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我々は戦争に負けたのだ。
そう言われても子どものレイナードにはよく分からなかった。領土が取られるよと言われて、海辺には遊びに行けなくなることを弟たちが大泣きしていた。宝物を取られると聞いて、それはとても嫌だなと思った。
ただ、たくさん人が死んだのだと言う話のほうが、勇敢な臣下が何人殺したと言う話よりずっと嫌だった。戦争が終わって良かったと思ったことがいけなかったのだろう。10歳になったばかりのレイナードは、負けた相手の国に行くことになった。
「…やっぱり、僕があんなこと考えたからダメだったのかな…」
「そう思うならそうなんじゃない?」
幼なじみの貴族の子であるエリオスは涙目で準備をするレイナードにあっさりそう返した。
「…ぐすっ…もう少し言い方ってものが……」
「だって、自分でそう思い込んでるならそうなんじゃないの?」
レイナードは唇を尖らせて俯いた。エリオスの言うことももっともなのだ。でも、それでも、と思わずにはいられないのだ。
「泣き虫」
「うぅ…」
「お前がいなくなるとさみしくなるな」
「ふぇ…ずるいそれ…」
ぽろぽろと泣きながらレイナードはエリオスを睨みつける。器用なんだか不器用なんだかと、エリオスは少し笑った。軍人貴族の子にしては皮肉屋で大人びた幼なじみを、レイナードはいつもとても頼りにしていた。
レイナードの家には兄弟がたくさんいる。兄も、弟も、みな戦闘に長けていた。レイナードだけはそうじゃなかった。だから、外に出されるのだ。そう思うと悲しくてならなかった。
好きな香を焚くことも、緩い動きやすい服を着ることも、裸足で家の中を歩き回ることも、少し意地悪だけどいつも自分を心配してくれるこの友達とももう会えない。知らない土地に一人ぼっちで行かされるのだ。そう思うと、レイナードは涙が止まらなかった。
「エリオス……僕……」
「泣くなよ」
「だってぇ……」
ぐすぐすと泣き続けるレイナードにエリオスはため息をつくと、そっと抱き寄せた。そしてぽんぽんとその背中を優しく叩くようにしながら言う。
「大丈夫、またきっと会えるから」
「ん…ぅん…ぐすっ…」
出発を明日に控えて不安でいっぱいのレイナードにエリオスは根気強く付き合ってくれた。レイナードの父親が現れるまで。
「レイナード」
「!!おとうさま…!ぐすっ……」
「すまない、遅くなってしまった」
父親はそう言いながらレイナードをぎゅっと抱き締めた。大きくて暖かい。その温もりにまた涙が溢れてくる。エリオスはそれをじっと見つめていた。
「ああ、泣かないでくれ……私はお前にそんな顔をさせるためにお前を手放す訳ではないのだよ……?」
「わかってます、ごめんなさい……でもおとうさまとももう会えないと思うと悲しくて……」
「私もお前と離れたくはないよ……だがお前は行かねばならないんだ」
「……はい……」
レイナードは父親に抱きつきながら顔を埋める。
「お前は、兄弟の中で一番素直で愛らしい。きっとあちらでも上手く気に入られるだろう」
「そんな、お父さま…」
事実、レイナードの母親は褐色肌の妖艶な踊り子であり、その容姿を引き継いだレイナードもまた、母親譲りの美貌の持ち主だった。
「レイ、お前には感謝しているんだ。あちらに行くのはお前にとっては辛いかも知れないが……どうかこの国のために……」
父親はそう言うとそっとレイナードを放した。そして名残惜しそうにその頬を撫でる。
「……はい、おとうさま」
「いい子だ」
そう言って微笑むと、父親はそのまま去っていった。エリオスはそんなレイナードに歩み寄るとその頭をくしゃりと撫でた。
「ほら、もう泣くなよ」
「……うん」
「もしひどい目に合わされたのであれば手紙を送りなさい」
