義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子

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話は少し前に戻る。
「視察は以上です。衛生面では問題は散見されませんでしたが、老朽化が大分進んだ建物についてはいい加減改修した方がいいですね。あっちの旧校舎なんて戦前からあるものなんでしょう」
クラウスは伸びた前髪をけだるげにかきあげた。おおよそ役人らしからぬ風貌に口調。学園長をはじめ教師の多くは視察に来た主席監査官の姿を見て全員がこう思った。
(う、うさんくさい…)
「…何ですか?ほかに何か」
「あ、いいえ」
無精ひげものそのままで、胡乱だ目で言われて慌てて首を振る。
(これで、あの戦争の際『吸血鬼』の部隊にいたんだなんて…)
クリストファー・アドラー。通称『吸血鬼』今やすっかり善良な父兄だが、戦時中の彼の戦果を聞けば震えあがること間違いない。「赤の平原 (Rote Ebene)」の夜襲の話は一介の教員ですら知っている。
『膠着状態を打破するため、クリストファーは自ら少数精鋭の別動隊を率い、月も隠れる闇夜に紛れて敵国の本陣深くへの奇襲を敢行しました。彼の戦果により政府軍は勝利を収めましたが、同時にクリストファーの冷酷さと非情さ、そして戦場での異様なまでの支配力を示す「吸血鬼」の異名が定着することとなったのです。単に強いだけでなく、敵の生命力そのものを奪い取るかのような、底知れぬ恐怖を与える戦い方が、この異名の核心と言えるでしょう』
(こ、恐すぎる…)
その息子が通う手前、敢えて言う話でもないけれど。そしてその奇襲について行った人間の一人であるこの男にも同じ畏怖の気持ちを抱いてしまう。
つまり、早く帰ってほしかった。
「じゃ、俺はこれで失礼します」
「はい、ありがとうございました。そのお見送りを…」
「あー…そういうの俺別にいいんで。雪、すごいですし」
「はあ…」
あっさりそう断われ、学園長は困惑した。
(それは、ありがたいけど……)
「ん?どうかしました?」
クラウスが不思議そうに首を傾げる。相変わらず眠そうで無気力だ。
「……いえ、何も」
「そうですか?じゃ、俺はこれで」
彼は小さく会釈をすると去っていった。その背を見送りながら学園長は思う。
(なんだか、宇宙人みたいに掴みどころがない人ね…)
***
一方その頃倉庫に残されたレイナードはひたすら扉を揺すっていた。
「ふんす!ふんす!」
(こんなところで……負けてられません!)
恐怖を誤魔化すように、必死に力を込めた。すると、突然外から声が聞こえてきた。
「…誰だ?誰かいるのか?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは男の声だった。レイナードはハッと顔を上げると…縋るような思いで叫んだ。
「助けてください!閉じ込められたんです!」
「…オイオイ、マジかよ」
ゴッ!!
「ひっ!?」
突然鈍い音が響き、レイナードは悲鳴を上げた。
「あ?ち、さすがに腕がなまったか…」
「??」
「……ま、いいや。今開けてやるからちょっと待ってろ」
「は、はい…!」
(よかった……これで出られそう)
ほっと胸をなで下ろす。だが次の瞬間、再び鈍い音が響いた。そしてまたも鈍い音。しかも今度は連続してだ。
ガシャーン!と何かが倒れるような音。そして最後に一際大きい音が響き渡った。足蹴りだろうか。
「よし、開いた」
「!?!?」
(か、カギを持ってきてくれる訳じゃ、ないんですね……)
「おい、大丈夫か?」
「あ!はい……」
恐る恐る外に出ると、そこには長身の青年が立っていた。年の頃は20代半ばくらいだろうか?黒髪に黒い瞳。端正な顔立ちをしているがどこか気怠げな雰囲気をまとっている。そして何より目を引くのはその服装だ。
(軍服?でもこんなデザイン見たことないし……)
「鍵穴、ねじ曲がってやがったみたいだな。減点。中央政府に報告だな。ったく、そろそろ替え時だろうが」
「??」
「あー……とりあえず、怪我はなさそうだな」
男は訝しげにレイナードを見つめた。そして小さくため息をつくと、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「誰にやられた?」
「え…?えっと……」
「隠すこともないだろ。ガキだろうがやってることは拉致監禁。立派な犯罪だ」
「そ、それは……」
正直に言う訳にもいかず口ごもる。すると男は突然レイナードの顎を掴んだ。そしてまじまじと顔を見つめる。
「ぼ、僕!ここの生徒じゃないから、だから…その……えっと……」
「ふーん」
(ひいいいいい!)
ぐいっと顔を近づけられ、レイナードは思わず仰け反った。だが男は気にせず顔を覗き込んでくる。
「あの!」
「お前、名前は?」
「へ……?」
突然のことに困惑するが、とりあえず答えることにする。
「…レイナードです。レイナード…アドラー……」
「アドラー?」
男は驚いた表情で目を見開いた。その反応に、レイナードは首をかしげる。
「え……?あの……?」
「……ああ、悪いな」
男は少しバツが悪そうに頭を掻いた。そして再びレイナードの顔をじっと見つめる。
(この人、何なんだろう……)
「あの人が引き取ったって話は本当だったのか……」
「あの人?」
「いや、何でもない。それよりもお前だな」
男は立ち上がるとレイナードに向き直った。そして真っ直ぐにこちらを見つめてくる。その黒い瞳に見つめられるとなぜだか落ち着かない気持ちになる。
(なんだか不思議な人……)
思わず見とれてしまうような端正な顔立ちをしているのに、どこか陰気な雰囲気を漂わせている男だ。クリストファーは常に身だしなみを整えているし、家に訪れる大人はみな貴族らしくちゃんとしている。だけど、この人は違う。どことなく、なんとなくだけど、目に光が無いように思えた。
「…罪滅ぼし、か」
「え、えっと…?」
「こちらの話だ。レイなんとか、立てるか?」
「レイナードです!」
失礼な大人だった。雪の降る中出会った大人に、レイナードはそう思ったのだった。
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