超能力者、異世界にて

甘木人

文字の大きさ
27 / 58
5章 精彩に飛ぶ

5-2

しおりを挟む
 御剣銀行内は、不自然なほど静まり返っていた。いつもならば銀行員の説明や金銭を取り扱う金属の甲高い音、利用者の声が聞こえている時間帯である。それらが全くと言っていいほどなく、中にいる十数人の利用者たちは顔を青ざめて身を強張らせている。
 この雰囲気を一言でいうなら、戦々恐々であろうか。

「……はあ」

 せっかくの休日を妨害され、六之介は待合室で腰を下ろしながら、肺が空っぽになってしまいそうなほど大きなため息をつく。
 どうしてこんなことに巻き込まれているのやら、たまたま持ち合わせが少なかったことを心底悔やむ。昨日買い食いなどしなければ良かった、後の祭りである。

 銀行の中央では、覆面をした体格のいい男たちが三人おり、そのうち一人は細身の眼鏡の男性に刃物を突き付け、残りの二人は鞄に札束を詰め込んでいる。外には警察と思われる人々が集まってきており、野次馬の声が聞こえてくる。

 現在進行形で、銀行強盗が目の前で起こっている。利用者の少ない営業開始直後を狙ったようだ。犯人たちの動きを見ていると、統率はそれなりにとれているようだが、段取りが良くない。

 彼らが最初に取った行動は、強迫による金銭の要求であった。向かいに座る銀行員を拘束し、金を出すように要求、それと同時に刃物を突き付け、警察への通報を禁じた。おそらく彼らは、そのまま素早く逃走するつもりだったのだろう。立てこもる為の武装を用意していない点からそう考えられる。だが、それを成すための順序が間違っている。
 
 銀行側が警察に連絡した様子は見受けられなかった。何かボタン式で通報できるものがあるのなら話は別だが、三人の銀行員の動揺具合からすると何かしら対応策を講じていたとは思えない。だというのに、銀行は警察に包囲されている。携帯電話などない時代に、誰が通報したのか。

 答えは簡単である。最初の脅迫の際に逃げ出した利用者だ。何よりも早く、真っ先に逃げ出した者が警察に伝えたのである。現に我先にと駆け出していた青年が、心配そうに外からこちらを覗いている。

 つまり、まず彼らがやらねばならなかったことは警察を呼ばせないために、人っ子一人この場から逃がさないことだったのだ。そのために脅しとして、一人か二人に負傷させ、周囲の人間の精神に枷をかける。下手に動けば傷付けられることが分かれば、動くに動けない。
 その後に、一人は利用者を監視、一人は銀行員を脅迫、金銭を回収、もう一人は逃げ道を確保。これが理想的だろう。

「……だからこそ、困ったなあ」

 膠着状態である。人質の安全を考えれば警察も動けない。かといって、犯人側も動けば捕まると分かっている。
 せっかくの休日を無駄にしたくない。現状を打破するにはどうしたものか。

「……なあ、お前」

「ん?」

 茶髪の青年に話しかけられる。同い年か少し下だろうか。

「お前、えらく落ち着いてるけど、怖くないのかよ」

「んー、別に。いざとなれば、いくらでも逃げられるし」

 瞬間移動の能力を使えば、一切知覚されず逃げ出すことが出来る。だが、それをすると唐突にいなくなった一人を探すため、犯人が何をしでかすか分からない。残された人々にどこにいったのか問い詰め、答えのない回答を要求、求めるものが得られず逆上。そんな流れは容易に想像がつく。もっとも、名前も知らない人間が死のうと知ったことではないが、この銀行が閉鎖されると不便であるため、不用意に逃げ出すわけにもいかない。

「へえ……それはそうと、現状を打破したいんだ。何か作戦とかないか?」

「はあ?」

 初対面の人間に何を言うのか。

「このまま警察の突入を待ってもいいけどよ、見ろよ」

 人質の男性は、服の色が変わるほど汗を流し、顔を青ざめさせ震えている。眼球は泳ぎ、焦点も定まっていない。精神的に追い詰められ、極度の緊張で身体に異常を来していることがうかがえる。

「このままじゃ、あいつの精神が持たないぜ?」

「それはそうかもしれないが……なんで自分たちが行動せにゃならんのだ」

「警察が動けずにいるんだ。現状に変化を起こせるのは、店内にいる人々。だけど、俺ら以外の人は……」

 三十代から五十代程のやせた女性が五人、同年代の男性が三人。高齢の男性の一人は杖を突いている。その全員が委縮してしまっている。これでは動くことは出来ないだろう。

「なるほどね。んー、作戦、か」

 このまま休日がつぶれるのは御免被る。
 店内を確認する。何かしら使えるものはないだろうか。

「……ん?」

 通りに面している場所には巨大な硝子が嵌められている。自然光を取り込むためか、それともこういった状況下で店内の状況を知るためか。
 その硝子の上部に、太い円柱状の布の束があることに気が付く。内面が黒色で外は灰色の二重構造をとっており、ここからでも分かるほど分厚い。