それを口実に攻撃を仕掛ける意図を込めた発言だなと、エリオスは静かに口を慎む。だが何も知らないレイナードは父親の優しさに感動しぐずぐずと鼻をすすっていた。
「そしてレイナード、お前のなすべきことは覚えているかな?」
レイナードは顔を上げてこくんと頷く。
「気に入られること、決して出しゃばらないこと、そして…」
エリオスは静かにその様子を見つめている。敗戦国として、この国に生きる人間の気持ちは同じだ。
「奪われたものを取り返すこと」
「そうだ、覚えておけ」
エリオスはそう言うともう一度レイナードの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「…彼の国には男色文化もないらしいが、そう言う国の人間こそ一度禁忌に手を出させてしまうと、後戻りができなくなるものだ」
「?…うん」
「お前は賢い子だ。上手く立ち回りなさい」
レイナードはこくりと頷いた。そしてそのままぎゅっと抱きしめた。
「……がんばります。お父さま」
「あぁ。期待しているぞ、私のレイナード」
「はい、お父さま」
レイナードはそう言うと頬にキスをしてくれた父親を見送った。そしてエリオスの方に向き直ると、少し気まずそうな表情を浮かべた。
「……あの、エリオス……その……」
「ん?あぁ、別に気にしてないけど」
「あ、ありがとう」
そう言って笑う顔にはどこか影があった。きっとこれから自分が行く国のことを考えて不安になっているのだろうとエリオスは察したが、あえて触れなかった。それは彼の仕事じゃない。それに。
「僕も同じ気持ちだ。レイ、ここで学んだことを活かせば、絶対に大丈夫だから」
「…うん」
「手紙、書いてね」とまだ涙の残るレイナードにハンカチを手渡す。
「ありがとう」
「……またね、エリオス」
そう言って笑う顔には寂しさが滲んでいた。エリオスはそんなレイナードを抱きしめて言った。
「うん、そう遠くない日に」
***
そう言われても子どものレイナードにはよく分からなかった。領土が取られるよと言われて、海辺には遊びに行けなくなることを弟たちが大泣きしていた。宝物を取られると聞いて、それはとても嫌だなと思った。
ただ、たくさん人が死んだのだと言う話のほうが、勇敢な臣下が何人殺したと言う話よりずっと嫌だった。戦争が終わって良かったと思ったことがいけなかったのだろう。10歳になったばかりのレイナードは、負けた相手の国に行くことになった。
「…やっぱり、僕があんなこと考えたからダメだったのかな…」
「そう思うならそうなんじゃない?」
幼なじみの貴族の子であるエリオスは涙目で準備をするレイナードにあっさりそう返した。
「…ぐすっ…もう少し言い方ってものが……」
「だって、自分でそう思い込んでるならそうなんじゃないの?」
レイナードは唇を尖らせて俯いた。エリオスの言うことももっともなのだ。でも、それでも、と思わずにはいられないのだ。
「泣き虫」
「うぅ…」
「お前がいなくなるとさみしくなるな」
「ふぇ…ずるいそれ…」
ぽろぽろと泣きながらレイナードはエリオスを睨みつける。器用なんだか不器用なんだかと、エリオスは少し笑った。軍人貴族の子にしては皮肉屋で大人びた幼なじみを、レイナードはいつもとても頼りにしていた。
レイナードの家には兄弟がたくさんいる。兄も、弟も、みな戦闘に長けていた。レイナードだけはそうじゃなかった。だから、外に出されるのだ。そう思うと悲しくてならなかった。
好きな香を焚くことも、緩い動きやすい服を着ることも、裸足で家の中を歩き回ることも、少し意地悪だけどいつも自分を心配してくれるこの友達とももう会えない。知らない土地に一人ぼっちで行かされるのだ。そう思うと、レイナードは涙が止まらなかった。
「エリオス……僕……」
「泣くなよ」
「だってぇ……」
