ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第3章 ダンジョン嫌いニキ、英雄になる

第34話 ダンジョン嫌いニキ、英雄になる

 ――羽生田社長。

 理解した瞬間、胸の奥が冷えた。
 社長が俺を突き飛ばし、割って入った。
 斧を振り下ろそうとしている牛頭の魔物と、俺のあいだに。
 つまり彼女は、身代わりになろうとしている。

 ……またか。またなのか。
 俺はまた、仲間を見殺しにするのか。
 また、大切な人を守れないのか。
 また、周りの人間を不幸にするのか。
 心のどこかで、冷たい声が囁く。

 しかし同時に、全く逆の感情が沸き起こる。

 ――嫌だ。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。
 仲間が死ぬ光景も。
 手を伸ばしても届かない絶望も。
 自分だけ生き残ったあの地獄も。

 全部、もう嫌だ。

 そう心の中で叫んだ時、頭の奥で何かが弾けた。
 ずっと頭の中にかかっていた、重たいもや
 それが、ふっと晴れる。

 ああ。今なら、やれる。

 俺は静かに息を吸い、そして吐いた。


「――断絶の刻ディメンション・ブレイク


 唱えた瞬間、

 音が消える。
 風も、舞う砂埃も、空気の流れも。
 すべてが凍りついたみたいに動かない。

 牛頭によって振り下ろされかけた斧。
 どこか満足げに微笑む社長の顔。
 全部、写真に切り取ったみたいに止まっている。

 これが、俺の魔法――断絶の刻ディメンション・ブレイク

 この世界の時間を、三秒だけ止める。
 たった三秒だが、それで十分だ。
 一気にカタを付ける。

「三……!」

 俺は体勢を立て直す。
 そして思い切り地面を蹴った。
 一瞬で加速。

「二……」

 頭のすぐ上に斧が迫っている羽生田社長。
 その身体を抱き寄せ、斧の軌道から外れる。
 救出、完了。

「一……」

 その場から離れながら、牛頭の首へ短剣を一閃。
 刃が肉を断つ感触。
 抵抗はほとんどない。

 そのまま距離を取る。
 そして心の中で、数える。

 ……ゼロ。

 世界が、動き出した。
 まず戻ってくるのは音。
 戦場のあちこちで怒号と悲鳴と戦闘音が響く。
 そして頬に当たる風が、肉の焼ける臭いと硝煙の匂いを運んでくる。
 そんな戦場のさなかで、俺は社長を抱きかかえていた。

「……く、黒野くん……まさか……」

 腕の中で、社長が呟く。
 どうやら気づいたらしい。
 俺が、完全にことを。

「――お待たせしました。もう、大丈夫です」

 自然と、そんな言葉が出た。
 状況は何も変わっていない。
 魔物はまだ大量にいる。
 戦況だって、楽じゃない。
 それでも、こんな奴らに負ける気はしなかった。

 ズズゥン……。

 背後で重たい音がする。
 振り向かなくてもわかる。
 さっきの牛頭の首が落ちた音だ。

 さて、次にやることは……。
 俺は腕の中の社長を見た。

「社長を持ち場に戻すことですね」
「ふえ?」
「しっかり捕まっててください」

 足に魔力を込める。

「えっ、ちょ、待っ――」

 その言葉を最後まで聞く前に、地面を蹴った。
 全速力。
 景色が一気に流れる。
 前方には、無数の魔物。
 その向こうからは、仲間たちの放つ魔力弾が飛び交っている。

 だが、今の俺の目には、その全てがスローモーションに映っていた。
 俺は身体を滑らせるように、最小限の動きで障害物をすり抜ける。
 そしてすれ違いざま、短剣を振るうことも忘れない。

