超能力者、異世界にて

甘木人

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5章 精彩に飛ぶ

5-26

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 後日。通常の十倍近い報告書を書かされ、その上謹慎を言い渡された。
 六之介の口が達者だったためか、此方の攻撃は正当防衛、そして必然性があると認められた。とはいえ、人を殺めたのは事実。罰しないわけにもいかなかった。

 住良木村の再開発は、最終的に実施されないこととなった。血に濡れた場所であることと、凶行に走るほど村に愛着をみせた村人の思いを尊重してのことである。ただし、漁港を設ける計画はなくなったわけではなく、住良木村の近くに設けられることになったという。

 村の再開発促進組は、村を離れ御剣に住むことになった。元々村に対する思い入れも多くなく、その上、凄惨な事件を起こした場所に住みたくないと考えるのは至極当然と言えた。
 六之介たちは罰の一環として、彼らの住居整備を強いられた。二十人程度とはいえ、慣れぬ作業は骨が折れた。

 橘美緒に関して。彼女は御剣ではなく、『八坂』という第二級魔導都市で暮らすこととなった。第二級魔導都市である八坂は、魔導教育に力を入れている。美緒の能力は強力である。使いこなせば、日ノ本にとって大きな力になると判断されたのだ。

「美緒ちゃん、大丈夫? 忘れ物は無い?」

 魔導機関車の歩廊で、華也が確認する。荷物は衣類と兄の形見である服ぐらいのものであるため、軽装だ。

「うん、だいじょうぶ」

 この事件の後、美緒はひどく落ち着いていた。唯一の家族が同僚に殺されたというのに、そんなことを全く感じさせない。
 よくわからないが、美緒は兄の存在が視えるのだという。彼女の周りをふわふわと泳ぎ、寂しくなると抱きしめてくれる、だから辛くはないという。
 それが彼女の妄想なのか、それとも彼女だから視えるものなのかは分からない。

 短い間とはいえ、共に過ごした者との別れ、五樹はわんわんと声を出し泣いており、綴歌はそれを咎めている。六之介は一歩離れたところで、別れの様を眺めている。

「おにいちゃん」

「ん?」

 美緒が駆け寄り、六之介の手を取る。かさりと音がして、何かが手渡される。

「これは」

 蝉の抜け殻であった。あの日、捕まえ飛び立った一匹の虫。

「あげる!」

「……ふふ、ありがとう。大切にしよう」

 潰れぬようそっと握ると、汽笛の音が響く。時間である。

「また、あいにくるね!」

「ああ、楽しみにしているよ」

 ポンと最後に頭をなでると、とろけそうな顔を浮かべ、小走りで車内に消える。
 機関車の扉が閉じ、動き出す。窓が開かれ、美緒が大きく手をふる。

「またねー!」

 四人は手を振り返す。美緒の姿はみるみるうちに小さくなり、消える。
 もの寂しい静寂が支配する。

「……さて、帰りますわよ」

 時間を取って送別に来たが、今日は休日ではない。魔導官署に戻らなければないのだ。
 五樹は涙と鼻水で顔面を濡らしながら、華也は手拭を差し出し、綴歌は五樹の顔を見ないように足早に去っていく。

「……」

 掌にある蝉の抜け殻を見つめる。
 長い間、暗い暗い土の中にいて、今は無限の空の下にいる。いったい、今は何を見ているのだろうか。初めての色彩の中で、何を思うのだろうか。初めて視る海原をどう思うのだろうか。

 機関車の通り過ぎた後を見つめる。彼女は、暗闇の中にいて、光を得た。そして、狭い場所から無限の世界に飛び出した。
 あの子は、これからどう生きるのだろうか。この空の下で、あの蝉と同じようにこの光の中で、精彩を翔ぶのだろうか。

「らしくないな」

 他人のことで考え込むなど、悩むなど、らしくない。自分も疲れているのかもしれない。
 先行く三人のあとを、六之介はゆっくりと追いかけた。


 ──

「署長、今回の件なのですが」

「どうした?」

 住良木村の調査報告書が届き、それを雲雀が受け取る。
 そこには、村の外れにある石碑、鼓太郎を祀ったものの下に洞穴があり、そこに戦闘の跡があったと記されている。その傷痕は未知のものであり、稲嶺六之介が回収したクリスベクターという銃器による弾痕と酷似、そして、残っていた血の跡と細胞の一部から不浄のものであると判断された、と書かれている。

「妙だな……六之介たちは不浄はいなかった、と」

「はい。これはかなり以前のものであるそうです。少なくとも一年は経っていると」

 一年前、住良木村の近くになにかしら不浄が存在していたという事。それは言い伝えられている主であったのかもしれないが、判断できない。
 ただ唯一言えることは、魔導官が赴くよりも前に、何者かが不浄を戦闘をしていたという事。そして、殲滅していたということのみ。

「死骸は?」

「二枚目に書いてあります」

 めくる。

「……死骸無し? どういうことだ?」

「回収されたのではないか、と」

 不浄は魔力の塊である。過剰な魔力は毒となるため、よほどのことがない限り、魔導官が回収し、適切に処分する。しかし、これは違う。魔導官の知らないところで何かが起きている、それを予感させる。

「……」

「あの銃器に関しては、周知ですか?」

「ああ、全く未知の技術、素材で作られていた。開発部の連中が涎垂らしていたぜ」

 あんなものは見たことがない。その上、あの銃には『魔力がなかった』。魔力は万物に存在している。生物であろうと、非生物であろうとそれは関係ない。しかし、あれには無かったのだ。

 そんな存在はありえない。一人の人間を除いては。

「……なんだか厄介なことになりそうだな……」

 窓の向こうにそびえたつ、多法塔を見つめる。入道雲を背景に、悠然とそれは存在していた。 
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