ぐすぐすと泣き続けるレイナードにエリオスはため息をつくと、そっと抱き寄せた。そしてぽんぽんとその背中を優しく叩くようにしながら言う。
「大丈夫、またきっと会えるから」
「ん…ぅん…ぐすっ…」
出発を明日に控えて不安でいっぱいのレイナードにエリオスは根気強く付き合ってくれた。レイナードの父親が現れるまで。
「レイナード」
「!!おとうさま…!ぐすっ……」
「すまない、遅くなってしまった」
父親はそう言いながらレイナードをぎゅっと抱き締めた。大きくて暖かい。その温もりにまた涙が溢れてくる。エリオスはそれをじっと見つめていた。
「ああ、泣かないでくれ……私はお前にそんな顔をさせるためにお前を手放す訳ではないのだよ……?」
「わかってます、ごめんなさい……でもおとうさまとももう会えないと思うと悲しくて……」
「私もお前と離れたくはないよ……だがお前は行かねばならないんだ」
「……はい……」
レイナードは父親に抱きつきながら顔を埋める。
「お前は、兄弟の中で一番素直で愛らしい。きっとあちらでも上手く気に入られるだろう」
「そんな、お父さま…」
事実、レイナードの母親は褐色肌の妖艶な踊り子であり、その容姿を引き継いだレイナードもまた、母親譲りの美貌の持ち主だった。
「レイ、お前には感謝しているんだ。あちらに行くのはお前にとっては辛いかも知れないが……どうかこの国のために……」
父親はそう言うとそっとレイナードを放した。そして名残惜しそうにその頬を撫でる。
「……はい、おとうさま」
「いい子だ」
そう言って微笑むと、父親はそのまま去っていった。エリオスはそんなレイナードに歩み寄るとその頭をくしゃりと撫でた。
「ほら、もう泣くなよ」
「……うん」
「もしひどい目に合わされたのであれば手紙を送りなさい」
それを口実に攻撃を仕掛ける意図を込めた発言だなと、エリオスは静かに口を慎む。だが何も知らないレイナードは父親の優しさに感動しぐずぐずと鼻をすすっていた。
「そしてレイナード、お前のなすべきことは覚えているかな?」
レイナードは顔を上げてこくんと頷く。
「気に入られること、決して出しゃばらないこと、そして…」
エリオスは静かにその様子を見つめている。敗戦国として、この国に生きる人間の気持ちは同じだ。
「奪われたものを取り返すこと」
「そうだ、覚えておけ」
エリオスはそう言うともう一度レイナードの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「…彼の国には男色文化もないらしいが、そう言う国の人間こそ一度禁忌に手を出させてしまうと、後戻りができなくなるものだ」
「?…うん」
「お前は賢い子だ。上手く立ち回りなさい」
レイナードはこくりと頷いた。そしてそのままぎゅっと抱きしめた。
「……がんばります。お父さま」
「あぁ。期待しているぞ、私のレイナード」
「はい、お父さま」
レイナードはそう言うと頬にキスをしてくれた父親を見送った。そしてエリオスの方に向き直ると、少し気まずそうな表情を浮かべた。
「……あの、エリオス……その……」
「ん?あぁ、別に気にしてないけど」
「あ、ありがとう」
そう言って笑う顔にはどこか影があった。きっとこれから自分が行く国のことを考えて不安になっているのだろうとエリオスは察したが、あえて触れなかった。それは彼の仕事じゃない。それに。
「僕も同じ気持ちだ。レイ、ここで学んだことを活かせば、絶対に大丈夫だから」
「…うん」
「手紙、書いてね」とまだ涙の残るレイナードにハンカチを手渡す。
「ありがとう」
「……またね、エリオス」
そう言って笑う顔には寂しさが滲んでいた。エリオスはそんなレイナードを抱きしめて言った。
「うん、そう遠くない日に」
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