 一閃。
 さらに一閃。
 切り裂く。
 また切り裂く。
 すれ違う魔物を斬りつけながら、一直線に駆け抜ける。

 気づけば、魔物の群れは既に背後になっていた。
 目の前に仲間たちの防衛線が現れ、その中へ滑り込む。
 そこで、ようやく足を止めた。

「立てますか?」
「え、ええ。ありがと……」

 社長を地面に下ろす。
 少しだけふらつくが、仲間がすぐに支えた。

「黒野くん……復活したのね」

 そう呟いた社長の声は、少しだけ震えていた。
 俺はその問いに答えずに、ゆっくりと振り向く。

 今さっき自分が駆け抜けてきた道。
 そこにいた魔物たちが、次々と煙を上げて崩れ落ちていく。
 すり抜けざまに斬り裂いた傷口から、身体が砂のように崩壊していく。
 まるで、遅れて死が追いついてきたみたいに。

 それを見て、自分の力が戻ってきたのだと確信した。
 先ほどまで逃げるしかなかった魔物の群れに、今なら正面から突っ込める。
 群れの中心を切り裂き、屍の山を築きながら突破できる。
 数分前は一ミリの傷すらつけられなかった牛頭の魔物も、今はもう首が落ちている。

 魔法が使えるようになった、というだけじゃない。
 全身を巡る魔力の出力も、制御も。
 どちらも、全盛期とほとんど変わらないレベルで発揮できている。

「な、なんだよ……お前……そういうことかよ……!」

 背後から、仲間の呆然とした声が聞こえる。
 そしてその後に、震える声が続く。

「お、俺たちの……が、戻って来たんだな……!!」

 仲間たちの方へ向き直る。
 皆、俺を見ていた。
 信じられないものを見るような顔。
 それでいて、その瞳の奥には確かな希望が宿っている。
 だから俺は、はっきりと言った。

「……待たせたな、皆」

 一瞬、戦場が静まり返った。
 そして次の瞬間――

「「「――お、おおおおおおおおおおっ!!」」」

 歓声が爆発した。
 絶望しかけていた空気が、一気にひっくり返る。
 戦場の士気が跳ね上がるのが肌でわかった。
 
「――で、水を差すようで悪いんだけど……俺、離脱するからな」
「「「はぁああああっ!?」」」

 隊員一同、声を合わせた見事なツッコミが返ってきた。

「一々驚きすぎだ」

 短剣を握り直す。
 刃に残る魔物の血が、ぽたりと地面に落ちた。

「俺はボスを倒しに行く」
「っ……」

 ここでいくら魔物を倒しても意味はない。
 ダンジョンのボスを討伐しない限り、魔物は無限に湧き続ける。
 このまま消耗戦になれば、分が悪いのはこっちだ。
 そのことは当然、皆も理解している。

「……そうか。そうだな」

 仲間の一人が小さく笑い、そして頷く。

「ここは俺たちに任せて、とっとと片付けてこい!」

 彼は、武骨な親指で背後のダンジョンを指した。

「ああ、ありが――」
「――行ってこい、英雄!!」

 バシン!
 別の仲間に背中を叩かれ、俺の感謝の言葉が遮られる。

「痛って……!」
「頼んだぞ!」

 ドカッ。
 振り向きざま、今度は横から肩を殴られる。

「お前がやられたら、もう後が無いんだからな!」

 ゲシッ。

「しっかりやって来いよ!」

 ボスッ。

「お前ならやれるぞ!!」

 べチンッ。

「お、お前らなあ……! 地味に痛いって!」

 背中に腹にケツ。
 次から次に檄を入れられる。
 一通りの暴力が終わったところで、俺はため息をついて肩を回した。

「じゃあ、行ってくる」

 そして社長を見る。

「……ここは頼みました」

 羽生田社長は、どんと胸を叩いた。

「こっちは何にも心配いらないわ!」

 涙を拭いながら、笑う。

「ぶっちめて来てちょうだい!」

 俺は小さく頷いた。

 そして、ダンジョンへ続くゲートへ足を踏み入れる。
 
 この戦いに、決着をつけるために。
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