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5章 精彩に飛ぶ
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「じゃあ、各自報告開始。まずは綴歌ちゃんから」
日も沈み、2日目の調査が終了した。夕食を食べ終え、一段落着いたところである。
四人は畳の上に各々の資料を並べる。
「私は、これといった収穫はありませんでしたわ。ただ、こんなものをお借りしました」
差し出すのは、和本である。近年に作られたものではなく、糸でまとめられ、全てが手書きの代物である。
「住良木村周辺で見ることが出来る動植物をまとめた図鑑ですわ。不浄の正体を探る上では役立つのではないかしらと」
「へえ、これは使えるかもしれないね」
ぱらぱらと頁をめくる。手書きでありながらも色もついているし、特徴も細かく記されている。精密な生息地域やいつ発生しやすいかなどまで書かれており、人々と自然が向き合って生きてきた印と言えるだろう。
「じゃあ、つぎは俺らだな」
そういって六之介の分と五樹の分、合わせて十の水筒を並べる。
「それは?」
五樹の代わりに六之介が答える。
「これは、事件現場に向かう道中で回収した海水が入っている。それで場所ごとに海水中の魔力含有量を調べてみた」
網の回収までは時間があり、その中で五樹に調べさせていた。
不浄がいるならばその海域、および海流では魔力含有量が上昇するはずである。さすれば、不浄がどこにいるのか推測もしやすくなる。しかし。
「結果、どの海水も魔力含有量に異常はない。平均的な値だ。それと、不浄がかかるのではないかと定置網を仕掛けたのだが、残念ながら収穫はない」
網を食い破られることも効子結晶の入った筒が奪われることもなかった。露骨すぎたためか、それとも食指が伸びなかったのか、それは定かではない。
六之介は不満そうに口を尖らせている。彼が何かしら行動をして、得るものがなかったというのはかなり珍しい。
「飛行する不浄か……? しかしなあ」
やはり腑に落ちない。
「では、次は私が……と言いたいのですが、その、すみません、本当に何もないというか」
華也が口ごもる。
「何かあったの?」
「はい、今日私は被害者の親族と一日を過ごしていまして」
結局日が落ちるまで美緒に村中を連れまわされた。沼や入り江、岩場、洞窟と様々である。正直、困ったという気持ちもあったが、それ以上に楽しんでしまったというのも事実である。
つまりは、魔導官としての仕事を怠けてしまったと取れる。皆が真摯に取り組んでいたということもあり、申し訳なさが募る。
「へえ、何か得たものはあった?」
「村の地理に詳しくなったくらいでしょうか……」
御神木の下での美緒との会話が思い出され、口にする。
「あと親族の女の子、美緒ちゃんというのですが、奇妙なことを、言っていました」
「というと」
「不浄なんかいない、と」
美緒ははっきりと言い切った。根拠は分からない。しかし、あれが嘘であると、適当な戯言であるとは、華也には思えなかった。
「子供の言うことでしょう?」
綴歌は呆れた様子で、五樹も小さく唸り首をかしげる。
その通りである。所詮子供の戯言と取るのが普通の反応だ。だが、六之介は違った。
「へえ、じゃあ明日その子に直接聞いてみよっか」
「信じますの?」
「なんで信じないの?」
質問に質問で返すと、綴歌が主張できず、ばつが悪そうに眼を逸らす。
「子供だからってのは理由にならないさ。それに見方によっては大人よりも信用できる」
「と言いますと?」
「子供なんてのは幼いなら幼いほど、素直で、損得を考えず、ありのままを伝えてくれる。今回の件で我々の足枷となっているのは大人たちが持つ村への執着だ。新しく村を作り直すなんて言語道断で、それの手助けをする魔導官に協力などするか、っていうね」
小ばかにしたような口調は続く。
「伝えられた情報に嘘が混ざっていることも十分に考えられる。でも子供は違う。この村に思い入れはあるだろうが、大人たちの執着と比較にはならないだろう。だから彼らは純粋だ。しがらみもないから、そのままを伝えてくれる。ましてや、被害者の遺族ともなれば村の存続よりも敵討ちに固執するから、当然協力的にもなるさ」
きっぱりと言い切る。
「まあ、今回は貴方が長ですから、従いますわ」
「ありがとね。じゃあ、華也ちゃん、明日その子を連れてきてね」
「分かりました」
また明日遊ぼうと約束させられていたため、ちょうどいい。
「なあなあ、明日の事なんだがよ」
五樹が夕刊を持って一か所を指さす。明日の日付が書かれており、数時間ごとの気候の変化が予想されている。
