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第1章 偽勇者、旅立つ
第14話 Aランク冒険者、遅れて到着(別視点)
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豪奢な彫刻が施された黒塗りの馬車が、港町リリアスへ向かって緩やかに進んでいた。
王都直属の貴族用馬車。
その乗客は、国家の象徴にして真の勇者――真嶋源。
「……クソみてぇに田舎だな」
彼は座席に寄りかかり、つまらなさそうに外の景色を眺めていた。
「リリアスって港町なんでしょ? 海の幸とか期待してもいいかな~?」
剣士のイレーナが軽い調子で口を開く。
「ふふ、私は景色のほうが楽しみかもです。海辺の祠、神秘的で好きなんですよね」
聖女のカレンが柔らかな笑みを浮かべると、魔術士のティムが窓の外を眺めながらぼやいた。
「でも結局、盗賊討伐でしょ? 期待しすぎて肩透かしとかやめてね~」
その車内には、真嶋の他に三人の美女が同乗していた。
いずれもアストレイア大陸で名を馳せる実力者であり、勇者と共に世界を救うべく選抜された精鋭たちだった。
そんな彼女たちの言葉に、真嶋は肩をすくめて応じた。
「ふん、どうせ危険度Dの雑魚だ。オレ様が出るまでもねぇよ」
興味なさげに返しつつも、内心少し楽しみではある。
今回の任務は、王国上層部から命ぜられた「勇者が民を救う」演出の一環。
討伐対象は危険度Dの盗賊団。
時間が余れば、近隣に出没する危険度Aの銘魔物、轟爪王の撃破も任務に加えられていた。
真嶋にとっては、どちらも顔見せにすぎない。
だが、手っ取り早く民衆の歓声を得られるなら、それも悪くない。
こちらの世界に来る前、彼は恐れられる存在ではあっても、決して称賛される存在ではなかった。
不良仲間からすら一線を引く扱いをされていたし、教師や大人たちは怯えて距離を取り、社会全体が敵のようだった。
けれど、この世界では違う。
やることは変わらない。力で相手をねじ伏せるだけ。
だというのに、周囲は喝采を送り、讃えてくれる。
その違いが、心地よかった。
だからこうして、わざわざ辺境まで馬車に揺られているのだ。
面倒でも、効果的に名声が手に入るなら、悪くはない。
その時、馬車が速度を落とす。
「どうした?」
「前方からキャラバンの隊列が接近中です。道幅の都合で減速を……」
運転手の声に、真嶋は小さく舌打ちをして窓の外を覗いた。
荷車が何台ものろのろとすれ違っていく。
その中の一台。
荷台の縁に腰かけた銀髪の少女が、楽しげに風に吹かれていた。
(……ん?)
一瞬、その光景に目をとめた。
「……ま、関係ねぇか」
真嶋は興味を失い、再び窓から視線を逸らした。
幸せそうに笑う少女の隣。
積まれた荷物の陰には、黒髪の少年の姿があった。
けれど彼の存在にも、その周囲に漂う微かな違和感にも、真嶋は一切気づかない。
「さっさと終わらせて、帰って寝てぇー……」
小さくぼやいて、遠くの山並みに目を向けた。
その先で、自分が何を見落としたのかを知ることは、まだない。
------
リリアスに到着した一行は、町の入り口にて馬車の扉を開け、華やかに登場する予定だった。
「よし、見せてやるか」
自信満々に馬車から顔を出した真嶋。
だが、予想していたような歓声もどよめきもなかった。
通行人は立ち止まらず、遠巻きに見るだけ。
興味も尊敬も、そこにはない。
(……なんだ、この空気)
妙な違和感に眉をひそめる。
パーティメンバーも互いに顔を見合わせ、言葉を選ぶように黙っていた。
「ギルドに行くぞ」
不機嫌さを隠しきれず、真嶋は肩で風を切ってギルドの扉を開いた。
「来てやったぞ。オレ様が勇者だ。盗賊団の件、片づけてやる」
だが――
「あ、ええと……それ、もう終わってますよ」
受付嬢が申し訳なさそうに告げる。
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「数日前、冒険者登録されたばかりの新人さんが盗賊団を壊滅させまして、少女たちも全員無事でした。……気づかれませんでしたか? 町中その話題で持ち切りですよ」
ギルド内から、くすくすと笑い声が漏れた。
「……チッ、そういうことか。まあいい、それなら危険度Aの――」
「轟爪王ですね。そちらも恐らくですが、その新人冒険者の方が討伐しております。明確な証拠が無いため確実とは言えませんし、まだ手配書の取り下げはできませんが……まあ、探されるというのであればお止めしません」
その言葉に、真嶋は言葉を失った。
「え、登録したばっかでそんなことできるの……?」
「……少し、気になりますね。どんな方なのでしょう」
「ほえ~。最近の新人って、やっぱセンスあるのかもね~」
パーティのメンバーが、声を弾ませている。
違うだろ、違うだろ、違うだろ。
お前たちのリーダーは、憧れは、主役は、このオレ様だろうが……!
