ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第3章 ダンジョン嫌いニキ、英雄になる

第36話 最強の覚醒者たち

まえがき
 本話はルクシア視点で進みます。
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 ダンジョン、最奥。

 天井の高い空洞が、唸るような轟音に満ちていた。
 岩肌は黒く焼け、ところどころが溶けたように歪んでいる。
 床には幾重にも衝撃の跡が刻まれ、砕けた岩と魔力の残滓が霧のように漂っていた。
 長時間にわたり、激しい戦闘の舞台になっていることが見て取れる。

 そして中央の空間。
 そこに、巨影が立っている。
 三メートルをゆうに超える巨躯。
 鉄塊を削り出したかのような、黒い金属の鎧。
 背からは黒い棘のような突起が幾本も突き出し、不気味な影を床へ落としている。
 このダンジョンの守護者……つまり、ボスである。

 その巨体を取り囲むように、五人の人影が散開していた。
 『炎冠の女王』こと天城ルクシアは、そのうちの一人だ。

 両手で戦斧の柄を強く握り直し、肩で息をしながら巨影を睨みつける。
 重く長い刃を備えた大斧は、普通の兵士なら持ち上げることすら困難な代物だ。
 だが、常人の何千倍もの魔力を出力できる彼女にとっては、むしろ身体の延長のように馴染んでいる。

(もう、残り五人ですの……)

 心の中で呟く。
 世界中から選抜された、トップ配信者ストリーマー
 それぞれが軍一個分の戦力を持つと評される精鋭たちが、総勢六十余名。
 人類がこのダンジョンを踏破するために用意できる、文字通りの切り札だった。

 しかし、道中で魔物の巣に遭遇し、足止めのために半数が離脱した。
 残りのメンバーも、この腹立たしい程に強力なボスとの戦闘で次々と脱落し、いま立っているのは五人だけ。

 この部隊のリーダーである自分ルクシア
 雷を纏った槍を操る青年――『雷王』・シャザク。
 氷結魔法の使い手の女――『氷帝』・ミザリー。
 衝撃波を放てる大柄な男――『破壊神』・ドルマージ。
 そして回復魔法を扱う少女――『戦場の女神』・ニーニャ。

 いずれも世間でが囁かれる、とびっきりの猛者たちだ。
 しかしその顔には、明らかな疲労が浮かんでいた。

 雷王シャザクの両腕は焼けただれていた。
 高い威力を有する代わりに、自らにもダメージがある彼の魔法。
 本来なら一撃で魔物の群れを蒸発させる威力を持つそれを、何度も何度もボスにぶつけた代償だ。

 氷帝ミザリーは、ずっと足を引きずって戦っている。
 折れた骨を氷の魔法で繋ぐことで、辛うじて立っている状態だ。

 破壊神ドルマージも呼吸が荒く、放つ衝撃波の出力がだんだん弱まっている。
 戦場の女神ニーニャは顔色がひどく悪い。
 何度も瀕死の仲間を治療し続け、魔力が底をつきかけている。

 そしてルクシア自身も、決して余裕があるわけではなかった。
 額を流れる汗が頬を伝い、顎から滴り落ちる。
 それでも彼女の頭上では、炎の輪が煌々と光りながら、ゆっくり回転していた。
 赤く燃え盛る、王冠のような魔法。

 その名も、『獄炎の冠インフェルノ・ティアラ』。

 発動している限り、ルクシアの意思に反応して炎弾を撃ち出せる。
 この戦いでは、普段と違って巨大な爆発を起こすわけでも、戦場を焼き払うわけでもない。
 仲間へ向けられた、ボスからの致命的な攻撃に割り込み、火球を叩き込んで軌道を逸らす。
 つまり、仲間たちの生命線を担っていた。

「――右、下がって!」

 ルクシアが叫んだ。
 ほとんど反射だ。
 雷王の目の前で、ボスの腕が振り上げられたのが見えたからだ。

 ルクシアの頭上で炎の冠が閃く。
 火球が弾丸のように飛び、漆黒の巨腕に叩きつけられた。

 爆炎が迸り、赤い火の粉が散った。
 衝撃でボスの体がわずかにのけ反る。
 その隙に雷王が転がるように距離を取った。

「ハァ、ハァ……すまん、助かった」

 雷王は荒い息を吐きながら言う。
 ルクシアは答える余裕もなく、視線をボスへ向け続けた。

(本当に、神経がすり減りますわね……!)

