沢は小さく笑った。

「先輩はダンジョン配信が嫌いっすけど、アタシみたいに、それで救われた人間もいるっす。……ていうか、アタシは先輩に救われたっす」

 10年前の、もう言ったかどうかすら定かでない自分の言葉。
 『自分が頑張れば、どこかで誰かが救われる』。
 そのが、目の前にいる。

「何をそんなにウジウジしてるか知らないっすけど、もっと自信持ってくださいっす。きっとアタシ以外にも、先輩に救われた人間はたくさんいるっすから」

 愛沢はそう言うと、笑ってわざとらしく肩をすくめた。
 
 俺は、ダンジョンが怖い。
 また目の前で、誰かが死ぬのが怖い。
 何もできない自分と向き合うのが、何より怖い。
 だが、それでも。

「……愛沢、ありがとう」

 両手で肩を掴むと、彼女の体がびくりと跳ねた。

「っ! はひっす」
「俺は……」
「は、はい」
「……ダンジョンに行く」
「はいっ! ……はい?」

 愛沢は間の抜けた声をあげる。
 俺はテレビに視線を向けた。
 赤黒く脈打つ巨大なゲートは、膨張と収縮を繰り返している。

「ずっと悩んでたんだ。行っても何もできないんじゃないか、足を引っ張るだけなんじゃないかっ。でも、本当は違う。俺は怖くて逃げてただけなんだ」

 かつての攻略部隊の仲間の顔。
 そして、香奈の笑顔がよぎる。

「だけど、そんな俺でも救える人がいる。それをお前に教えられた」
「は、はあ……」
「ありがとう。俺はあそこに行く」

 愛沢はしばらく俺を見つめ、それからわざとらしく目を細めた。

「……へーっす」
「何だよ、その顔」
「いや、別にっす。最後に告白して世界滅亡両想いエンドでエモエモな終わりを迎えられるかもって一瞬でも思ったアタシが馬鹿だったっす」
「えもえ……何だって?」

 意味が分からない。

「まあ、今はいい。それより一刻も早く準備を――」

『――ドォォォオオン!』

 爆音が部屋を震わせた。
 テレビの空撮映像が大きく揺れる。
 カメラが必死に焦点を合わせた先、ゲートが裂けるように広がっていた。
 
 次の瞬間、黒い奔流が溢れ出す。
 見たことも無いような、禍々しい魔物の大群。
 地面を埋め尽くしながら、波のように広がっていく。

『ああ、皆さん。世界は、世界はどうなってしまうのでしょうか。神よ、どうか救いたまえ――』

 リポーターの声が震えている。
 俺はその光景を見つめたまま、乾いた声で呟いた。

「……まじか」
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