真嶋は、まるで舞台に一人取り残されたような気持ちになった。
「オレ様を呼んでおいて……何が、終わってる、だ……!」
カウンターに手を叩きつけようとした、その瞬間。
「勇者様。お気持ちはわかりますが、他のお客様のご迷惑ですので」
受付の奥から現れた支部長ヴァルグの冷淡な一言が、その怒りをすべて凍らせた。
------
馬車に戻った真嶋は、座席に拳を叩きつけた。
「クソが……何者だ……!」
見えない誰かに追い抜かれた。
いや、そもそも最初から勝負にもなっていなかったのかもしれない。
「……次は魔術都市だったな!」
声を張って立ち直ろうとする。
「はい。パレードと、重役への表敬訪問が予定されています。……それと、暁霊《ルクス》祭の宣伝も」
カレンの答えに、真嶋は無言で頷く。
だがその時、馬車が発進せず、またも立ち往生。
「おい、何してやがる!」
「す、すいません勇者様……子供たちが道を塞いでしまってて……」
運転手の声が、外へと響く。
「おーい、きみたち、どいてくれー!」
子供たちの無邪気な声が聞こえてきた。
「こうだ! 俺こそ冒険者さまだぞ! 盗賊団なんて壊滅だー!」
「えー? あの人はもっとカッコよかったよー!」
胸の奥が、ざらりとした感情で満たされていく。
知らない誰かの活躍に、称賛が向けられている。
それも、自分が得るはずだったものに。
静かに歯を食いしばる真嶋。
――この世界で初めて味わう敗北は、形のないまま、確実に彼を蝕み始めていた。
王都直属の貴族用馬車。
その乗客は、国家の象徴にして真の勇者――真嶋源。
「……クソみてぇに田舎だな」
彼は座席に寄りかかり、つまらなさそうに外の景色を眺めていた。
「リリアスって港町なんでしょ? 海の幸とか期待してもいいかな~?」
剣士のイレーナが軽い調子で口を開く。
「ふふ、私は景色のほうが楽しみかもです。海辺の祠、神秘的で好きなんですよね」
聖女のカレンが柔らかな笑みを浮かべると、魔術士のティムが窓の外を眺めながらぼやいた。
「でも結局、盗賊討伐でしょ? 期待しすぎて肩透かしとかやめてね~」
その車内には、真嶋の他に三人の美女が同乗していた。
いずれもアストレイア大陸で名を馳せる実力者であり、勇者と共に世界を救うべく選抜された精鋭たちだった。
そんな彼女たちの言葉に、真嶋は肩をすくめて応じた。
「ふん、どうせ危険度Dの雑魚だ。オレ様が出るまでもねぇよ」
興味なさげに返しつつも、内心少し楽しみではある。
今回の任務は、王国上層部から命ぜられた「勇者が民を救う」演出の一環。
討伐対象は危険度Dの盗賊団。
時間が余れば、近隣に出没する危険度Aの銘魔物、轟爪王の撃破も任務に加えられていた。
真嶋にとっては、どちらも顔見せにすぎない。
だが、手っ取り早く民衆の歓声を得られるなら、それも悪くない。
こちらの世界に来る前、彼は恐れられる存在ではあっても、決して称賛される存在ではなかった。
不良仲間からすら一線を引く扱いをされていたし、教師や大人たちは怯えて距離を取り、社会全体が敵のようだった。
けれど、この世界では違う。
やることは変わらない。力で相手をねじ伏せるだけ。
だというのに、周囲は喝采を送り、讃えてくれる。
その違いが、心地よかった。
だからこうして、わざわざ辺境まで馬車に揺られているのだ。
面倒でも、効果的に名声が手に入るなら、悪くはない。
その時、馬車が速度を落とす。
「どうした?」
「前方からキャラバンの隊列が接近中です。道幅の都合で減速を……」
運転手の声に、真嶋は小さく舌打ちをして窓の外を覗いた。
荷車が何台ものろのろとすれ違っていく。
その中の一台。
荷台の縁に腰かけた銀髪の少女が、楽しげに風に吹かれていた。
(……ん?)
