50 / 58
5章 精彩に飛ぶ
5-26
しおりを挟む
後日。通常の十倍近い報告書を書かされ、その上謹慎を言い渡された。
六之介の口が達者だったためか、此方の攻撃は正当防衛、そして必然性があると認められた。とはいえ、人を殺めたのは事実。罰しないわけにもいかなかった。
住良木村の再開発は、最終的に実施されないこととなった。血に濡れた場所であることと、凶行に走るほど村に愛着をみせた村人の思いを尊重してのことである。ただし、漁港を設ける計画はなくなったわけではなく、住良木村の近くに設けられることになったという。
村の再開発促進組は、村を離れ御剣に住むことになった。元々村に対する思い入れも多くなく、その上、凄惨な事件を起こした場所に住みたくないと考えるのは至極当然と言えた。
六之介たちは罰の一環として、彼らの住居整備を強いられた。二十人程度とはいえ、慣れぬ作業は骨が折れた。
橘美緒に関して。彼女は御剣ではなく、『八坂』という第二級魔導都市で暮らすこととなった。第二級魔導都市である八坂は、魔導教育に力を入れている。美緒の能力は強力である。使いこなせば、日ノ本にとって大きな力になると判断されたのだ。
「美緒ちゃん、大丈夫? 忘れ物は無い?」
魔導機関車の歩廊で、華也が確認する。荷物は衣類と兄の形見である服ぐらいのものであるため、軽装だ。
「うん、だいじょうぶ」
この事件の後、美緒はひどく落ち着いていた。唯一の家族が同僚に殺されたというのに、そんなことを全く感じさせない。
よくわからないが、美緒は兄の存在が視えるのだという。彼女の周りをふわふわと泳ぎ、寂しくなると抱きしめてくれる、だから辛くはないという。
それが彼女の妄想なのか、それとも彼女だから視えるものなのかは分からない。
短い間とはいえ、共に過ごした者との別れ、五樹はわんわんと声を出し泣いており、綴歌はそれを咎めている。六之介は一歩離れたところで、別れの様を眺めている。
「おにいちゃん」
「ん?」
美緒が駆け寄り、六之介の手を取る。かさりと音がして、何かが手渡される。
「これは」
蝉の抜け殻であった。あの日、捕まえ飛び立った一匹の虫。
「あげる!」
「……ふふ、ありがとう。大切にしよう」
潰れぬようそっと握ると、汽笛の音が響く。時間である。
「また、あいにくるね!」
「ああ、楽しみにしているよ」
ポンと最後に頭をなでると、とろけそうな顔を浮かべ、小走りで車内に消える。
機関車の扉が閉じ、動き出す。窓が開かれ、美緒が大きく手をふる。
「またねー!」
四人は手を振り返す。美緒の姿はみるみるうちに小さくなり、消える。
もの寂しい静寂が支配する。
「……さて、帰りますわよ」
時間を取って送別に来たが、今日は休日ではない。魔導官署に戻らなければないのだ。
五樹は涙と鼻水で顔面を濡らしながら、華也は手拭を差し出し、綴歌は五樹の顔を見ないように足早に去っていく。
「……」
掌にある蝉の抜け殻を見つめる。
長い間、暗い暗い土の中にいて、今は無限の空の下にいる。いったい、今は何を見ているのだろうか。初めての色彩の中で、何を思うのだろうか。初めて視る海原をどう思うのだろうか。
機関車の通り過ぎた後を見つめる。彼女は、暗闇の中にいて、光を得た。そして、狭い場所から無限の世界に飛び出した。
あの子は、これからどう生きるのだろうか。この空の下で、あの蝉と同じようにこの光の中で、精彩を翔ぶのだろうか。
「らしくないな」
他人のことで考え込むなど、悩むなど、らしくない。自分も疲れているのかもしれない。
先行く三人のあとを、六之介はゆっくりと追いかけた。
──
「署長、今回の件なのですが」
「どうした?」
住良木村の調査報告書が届き、それを雲雀が受け取る。
そこには、村の外れにある石碑、鼓太郎を祀ったものの下に洞穴があり、そこに戦闘の跡があったと記されている。その傷痕は未知のものであり、稲嶺六之介が回収したクリスベクターという銃器による弾痕と酷似、そして、残っていた血の跡と細胞の一部から不浄のものであると判断された、と書かれている。
「妙だな……六之介たちは不浄はいなかった、と」
「はい。これはかなり以前のものであるそうです。少なくとも一年は経っていると」
一年前、住良木村の近くになにかしら不浄が存在していたという事。それは言い伝えられている主であったのかもしれないが、判断できない。
ただ唯一言えることは、魔導官が赴くよりも前に、何者かが不浄を戦闘をしていたという事。そして、殲滅していたということのみ。
「死骸は?」
「二枚目に書いてあります」
めくる。
「……死骸無し? どういうことだ?」
「回収されたのではないか、と」
不浄は魔力の塊である。過剰な魔力は毒となるため、よほどのことがない限り、魔導官が回収し、適切に処分する。しかし、これは違う。魔導官の知らないところで何かが起きている、それを予感させる。
「……」
「あの銃器に関しては、周知ですか?」
「ああ、全く未知の技術、素材で作られていた。開発部の連中が涎垂らしていたぜ」
あんなものは見たことがない。その上、あの銃には『魔力がなかった』。魔力は万物に存在している。生物であろうと、非生物であろうとそれは関係ない。しかし、あれには無かったのだ。
そんな存在はありえない。一人の人間を除いては。
「……なんだか厄介なことになりそうだな……」
窓の向こうにそびえたつ、多法塔を見つめる。入道雲を背景に、悠然とそれは存在していた。