「あの布って何?」

「暗幕だろ? ほら、閉店したら下げるやつ」

 つまりはシャッターのようなものだろう。
 暗幕は釦のついた帯で固定されており、それを外すと重力に引かれ、自然と下に伸びる造りになっているようだ。

「……あー、作戦、浮かんだわ」

「本当か?」

「うん。お前も協力してくれるんだろ?」

「勿論だ! 俺ぁ頭は悪いが、運動は得意でね」

 ああ、そんな感じの貌をしているなという言葉を飲み込む。

「じゃあ、まずは……」

 声を殺し、説明する。青年は口を挟むことなく、何度も頷いた。
 作戦内容は決して難しいものではないが、犯人の目を盗んでのやりとりであるため、気を配らねばならない。

「……というわけだ。分かったな?」

「おう、任せろ」

 時刻は10時56分40秒。あれが50秒になったら、動き出すように命じてある。
 瞬き一つせず、時計を睨みつける。45、46、47、48、49……。
 
 青年が駆け出し、天井にある電球に向かって赤の魔導を放出する。ぱりんという小気味いい音と共に室内が薄暗くなる。
 それと同時に暗幕を固定する紐を瞬間移動させ、幕を降ろし、人質に突き付けられている刃物も移動させる。

 遮光効果はやはり大きかったようで、銀行強盗達の怒声と困惑の声が聞こえてくる。
 青年には強化の使用を禁じてある。理由は簡単で、身体が発光してしまうためだ。わざわざ強盗に居場所を教える必要はない。

 また、この暗さで人質を見失わないように、犯人と人質、そして店内の装飾品や足場について、青年に把握させておいた。

 どすという鈍い音と低い悲鳴が聞こえてくる。それと同時に、赤の魔法が放たれ、暗幕と硝子を貫く。これは人質を保護したという合図である。また、この際に外を巻き込まぬように、斜め上に撃つようにしてあるため、野次馬に被害はないであろう。

 唐突な明暗の変化には順応がかかる。前もってそうなると知っているのならともかく、そうでなければ混乱は必至であり、仮に素早く落ち着いたとしても順応はそうではない。
 差し込む光が強盗達を照らす。正確な放出の魔導だ。相当魔導を心得ていることが伺える。

「さて」

 残る二人の強盗は青年に任せ、銀行の入口へ駆け、全力で蹴破る。
 外は唐突な状況変化に困惑しているようであったが、声をあげ、指示する。

「総員突入!」

 数十名の警察官の身体が跳ね、一斉に雄たけびを上げて動き出す。進路を妨げぬよう移動すると、中から警察による怒声と犯人たちの罵声が聞こえ、最後に確保という言葉が響く。
 時刻は10時59分40秒。その場は完全に鎮圧された。 


「ふう」

 非常に面倒な、現場の状況確認というものを終え、一息つく。聞かれたことは、犯人は何時ごろに入ってきたか、言動、要求、人質の様子などであった。高圧的な雰囲気でなかったことが救いではあったが、それでも疲労した事には変わりない。
 生真面目な連中を相手にするのは、やはり好きではない。
 
「よう」

 一足早く解放された青年が立っていた。頬に軽い切り傷がある。視線に気が付き、親指で軽くこする。鋭利な傷跡ではない。おそらくは爪によるものだろう。

「ああ、二人目にちょっとな。まあ、こんなん傷のうちに入らねえさ」

 六之介をまじまじと見つめ、口を開く。

「お前、すげえな。本当に全部言ったとおりになった」

「いや、全部じゃない。こんな面倒な事情聴取は予想外」

 まさか一時間以上も拘束されるとは思わなかった。座りっぱなしだったせいで腰が痛い。
 青年は目をぱちくりさせ、声を上げて笑う。

「ははは、変な奴だなあ」

「失礼だな、そんなことはないさ」

 異世界から来た変な存在であることを思い出し、たぶんと付け足す。

「なあ、名前なんていうんだ?」

「稲峰六之介だ、ちなみに『りゅう』は数字の『六』だからな」

「おお、お前は六なのか!」

 どういうことであろうか。

「俺は五なんだよ。数字の五で、篠宮五樹しのみやいつきってんだ」

 ああ、なるほど。だから六という数字が入っていることを気に留めたのか。

「ふうん」

「なんだよ、ノリ悪いな。まあいいや。この後、時間あるか? 付き合えよ」

「……そっちの気はないので」

「違えよ! ほら、昼時だろ? 飯でも食いに行こうぜ」

「奢りなら」

「ちゃっかりしてんなあ」

「違う。金を下ろそうとしたら巻き込まれたんだ」

 財布を取り出し裏返す。二百センが掌に落ちるだけである。これではお気に入りの団子すら買うことが出来ない。
 中身をみた五樹は哀れなものを見るような目で六之介に視線を送る。

「おい、そんな目で見るな」

 決して金がないわけではない。魔導官という職種は、かなり高収入の部類である。ひと月ほど生活してみると、それがよくわかる。
 ただ六之介は使いきれない程の現金を持ち歩くようなことはせず、必要最低限を持ち歩く主義であった。間が悪かったとも言えるが、今回はそれが災いしてしまったのだ。

「はは、すまんすまん。とりあえず、今回は兄貴分としておごってやろう」

「待て、誰が兄貴分だって?」

「俺俺」

「なんでだよ」

「数字は俺のが早いだろ?」

 確かに生まれた順に名前を付けたとすれば、そうなる。しかし、五樹とは赤の他人であり、血縁もない。異世界から来たということから考えると、そもそも起源から異なっている。

「ま、いいや。近くに良い饂飩屋があるんだよ。行こうぜ」

「いや、全然よくない。まてこら、おい」

 五樹の後を追いかけた。
 ひどく図々しく、距離を詰めてくる人間である。まぎれもなく苦手な人種だ。いつもであれば適当にあしらい、自然といなくなるのを待つのだが、五樹はその隙すら見せない。強敵と取れるのだろうか。

 厄介な奴に懐かれたのかもしれないなと、この出会いを悔いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる―― ※他サイトでも掲載しています ※ちょいちょい手直ししていってます 2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

処理中です...