ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第3章 ダンジョン嫌いニキ、英雄になる

第30話 やるしかない

 紫の光の中を抜けた瞬間、耳をつんざく爆音が鼓膜を叩いた。
 次いで押し寄せる熱風に焦げた匂い。
 目の前いっぱいに広がる魔物の群れ。
 そして、むせかえりそうになるほど高濃度の魔力。

「……は?」

 一瞬だけ思考が止まるが、すぐに「そりゃそうだ」と思い直す。
 ゲートに入ったんだから、出るのもゲートだ。
 そしてここにあるのは、ダンジョンの入口ゲートだけ。
 つまり俺は今、米軍と交戦中の魔物群の、本陣ど真ん中に出てきたってわけだ。

「とんでもないな、コイツら」

 周囲を見回す。
 四方八方、異形だらけ。
 牙を剥く獣型、巨大な外殻を持つ虫型、腕が異様に長い人型。
 姿形の異なる魔物群だが、いずれの個体も恐ろしい濃度の魔力を放っている。

「……アリス、状況は」
『はい。魔力検知の結果、非常に不利な状況です。前方・約230メートル先に米軍と魔物群の戦線が敷かれていますが、人間側の魔力反応が急速に減少しています』
「だよなあ。何とかできないか?」

 半分やけになりながら、無茶ぶりをする。
 数秒後、静かにアリスは発声した。

『――アリス・オフライン』
「おい! 逃げるな!」
『冗談です。マスターの緊張緩和を試みました』
「緊張なんてしてねえよ」

 手を確認する。
 ――震えてない。

 深呼吸をする。
 ――肺に空気が満たされる。
 
 大丈夫。
 実際に戦場へ降り立っても、症状は出ていない。
 あとは、どれだけやれるか、だ。

 そうこうしている間に、魔物たちがこちらに気づく。
 ギロリ、と複数の視線が突き刺さった。
 新手の獲物だと、ようやく理解したらしい。

 前方には強力な魔物の群れ。
 後方にはダンジョンゲート。
 ぼさっとしてたら、魔物どもの第二陣が背後のゲートから現れるかもしれない。
 
 つまり――

「――やるしかないってことだ!」

 叫び、腰の一対の短剣を抜く。
 魔力を込めると、刀身が淡く緑に光った。

「ウガァァアアアアアアッ!」

 最初に突っ込んできたのは、四本腕の巨体だった。
 その体はまさに巨岩。
 全身の筋肉がはち切れそうなほど隆起し、それぞれの腕が鉄骨のような棍棒状に変形している。

 ――ゴオッ!

「っ!」

 神速の横薙ぎが迫る。
 地面を蹴って横方向に転がり、紙一重でかわす。
 足元が爆ぜ、地面が砕け散る。
 そして息つく間もなく二撃目が振り下ろされる。
 俺は前に出た。
 狙いは懐。
 巨体の死角に潜り込み、右の短剣を腹部に突き立てる……が。

「硬い……!」

 刀身の三分の一ほどで止まった。
 まるで分厚い岩盤にでも突き当たったかのように、それ以上一ミリも入っていかない。

「ウガァ……」

 四本腕の化け物が、低く唸った。
 次の瞬間、視界が横殴りに弾け飛ぶ。
 肘打ちだった。
 鉄塊のような腕の一つが、至近距離から叩き込まれる。
 とっさに前腕で受けたが、衝撃は殺しきれない。
 骨の芯まで響く鈍い振動が走り、肩の関節が軋んだ。

「ぐっ……」

 息が漏れる。
 弾かれるように後退し、砕けた地面を靴底で削りながら距離を取る。
 肺が荒く空気を求めるが、吸い込む余裕はない。
 目の前では四本の腕が持ち上がり、攻撃の助走を終えているからだ。

 右から横薙ぎ。
 左から袈裟。
 頭上から叩きつけ。
 そして足元を払う低い一撃。

 必死に身体を捻って何とかしのぐが、逃げ場がどんどん潰されていく。
 全部は避けられない。
 このまま受けに回っていれば、いずれ活路は潰える。

 ――なら、無理やりこじ開けるしかない。

「うおおおおおっ!」

 俺は強く踏み込んだ。
 横薙ぎの攻撃の内側、わずかな空間へ身体を滑りこませる。
 結果として左肩を差し出す形になり、衝撃が襲ってきた。

 肉が裂ける感触。
 熱い血が一気に噴き出し、インナースーツの内側を伝っていく。
 だが、そんなものは承知のうえだ。

 肉を切らせて潜り込んだ敵の懐。
 攻めるなら今しかない。
 全身の魔力を両手の刃へと流し込む。
 心臓の鼓動と魔力の脈動を同調させる。
 バクバクと早鐘を鳴らし、ポンプのように魔力を汲んで身体に送る。

「――はあああああっ!」

 地面を強く蹴り、高く跳躍する。
 身体を半回転させながら、両手の短剣を交差させる。

 狙いは、敵の首筋。
 丸太のようなサイズのそこへ、全体重と魔力を乗せて叩き込む。

 鈍い衝突音が響いた。
 刃が弾かれたかと思うほどの抵抗。
 しかし次の瞬間、皮膚が裂け、肉に食い込んでいく感触がはっきりと伝わる。

 刃が肉を裂き、骨を削り、奥へ、奥へと沈んでいく。
 手首が軋んでも押し込むのをやめない。 
 そして、喉奥を貫いた。

「――バァアアアアアアアアッ!!」

 四本腕の化け物が、空気を震わせる絶叫を上げる。
 耳鳴りがするほどの咆哮と共に、喉の切り口から黒い血が吹き上がる。
 やがて巨体が崩れ落ち、地面が揺れた。
 砂煙が立ち込める中に俺も降り立って、その場で膝をつく。

「……っ、はぁ……はぁ……」

 肺が焼けるように熱い。
 心臓が肋骨を内側から叩いている。
 握った短剣がわずかに震えているのが、自分でもわかる。
 これは心理的なものではない。
 握力が悲鳴をあげているのだ。

「たった一体でこれか……」

 全盛期なら、ここまで息は上がらなかった。
 もっと滑らかに、もっと正確に、もっと無駄なく仕留められたはずだ。
 だが、約10年のブランクが俺の身体を確実に蝕んでいた。

『マスター、次が来ます』
「だよなあ……」

 休む時間は与えられないらしい。
 視界の端で、次の異形の影が蠢く。
 俺は自らを鼓舞するように大きく息を吐き、視線を上げた。
 
 まず目に入ったのは、滑空するワシのように広げられた大きな翼。
 次いでライオンのように鋭く尖った牙と爪。
 そして毒々しい光を帯びる、ヘビのようにうねった尾。
 まさに、捕食者の合成獣キメラだ。

「キシャアアアアアアアッ!」
「くっ……!」

 咆哮と同時に、地面が爆ぜた。
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