 ボスの動き、仲間の位置、回避可能か、回避不能か。
 どこに炎弾を撃つべきか、あるいは自らも近接戦闘に参加するべきか。
 一瞬でも判断が遅れるか、もしくは誤れば、その度に誰かが死ぬ。
 それを、もう何時間も続けている。

 ルクシアは溜まった疲労を吐き出すように、大きなため息をついた。
 その時、爆煙の奥でボスが動く。
 重厚な鎧がこすれ合って、低い音を鳴らした。
 そして何事もなかったかのように、再び歩き出す。
 重い足音が鈍く響いた。

「効いてないって感じですわね……」

 ルクシアの胸の奥で、冷たい疑問がゆっくりと膨らむ。

 ダメージは通っているのだろうか、と。

 部隊の面々は、これまで強力な魔法を何度もさく裂させた。
 炎弾、雷撃、氷槍、衝撃波……。
 それなのに、ボスの動きはまったく鈍らない。
 全身を覆う黒の鎧には傷一つつかないし、内部への手応えもまるでない。

 本当に効いていないのか、やせ我慢がとびきり上手いだけなのか、分からない。
 そして、その「分からない」という事実こそが何より恐ろしい。
 しかし、ルクシアはその不安を表情の奥に押し込めた。
 代わりに、努めて明るい声を出す。

「皆さん、きっともうすぐですわ! わたくしたちは、世界の英雄になるんですのよ!」

 恐怖や疑念は動きを鈍らせる。
 だからこそ、誰かが部隊の精神的な支柱にならなければならない。
 今その役目を背負っているのはルクシアだった。
 だが、いくら士気を高めようとも、体力的な限界はやがて訪れる。

「る、ルクシアさ……私、もう……」
「ニーニャさん!?」

 戦場の女神・ニーニャがその場に崩れ落ちた。
 彼女は世界でも稀な、回復魔法持ちである。
 現状、最も脱落してほしくない存在だった。
 ルクシアは慌てて彼女のもとへ駆け寄る。

 ――ガチャ。
 
 その時、ボスがわずかに腰を落とし、鎧の擦れる音が響いた。
 ダンジョンの空気が変わり、嫌な予感が背筋を走る。

「……っ」

 次の瞬間。
 巨体が力強く踏み込んだ。
 地面が砕け、岩片が弾け飛ぶ。

(今までよりも、ずっと速いっ……!?)

 一直線。
 狙いは――自分ルクシアだ。

「はぁああああっ!」

 反射的に炎弾を撃つ。
 火球が連続して放たれ、次々と巨体へ叩きつけられる。
 炎が弾け、熱風と爆音が空間を揺らす。
 
 だが、ボスは止まらない。

「この……!」

 二者の距離が一瞬で詰まった。
 ボスの巨腕が振り上げられる。
 その速度と質量を、これから自分が受けるであろう攻撃の威力を、ルクシアは本能で理解した。

 ――死ぬ。

 そう思った瞬間。
 甲高い金属音が洞窟に響いた。

 ガキィンッ!!

 振り下ろされるはずだった腕が、途中で止まっている。
 ルクシアの目の前には、いつ現れたのか、人影が立っていた。

 ボスの鎧と同じ色、真っ黒な戦闘用スーツ。
 片手に握られた短剣が、ボスの腕を受け止めている。
 その刃は緑色の魔力光を淡く帯びていた。

 巨大な腕と、小さな短剣。
 どう見ても釣り合わない光景。
 それでも攻撃は、完全に止まっている。

 ルクシアは息を呑んだ。
 男が、ゆっくり振り返る。
 見覚えのある顔。
 吸い込まれそうな、黒い瞳。

「あ、あなた……まさか……」

 声が震える。
 その名が、自然と口からこぼれた。

「――黒野、凍希……!?」

 まるで、かのように。

 彼は悠然と、ボスの攻撃を受け止めていた。
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