「明日の昼ぐらいから台風らしいぜ。下手に動かない方がいいかもしれねえ」
梅雨の終わり、夏の始まり、台風の発生しやすい時期である。
六之介が、この世界に来て二年と少し。初めて台風の知らせを聞いた時は、何も思うことはなった。元の世界は治水対策も防災対策も万全であり、大きな被害が出ることは稀であった。そんな中で生きてきた六之介にとって、台風とはただ雨風が強いだけ程度の認識しかなかったのである。
しかし、現実は違った。屋根は吹き飛び、田畑は荒れ、山肌の一部は崩れ落ち、何人もの死者が出た。それだけでなく、川の氾濫によって土砂が流出、村人が定期的に使っていた水路が使用不能となり、荒んだ山中を歩くことはままならず食料も枯渇するなど、通り過ぎた後にも大きな爪痕が刻まれた。
発展途上といえる場所では、自然とは、災害とは、決して太刀打ちできない、絶対的な存在であると教え込まれた。
この住良木村は、翆嶺村と文明レベルに大きな差はない。山と海に囲まれているか、山に囲まれているかの違いだろう。しかし、海に面している分、台風の被害は大きくなると推察できる。
「ふむ、じゃあ、舟は出せないし、こんな坂だらけの村を歩くのも危険か」
住良木村は山を切り開いて作られた村であり、高低差が激しい。階段の素材には石が用いられており、長年の潮風と踏まれ続けたことによって滑らかに削られている。その上一部では苔も生えており、濡れれば非常に滑りやすくなる。
「よーし、じゃあ明日は休みにしよう」
「はあ!?」
五樹と綴歌が、同時に叫ぶ。
「え、だって台風なんでしょ? 危ないじゃん」
「いやいや、だからって休みって……一応任務の期限は明々後日までなんだぞ?」
「そうですわ! 何もわかっていない現状では!」
綴歌の言う通り、分かっていることはほとんどない。しかし、つかめていることはある。あとはそれをどう組み立てるかである。
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
大きくあくびを一つ。朝早かったせいもあり、満腹と同時に眠気が襲い掛かってくる。起きていてもやることはないため、今日はもう床に入るとする。
「じゃあ、華也ちゃんは明日よろしくねー、自分は寝るからさ」
押入れから布団を敷き、潜り込んでしまう。強い日差しの中干されていたのだろう、陽光の香りがする。
布団の外で、五樹と綴歌の不満の声が聞こえてくるが、無視する。この二日間、自分はよく働いた。休みがあっても罰は当たるまい。
日も沈み、2日目の調査が終了した。夕食を食べ終え、一段落着いたところである。
四人は畳の上に各々の資料を並べる。
「私は、これといった収穫はありませんでしたわ。ただ、こんなものをお借りしました」
差し出すのは、和本である。近年に作られたものではなく、糸でまとめられ、全てが手書きの代物である。
「住良木村周辺で見ることが出来る動植物をまとめた図鑑ですわ。不浄の正体を探る上では役立つのではないかしらと」
「へえ、これは使えるかもしれないね」
ぱらぱらと頁をめくる。手書きでありながらも色もついているし、特徴も細かく記されている。精密な生息地域やいつ発生しやすいかなどまで書かれており、人々と自然が向き合って生きてきた印と言えるだろう。
「じゃあ、つぎは俺らだな」
そういって六之介の分と五樹の分、合わせて十の水筒を並べる。
「それは?」
五樹の代わりに六之介が答える。
「これは、事件現場に向かう道中で回収した海水が入っている。それで場所ごとに海水中の魔力含有量を調べてみた」
網の回収までは時間があり、その中で五樹に調べさせていた。
不浄がいるならばその海域、および海流では魔力含有量が上昇するはずである。さすれば、不浄がどこにいるのか推測もしやすくなる。しかし。
「結果、どの海水も魔力含有量に異常はない。平均的な値だ。それと、不浄がかかるのではないかと定置網を仕掛けたのだが、残念ながら収穫はない」
網を食い破られることも効子結晶の入った筒が奪われることもなかった。露骨すぎたためか、それとも食指が伸びなかったのか、それは定かではない。
六之介は不満そうに口を尖らせている。彼が何かしら行動をして、得るものがなかったというのはかなり珍しい。
「飛行する不浄か……? しかしなあ」
やはり腑に落ちない。
「では、次は私が……と言いたいのですが、その、すみません、本当に何もないというか」
華也が口ごもる。
「何かあったの?」
「はい、今日私は被害者の親族と一日を過ごしていまして」
結局日が落ちるまで美緒に村中を連れまわされた。沼や入り江、岩場、洞窟と様々である。正直、困ったという気持ちもあったが、それ以上に楽しんでしまったというのも事実である。
つまりは、魔導官としての仕事を怠けてしまったと取れる。皆が真摯に取り組んでいたということもあり、申し訳なさが募る。
「へえ、何か得たものはあった?」
「村の地理に詳しくなったくらいでしょうか……」
御神木の下での美緒との会話が思い出され、口にする。
「あと親族の女の子、美緒ちゃんというのですが、奇妙なことを、言っていました」
「というと」
「不浄なんかいない、と」
美緒ははっきりと言い切った。根拠は分からない。しかし、あれが嘘であると、適当な戯言であるとは、華也には思えなかった。
「子供の言うことでしょう?」
綴歌は呆れた様子で、五樹も小さく唸り首をかしげる。
その通りである。所詮子供の戯言と取るのが普通の反応だ。だが、六之介は違った。
「へえ、じゃあ明日その子に直接聞いてみよっか」
「信じますの?」
「なんで信じないの?」
質問に質問で返すと、綴歌が主張できず、ばつが悪そうに眼を逸らす。
「子供だからってのは理由にならないさ。それに見方によっては大人よりも信用できる」
「と言いますと?」
「子供なんてのは幼いなら幼いほど、素直で、損得を考えず、ありのままを伝えてくれる。今回の件で我々の足枷となっているのは大人たちが持つ村への執着だ。新しく村を作り直すなんて言語道断で、それの手助けをする魔導官に協力などするか、っていうね」
小ばかにしたような口調は続く。
「伝えられた情報に嘘が混ざっていることも十分に考えられる。でも子供は違う。この村に思い入れはあるだろうが、大人たちの執着と比較にはならないだろう。だから彼らは純粋だ。しがらみもないから、そのままを伝えてくれる。ましてや、被害者の遺族ともなれば村の存続よりも敵討ちに固執するから、当然協力的にもなるさ」
きっぱりと言い切る。
「まあ、今回は貴方が長ですから、従いますわ」
「ありがとね。じゃあ、華也ちゃん、明日その子を連れてきてね」
「分かりました」
また明日遊ぼうと約束させられていたため、ちょうどいい。
「なあなあ、明日の事なんだがよ」
五樹が夕刊を持って一か所を指さす。明日の日付が書かれており、数時間ごとの気候の変化が予想されている。
「明日の昼ぐらいから台風らしいぜ。下手に動かない方がいいかもしれねえ」
梅雨の終わり、夏の始まり、台風の発生しやすい時期である。
六之介が、この世界に来て二年と少し。初めて台風の知らせを聞いた時は、何も思うことはなった。元の世界は治水対策も防災対策も万全であり、大きな被害が出ることは稀であった。そんな中で生きてきた六之介にとって、台風とはただ雨風が強いだけ程度の認識しかなかったのである。
しかし、現実は違った。屋根は吹き飛び、田畑は荒れ、山肌の一部は崩れ落ち、何人もの死者が出た。それだけでなく、川の氾濫によって土砂が流出、村人が定期的に使っていた水路が使用不能となり、荒んだ山中を歩くことはままならず食料も枯渇するなど、通り過ぎた後にも大きな爪痕が刻まれた。
発展途上といえる場所では、自然とは、災害とは、決して太刀打ちできない、絶対的な存在であると教え込まれた。
この住良木村は、翆嶺村と文明レベルに大きな差はない。山と海に囲まれているか、山に囲まれているかの違いだろう。しかし、海に面している分、台風の被害は大きくなると推察できる。
「ふむ、じゃあ、舟は出せないし、こんな坂だらけの村を歩くのも危険か」
住良木村は山を切り開いて作られた村であり、高低差が激しい。階段の素材には石が用いられており、長年の潮風と踏まれ続けたことによって滑らかに削られている。その上一部では苔も生えており、濡れれば非常に滑りやすくなる。
「よーし、じゃあ明日は休みにしよう」
「はあ!?」
五樹と綴歌が、同時に叫ぶ。
「え、だって台風なんでしょ? 危ないじゃん」
「いやいや、だからって休みって……一応任務の期限は明々後日までなんだぞ?」
「そうですわ! 何もわかっていない現状では!」
綴歌の言う通り、分かっていることはほとんどない。しかし、つかめていることはある。あとはそれをどう組み立てるかである。
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
大きくあくびを一つ。朝早かったせいもあり、満腹と同時に眠気が襲い掛かってくる。起きていてもやることはないため、今日はもう床に入るとする。
「じゃあ、華也ちゃんは明日よろしくねー、自分は寝るからさ」
押入れから布団を敷き、潜り込んでしまう。強い日差しの中干されていたのだろう、陽光の香りがする。
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