六之介の口が達者だったためか、此方の攻撃は正当防衛、そして必然性があると認められた。とはいえ、人を殺めたのは事実。罰しないわけにもいかなかった。
住良木村の再開発は、最終的に実施されないこととなった。血に濡れた場所であることと、凶行に走るほど村に愛着をみせた村人の思いを尊重してのことである。ただし、漁港を設ける計画はなくなったわけではなく、住良木村の近くに設けられることになったという。
村の再開発促進組は、村を離れ御剣に住むことになった。元々村に対する思い入れも多くなく、その上、凄惨な事件を起こした場所に住みたくないと考えるのは至極当然と言えた。
六之介たちは罰の一環として、彼らの住居整備を強いられた。二十人程度とはいえ、慣れぬ作業は骨が折れた。
橘美緒に関して。彼女は御剣ではなく、『八坂』という第二級魔導都市で暮らすこととなった。第二級魔導都市である八坂は、魔導教育に力を入れている。美緒の能力は強力である。使いこなせば、日ノ本にとって大きな力になると判断されたのだ。
「美緒ちゃん、大丈夫? 忘れ物は無い?」
魔導機関車の歩廊で、華也が確認する。荷物は衣類と兄の形見である服ぐらいのものであるため、軽装だ。
「うん、だいじょうぶ」
この事件の後、美緒はひどく落ち着いていた。唯一の家族が同僚に殺されたというのに、そんなことを全く感じさせない。
よくわからないが、美緒は兄の存在が視えるのだという。彼女の周りをふわふわと泳ぎ、寂しくなると抱きしめてくれる、だから辛くはないという。
それが彼女の妄想なのか、それとも彼女だから視えるものなのかは分からない。
短い間とはいえ、共に過ごした者との別れ、五樹はわんわんと声を出し泣いており、綴歌はそれを咎めている。六之介は一歩離れたところで、別れの様を眺めている。
「おにいちゃん」
「ん?」
美緒が駆け寄り、六之介の手を取る。かさりと音がして、何かが手渡される。
「これは」
蝉の抜け殻であった。あの日、捕まえ飛び立った一匹の虫。
「あげる!」
「……ふふ、ありがとう。大切にしよう」
潰れぬようそっと握ると、汽笛の音が響く。時間である。
「また、あいにくるね!」
「ああ、楽しみにしているよ」
ポンと最後に頭をなでると、とろけそうな顔を浮かべ、小走りで車内に消える。
機関車の扉が閉じ、動き出す。窓が開かれ、美緒が大きく手をふる。
「またねー!」
四人は手を振り返す。美緒の姿はみるみるうちに小さくなり、消える。
もの寂しい静寂が支配する。
「……さて、帰りますわよ」
時間を取って送別に来たが、今日は休日ではない。魔導官署に戻らなければないのだ。
五樹は涙と鼻水で顔面を濡らしながら、華也は手拭を差し出し、綴歌は五樹の顔を見ないように足早に去っていく。
「……」
掌にある蝉の抜け殻を見つめる。
長い間、暗い暗い土の中にいて、今は無限の空の下にいる。いったい、今は何を見ているのだろうか。初めての色彩の中で、何を思うのだろうか。初めて視る海原をどう思うのだろうか。
機関車の通り過ぎた後を見つめる。彼女は、暗闇の中にいて、光を得た。そして、狭い場所から無限の世界に飛び出した。
あの子は、これからどう生きるのだろうか。この空の下で、あの蝉と同じようにこの光の中で、精彩を翔ぶのだろうか。
「らしくないな」
他人のことで考え込むなど、悩むなど、らしくない。自分も疲れているのかもしれない。
先行く三人のあとを、六之介はゆっくりと追いかけた。
──
「署長、今回の件なのですが」
「どうした?」
住良木村の調査報告書が届き、それを雲雀が受け取る。
そこには、村の外れにある石碑、鼓太郎を祀ったものの下に洞穴があり、そこに戦闘の跡があったと記されている。その傷痕は未知のものであり、稲嶺六之介が回収したクリスベクターという銃器による弾痕と酷似、そして、残っていた血の跡と細胞の一部から不浄のものであると判断された、と書かれている。
「妙だな……六之介たちは不浄はいなかった、と」
「はい。これはかなり以前のものであるそうです。少なくとも一年は経っていると」
一年前、住良木村の近くになにかしら不浄が存在していたという事。それは言い伝えられている主であったのかもしれないが、判断できない。
ただ唯一言えることは、魔導官が赴くよりも前に、何者かが不浄を戦闘をしていたという事。そして、殲滅していたということのみ。
「死骸は?」
「二枚目に書いてあります」
めくる。
「……死骸無し? どういうことだ?」
「回収されたのではないか、と」
不浄は魔力の塊である。過剰な魔力は毒となるため、よほどのことがない限り、魔導官が回収し、適切に処分する。しかし、これは違う。魔導官の知らないところで何かが起きている、それを予感させる。
「……」
「あの銃器に関しては、周知ですか?」
「ああ、全く未知の技術、素材で作られていた。開発部の連中が涎垂らしていたぜ」
あんなものは見たことがない。その上、あの銃には『魔力がなかった』。魔力は万物に存在している。生物であろうと、非生物であろうとそれは関係ない。しかし、あれには無かったのだ。
そんな存在はありえない。一人の人間を除いては。
「……なんだか厄介なことになりそうだな……」
窓の向こうにそびえたつ、多法塔を見つめる。入道雲を背景に、悠然とそれは存在していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる