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4章 挙り芽吹く
4-8
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「なるほど、そのようなことが」
土砂除の使用許可が下りず、飯場にて待機していた華也は、六之介と綴歌の無事を心から喜んだ。三時間経っても六之介たちが帰らなければ、救助要請を出そうと考えていたのだが、無事でよかったと大きくため息をついた。
その後、得た情報を報告し合い、統括する。
多々羅山に起こっていること、高魔力の原因、人魂の正体、魔術具の誤作動に関してである。その中で気になる点が一つ。華也が襲われたという五人の泥人形に関してである。
まずその人数が行方不明となった人の数と一致していること。これは偶然であろうか。
そして、何故人型をしていたのだろうか。
話を聞く限り、その動きは世辞にも良いものではなかったという。そもそも人型は戦闘には不向きである。簡単に倒れ、攻撃を受ける面積も大きい。不浄が意思を持ち、我々を排他しようとするなら、四足かそれ以上のものが良いはずだ。
「……人型ですか」
「しかも、五人なんです」
華也も綴歌も気になるところがあるようである。
日もまだ高いということもあり、華也が戦闘を繰り広げた現場へと向かうこととなった。
「このあたりに……」
五つの木々を含んだ土塊が残っていた。そこに動いていたような形跡はない。ただ土遊びをした名残のようにしか見えなかった。
土を払い、枝と根、石を取り除いていく。そして一つ、鉱物でもないものが残った。それは見覚えのある、成長しきり固くなった蛍茸と似ていた。
崩落に巻き込まれ行方不明となった五人はどこへ行ったのか。土砂に呑み込まれたままであるのか、あるいは。
「二人ともちょっと行きたいところがあるんだけど」
返事を待たずに歩き出す。
向かうのは、不浄『多々羅蛍茸』のいる場所。そこはここからは近くはないが、決して遠くもない。開発された向かいの山の景色が道標となり、迷うことはない。
不浄はそこで鎮座している。飛び降り、不浄の根元を探ってみる。
「何をしているのですか?」
「んー、土質をね、調べてるの」
赤土で湿度の多い土質。蛍茸が出土したものと似ている。そして、掘れば出てくる無数の小石に、枝や倒木。おそらくこの天井の崩落に巻き込まれたものだろう。
しかし、目当てのものが見つからない。
「うーん」
崖を形状に沿ってぐるりと歩いてみる。崩れた崖面の土が降り積もり、そこから蛍茸が芽吹いている。その土の中から、一部が見えた。
勇雄が着ていたものと同じ作業着の、袖。
掘り返す。土は固まりきっておらず、柔らかかった。素手でも簡単に掘り進めることが出来る。
「それは……」
綴歌が声を漏らす。出土したのは、白骨化した遺骸であった。
事故が起こったのは3週間前。白骨化するには早すぎる。しかし、ここは山の中である。分解者である微生物をはじめ、虫や鼠はいくらでもいる。彼らにとって、力尽きた作業員は絶好の餌だったのだろう。
結果、そこからは五人の遺骨が見つかった。いずれも完全と言える状態で白骨化しており、中には肋骨や大腿骨に損傷がみられるものもいた。おそらく崩落の際に負傷したのだろう。
六之介と綴歌の行動は、彼らがとった行動と完全に合致していた。
隧道の最深部で作業していた彼らは、崩落に巻き込まれた。幸か不幸か、呑み込まれることはなかったが出口を完全に塞がれてしまった。このまま救助を待つにしても、怪我人がおり、食料もない状態だ。なんとか現状を打破しなくてはならない。
事故から幾日か経った頃、蛍茸の胞子を巻き始めた。彼らはその光に導かれ、崩落後に生じていた隧道の亀裂を広げ、洞窟へ繋いだ。そこで多々羅蛍茸を見つけると同時に、外に出ることとなった。
しかし、問題はここからである。彼らは登れなかったのだ。この崩れやすい崖のせいで、どうあがいても十メートル先の外へ出られない。食料となる蛍茸はあっても、雨水で水分が補給できたとしても、限界はある。
最初に怪我を負った二人が去り、持病のある一人が去った。残された二人は救助を求め、声を荒げ、物を放ったが、その思いは届くことない。どれほどもどかしかっただろうか、どれほど悔しかっただろうか。それは想像を絶する。そんな中で、彼らは疲弊し、ついに力尽きた。
ただ、六之介たちはそんなことを知る由もなかった。ただ、事故に巻き込まれた行方不明者五人がここへ至り、力尽きた、その程度である。
白骨化した遺体を苗床に普通の蛍茸とは形状が違うものが地中へと伸びていた。形状こそは違うが、これも蛍茸なのであろう。
「冬虫夏草……否、冬人夏草ってところか」
本来、冬虫夏草は蛾の幼虫に規制する茸の一種である。どんな茸でもそうなるというわけではない。しかし、これは不浄。いかなる性質を持とうとも不思議ではない。
「なるほど……つまり泥人形たちは、この冬人夏草で、私のことは山全体で見ていた、ということですか」
「だろうね。寄生した存在、今回は人間の姿を模したってとこだろう」
不浄は環境に応じて、姿を変える。鵺が遠距離攻撃をするためにヤマアラシになったように、蛍茸は自身に対し開拓という攻撃をしてくる人間を調べるため、あるいは対等に渡り合うために同じ形状を取った、そんなところであろう。
「……祟山、なるほどね」
二人に聞こえないほど小さな声で六之介が呟いた。
勇雄から聞いた口伝の話。その謂れの推測が出来たのだ。
多々羅山は、この『多々羅蛍茸』の菌糸で覆われた山である。つまり、山の幸全てが菌糸に侵されている。
不浄は攻撃を受けることや、環境の変化に沿って、自身を変質させ、対応する。この多々羅蛍茸は、菌類である。粘菌の様に活発に動くものもいるが、動物と比べると『動かない』と言っていいだろう。そんな存在が得た攻撃手段は、二つ。
一つ目は、華也が遭遇した泥人形、謎の人影の正体。攻撃してくる者の姿を模倣し、対抗させるというもの。一種の擬態ともとれるのではないだろうか。攻撃してくる存在と同一であるように振る舞い、攻撃を退けさせようとしていたと考えられる。
二つ目は、勇雄から聞いた祟りの中に、全身から茸が生えるというものがあった。これはおそらく、山の幸を持ち帰り、食した者が菌糸に浸食されたのではないだろうか。不浄の生命力は絶大である。採取され、調理された程度では、その菌糸が死に絶えるとは思えない。ましてや、生で食べようものなら侵されるのは必須である。だから、この山に野生動物がいなかったのだ。
「六之介さん、いかがなさいました?」
二人は遺骨を丁寧に並べ終えていた。
「いや、なんでもないよ。彼らはどうするの?」
「後日、回収部隊を送りますわ。遺族も会いたがっているでしょう」
そう言って、遺骨の前で跪き、二人が手を合わせる。
名前も顔も知らぬ人々に何故そうまでするのだろう。
そんな考えがよぎる。
魔導官としての華也の振る舞いを見た時も不思議に思った。どうして赤の他人を守るために、自身の命をかけるのだろう。
自分は、自身が一番大事である。誰かのために命をかけるなど、あり得ないし、考えられない。『命は皆等しいものである』など綺麗事もいいところだ。そんなことを宣う人物に、自分の命と見知らぬ誰かの命、どちらかを救えるとしたらどうするのを問うとしよう。結果は当然、自分を救うだろう。そして、何食わぬ顔で生きていく。
そんなのは当たり前だ。人間にとって他の命など、誰とも知らぬ生命など塵芥に過ぎない。それに、ほんの少し冷酷な人間であれば見知った存在であっても、消えて然るべき命なら平気で消す。それが人間というものだろう。
なのに、どうしてだろう。何故、君たちは行動できるのだろうか。どうして、見知らぬ存在の、自身にとって価値のない命を尊いように振る舞えるのだろうか。
形だけではない。心の底から、相手を想っているその心は、どこから生じているのだろう。
自分が、おかしいのだろうか。
否、そんなはずはない。なぜなら、『皆』そうだったのだから。だから、自分もおかしくない。だから、自分は今『ここにいるのだ』。
きっと、彼女らがそう思えるのは……そう、魔力のせいだろう。この世界は、前の世界とは違う。だからそう思えるだけだ。
自分は、異世界からの来訪者。だから、同じように考えられないのだ。異文化であれば、異世界であれば、とうぜんのことだ。おかしくなどない。
「六之介様?」
夕焼け色の瞳がこちらを覗きこんでいた。綴歌もちらちらとこちらを見ている。
随分長いこと、ぼんやりとしてしまったようだ。
「ごめんごめん、ちょっと疲れたみたいだ」
「そうですね、初めての任務ですものね」
華也が笑う。
「でしたら、早々に引き上げましょう。今日は飯場でゆっくり休んでくださいませ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「ですが、その前に……」
崖の上を指さす。
ああ、なるほど、まずは登らせろ、ということだろう。
「了解っと」
三人はその場から立ち去った。
土砂除の使用許可が下りず、飯場にて待機していた華也は、六之介と綴歌の無事を心から喜んだ。三時間経っても六之介たちが帰らなければ、救助要請を出そうと考えていたのだが、無事でよかったと大きくため息をついた。
その後、得た情報を報告し合い、統括する。
多々羅山に起こっていること、高魔力の原因、人魂の正体、魔術具の誤作動に関してである。その中で気になる点が一つ。華也が襲われたという五人の泥人形に関してである。
まずその人数が行方不明となった人の数と一致していること。これは偶然であろうか。
そして、何故人型をしていたのだろうか。
話を聞く限り、その動きは世辞にも良いものではなかったという。そもそも人型は戦闘には不向きである。簡単に倒れ、攻撃を受ける面積も大きい。不浄が意思を持ち、我々を排他しようとするなら、四足かそれ以上のものが良いはずだ。
「……人型ですか」
「しかも、五人なんです」
華也も綴歌も気になるところがあるようである。
日もまだ高いということもあり、華也が戦闘を繰り広げた現場へと向かうこととなった。
「このあたりに……」
五つの木々を含んだ土塊が残っていた。そこに動いていたような形跡はない。ただ土遊びをした名残のようにしか見えなかった。
土を払い、枝と根、石を取り除いていく。そして一つ、鉱物でもないものが残った。それは見覚えのある、成長しきり固くなった蛍茸と似ていた。
崩落に巻き込まれ行方不明となった五人はどこへ行ったのか。土砂に呑み込まれたままであるのか、あるいは。
「二人ともちょっと行きたいところがあるんだけど」
返事を待たずに歩き出す。
向かうのは、不浄『多々羅蛍茸』のいる場所。そこはここからは近くはないが、決して遠くもない。開発された向かいの山の景色が道標となり、迷うことはない。
不浄はそこで鎮座している。飛び降り、不浄の根元を探ってみる。
「何をしているのですか?」
「んー、土質をね、調べてるの」
赤土で湿度の多い土質。蛍茸が出土したものと似ている。そして、掘れば出てくる無数の小石に、枝や倒木。おそらくこの天井の崩落に巻き込まれたものだろう。
しかし、目当てのものが見つからない。
「うーん」
崖を形状に沿ってぐるりと歩いてみる。崩れた崖面の土が降り積もり、そこから蛍茸が芽吹いている。その土の中から、一部が見えた。
勇雄が着ていたものと同じ作業着の、袖。
掘り返す。土は固まりきっておらず、柔らかかった。素手でも簡単に掘り進めることが出来る。
「それは……」
綴歌が声を漏らす。出土したのは、白骨化した遺骸であった。
事故が起こったのは3週間前。白骨化するには早すぎる。しかし、ここは山の中である。分解者である微生物をはじめ、虫や鼠はいくらでもいる。彼らにとって、力尽きた作業員は絶好の餌だったのだろう。
結果、そこからは五人の遺骨が見つかった。いずれも完全と言える状態で白骨化しており、中には肋骨や大腿骨に損傷がみられるものもいた。おそらく崩落の際に負傷したのだろう。
六之介と綴歌の行動は、彼らがとった行動と完全に合致していた。
隧道の最深部で作業していた彼らは、崩落に巻き込まれた。幸か不幸か、呑み込まれることはなかったが出口を完全に塞がれてしまった。このまま救助を待つにしても、怪我人がおり、食料もない状態だ。なんとか現状を打破しなくてはならない。
事故から幾日か経った頃、蛍茸の胞子を巻き始めた。彼らはその光に導かれ、崩落後に生じていた隧道の亀裂を広げ、洞窟へ繋いだ。そこで多々羅蛍茸を見つけると同時に、外に出ることとなった。
しかし、問題はここからである。彼らは登れなかったのだ。この崩れやすい崖のせいで、どうあがいても十メートル先の外へ出られない。食料となる蛍茸はあっても、雨水で水分が補給できたとしても、限界はある。
最初に怪我を負った二人が去り、持病のある一人が去った。残された二人は救助を求め、声を荒げ、物を放ったが、その思いは届くことない。どれほどもどかしかっただろうか、どれほど悔しかっただろうか。それは想像を絶する。そんな中で、彼らは疲弊し、ついに力尽きた。
ただ、六之介たちはそんなことを知る由もなかった。ただ、事故に巻き込まれた行方不明者五人がここへ至り、力尽きた、その程度である。
白骨化した遺体を苗床に普通の蛍茸とは形状が違うものが地中へと伸びていた。形状こそは違うが、これも蛍茸なのであろう。
「冬虫夏草……否、冬人夏草ってところか」
本来、冬虫夏草は蛾の幼虫に規制する茸の一種である。どんな茸でもそうなるというわけではない。しかし、これは不浄。いかなる性質を持とうとも不思議ではない。
「なるほど……つまり泥人形たちは、この冬人夏草で、私のことは山全体で見ていた、ということですか」
「だろうね。寄生した存在、今回は人間の姿を模したってとこだろう」
不浄は環境に応じて、姿を変える。鵺が遠距離攻撃をするためにヤマアラシになったように、蛍茸は自身に対し開拓という攻撃をしてくる人間を調べるため、あるいは対等に渡り合うために同じ形状を取った、そんなところであろう。
「……祟山、なるほどね」
二人に聞こえないほど小さな声で六之介が呟いた。
勇雄から聞いた口伝の話。その謂れの推測が出来たのだ。
多々羅山は、この『多々羅蛍茸』の菌糸で覆われた山である。つまり、山の幸全てが菌糸に侵されている。
不浄は攻撃を受けることや、環境の変化に沿って、自身を変質させ、対応する。この多々羅蛍茸は、菌類である。粘菌の様に活発に動くものもいるが、動物と比べると『動かない』と言っていいだろう。そんな存在が得た攻撃手段は、二つ。
一つ目は、華也が遭遇した泥人形、謎の人影の正体。攻撃してくる者の姿を模倣し、対抗させるというもの。一種の擬態ともとれるのではないだろうか。攻撃してくる存在と同一であるように振る舞い、攻撃を退けさせようとしていたと考えられる。
二つ目は、勇雄から聞いた祟りの中に、全身から茸が生えるというものがあった。これはおそらく、山の幸を持ち帰り、食した者が菌糸に浸食されたのではないだろうか。不浄の生命力は絶大である。採取され、調理された程度では、その菌糸が死に絶えるとは思えない。ましてや、生で食べようものなら侵されるのは必須である。だから、この山に野生動物がいなかったのだ。
「六之介さん、いかがなさいました?」
二人は遺骨を丁寧に並べ終えていた。
「いや、なんでもないよ。彼らはどうするの?」
「後日、回収部隊を送りますわ。遺族も会いたがっているでしょう」
そう言って、遺骨の前で跪き、二人が手を合わせる。
名前も顔も知らぬ人々に何故そうまでするのだろう。
そんな考えがよぎる。
魔導官としての華也の振る舞いを見た時も不思議に思った。どうして赤の他人を守るために、自身の命をかけるのだろう。
自分は、自身が一番大事である。誰かのために命をかけるなど、あり得ないし、考えられない。『命は皆等しいものである』など綺麗事もいいところだ。そんなことを宣う人物に、自分の命と見知らぬ誰かの命、どちらかを救えるとしたらどうするのを問うとしよう。結果は当然、自分を救うだろう。そして、何食わぬ顔で生きていく。
そんなのは当たり前だ。人間にとって他の命など、誰とも知らぬ生命など塵芥に過ぎない。それに、ほんの少し冷酷な人間であれば見知った存在であっても、消えて然るべき命なら平気で消す。それが人間というものだろう。
なのに、どうしてだろう。何故、君たちは行動できるのだろうか。どうして、見知らぬ存在の、自身にとって価値のない命を尊いように振る舞えるのだろうか。
形だけではない。心の底から、相手を想っているその心は、どこから生じているのだろう。
自分が、おかしいのだろうか。
否、そんなはずはない。なぜなら、『皆』そうだったのだから。だから、自分もおかしくない。だから、自分は今『ここにいるのだ』。
きっと、彼女らがそう思えるのは……そう、魔力のせいだろう。この世界は、前の世界とは違う。だからそう思えるだけだ。
自分は、異世界からの来訪者。だから、同じように考えられないのだ。異文化であれば、異世界であれば、とうぜんのことだ。おかしくなどない。
「六之介様?」
夕焼け色の瞳がこちらを覗きこんでいた。綴歌もちらちらとこちらを見ている。
随分長いこと、ぼんやりとしてしまったようだ。
「ごめんごめん、ちょっと疲れたみたいだ」
「そうですね、初めての任務ですものね」
華也が笑う。
「でしたら、早々に引き上げましょう。今日は飯場でゆっくり休んでくださいませ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
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崖の上を指さす。
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