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5章 精彩に飛ぶ
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翌日、2隻の舟が船着場を離れた。
1隻には六之介と悟が、もう片方には五樹と野村清児という四十代の漁師が乗っている。向かうのは事件現場であり、六之介は宮島方面、五樹は東方面に向かった。
予報通り、波は静かであり荒れる気配はない。日が昇り切っておらぬため、光量が十分ではないが、日中であれば海底まで見渡せるほど海水は澄んでいる。
これほどの透明度を有していて、不浄が海底から接近することに気付かないなどということがあり得るのだろうか。素人である六之介でもかなりの広範囲を目視できる。これが漁師ともなれば、更に多くのものが、広範囲で可視となるだろう。
五樹の舟とは30メートル近く離れているが、海面を見ながらはしゃぐ声がしっかりと耳に届く。だが、想像よりも波が舟にぶつかる音が大きく、証言に照らし合わせた距離ならば、聞こえなくなることはあり得る。
二隻の距離が次第に離れていく。悟と清児は見事な舵さばきで、真っすぐに目的の場所へ舟を動かす。ものの五分の移動で櫂の動きが止まり、二人が手で合図し合う。
「このあたりですな」
住良木村から300メートル、宮島から200メートルといった辺りである。海底は見えない程に深くなっており、呑みこまれそうな重苦しさが感じられる。
五樹の方を向くと、大きく手を振り合図する。準備完了のしるしである。
こちらの舟には、巨石が一つ積まれている。重さにすると、60キロは下らないであろう代物である。できることならば同重量の人形を用いたかったのだが、そんなものはすぐに用意できなかった。
悟と共にその石を持つ。魔導を使うことができない六之介にとっては不可能だと思われたが、悟の剛腕がそれを可能にした。
「これを放り込めばいいんですかい?」
「ええ、じゃあ、合図を出しますので」
五樹はこちらに背を向けている。いつどのタイミングで巨石を投下するかは伝えていない。
「じゃあ、いちにのさんで、行きます」
「あいよ」
「いち、に、の」
さん、と水飛沫が上がる。60キログラムは行方不明になった十人の平均体重である。形状が違う上に、落下時の海面と触れ合う面積が異なるため、正確なシミュレーションとは言えないが及第点とする。
果たして落下音は五樹の元に届くか否か。答えは、すぐに出た。
「む」
勢いよくこちらを向き、大きく腕で丸を描く。聞こえたという事である。
「聞こえたようですな」
「ですね。念のため、もう一回聞きますけど、事件当時、貴方を始め、一人として着水音が聞こえなかったんですよね?」
「ああ、間違いない」
その物言いははっきりとしたものである。
「そうですか……ん~、やっぱり飛行型? でもなあ……」
どうも腑に落ちない。
「……まあ、今はいいや。じゃあ、すみませんが、手筈通りに」
左手を縦に振る。さながら五樹を呼んでいるようであるが、事前にこれがそうではないと伝えてある。
船底にたたまれていた漁網を取り出す。傷一つない真新しいものである。網には竹を編み込んで作られた筒が無数に括られている。中には墨のような、それでいて透過性のある石が収まっている。
「しかし、効子結晶を餌にねえ……」
考えもしなかったという口調で、悟は筒を覗き込む。
不浄は魔力を求める性質を有している。それ故に、生物を捕食するのである。
「ま、捕獲は無理でしょうが、何かしら痕跡を待ちますよ。それと」
金属製の水筒を取り出し、救い上げる。すでに六之介の足元には同じものが五本転がっている。これらは宮島方面へ向かう道中で回収した海水が入っている。
「よし、オッケー。じゃあ、網をまいちゃってくださいな」
悟はいつもの様に全身を大きくふるって網を投げる。麻糸でできたそれは一瞬波に揺られたあとにゆっくりと広がり、沈んでいく。そして最後に目印の旗が付いた浮きが放り投げられ、波に揺れる。
五樹側も完了したらしく、こちらと同じ旗が風に揺れている。
「では、これにて終了です。舟を戻しましょう」
「わかった」
二隻が合流し、船着場へと戻っていった。
1隻には六之介と悟が、もう片方には五樹と野村清児という四十代の漁師が乗っている。向かうのは事件現場であり、六之介は宮島方面、五樹は東方面に向かった。
予報通り、波は静かであり荒れる気配はない。日が昇り切っておらぬため、光量が十分ではないが、日中であれば海底まで見渡せるほど海水は澄んでいる。
これほどの透明度を有していて、不浄が海底から接近することに気付かないなどということがあり得るのだろうか。素人である六之介でもかなりの広範囲を目視できる。これが漁師ともなれば、更に多くのものが、広範囲で可視となるだろう。
五樹の舟とは30メートル近く離れているが、海面を見ながらはしゃぐ声がしっかりと耳に届く。だが、想像よりも波が舟にぶつかる音が大きく、証言に照らし合わせた距離ならば、聞こえなくなることはあり得る。
二隻の距離が次第に離れていく。悟と清児は見事な舵さばきで、真っすぐに目的の場所へ舟を動かす。ものの五分の移動で櫂の動きが止まり、二人が手で合図し合う。
「このあたりですな」
住良木村から300メートル、宮島から200メートルといった辺りである。海底は見えない程に深くなっており、呑みこまれそうな重苦しさが感じられる。
五樹の方を向くと、大きく手を振り合図する。準備完了のしるしである。
こちらの舟には、巨石が一つ積まれている。重さにすると、60キロは下らないであろう代物である。できることならば同重量の人形を用いたかったのだが、そんなものはすぐに用意できなかった。
悟と共にその石を持つ。魔導を使うことができない六之介にとっては不可能だと思われたが、悟の剛腕がそれを可能にした。
「これを放り込めばいいんですかい?」
「ええ、じゃあ、合図を出しますので」
五樹はこちらに背を向けている。いつどのタイミングで巨石を投下するかは伝えていない。
「じゃあ、いちにのさんで、行きます」
「あいよ」
「いち、に、の」
さん、と水飛沫が上がる。60キログラムは行方不明になった十人の平均体重である。形状が違う上に、落下時の海面と触れ合う面積が異なるため、正確なシミュレーションとは言えないが及第点とする。
果たして落下音は五樹の元に届くか否か。答えは、すぐに出た。
「む」
勢いよくこちらを向き、大きく腕で丸を描く。聞こえたという事である。
「聞こえたようですな」
「ですね。念のため、もう一回聞きますけど、事件当時、貴方を始め、一人として着水音が聞こえなかったんですよね?」
「ああ、間違いない」
その物言いははっきりとしたものである。
「そうですか……ん~、やっぱり飛行型? でもなあ……」
どうも腑に落ちない。
「……まあ、今はいいや。じゃあ、すみませんが、手筈通りに」
左手を縦に振る。さながら五樹を呼んでいるようであるが、事前にこれがそうではないと伝えてある。
船底にたたまれていた漁網を取り出す。傷一つない真新しいものである。網には竹を編み込んで作られた筒が無数に括られている。中には墨のような、それでいて透過性のある石が収まっている。
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考えもしなかったという口調で、悟は筒を覗き込む。
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「よし、オッケー。じゃあ、網をまいちゃってくださいな」
悟はいつもの様に全身を大きくふるって網を投げる。麻糸でできたそれは一瞬波に揺られたあとにゆっくりと広がり、沈んでいく。そして最後に目印の旗が付いた浮きが放り投げられ、波に揺れる。
五樹側も完了したらしく、こちらと同じ旗が風に揺れている。
「では、これにて終了です。舟を戻しましょう」
「わかった」
二隻が合流し、船着場へと戻っていった。
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