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第20話 出撃準備
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朝の陽ざしが、宿屋の窓から差し込んでいた。
いつもより早く目が覚めて、落ち着かない。
顔を洗って、鏡の前へ。
昨日の夜、慌ててドレイク支部長に借りたスーツを持ってくる。
「支部長の服、サイズ合わないだろって思ってたけど……結構ぴったりじゃないか」
なんでこんな服持ってたんだろう。
そんなことを考えながら、スーツに袖を通した。
……しかし、そこで行き詰まる。
「ネクタイって、どうつければいいんだ……?」
どう結んでもねじれる。
首を締め上げられているような気分だ。
襟も裏返ってるし、髪も寝ぐせで跳ねている。
そうこうしているうちに、時刻はもう昼前に。
戦闘準備よりも時間がかかっているのはどういうことだ。
もう何もかもを投げ出してしまおうか、と思ったその時。
コンコン、とノックの音。
「ランドー、入るわよー」
言葉とほぼ同時に扉が開けられる。
そこにはリュミナが立っていた。
部屋の中を見回し、俺を見つけると、呆れたように溜め息を一つ。
「やっぱり。絶対こうなってると思った」
「……こう、とは?」
「もう、ほら! ネクタイ逆さだし、髪ボサボサだし! どーすんのそんなんで!」
「い……いや、違う。俺も頑張ったんだけど……不慣れで……」
「はいはい、わかったからこっち来て!」
有無を言わせずリュミナの方へ引っぱり寄せられた。
器用な手つきで、リュミナは俺のネクタイを結び直してくれる。
動きに無駄がない。ひと結び、ふた結び。数秒で形が整っていく。
「はい、できた」
手を離すと、鏡の中の俺の首元がようやくまともになっていた。
「おお……すごいな。俺なんか、朝からずっとやってたのに」
「朝から!? もう、最初っから私呼べばよかったのに!」
呆れ半分、笑い半分でため息をつく。
俺は苦笑いしながら、頬をかいた。
「悪いな。助かったよ」
「謝らなくていいってば。……よし、じゃあ急いで準備しましょ」
「いや、もう大丈夫だ。これで十分だろ」
「何言ってんのよ。むしろここからでしょ?」
「ここから?」
リュミナは両手を腰に当て、きっと目じりを吊り上げる。
「今から、私によるエスコート講座を開講します!」
「エスコート……講座?」
「そう! デートのエスコート!」
「ふ、普通に食事するだけじゃダメなのか?」
「ダメよ!」
食い気味の即答に、俺は思わずのけぞる。
何を言い出すんだと思ったが、彼女の勢いは止められそうもない。
「ランドはマリアさんよりずっと年上なんだから、しっかり引っ張って大人の余裕を見せなきゃ!」
「す、すっごく年上って……そんなに離れてるかな」
「はい、離れてます!」
断言された。容赦ない。
「じゃあまずは、待ち合わせ場所でマリアさんと会ったとき。最初に何て言う?」
「え? ええと……『こんにちは』かな」
「はあぁぁぁ……? あっっっっっりえない」
わざとらしく項垂れ、こめかみを抑えるリュミナ。
「いい? まず女性と会ったら、最初に褒めるの!」
ぐいっと人差し指を突きつけられる。
俺は反射的に「はいっ」と答えて背筋を伸ばした。
「髪型でもアクセサリーでも服装でも、何でもいいわ! とにかくしっかり褒めるの!」
「ほ、褒めるんだな……わかった」
「そう! 会った瞬間よ? 恥ずかしがったら負けだからね!」
勝負のように拳を握りしめるリュミナ。
俺はただ圧倒されながらうなずくしかなかった。
「次! お店とか入る時は、ちゃんとドアを開けてあげること!」
「ドアを開ける。なるほど」
「あと歩く時は半歩前!」
「半歩……? 微妙だな。前を歩く、じゃダメなのか?」
「ダメ!! 護衛じゃないんだから! ランドがするのはエスコート! ここ、大事なとこ!」
「お、おう……すまん。エスコートだな」
「そう。半歩前に出て女性へ進行方向を示しながら、でも離れ過ぎないように適度な距離をキープすること!」
「……む、難しいな」
「当たり前でしょ! 恋愛は簡単じゃないの!」
リュミナは腰に手を当て、えっへんと胸を張った。
完全に教師モードである。
「あとね、会話中はちゃんと相づちを! 『へぇ』とか『そうなんだ』ばっかりはアウト! 感想を添えて共感をすること!」
「……お、おう」
「はい、復唱!」
「ええと……褒める、半歩前、ドアを開ける……そして感想と共感……」
「うんうん、いい調子! これでランドも立派なジェントルマンね!」
腕を組んで力強くうなずくリュミナ。
「そんな簡単に名乗っていいもんなのか?」
「努力と勢いでどうにかなるの!」
リュミナはにやりと笑い、親指を立てた。
どこかで鐘が鳴る。まるで、出陣前の合図のように。
「さ、そろそろ時間ね! 心の準備はOK?」
俺は鏡の中の自分を見た。
少しだけオーバーサイズな服に、やけに真剣な顔。
今日は、普段とはまた違った種類の戦場に行く男の顔だ。
「リュミナ、色々ありがとな」
「うん! 健闘を祈る!」
リュミナがにやりと口角を上げて、軽く拳を突き出す。
俺も笑って拳を出して、コツンと合わせた。
「はは……頑張ってくるよ」
――さて。
ランド・バーナード、三十七歳。
初めての『青春』の、始まりだ。
いつもより早く目が覚めて、落ち着かない。
顔を洗って、鏡の前へ。
昨日の夜、慌ててドレイク支部長に借りたスーツを持ってくる。
「支部長の服、サイズ合わないだろって思ってたけど……結構ぴったりじゃないか」
なんでこんな服持ってたんだろう。
そんなことを考えながら、スーツに袖を通した。
……しかし、そこで行き詰まる。
「ネクタイって、どうつければいいんだ……?」
どう結んでもねじれる。
首を締め上げられているような気分だ。
襟も裏返ってるし、髪も寝ぐせで跳ねている。
そうこうしているうちに、時刻はもう昼前に。
戦闘準備よりも時間がかかっているのはどういうことだ。
もう何もかもを投げ出してしまおうか、と思ったその時。
コンコン、とノックの音。
「ランドー、入るわよー」
言葉とほぼ同時に扉が開けられる。
そこにはリュミナが立っていた。
部屋の中を見回し、俺を見つけると、呆れたように溜め息を一つ。
「やっぱり。絶対こうなってると思った」
「……こう、とは?」
「もう、ほら! ネクタイ逆さだし、髪ボサボサだし! どーすんのそんなんで!」
「い……いや、違う。俺も頑張ったんだけど……不慣れで……」
「はいはい、わかったからこっち来て!」
有無を言わせずリュミナの方へ引っぱり寄せられた。
器用な手つきで、リュミナは俺のネクタイを結び直してくれる。
動きに無駄がない。ひと結び、ふた結び。数秒で形が整っていく。
「はい、できた」
手を離すと、鏡の中の俺の首元がようやくまともになっていた。
「おお……すごいな。俺なんか、朝からずっとやってたのに」
「朝から!? もう、最初っから私呼べばよかったのに!」
呆れ半分、笑い半分でため息をつく。
俺は苦笑いしながら、頬をかいた。
「悪いな。助かったよ」
「謝らなくていいってば。……よし、じゃあ急いで準備しましょ」
「いや、もう大丈夫だ。これで十分だろ」
「何言ってんのよ。むしろここからでしょ?」
「ここから?」
リュミナは両手を腰に当て、きっと目じりを吊り上げる。
「今から、私によるエスコート講座を開講します!」
「エスコート……講座?」
「そう! デートのエスコート!」
「ふ、普通に食事するだけじゃダメなのか?」
「ダメよ!」
食い気味の即答に、俺は思わずのけぞる。
何を言い出すんだと思ったが、彼女の勢いは止められそうもない。
「ランドはマリアさんよりずっと年上なんだから、しっかり引っ張って大人の余裕を見せなきゃ!」
「す、すっごく年上って……そんなに離れてるかな」
「はい、離れてます!」
断言された。容赦ない。
「じゃあまずは、待ち合わせ場所でマリアさんと会ったとき。最初に何て言う?」
「え? ええと……『こんにちは』かな」
「はあぁぁぁ……? あっっっっっりえない」
わざとらしく項垂れ、こめかみを抑えるリュミナ。
「いい? まず女性と会ったら、最初に褒めるの!」
ぐいっと人差し指を突きつけられる。
俺は反射的に「はいっ」と答えて背筋を伸ばした。
「髪型でもアクセサリーでも服装でも、何でもいいわ! とにかくしっかり褒めるの!」
「ほ、褒めるんだな……わかった」
「そう! 会った瞬間よ? 恥ずかしがったら負けだからね!」
勝負のように拳を握りしめるリュミナ。
俺はただ圧倒されながらうなずくしかなかった。
「次! お店とか入る時は、ちゃんとドアを開けてあげること!」
「ドアを開ける。なるほど」
「あと歩く時は半歩前!」
「半歩……? 微妙だな。前を歩く、じゃダメなのか?」
「ダメ!! 護衛じゃないんだから! ランドがするのはエスコート! ここ、大事なとこ!」
「お、おう……すまん。エスコートだな」
「そう。半歩前に出て女性へ進行方向を示しながら、でも離れ過ぎないように適度な距離をキープすること!」
「……む、難しいな」
「当たり前でしょ! 恋愛は簡単じゃないの!」
リュミナは腰に手を当て、えっへんと胸を張った。
完全に教師モードである。
「あとね、会話中はちゃんと相づちを! 『へぇ』とか『そうなんだ』ばっかりはアウト! 感想を添えて共感をすること!」
「……お、おう」
「はい、復唱!」
「ええと……褒める、半歩前、ドアを開ける……そして感想と共感……」
「うんうん、いい調子! これでランドも立派なジェントルマンね!」
腕を組んで力強くうなずくリュミナ。
「そんな簡単に名乗っていいもんなのか?」
「努力と勢いでどうにかなるの!」
リュミナはにやりと笑い、親指を立てた。
どこかで鐘が鳴る。まるで、出陣前の合図のように。
「さ、そろそろ時間ね! 心の準備はOK?」
俺は鏡の中の自分を見た。
少しだけオーバーサイズな服に、やけに真剣な顔。
今日は、普段とはまた違った種類の戦場に行く男の顔だ。
「リュミナ、色々ありがとな」
「うん! 健闘を祈る!」
リュミナがにやりと口角を上げて、軽く拳を突き出す。
俺も笑って拳を出して、コツンと合わせた。
「はは……頑張ってくるよ」
――さて。
ランド・バーナード、三十七歳。
初めての『青春』の、始まりだ。
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