一瞬、その光景に目をとめた。
「……ま、関係ねぇか」
真嶋は興味を失い、再び窓から視線を逸らした。
幸せそうに笑う少女の隣。
積まれた荷物の陰には、黒髪の少年の姿があった。
けれど彼の存在にも、その周囲に漂う微かな違和感にも、真嶋は一切気づかない。
「さっさと終わらせて、帰って寝てぇー……」
小さくぼやいて、遠くの山並みに目を向けた。
その先で、自分が何を見落としたのかを知ることは、まだない。
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リリアスに到着した一行は、町の入り口にて馬車の扉を開け、華やかに登場する予定だった。
「よし、見せてやるか」
自信満々に馬車から顔を出した真嶋。
だが、予想していたような歓声もどよめきもなかった。
通行人は立ち止まらず、遠巻きに見るだけ。
興味も尊敬も、そこにはない。
(……なんだ、この空気)
妙な違和感に眉をひそめる。
パーティメンバーも互いに顔を見合わせ、言葉を選ぶように黙っていた。
「ギルドに行くぞ」
不機嫌さを隠しきれず、真嶋は肩で風を切ってギルドの扉を開いた。
「来てやったぞ。オレ様が勇者だ。盗賊団の件、片づけてやる」
だが――
「あ、ええと……それ、もう終わってますよ」
受付嬢が申し訳なさそうに告げる。
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「数日前、冒険者登録されたばかりの新人さんが盗賊団を壊滅させまして、少女たちも全員無事でした。……気づかれませんでしたか? 町中その話題で持ち切りですよ」
ギルド内から、くすくすと笑い声が漏れた。
「……チッ、そういうことか。まあいい、それなら危険度Aの――」
「轟爪王ですね。そちらも恐らくですが、その新人冒険者の方が討伐しております。明確な証拠が無いため確実とは言えませんし、まだ手配書の取り下げはできませんが……まあ、探されるというのであればお止めしません」
その言葉に、真嶋は言葉を失った。
「え、登録したばっかでそんなことできるの……?」
「……少し、気になりますね。どんな方なのでしょう」
「ほえ~。最近の新人って、やっぱセンスあるのかもね~」
パーティのメンバーが、声を弾ませている。
違うだろ、違うだろ、違うだろ。
お前たちのリーダーは、憧れは、主役は、このオレ様だろうが……!
真嶋は、まるで舞台に一人取り残されたような気持ちになった。
「オレ様を呼んでおいて……何が、終わってる、だ……!」
カウンターに手を叩きつけようとした、その瞬間。
「勇者様。お気持ちはわかりますが、他のお客様のご迷惑ですので」
受付の奥から現れた支部長ヴァルグの冷淡な一言が、その怒りをすべて凍らせた。
------
馬車に戻った真嶋は、座席に拳を叩きつけた。
「クソが……何者だ……!」
見えない誰かに追い抜かれた。
いや、そもそも最初から勝負にもなっていなかったのかもしれない。
「……次は魔術都市だったな!」
声を張って立ち直ろうとする。
「はい。パレードと、重役への表敬訪問が予定されています。……それと、暁霊《ルクス》祭の宣伝も」
カレンの答えに、真嶋は無言で頷く。
だがその時、馬車が発進せず、またも立ち往生。
「おい、何してやがる!」
「す、すいません勇者様……子供たちが道を塞いでしまってて……」
運転手の声が、外へと響く。
「おーい、きみたち、どいてくれー!」
子供たちの無邪気な声が聞こえてきた。
「こうだ! 俺こそ冒険者さまだぞ! 盗賊団なんて壊滅だー!」
「えー? あの人はもっとカッコよかったよー!」
胸の奥が、ざらりとした感情で満たされていく。
知らない誰かの活躍に、称賛が向けられている。
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