ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

文字の大きさ
41 / 46
第3章 ダンジョン嫌いニキ、英雄になる

第39話 まだ戦れるぞ

 煙の奥から巨大な影が現れる。

 細身の黒い鎧を身に纏った上半身。
 だが顔面はむき出しで、皮膚は黒く、目は赤く光っている。
 まるで悪魔を具現化したような顔だ。

 肩から先は、人間の腕ではない。
 触手のように何本も分かれ、うねりながら空中を這っている。

 下半身は巨大な蜘蛛。
 長い胴体の左右から、無数の鋭い脚が伸びていた。

 そして尻にはサソリのように反り返った尾。
 先端の針が不気味に揺れ、毒々しい色の液体を垂らしている。

 見たこともない化け物だった。

「そ、そんな……形態変化だなんて……」

 ルクシアが呟く。
 俺は唇を噛んだ。
 最強のボスに、まだ先があったのだ。

 怪物はゆっくりと宙から降りてくる。
 蜘蛛の脚が床石へ触れ、軽い音を立てた。
 その瞬間、俺は叫ぶ。

「――来っ」

 来るぞ。
 そう言い終わる前だった。
 目の前に、既に化け物の姿があった。

 速すぎる。
 反応が間に合わない。
 触手のような腕が横殴りに振り抜かれる。
 俺は咄嗟に腕を上げてガードした。

 ――ドォン!

 身体ごと吹き飛ばされた。
 視界が回る。
 空気が肺から押し出される。
 次の瞬間、背中に凄まじい衝撃。
 どうやら壁に叩きつけられたらしい。
 だらりと崩れ落ちながら、なんとか顔を上げる。

 その視界の中で、怪物が超高速で移動した。
 次の瞬間、ルクシアたちのいる位置に影が現れる。

 一撃。

 轟音が鳴り響く。

 二撃。

 洞窟の壁が震える。

 三撃。

 地面が揺れる。

 四撃。
 
 衝撃波とともに、砂埃が舞い上がった。

「……ば、ばけもの、め……」

 俺は壁にもたれながら、かすれた声で呟く。
 ルクシアたち四人に対し、きっかり四発。
 その場にはもう、誰も立ってはいなかった。

 勝てない。
 勝てるわけがない。
 先ほどまでの状態ですら、ぎりぎりだった。
 それがさらに力を増している。
 人間が勝てる相手じゃない。
 さっきまでは、頑張ればそこそこ戦うことができた。
 
 だが、今は違う。
 完全に相手の方が格上だ。

 俺の魔法、『断絶の刻ディメンション・ブレイク』の使用回数はあと一度残っている。
 それで時間を止めることはできる。
 が、しかし。そんなことは何の足しにもならない。
 
 止めたところで、いったい何ができるのか。
 攻撃するにしても、たった三秒で奴を倒しきれる気がしない。
 つまり、ここから俺たちが勝利できる確率は……限りなくゼロに近い。

 ――だが、それでも。

「う、おおっ……」

 俺は歯を食いしばり、身体を起こした。
 全身が痛む。
 さっきの一撃で、骨の何本かはやられているかもしれない。

 だが、そんなものは関係ない。

 世界中の人間が俺たちの勝利を望んでいる。
 外では羽生田社長や仲間たちが必死に戦っている。
 愛沢が、帰りを信じて待っている。

 ……そして、今は亡き恋人香奈も。

 俺が生きているのは、彼女に生かされたのは、きっとこの時のためだ。

 諦めるな。
 最後まで戦うんだ。

 自分で自分を鼓舞しながら、ふらつく足で一歩踏み出す。
 視界が大きく揺れる。
 血が目に入って、世界が赤く滲んだ。

 それでも前へ進む。
 床に落ちていた二本の短剣を拾い上げる。
 それぞれ逆手に握り、胸の前まで持ち上げる。

「まだれるぞ……!」

 俺は構えた。
 命を賭したファイティングポーズ。
 怪物は無表情のまま、首をわずかに傾けた。
 まるで理解できない生き物を見るように。
 そのときだった。


『――解析が完了しました』


 耳元で、機械音声が響いた。

「あ、アリス……?」

 思わず声が漏れる。

『頭部・バフォメットデーモン、上体部・ブラックデュラハン、腕部・アラクネテンタクル、下半身・ナイトメアスパイダー、尾部・デススコーピオン……』

 挙げられた魔物の名前群を聞いた瞬間、俺は理解した。

「こいつ、魔物の集合体なのか……!」

 もちろん、動きの速度や肉体の強度は先に挙げられた魔物たちとは段違いだ。
 だが、各部位の機能はまるで同じ。
 それぞれの特徴的な部位を限界まで強化して、無理やり一つにまとめた化け物。

『以上が解析結果です』
「……で、戦闘のナビゲートをしてくれるって?」
『いいえ、私の性能ではこの敵の速度についていくことはできません』
 
 アリスはそこで区切り、淡々と続ける。

『ですが、その限りでないのでは?』
「っ……そういうことか」

 アリスが言わんとしていることが、わかった。
 自己申告の通り、今のアリスの性能では、このボスの動きについていくことができない。
 仮にアリスの演算が間に合ったとしても、言葉にして伝達するまでに敵は攻撃を放ってくるだろう。
 だから、アリスはこう言いたいんだ。
 
んだな?」
『はい。私の製作のため、長年にわたりあらゆる魔物の動きを解析してきたマスターであれば……勝機は十二分にあるかと』

 俺の脳の奥で何かが噛み合った。
 正面からまともにり合えば、確実に後れを取る。
 だがしかし、相手が次に何をしてくるのかが分かればついて行ける。
 ……いや、ついて行けるどころじゃない。

 俺はゆっくりと息を吐き、顔を上げる。
 怪物が無感情な瞳でこちらを見ていた。
 次の瞬間、高速で迫ってくる。

 俺は目をかっ開いた。
 奴の一挙手一投足を逃さない。
 攻撃のを確実に捉えろ。

 触手の腕がうねる。
 蜘蛛の脚がわずかに沈む。
 尻尾が空中で揺れる……不自然に。

 中枢神経に超高速のパルスが走る。
 脳内に蓄積された無数の魔物のデータから、奴の尾――デススコーピオンの動きをサーチする。
 そして、見つけた。

 俺は一歩だけ横へずれた。
 そして奴が来るであろう位置に拳を置く。

 次の瞬間、さっきまで俺が立っていた場所を尾の針が一直線に貫く。
 岩床が砕けたが、そこに俺はいない。
 すでに攻撃の射線から外れている。

 ドカン!

 鈍い衝撃音。
 俺の拳が怪物の腹にめり込んでいた。
 そのまま力強く振り抜くと、怪物は押されて数歩後退する。

 赤い目がぐらりと揺れる。
 奴の無機質な瞳に、初めて感情らしき動きが宿った。

 その手応えを感じながら、俺は確信した。

 ――勝てる。
感想 0

あなたにおすすめの小説

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばす 規格外ダンジョンに住んでいるので、無自覚に最強でした

むらくも航
ファンタジー
旧題:ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~ Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

私を人間界へ連れてって ~シンギュラリティ美少女がダンジョンから出てきたら、世界がゲシュタルト崩壊しました~

よっちゃ
ファンタジー
【完結済作品】「私を人間界に連れて行って」その一言から始まる超越的な美少女と人間社会の交流。 配信ドローンが映し出すのは、ラーメン屋、コンビニ、カラオケ、温泉旅館などの日常と、そして異世界新幹線が結ぶ異世界との交流――。 十五年前、突如出現したダンジョンは世界の日常となった。 人気ダンジョン配信者・望月レンは探索中の事故で未知の階層へと転移してしまう。 そこで彼が出会ったのは、S級モンスターを一言で沈ませる、銀髪の超美少女だった。 シンギュラリティ美少女と行く、ノンフィクションドキュメンタリーの開幕。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【番外編】追加しました。連休のスキマ時間でぜひお楽しみください! 【5話ごとのサクッと読める構成です!】 本編 全60話 完結しました。読者の皆様ありがとうございます!お気に入り登録、ハート、コメント、とても励みになります♪ ─あらすじ─ 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

その土竜は己の爪を「鋭くない」と隠す ~臆病者の東京ダンジョン探索記

C@CO
ファンタジー
 推しアイドルで亡き親友の妹と再会した時、変わり映えしない日常はきしみ音を立てながら変わり始める。  「底辺ダンジョン配信者」。同時視聴者数0。これまでのアクセス数の最高は2桁。石引伸忠が行うダンジョン配信の結果である。  でも、見方を変えれば、「自由なソロ探索者、猫(ヤマネコ型モンスター)付き」でもある。パーティメンバーに邪魔されずに、気ままにダンジョンに潜り、地上に戻れば、行きつけの居酒屋で一杯ひっかけ、美味い料理に舌鼓を打つ。それと、アイドルへの推し活をする日々。  一方で、過去のハラスメントの記憶に悩まされ続けてもいる。  ならば、彼は何者なのか? 「底辺ダンジョン配信者」なのか。「自由な探索者」なのか。それとも……。 * 全23話です。 カクヨムと小説家になろうにも投稿しています。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!